りなりあ

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約束を抱いて 第二章-12

2007-01-04 22:07:41 | 約束を抱いて 第二章

尋ねる優輝に、むつみは的確な答えが返せなかった。
「ケーキとメッセージ、何が関係あるんだよ?食べたくない物を強制するつもりはないけど、お腹空いているなら食べればいいじゃん。」
「…」
優輝の意見は正当性があるようにも感じるが、あまりにも冷たい意見で、むつみは言い返してしまう。
「食べられないのは仕方ないけど、それなら彼女達にそう言うとか…それに返事する時に、美味しかったとか言ってもらえたら嬉しいと思うよ?」
「返事って?」
むつみは瞬きを何度もしてしまった。
優輝は全く動じていない。
むつみは慌てて椅子に座ると、優輝の顔を覗き込んだ。
「だって優輝君、告白されてるんだよ?こうして手作りのケーキを貰って、好きですって書いてあって。だったらちゃんと返事するでしょ?相手の事を好きとか付き合うとか。」
「なんだよ、それ。面倒だな。」
「面倒?」
「だってそうだろ?頼んでもいないのに勝手にメモ付きのケーキ渡されてさ。で、返事する為に俺があの子達を呼び出すのか?顔や名前なんて一致していないし、どんな子なのか知らないし。」
「だけど。待ってるでしょ?告白して返事がもらえるのを待ってるでしょ?」
「勝手じゃん。そんなの。」
むつみは言葉を失って優輝を見た。優輝の考え方と自分の考え方は、随分とかけ離れている気がした。
「勝手かもしれないけれど。」
むつみは、ゆっくりと深呼吸をした。
「好きになったのも告白したのも待っているのも、勝手にしている事に違いはないけど、無視する事はないでしょう?ダメかもしれないって思いながらも本人から、はっきりと言って貰わない限り、ずっと待っちゃうでしょ?優輝君にとっては迷惑な事だろうけれど…何人もから告白されて面倒な事かもしれないけれど…。だけど想いを抱えている方にとっては一大事なんだよ?毎日毎日ずっと優輝君の事を考えて…。」
そこまで話して、言葉を止める。
隣のクラスの女子生徒達の気持ちを代弁するつもりが、いつの間にか、完全にむつみ自身の気持ちを語っていた。
零れそうになる涙を堪える為に、もう一度深呼吸をする。
「想い続けても無理なんだって分かっていても、だけど少しの事で期待しちゃうの。さっきみたいに私が作ったお弁当を美味しいって言って食べてくれるだけで、優輝君にとっては何の意味のない事でも、私には大きい事なの。美味しいって言ってくれるだけで嬉しいし、もしかしたら、今はもう嫌われていないのかもしれないって、自分に都合のいいように考えちゃうの。」
話しながらむつみは自分の気持ちが落ち着いていくのを感じていた。
言葉にすると自分の気持ちが形になっていくのが分かる。
そして、また優輝への想いを再確認してしまう。
「面倒な事だとは思うけれど、今ここではっきりと言って。嫌われているのは分かっているの。だから、思ったままでいいから、私の事をちゃんと振って。」
優輝の目を見る。
彼は身動き一つしない。
「すぐに諦める事はできないけれど、今までみたいにしつこく付きまとうのはやめるから。」
むつみは自分のしてきたことを思い出すと恥ずかしくなる。
「本当にごめんなさい。迷惑ばかりかけたのに、今もまたこんな事を言って。」
今以上に嫌われる、そう感じた。だけど、終わりにしたくて、むつみは想いを伝える。
優輝は、彼の目指す未来へと進んでいく。もう、その邪魔をしたくなかった。
「優輝君。」
目の前にいる優輝を見て、むつみは自然と笑みが零れた。
初めて会った時とは随分と変わっている。
それは外見だけの成長ではなく、優輝の全てが成長した事を表していた。

