りなりあ

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約束を抱いて 第四章-3

2008-02-20 23:52:12 | 約束を抱いて 第四章

「むつみは、そっちだろ。」
優輝と一緒にコートに行こうと思ったが、優輝が新堂の本邸を指差して立ち止まった。
「優輝君は、まだ練習するの?」
もう少し優輝と話していたいと思った。パーティに参加する人が集まるまで、少しでも長く優輝と過したかった。優輝が練習を続けるのなら、邪魔にならないように、その姿を見ていたい。
「俺は、まだ時間あるし。むつみは準備すれば?」
「え?」
「俺よりも、むつみの方が時間かかるだろ?」
確かにそうだが、むつみは優輝に拒絶された気がした。
慎一の事は何も優輝に話していない。晴己から聞いた話を優輝に話せば良いのだが、真実が分からない状態で優輝に話しても混乱させてしまうだろう。
「優輝君は間に合うの?」
「間に合うよ。シャワー浴びて着替えるだけだし。少し打ちたいから。」
優輝が腕を動かしている。
そのフォームはテニスの時のフォームで、彼が早くラケットを持ちたいと思っているのが分かる。
早く行った方が良いと思った。
「じゃあ、優輝君。」
後で。
その言葉を、むつみは飲み込む。
パーティでは優輝と会話する事は出来ない。
一緒に行動する事も出来ない。
「明日、学校で。」
むつみが言うと、優輝は体の向きを変えて駆けて行った。

◇◇◇

新堂勝海。
新堂晴己は、長男に“勝海(かつみ)”と名づけた。
その名前を始めて聞いたとき、優輝が、
「はるみ、むつみ、かつみって?偶然?」
と言ったのを思い出す。
勝海の披露パーティは、むつみの予想を超えていた。
晴己と杏依の家族や親族だけでなく、親しい友人達も来るとは考えていたが、2人の結婚式よりも人数が多いような気がした。
その顔触れは多岐にわたり、碧が今回の映画で一緒に仕事をした人達も来ていたが、彼等が晴己と杏依と繋がるのかと、むつみは考えた。
彼等とは、以前一緒に食事をしたことがある。
慎一の母が入院する病院を、むつみが訪ねた日だった。その病院に瑠璃が迎えに来て、むつみ達家族は碧の宿泊するホテルで食事をする事になった。
しかし、碧がスタッフ達を連れてきて、結局家族だけの食事は実現しなかった。
彼等と挨拶をして会話をしていると、暫くして1人の男性が姿を見せる。
「香坂さん。」
皆が彼の名前を呼んで、迎え入れる。
彼等の話を聞いていると、杏依の実父である香坂純也は、碧の映画スタッフ達と何度か仕事をした事があるようで、むつみは、ようやく杏依へと繋がる糸を見つけた。
そして、今度は杏依の母親が姿を見せる。
この状況なら、優輝と話している時間などないと感じた。

◇◇◇

「涼君。保護者として来たの?」
「奈々江さん。」
「そんなに弟が心配?」
「今日の状況で何が、ですか?俺も一応晴己の友人ですが?ちゃんと招待状を貰ってますよ。」
涼が優輝の事を心配しているのは事実だが、それを他人から頻繁に言われるのは気分の良いものではない。
「そう答えると言う事は、現在、このパーティを楽しんでいるということね?」
見上げてくる奈々江の表情が何か探りを入れているようで、涼は余計に気分が悪い。
「楽しいでしょう?祝賀のパーティですよ?」
そして新生児の披露なのだから、誰もが笑顔だ。
「涼君。晴己は、どうしてこのパーティを催したと思う?」
奈々江の問いに、涼は怪訝な気持ちが大きくなる。
「晴己の長男のお披露目。」
「そうね。」
奈々江は笑顔を向ける。
「良い機会だと思うの。このパーティ。」
奈々江が、はっきりと言わない事に、涼は苛立ちが大きくなる。

「そんなに怒らないで。涼君は本当に弟さんの事になると感情豊かよね。涼君に説明する良い機会だと思ったの。これだけの人が集まるのは滅多にないから。頭の中、しっかりと整理してね。」
「あ、の?何をですか?」
「知りたくない?ここに集まった人達の事。これから、あなたの弟さんと、むつみちゃんに関わる人達の事。」


