りなりあ

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指先の記憶 第二章-13-

2008-12-11 03:14:31 | 指先の記憶 第二章

お茶を淹れた私が台所から居間に戻ると、杏依ちゃんは畳の上で正座をしていた。
そして、彼女の視線は仏壇へと向けられていた。
「杏依ちゃん。お茶飲む?」
問うと杏依ちゃんは視線を上げて私を見ると、テーブルの前へと移動した。
友人達が仏壇に手を合わせるのを戸惑うように、杏依ちゃんも戸惑っているのだろう。
抵抗もなく、まるで当たり前のように、当然のように仏壇に手を合わせるのは須賀君だけだ。
「好美ちゃん。」
杏依ちゃんがお茶を飲み、そしてテーブルの上に湯呑を置いた。
「好美ちゃんの、おばあさまとおとうさま?」
彼女の視線は仏壇の横に置かれている棚に向けられていて、そこには祖母と父の写真が飾られている。
杏依様と呼ばれることが嫌だと言った杏依ちゃんが、私の祖母と父の事を“さま”で呼んだのが変な感じだった。

◇◇◇

普段と様子が違う杏依ちゃんとの会話に困ってしまった私は、アルバムを見せていた。
それなのに、桜餅を見た途端、杏依ちゃんはいつも通りの彼女に戻ってしまった。
呆れる気持ちと、そしてホっとする気持ち。
カレンさんが連れて行ってくれた店で、私はすぐに理解した。
京都の桜餅と東京の桜餅は形が違う。
嬉しそうに、幸せそうに食べる杏依ちゃんを見て、私は連休の間の妙な感情の起伏から、ようやく解放されたような気がした。
京都の桜餅を食べてみたかったと言った杏依ちゃんの言葉を聞いて、彼女は2種類の桜餅の存在を知っていて、敢えてカレンさんへのお土産に選んだのだと気付いた。
「杏依さん。」
須賀君が杏依ちゃんの事を“杏依さん”と呼ぶのが変で、慣れるのには時間が必要な気がした。
「不思議ですよね?同じ名前なのに、材料は違うかもしれないけれど大きく異なる素材でもないのに、存在する場所が違うだけで形も味も…中身も全く違うモノになってしまう。」
桜餅を頬張っていた杏依ちゃんが顔を上げて不思議そうに首を傾げた。
その仕草の愛らしさからは、先ほどまでの寂しそうな雰囲気は想像できない。
「育ってきた環境に溶け込んで周囲に認識されて自分の形を保ち続ける。」
…訳、分からない。
「桜学園は、どうですか?慣れました?」
ようやく、須賀君が普通の会話を杏依ちゃんに向けた。
「…うん。」
杏依ちゃんが少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「中学の友達も一緒だし、従兄も一緒だし。…私が育ってきた環境とは随分と違うけれど。」
「でも、杏依さんは元々桜学園に通っていても不思議じゃない家庭環境だから、大丈夫ですよ。」
なぜか自信たっぷりに答える須賀君が、私に再び得体の知れない不安を感じさせた。

◇◇◇

連休の後の週末は気持ちが盛り上がらない。
須賀君は部活の後に部員達と一緒に勉強をするみたいで、今夜の夕食は冷蔵庫に入っているから、と言われた。
出来る限り1人で過す時間は少なくしたいし、そんな事を理由に施設を訪問するのは間違っていると分かっているけれど、部活を終えた私は自宅に戻らずに施設に向かった。
「こんにちは。」
施設の前で1人の少年に声をかけられて、見覚えのない顔に、私は首を傾げた。
子どもを施設の前で見るのは、良い気分ではない。
彼が新しく施設で住むのかもしれないと考えると、会話に困る。
「こん、にちは。」
戸惑いながら答える私に、少年は明るい笑顔を向ける。
「斉藤先生と待ち合わせをしているのですが少し早く到着してしまって。」
「え?」

「今日、ここでお手伝いをさせてもらうことになりました。」
そういえば、今日は斉藤先生が子ども達の検診をしてくれる日だった。
大江さんも、来るはずだった。
ボランティアの子もいると言っていたけれど、こんなに年齢の若い子だとは思わなかった。
「少しでもお手伝いさせてもらいたくて斉藤先生にお願いしたら、了承していただけました。すみません。僕だと頼りないですよね?

「ち、違うの。そうじゃなくて…驚いた、だけ。中学…生?」
戸惑っている私とは違い、少年はとても落ち着いていた。



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