「むつみは、そっちだろ。」
優輝と一緒にコートに行こうと思ったが、優輝が新堂の本邸を指差して立ち止まった。
「優輝君は、まだ練習するの?」
もう少し優輝と話していたいと思った。パーティに参加する人が集まるまで、少しでも長く優輝と過したかった。優輝が練習を続けるのなら、邪魔にならないように、その姿を見ていたい。
「俺は、まだ時間あるし。むつみは準備すれば?」
「え?」
「俺よりも、むつみの方が時間かかるだろ?」
確かにそうだが、むつみは優輝に拒絶された気がした。
慎一の事は何も優輝に話していない。晴己から聞いた話を優輝に話せば良いのだが、真実が分からない状態で優輝に話しても混乱させてしまうだろう。
「優輝君は間に合うの?」
「間に合うよ。シャワー浴びて着替えるだけだし。少し打ちたいから。」
優輝が腕を動かしている。
そのフォームはテニスの時のフォームで、彼が早くラケットを持ちたいと思っているのが分かる。
早く行った方が良いと思った。
「じゃあ、優輝君。」
後で。
その言葉を、むつみは飲み込む。
パーティでは優輝と会話する事は出来ない。
一緒に行動する事も出来ない。
「明日、学校で。」
むつみが言うと、優輝は体の向きを変えて駆けて行った。
◇◇◇
新堂勝海。
新堂晴己は、長男に“勝海(かつみ)”と名づけた。
その名前を始めて聞いたとき、優輝が、
「はるみ、むつみ、かつみって?偶然?」
と言ったのを思い出す。
勝海の披露パーティは、むつみの予想を超えていた。
晴己と杏依の家族や親族だけでなく、親しい友人達も来るとは考えていたが、2人の結婚式よりも人数が多いような気がした。
その顔触れは多岐にわたり、碧が今回の映画で一緒に仕事をした人達も来ていたが、彼等が晴己と杏依と繋がるのかと、むつみは考えた。
彼等とは、以前一緒に食事をしたことがある。
慎一の母が入院する病院を、むつみが訪ねた日だった。その病院に瑠璃が迎えに来て、むつみ達家族は碧の宿泊するホテルで食事をする事になった。
しかし、碧がスタッフ達を連れてきて、結局家族だけの食事は実現しなかった。
彼等と挨拶をして会話をしていると、暫くして1人の男性が姿を見せる。
「香坂さん。」
皆が彼の名前を呼んで、迎え入れる。
彼等の話を聞いていると、杏依の実父である香坂純也は、碧の映画スタッフ達と何度か仕事をした事があるようで、むつみは、ようやく杏依へと繋がる糸を見つけた。
そして、今度は杏依の母親が姿を見せる。
この状況なら、優輝と話している時間などないと感じた。
◇◇◇
「涼君。保護者として来たの?」
「奈々江さん。」
「そんなに弟が心配?」
「今日の状況で何が、ですか?俺も一応晴己の友人ですが?ちゃんと招待状を貰ってますよ。」
涼が優輝の事を心配しているのは事実だが、それを他人から頻繁に言われるのは気分の良いものではない。
「そう答えると言う事は、現在、このパーティを楽しんでいるということね?」
見上げてくる奈々江の表情が何か探りを入れているようで、涼は余計に気分が悪い。
「楽しいでしょう?祝賀のパーティですよ?」
そして新生児の披露なのだから、誰もが笑顔だ。
「涼君。晴己は、どうしてこのパーティを催したと思う?」
奈々江の問いに、涼は怪訝な気持ちが大きくなる。
「晴己の長男のお披露目。」
「そうね。」
奈々江は笑顔を向ける。
「良い機会だと思うの。このパーティ。」
奈々江が、はっきりと言わない事に、涼は苛立ちが大きくなる。
「そんなに怒らないで。涼君は本当に弟さんの事になると感情豊かよね。涼君に説明する良い機会だと思ったの。これだけの人が集まるのは滅多にないから。頭の中、しっかりと整理してね。」
「あ、の?何をですか?」
「知りたくない?ここに集まった人達の事。これから、あなたの弟さんと、むつみちゃんに関わる人達の事。」