りなりあ

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指先の記憶 第二章-19-

2008-12-23 01:47:56 | 指先の記憶 第二章

今日の午前中、テストの答案が返された。
入学して、まだ少し。
教科書もそれほど進んでいないと勝手に思い込んでいて、どうにかなるだろうと簡単に考えていた私は惨敗だった。
その結果を、どうして知っているのか分からないけれど、クラスが違う須賀君が昼休憩になった途端、私の教室に姿を見せた。
須賀君の態度が、まず嫌だった。
私が須賀君に答案を見せるのを当たり前のように、須賀君が見るのが当たり前のように、彼は私の机の横に立った。
そんな態度の須賀君に言い返したのが間違いだった。
須賀君には関係ない。
思わず出た言葉に、彼が怒った。
彼が怒った事が、更に私を苛立たせた。
クラスメイトの視線が気になるから鞄を持って教室を出て、説教のような小言を続ける須賀君に適当な相槌を返して、私は女子トイレに入った。
女子トイレの窓から逃げたのに、すぐに気付かれて追いかけられて、そして今の状態に至っている。
「うわぁ…これは、ちょっと酷いわね。」
顔を上げられなかった私が、その言葉に戸惑いながら顔を上げると、入り口に先輩達が立っていた。
「ほら。松原君見て。」
瑠璃先輩が見ていた用紙を松原先輩に渡す。
「こういう点数って、杏依の答案用紙以外で見たことないわよね。」
「あぁ!!ちょっと待ってください!」
弘先輩が抱えている鞄は開けられている。
ということは、先輩達が見ているのは私の答案?
「…よく…入学できたな。姫野。」
松原先輩の言葉が、私の胸に突き刺さる。
「責任感じるわよね。この点数。」
瑠璃先輩が、弘先輩に私の答案用紙を見せる。
「見せないでください!」
「サッカー部のマネージャーをしているのが原因だって言われると。」
私は首を横に振った。
「須賀君の友達なら、そう思ったのは私達だし。」
瑠璃先輩が答案用紙を鞄の中に入れる。
「松原君のファンクラブ会員なら、それはそれで都合が良いと思ったし。」
弘先輩が開いた鞄を閉じてくれる。
「でも、まぁ、どうやら偽ファンみたい」
「ち、ちがいます!」
私は慌てて立ち上がる。
「わ、私は」
「姫野。急に立ち上がるな。」
私は隣を見上げて、須賀君に見下ろされている事に気付いて、更に焦る。
「い、今…て、点数、見た?」
「見た。」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい!今日から、ちゃんと勉強するから。宿題も学校で写させて貰った…い、いや違う!ちゃ、ちゃんと自分でしてたから。うん。時々、時間がなくて忘れた時とか見せてもらったけど。今日からは自分でするし、あぁ!ダメダメ!今日も部活あるし、ど、土曜日になったら」
「だから、それだと困るの。」
瑠璃先輩の言葉が、動揺している私の言葉を遮った。
「部活が原因だと言われると、私達が困るの。だから」
恐る恐る視線を移動させて、そして見た瑠璃先輩の表情が私の背筋を凍らせる。
「楽しそうだわ。姫野さん。」
それは、まるで。
絵里さんのようで。
「みんなで協力するわね。」
「…あ…。」
その光景は、中学の時にファンクラブが憧れたモノ。
「…杏依…ちゃんの」
まだ、私が彼女に出会う前の。
彼女の事を何も知らない頃の。
「先生…達、だ…。」
表情が変わらなかったのは弘先輩だけで、瑠璃先輩と松原先輩は少し表情を固めた。

「そうね。」
そして、瑠璃先輩の頬が緩む。
「須賀君を含めて、ね。」
私は隣を見て、そして杏依ちゃんの言葉を思い出す。
甘いクレープを食べながら、甘い甘い笑顔で告げられた言葉。
『康太君はね。私の先生だったのよ。』
私の知らない須賀君の“過去”を杏依ちゃんは知っている。
「姫野。今回は逃げられないからな。」
受験生の時、松原先輩達に教えてもらう事を拒んだ過去を思い出して、あの頃は偶像に近かった人達が、今は近くに存在している事を再認識した。
「よ、ろしく…お願いします。」
この事を杏依ちゃんに伝えたら、彼女は何と言うだろう?
羨ましいと言うかな?
良かったね、と言うかな?
この場所に…戻りたいと言うかな?
そんな事を考えながら、最近杏依ちゃんが姿を見せない事を不思議に思った。