雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第七十七回

2015-07-24 10:49:07 | 二条の姫君  第三章
          第三章 ( 三 )

御所さまのお話を、姫さまは涙ながらに聞いておられましたが、瞬く間に時間は過ぎてゆきました。
「今日より御修法が始まる」ということで、御壇所の設営に大騒ぎとなりましたが、姫さまのお心はなお重く、そのお心が顔色にも少し表れておられました。
姫さまもそのことが気になっておられた様子でしたが、心を立て直される間もなく、
「阿闍梨様のご参上」
という声が聞こえて参りました。

いつも御使いに参上させられるだけでも、常日頃姫さまのお心は痛みを感じておりましたのに、まだ初夜の勤行にも間がある時間だというのに、御所さまの御申し付けがあり、姫さまは法親王さまのもとに参上することになりました。
真言のことに関する御所さまの疑問を書き記された折紙を持参されますと、いつもと違って他に人はなく、まるで古歌に歌われているように、その面影が霞んで見えるような春の月の光がおぼろげに差し込んでいて、法親王は脇息に寄りかかって、念誦(ネンジュ)を唱えていらっしゃいました。

「辛かったあの秋の月の下での別れの時のお姿は、ただそのまま忘れさせて下さいと、仏にもお願いしてきたが、こうして今もとても堪えがたく思い出されるのは、やはり、この身を懸けた恋であったのだろうか。あなたとは同じ世にはない身にして欲しいと祈っても、『神も受けぬ禊(ミソギ)』のようなので、どうすることも出来ない」
と言われて、姫さまを強く引き寄せられました。

姫さまの心の奥には御所さまの御言葉も残っていました。その僅かな心の揺らぎは、法親王をいつのまにか「有明の月」と変えていたのでしょうか、姫さまは強く拒絶することが出来なかったのでございます。
有明の月殿の情熱に押し流されながらも、いやな噂が漏れるのではないかとの気持ちも姫さまの脳裏を駆けめぐっておりました。
束の間の逢瀬は、初夜の勤行の時間を告げる声に破られて、姫さまはあわただしく後ろの襖(フスマ)から退出されましたが、その襖が二人を隔てる関所のような気がしたのでしょうか、「後夜の勤行が終わった後も必ず逢おう」と、有明の月殿は何度も約束を迫られました。

このように辛い場所からは一刻も早く立ち去ろうと、姫さまは有明の月殿の言葉にお答えすることもなくお戻りになりましたが、以前、「哀しさ残る・・・」との歌を送られた夜よりも、姫さまのお気持ちは切なげでありました。
姫さまのお心は揺れ動いていたのでしょうか。
法親王とのことは、決して姫さまが望まれたことから始まったことではありませんし、ある時は、そのあまりにも執拗さに恐ろしささえ感じておられたのです。今回近づくことになったのも、御所さまの御申し付けからでございました。しかし、姫さまのお心のどこかにも、有明の月殿とお呼びするような切ないお気持ちも抱き続けられていたのかもしれません。

姫さま御自身も、御自分のそのようなお心を計りかねて、お部屋に戻られて伏せられた後も、あれこれと思い悩まれているご様子で、法親王とのことも避けられぬ前世からの定めなのかなどと身を震わせておられました。

     * * *




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