りなりあ

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指先の記憶 第二章-14-

2008-12-11 23:23:37 | 指先の記憶 第二章

「いいえ。」
少年は穏やかな笑みで否定した。
「6年生です。」
今時の小学生は大人だわ。
斉藤先生のお嬢さんと同じ学年だし、彼女も妙に落ち着いているし。
それとも私が子どもなのかな?
ただ、目の前の少年は、まだ声が幼い。
表情と言葉遣いが、可愛い声とアンバランスだった。
「あなたは?」
「え?」
「あなたも斉藤先生の手伝いですか?」
ここで住んでいた訳ではなく、今まで健康診断の時に手伝いをした事もない私は、ここにいる自分を説明できなかった。
私は子ども達に甘えてばかりで頼ってばかりで、斉藤病院の人達が施設に来てくれる時、いつも自宅に逃げていた。
「それとも」
答えない私に構わず、彼は施設へと視線を戻す。
その視線の先を追って、私はこの場所を訪れる自分自身の気持ちに逆らう事など出来ないと、すぐに悟った。
「よしみちゃん」
高く透き通る声が、施設の庭に響く。
駆けて来る小さな身体を見て、こんなに早く走れるようになったのだと、私は嬉しくなった。
そして、その身体を雅司君が捕まえて、2人が手を繋いで歩いて来る。
「ここに来る事に理由など、ない…という事ですか?」
少年の問いに頷こうとしたら、門の向こうに雅司君が立つ。
「よしみ」
見上げてくる瞳が私を見て、そして少年を見る。
「…だれ?」
雅司君に問われて、私は隣に立つ少年を見た。
私よりも少し背が低い、小学生の男の子。
この子の身長は、これからも伸びていくだろう。
「好美ちゃん。こんにちは。」
雅司君と舞ちゃんの後ろを歩いて来ていた保育士の女性が、門の施錠を開けてくれた。
「はじめまして。斉藤先生のお手伝いで、こちらに来させていただきました。桐島明良と申します。宜しくお願いします。」
自ら名を名乗り、丁寧に頭を下げる少年を、雅司君が見上げた。
そして、その視線に答えるように少年-桐島明良-が、雅司君の前に屈む。
「はじめまして。雅司君。」
妙だと思った。
でも、それは私だけではなく、雅司君も感じたようで、彼は不思議そうに明良君を見た。
「あきらだよ。よろしく。」
明良君が雅司君の両手を取った事で、舞ちゃんと繋いでいた手は離れてしまった。
でも、雅司君は怒らなかった。
「あきら おにいちゃん?」
「そう呼んでくれると嬉しいな。」

雅司君は怒らず笑顔を明良君に向けた。
その笑顔が私の心をチクチクと刺す。
雅司君が須賀君以外の人に懐くのは、珍しい。
舞ちゃんの事で怒らないのも、変だ。
「あきら おにいちゃん」
舞ちゃんが雅司君の言葉を真似た。
絵里さんの婚約者が私の名前を知っていた事を、私は思い出した。
絵里さんが私の事を話題に出していたのだろうか?
でも、斉藤病院の庭で繰り広げられた会話は、一つ一つが何だか妙だった。
「好美ちゃん。中に入りましょう。」
保育士さんの声に私は頷く。
そして、前を歩く人達を見て、彼らの笑顔に心が痛くなる。
3人の中で明良君は真ん中を歩いていた。
雅司君と舞ちゃんが明良君と手を繋いでいる。
そんな事、私はしたことがない。
そして、見たことのない光景だった。
舞ちゃんに執着していない雅司君を見たのは初めてだった。

◇◇◇

どうして桐島明良君は雅司君の名前を知っていたのだろう?
どうして倉田直樹さんは私の名前を知っていたのだろう?
どうして、初めて会った人に懐くのに、私の事を雅司君は嫌うのだろう?
桐島明良君が施設を訪問した日から、私には疑問が多くなっていた。
「姫野。親戚の人が迎えに来てるぞ。」
「え?」
部活を終えて帰る準備をしていた私は顧問の先生の言葉に首を傾げた。
私には親戚など、存在しない。
何処かで数名は存在しているとは思うが、頻繁に連絡を取り合う親戚などいない。
「…誰ですか、それ。」
質問したのは須賀君だった。
「誰って…姫野を迎えに来たって言うから…思い当たらないのか?」
頷く私を見て、先生は困った顔をした。