大きな悲しみを乗り越え、そしてこれからも少しずつ乗り越えようとしている優輝。
夢を目指すその眼差しも。
悲しみを映すその瞳も。
「好き。」
その言葉は、自然とむつみの心から溢れ出ていた。


約束を抱いて 第二章-11

2007-01-04 18:48:40 | 約束を抱いて 第二章

「うわっ。すっげぇ美味い!」
むつみは隣でお弁当を美味しそうに食べる優輝を見ていた。
「これ自分で作ってるのか
?」
「…うん。」
「凄いな。美味しい。」
そう言って勢いよく食べていく。
美味しいと言ってくれる気持ちは嬉しいが、素直に受け取れないまま、むつみはカップケーキを一口食べた。
「…甘いものダメなの?」
優輝の鞄から出されたカップケーキは二人から少し離れた所に置かれている。
「全然、ダメ!出来れば見たくない。」
甘い味を思い出したのか、眉間に皺が寄るが、またすぐに箸が動く。
たくさんのカップケーキを貰った優輝は、内心かなり困っていた。
だけど吉井はそんな優輝に気付かずに、
「おまえはそれ食べろよ。俺は弁当貰う。」
そう言うと、優輝の返事を待たずに弁当を取り上げたのだ。
甘いものが食べられない優輝は弁当を取られると昼食がなくなってしまう。慌てて取り返そうとしたが、周囲のクラスメイト達も箸を伸ばしてきてしまい、優輝の弁当の中身は、すぐに空っぽになってしまった。
だからと言って優輝はケーキは食べられない。
それどころか、その臭いが近くにあるのも嫌になる。
捨てたくても学校で捨てるわけにはいかないから、授業が終わるまで人目につかない場所に置いておこうと考え、廊下をウロウロとしていたら、飯田加奈子が音楽準備室の場所を教えてくれた。
まさか、そこにむつみがいるとは思っていなかったが、昼食は抜きだと思っていたのに、むつみの弁当を目の前にして優輝は咄嗟に交換を申し出てしまった。
「…足りる?」
減っていく自分のお弁当の中身を見て、むつみは優輝に尋ねていた。
「…いつもこれだけ?」
「足りないよね、優輝君には。」
むつみと優輝の視線が絡み合うが、優輝が先に慌てて視線を逸らした。

「斉藤さんは、その…ケーキだけでいいのかよ。」
弁当を取り上げてしまったのは自分なのに、優輝はそんな事を聞いていた。
「うん。夕食までは無理でも授業が終わるまでは大丈夫だと思う。帰ってから何か作ればいいし。」
「あれ食べればいいじゃん。」
そう言って優輝は自分が貰ったケーキを指差す。
「…遠慮します。」
「どうしてだよ?」
弁当と交換だと優輝は言ったのに、むつみはそれを拒み、自分が作ったケーキを食べていた。
「だって…あれは彼女達が優輝君に渡したものでしょう?やっぱり…特別な気持ちとかあるだろうし…。」
彼女達の特別な感情が込められたケーキを自分が食べるのは嫌だった。
「でも俺、食べられないんだしさ。どうせ捨てるよあれ。帰ったら捨てる。」
食べられないのだから仕方ないけれど、彼女達の気持ちを考えるとむつみは胸が痛んでしまう。
「だからさ、ほら。」
優輝は手を伸ばして袋を1つ取る。
「はい。」
目の前に出された袋をむつみは見た。
袋の中に小さなカップケーキが入っている。
「優輝君…」
袋に張られているかわいい紙には、隣のクラスの女子の名前が女の子らしい字で書かれている。
そして、〝好きです〟の文字。
「…優輝君、ちゃんと読んだの?」
袋を持っている優輝の手を彼のほうへと押し、彼の目の前に持っていく。

