りなりあ

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約束を抱いて 第四章-6

2008-02-26 12:51:41 | 約束を抱いて 第四章

「卒業間際に転校するのは随分と悩んでね。でも少しでも早く、少しでも良い治療を、良い環境を…と思ってね。」
気を使ったのか、高瀬が涼の肩に軽く手を置き合図をすると、その場を立ち去った。
「今度の病院は家からも近いし、学校も近い。少しでも紘の負担が少なくなれば、と思っているのだが。幸い2人とも新しい環境に慣れてきているし、学校も楽しいみたいだ。」
水野氏の言葉に、涼は安堵して口元が上がる。
「優輝君にお礼を言わないと。」
「え?俺に?」
「転校の決定的な決め手になったのは、優輝君と同じ学校だからだよ。」
優輝は、同じ事を水野紘から聞いたことを思い出す。
「こんな事を言うのは、涼君にとって気分の良いものではないと思うが…。」
「いえ…構いません。」
いつか、晴己が言った事を思い出す。
『大丈夫だよ優輝は。』
微笑んでいた晴己は、ラケットを持っていた。
『僕は信じている。』
晴己は、今も同じ気持ちを優輝に対して持っているのだろうか?
「大丈夫です。」
涼は、自らにその言葉を言い聞かせ、そして優輝も同じように思っている事を望んだ。だが涼は、優輝の表情を確認する事が怖くて、水野氏と会話を続ける。
「酷い事故に巻き込まれたのに。でも、またこうして優輝君に会えて良かったよ。それに…あの子は、優輝君のテニスを見るのが小さな頃から好きだからね。」
涼は遠い過去を思い出す。
幼い優輝達は騒々しくて、時には鬱陶しくて。
でも、マンションの敷地内に響く彼等の声は、生活に刺激を与えていた。それは、1つの幸せの形であると、涼は思う。
「御心配、おかけしました。」
涼は、その声に驚いて優輝を見た。
「あの時の怪我は、卓也は完治しました。俺は卓也のお陰で軽い怪我で済みましたし。卓也と顔を会わせ辛くて突然引越して、驚かせてしまって、すみませんでした。」
涼が優輝に驚いていると、高瀬の親切を無駄にするかのように、空気を読めない人物の声が近付いてきた。
「いやぁ、水野さん。たくさんの商品、ありがとうございます。子供達も大喜びです。」
大声の久保に涼は呆れる。だが、水野家の話を追求するのも戸惑うから、結果的には良かったのかもしれないと考えた。
だが、もう少し水野氏と話したい気持ちがある涼は、久保を追い払おうと考える。
「久保さん、あっちはいいんですか?」
「大丈夫だ。哲也達に任せている。次は高瀬さんの挨拶だよ。」
涼は高瀬の声を聞きながら、溜息を出す。
「どうだ?優輝もやらないか?」
久保の誘いを優輝は断るが、久保に引き摺られるようにして、優輝がその場を去った。
水野氏と2人で残され、涼は話を戻す。
「2人とも、学校は楽しい…と?」
水野氏は、本当に嬉しそうに笑う。
「涼君のお母さんにもお世話になって。先日、届けてもらった煮物が美味しくてね。」

「母が話していました。祖母の漬物を持って行ったら、今度は糠床も持って来て欲しいと頼まれたって。」
また、水野氏が笑う。
「朝練もあるのに、私にまで弁当を用意してくれるんだよ。一つ作るのも三つ作るのも同じだって言ってね。」
水野氏の表情は嬉しそうで、だが何処か寂しげだった。
「紘君は…それを見せませんね。大変なのは一目瞭然なのに。」
それを父親である彼に言うのは酷かもしれない。
「優輝君の事が励みになっているのだと思うよ。本当に…よく乗り越えたね。優輝君は凄いな。」
「優輝が1人で頑張った訳では…色んな人に迷惑をかけて、助けてもらって。」
優輝は周囲の人達に恵まれている。
「それに…紘君達が頑張っているのに、優輝が弱音なんて吐けないでしょう?」
それは、きっと優輝も分かっているだろうし、自分自身に言い聞かせているだろう。
「もしかすると、優輝君が留学するかもしれないと聞いた時、それが彼にとって最高の選択だと思ったが…紘達にとっては、近くに優輝君がいてくれること…凄く励みだよ。申し訳ない、涼君。うちの子供達中心の考えばかりしてしまって。」
謝罪する水野氏を責める気持ちなど、涼には少しもなかった。



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