りなりあ

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約束を抱いて 第四章-2

2008-02-20 12:09:02 | 約束を抱いて 第四章

「外に出ても良い?」
門の前に立つ守衛の男性に尋ねると、彼は微笑を浮べる。
それが断りの笑顔だという事を、むつみは知っている。
幼い頃、何度も同じ質問をして同じ答えを返された。
『晴己様と御一緒にどうぞ。』
新堂邸で働く人達は、その言葉ばかりを繰り返す。
「ちょっとだけ門の外に出るだけ。門を開けてくれるだけでいいの。優輝君は走りに行ってるんでしょ?久保さんから聞いたけど、もうすぐ戻るって。」
部屋を出てから庭の奥にあるテニスコートに行くと、優輝の姿はなく、久保に教えられて、むつみは新堂邸の門の前に来ていた。
「走り回ったり予想外の行動をしたりしないわ。自分で車にも気をつけるし。街並みを…見てみたいの。」
むつみは自分で話しながら、当然だと思った。
幼い頃なら、周囲が心配するのは当然だが、中学生にもなって、開けてもらった門から不注意に飛び出したりしない。
昔、むつみは何度も歩いて門を潜ってみたいと思い、何度も守衛の男性に頼んだ事がある。
広い新堂邸の敷地内で遊ぶ事に飽きることなどなかったが、大きな門の向こうの景色が気になっていた。もちろん、むつみは新堂邸で暮らしていたわけではないし、外の世界を知っている。車で門を通過して自宅に戻っていたのだから、新堂邸の周囲の景色は何度も見ている。だが、自らの足で、新堂邸の外側と内側を経験してみたかった。そんな事を望むのが妙で、自分の育った環境を不思議に感じる。
優輝と2人で電車で新堂邸に来る時も、むつみが一緒の時は駅に車が迎えに来ている。
優輝は1人の時は何度も歩いているらしく、長い坂道は彼のトレーニングには好都合だった。
笑みを崩さない守衛の男性の後ろで、門の隣の小さな扉が外側から開く。
「むつみ?」
姿を見せた優輝が、不思議そうな顔を向ける。
「何…してるんだ?」
走ってきた優輝は息を切らし、額に汗が流れている。
「外に出たいの。」
「え?」
「外の景色を見てみたくて、歩いて…外に出てみたいの。」
優輝を迎えに来た、そう言った方が良かったかもしれないと、むつみは少し悔む。
「その程度の事で…揉めてる訳?」
優輝が閉めようとした扉を開ける。
むつみが守衛の男性を見上げると、彼は相変わらず笑みを崩さない。
むつみは優輝に近付き、扉から外を見た。
「初めて?」
「うん。」
「…過保護だな。晴己さんは。」
むつみは外に足を踏み出し、周囲を見渡した。
目を閉じる。
風が頬を撫でる。
深呼吸をして、ゆっくりと目を開けた。
広い。
そう感じた。
眼下に広がる遠い景色。
建物や緑や道路。
「むつみ。」
優輝に呼ばれて、むつみは敷地内に戻ろうとした。
そして、もう一度振り返って街並みを見る。
当たり前に過している敷地は、やはり別の世界。
むつみは外で暮らす人間で、時折この敷地内に入る事を許されているだけだ。
「もう少ししたら、みんな集まってくるから。中に入ったほうがいい。」
優輝の言葉に、むつみは敷地内に戻って守衛の男性を見上げた。
「ありがとう。」
彼は、やはり笑顔のままだ。
「何度も我が侭を言ってごめんなさい。もう…言わないから。」
男性の笑みが、一瞬消える。
これからは我が侭な言動など、この家では出来ない。
「むつみ。」
優輝に呼ばれて、むつみは男性に会釈し、優輝の後を追う。
「…約束、守れそうにないな。」
「仕方がないわ。」
迎えに来るから、優輝はそう言ってくれたが、それは実現しなかった。
むつみの両親もパーティに参加する事になり、むつみは両親と共に新堂邸に来た。
そして、むつみと優輝は、パーティの間中、話すことを禁止された。
むつみは、その理由を碧から聞いている。
優輝は久保から聞かされていると思うが、直接本人に確認したかった。
「ごめんね。私も…母の言う事、分かるから。」
「だよな。」
今日のパーティには碧の知人や仕事関連の人達も集まる。彼等達に優輝との事を聞かれるのは、むつみには抵抗がある。
『冷やかされるわよ。』
そう言われると、むつみだって恥ずかしい。
それに、優輝も嫌がるだろうし、今の状況で彼の機嫌を損ねるのは避けたかった。



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