「あぁ、これ?読んだよ、今。」
あまりにもあっさりと優輝が言う。
むつみは怪訝に思いながら立ち上がると、無造作に机の上に放り投げられている袋を手に取った。
「ほら優輝君。メッセージが書いてあるでしょ?」
彼の目の前にそれらを置く。
女子生徒の名前と共に書かれている告白の言葉達。
「私が食べられる訳がないでしょ?」
「どうして?」
優輝は不思議そうにむつみを見上げて尋ねた。


約束を抱いて 第二章-10

2007-01-04 10:19:27 | 約束を抱いて 第二章

「鍵、ここに置くね。」
加奈子が鍵を机の上に置いた。
「うん。ありがとう。」

「折角だから、一曲だけ弾いてから行くわ。」
手を振って出て行く加奈子を見送ると、しばらくしてピアノの音が微かに聞こえてきた。
毎日、保健室に逃げるわけにもいかず、今日は加奈子の計らいで音楽準備室へと来ていた。ずっとピアノを習っている加奈子は、時々音楽室でピアノの練習をしていた。
「綺麗…。」
加奈子の音色を聞きながら、幾分心が落ち着いてくる。
机の上に置いたままの弁当箱を手に取ろうとして、その横に置いてあるリボンの付いた袋が視界に入る。
むつみは、ゆっくりと額を机に当て、溜息を出しながら瞳を閉じた。
今日も、相変わらず優輝の周囲は騒がしかったが、それは昨日よりも勢いを増している。
昼休みになると、隣のクラスの女子が優輝を訪ねてきた。手に持った透明の袋にはカップケーキが入っている。そしてそれを持ってきたのは一人だけではなくて、また一人、さらにもう一人、とやってきていた。むつみはその光景を見ているのがつらくて、加奈子に誘われて音楽準備室へと来ていた。
「やだなぁ…」
そんな風に思ってしまう自分がさらに嫌になる。
優輝の周りにはいつも誰かがいる。それは同性や異性を問わないけれど、明らかに恋愛感情を持った異性が近くにいるのを見ると、むつみは心が締め付けられるように痛い。
優輝がカップケーキを受け取るのも、告白を受けるのも、自分が割り込めるものではないと分かっていながらも、そんな光景は見たくないと思ってしまう。
自分は優輝に気持ちを伝えているのに、彼からは何の返答もない。その返答のない事が優輝の気持ちを表しているのだろうか?
ピアノの音色が止まる。
加奈子が音楽室から出て行くのが分かるが、むつみは動かずに、また溜息を出す。
杏依に会えた事が嬉しくて、今朝の気分は良かったのに、優輝の事で一気に落ち込んでしまう自分の気持ちに対応するのが難しい。
しばらく、むつみは机に顔を伏せたまま瞳を閉じていたが、ドアをノックする音に慌てて体を起こす。
加奈子だと思っていたむつみは、ドアを開けた人物を見て驚き、すぐに声が出せない。
「斉藤さん寝不足?いつも眠そう。」
睡眠不足の原因である人が、平気な顔で聞いてくる。
「こんな所で何してるんだ?」
「…お弁当、食べようかと思って…。」
加奈子は既に済ませていたが、むつみは食欲がなく、弁当箱はそのままだった。
弁当箱に手を伸ばして、再び小さな袋に入ったカップケーキが視界に入る。
「調理実習の?」
むつみの隣の椅子に座った優輝が、机の上の袋を見て尋ねた。
「うん。優輝君…たくさんもらったでしょう?」
むつみ達のクラスと隣のクラスは一緒に調理実習の授業を受けていた。だからむつみも彼女達と同じカップケーキを作っていた。
「あぁ、これ?」
そう言うと優輝は手に持っていた鞄を開けるとむつみに見せた。そこには同じカップケーキがぎっしりと詰まっている。
「す…すごいね…。」
むつみはすぐに、詰められたカップケーキ達から目を逸らすと、自分の弁当箱を手に取った。
「あのさぁ。」
優輝は鞄を差し出して、むつみに言う。
「それとこれ、交換して。」