約束を抱いて 第四章-2

2008-02-20 12:09:02 | 約束を抱いて 第四章

「外に出ても良い?」
門の前に立つ守衛の男性に尋ねると、彼は微笑を浮べる。
それが断りの笑顔だという事を、むつみは知っている。
幼い頃、何度も同じ質問をして同じ答えを返された。
『晴己様と御一緒にどうぞ。』
新堂邸で働く人達は、その言葉ばかりを繰り返す。
「ちょっとだけ門の外に出るだけ。門を開けてくれるだけでいいの。優輝君は走りに行ってるんでしょ?久保さんから聞いたけど、もうすぐ戻るって。」
部屋を出てから庭の奥にあるテニスコートに行くと、優輝の姿はなく、久保に教えられて、むつみは新堂邸の門の前に来ていた。
「走り回ったり予想外の行動をしたりしないわ。自分で車にも気をつけるし。街並みを…見てみたいの。」
むつみは自分で話しながら、当然だと思った。
幼い頃なら、周囲が心配するのは当然だが、中学生にもなって、開けてもらった門から不注意に飛び出したりしない。
昔、むつみは何度も歩いて門を潜ってみたいと思い、何度も守衛の男性に頼んだ事がある。
広い新堂邸の敷地内で遊ぶ事に飽きることなどなかったが、大きな門の向こうの景色が気になっていた。もちろん、むつみは新堂邸で暮らしていたわけではないし、外の世界を知っている。車で門を通過して自宅に戻っていたのだから、新堂邸の周囲の景色は何度も見ている。だが、自らの足で、新堂邸の外側と内側を経験してみたかった。そんな事を望むのが妙で、自分の育った環境を不思議に感じる。
優輝と2人で電車で新堂邸に来る時も、むつみが一緒の時は駅に車が迎えに来ている。
優輝は1人の時は何度も歩いているらしく、長い坂道は彼のトレーニングには好都合だった。
笑みを崩さない守衛の男性の後ろで、門の隣の小さな扉が外側から開く。
「むつみ?」
姿を見せた優輝が、不思議そうな顔を向ける。
「何…してるんだ?」
走ってきた優輝は息を切らし、額に汗が流れている。
「外に出たいの。」
「え?」
「外の景色を見てみたくて、歩いて…外に出てみたいの。」
優輝を迎えに来た、そう言った方が良かったかもしれないと、むつみは少し悔む。
「その程度の事で…揉めてる訳?」
優輝が閉めようとした扉を開ける。
むつみが守衛の男性を見上げると、彼は相変わらず笑みを崩さない。
むつみは優輝に近付き、扉から外を見た。
「初めて?」
「うん。」
「…過保護だな。晴己さんは。」
むつみは外に足を踏み出し、周囲を見渡した。
目を閉じる。
風が頬を撫でる。
深呼吸をして、ゆっくりと目を開けた。
広い。
そう感じた。
眼下に広がる遠い景色。
建物や緑や道路。
「むつみ。」
優輝に呼ばれて、むつみは敷地内に戻ろうとした。
そして、もう一度振り返って街並みを見る。
当たり前に過している敷地は、やはり別の世界。
むつみは外で暮らす人間で、時折この敷地内に入る事を許されているだけだ。
「もう少ししたら、みんな集まってくるから。中に入ったほうがいい。」
優輝の言葉に、むつみは敷地内に戻って守衛の男性を見上げた。
「ありがとう。」
彼は、やはり笑顔のままだ。
「何度も我が侭を言ってごめんなさい。もう…言わないから。」
男性の笑みが、一瞬消える。
これからは我が侭な言動など、この家では出来ない。
「むつみ。」
優輝に呼ばれて、むつみは男性に会釈し、優輝の後を追う。
「…約束、守れそうにないな。」
「仕方がないわ。」
迎えに来るから、優輝はそう言ってくれたが、それは実現しなかった。
むつみの両親もパーティに参加する事になり、むつみは両親と共に新堂邸に来た。
そして、むつみと優輝は、パーティの間中、話すことを禁止された。
むつみは、その理由を碧から聞いている。
優輝は久保から聞かされていると思うが、直接本人に確認したかった。
「ごめんね。私も…母の言う事、分かるから。」
「だよな。」
今日のパーティには碧の知人や仕事関連の人達も集まる。彼等達に優輝との事を聞かれるのは、むつみには抵抗がある。
『冷やかされるわよ。』
そう言われると、むつみだって恥ずかしい。
それに、優輝も嫌がるだろうし、今の状況で彼の機嫌を損ねるのは避けたかった。