りなりあ

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約束を抱いて 第二章-17

2007-01-19 19:36:18 | 約束を抱いて 第二章

優輝は伸ばした指を空中で止めた。
9月に同じ動作をした自分を思い出す。戸惑う気持ちはあの時と似ているけれど、追加された新しい感情が余計に優輝を躊躇させていた。
あの時のように晴己の声が聞こえてくるかもしれないし、招き入れられた部屋には晴己が作る料理の匂いが漂っているかもしれない。
その光景を見てしまったら、あの時のように驚くだけでは済まないような気がする。
仮に晴己がいないとしても、何をむつみに伝えればいいのか分からなかった。
弁当を持って来てくれた事に対するお礼を述べれば良いだけかもしれないが、気持ちが優輝の中で上手く纏まらない。
久保に渡した意味が分からないし、久保の分まで作ってきた事も理解できない。
早朝の公園に姿を見せない事も気に入らないし、晴己の家に来ていた理由も納得できない。
優輝はむつみの行動に苛々としながら、左手に持っている布を見る。
むつみが持ってきた弁当箱は使い捨ての物で、優輝の手元に残ったのは、大きな一枚の布だけだった。明日学校でむつみに返そうかと思ったが、駅を降りた優輝は、むつみの家へと向かってしまった。
また指を伸ばして、目の前の建物を見上げる。
窓の向こうには明かりが灯っていて、家の中には人が滞在中だと分かる。チャイムを鳴らせば誰かが応答してくれるだろうし、むつみに会う事だって出来る。
学校ではいつも誰かが自分の周りにいるし、周囲の視線を感じる。その中でむつみと話すことなど無理だった。
ようやく話せたのは、保健室での数分と、音楽準備室でむつみにお弁当を交換してもらった時だけだった。昨日の帰り道はむつみと一緒に電車で帰れるかと思ったのに、晴己は頑固だし、むつみが新堂の家に来た理由が気に入らなかったし、結局優輝はむつみと満足できる会話をしないままだった。
早朝の公園にも、久保との練習にも、週末のクラブにも、むつみは優輝の前に姿を見せるわけではなく、近くにいるのに遠く感じてしまうむつみの行動が、優輝には理解出来なかった。
「最悪。」
優輝は握り締めていた布をポストへと入れた。

◇◇◇

むつみはポストから取ってきた朝刊を父親に渡した。
「…朝食の…パンは、足りるの?」
「大丈夫よ。」
母親の声が届く。
「今日は早く帰って来るから一緒に買物に行きましょう。」
少し前なら嬉しかった母親の帰宅が、今回は残念に感じてしまう自分が悲しかった。
「…うん。」
むつみはポケットに入れた布の存在を感じる。
優輝が家の前まで来てくれた事が嬉しいと思う気持ちはあるが、話すきっかけをなくしてしまった残念さも感じる。
母親の在宅中に弁当を作る事など出来ないし、届ける事も出来ない。
今も、パンを買いに行くという口実がなければ早朝に家を出るのは不自然だった。
「むつみ?何か予定があるの?」
碧が問う。
「ううん。何もないから。宿題は昼休みに学校で済ませておくから、私が帰ってきたらすぐに行ける?子供用のおもちゃを…見に行っても良い?」
むつみの言葉に彼女の母親は微笑んだ。



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