指先の記憶 第二章-13-

2008-12-11 03:14:31 | 指先の記憶 第二章

お茶を淹れた私が台所から居間に戻ると、杏依ちゃんは畳の上で正座をしていた。
そして、彼女の視線は仏壇へと向けられていた。
「杏依ちゃん。お茶飲む?」
問うと杏依ちゃんは視線を上げて私を見ると、テーブルの前へと移動した。
友人達が仏壇に手を合わせるのを戸惑うように、杏依ちゃんも戸惑っているのだろう。
抵抗もなく、まるで当たり前のように、当然のように仏壇に手を合わせるのは須賀君だけだ。
「好美ちゃん。」
杏依ちゃんがお茶を飲み、そしてテーブルの上に湯呑を置いた。
「好美ちゃんの、おばあさまとおとうさま?」
彼女の視線は仏壇の横に置かれている棚に向けられていて、そこには祖母と父の写真が飾られている。
杏依様と呼ばれることが嫌だと言った杏依ちゃんが、私の祖母と父の事を“さま”で呼んだのが変な感じだった。

◇◇◇

普段と様子が違う杏依ちゃんとの会話に困ってしまった私は、アルバムを見せていた。
それなのに、桜餅を見た途端、杏依ちゃんはいつも通りの彼女に戻ってしまった。
呆れる気持ちと、そしてホっとする気持ち。
カレンさんが連れて行ってくれた店で、私はすぐに理解した。
京都の桜餅と東京の桜餅は形が違う。
嬉しそうに、幸せそうに食べる杏依ちゃんを見て、私は連休の間の妙な感情の起伏から、ようやく解放されたような気がした。
京都の桜餅を食べてみたかったと言った杏依ちゃんの言葉を聞いて、彼女は2種類の桜餅の存在を知っていて、敢えてカレンさんへのお土産に選んだのだと気付いた。
「杏依さん。」
須賀君が杏依ちゃんの事を“杏依さん”と呼ぶのが変で、慣れるのには時間が必要な気がした。
「不思議ですよね?同じ名前なのに、材料は違うかもしれないけれど大きく異なる素材でもないのに、存在する場所が違うだけで形も味も…中身も全く違うモノになってしまう。」
桜餅を頬張っていた杏依ちゃんが顔を上げて不思議そうに首を傾げた。
その仕草の愛らしさからは、先ほどまでの寂しそうな雰囲気は想像できない。
「育ってきた環境に溶け込んで周囲に認識されて自分の形を保ち続ける。」
…訳、分からない。
「桜学園は、どうですか?慣れました?」
ようやく、須賀君が普通の会話を杏依ちゃんに向けた。
「…うん。」
杏依ちゃんが少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「中学の友達も一緒だし、従兄も一緒だし。…私が育ってきた環境とは随分と違うけれど。」
「でも、杏依さんは元々桜学園に通っていても不思議じゃない家庭環境だから、大丈夫ですよ。」
なぜか自信たっぷりに答える須賀君が、私に再び得体の知れない不安を感じさせた。

◇◇◇

連休の後の週末は気持ちが盛り上がらない。
須賀君は部活の後に部員達と一緒に勉強をするみたいで、今夜の夕食は冷蔵庫に入っているから、と言われた。
出来る限り1人で過す時間は少なくしたいし、そんな事を理由に施設を訪問するのは間違っていると分かっているけれど、部活を終えた私は自宅に戻らずに施設に向かった。
「こんにちは。」
施設の前で1人の少年に声をかけられて、見覚えのない顔に、私は首を傾げた。
子どもを施設の前で見るのは、良い気分ではない。
彼が新しく施設で住むのかもしれないと考えると、会話に困る。
「こん、にちは。」
戸惑いながら答える私に、少年は明るい笑顔を向ける。
「斉藤先生と待ち合わせをしているのですが少し早く到着してしまって。」
「え?」

「今日、ここでお手伝いをさせてもらうことになりました。」
そういえば、今日は斉藤先生が子ども達の検診をしてくれる日だった。
大江さんも、来るはずだった。
ボランティアの子もいると言っていたけれど、こんなに年齢の若い子だとは思わなかった。
「少しでもお手伝いさせてもらいたくて斉藤先生にお願いしたら、了承していただけました。すみません。僕だと頼りないですよね?

「ち、違うの。そうじゃなくて…驚いた、だけ。中学…生?」
戸惑っている私とは違い、少年はとても落ち着いていた。