りなりあ

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指先の記憶 第二章-17-

2008-12-14 12:31:11 | 指先の記憶 第二章

勧められたお茶は少し苦くて、でも、授業と部活で疲れていた私の体と心を引き締めてくれた。
出された和菓子は、とても美味しくて、やっぱり絵里さんの選んでくれる“甘いモノ”は、抵抗なく食べられる。
「…良かったら、私の分も、どうぞ。」
祥子さんが、そっと和菓子を寄せてくれる。
「いいえ!大丈夫です。」
そう答えたのに。
私のお腹は正直に空腹を知らせた。
「好美ちゃん。一緒に食事をしましょう。勉強と部活で疲れているでしょう?須賀君は、まだ自宅には到着していないと思うから、私から直樹さんに連絡しておくわ。」
その甘く優しい声に騙されたと私が気付くのは、数十分後。
やはり本家本元だ。
カレンさんとは比べ物にならない。
箸の持ち方から注意されて、眉間に皺を寄せた私は絵里さんに負けずに言い返した。
美味しい食事の最中に、細かく色々と言われるのは、とても嫌。
それに私が作法を間違える前に、行動を起こす前に絵里さんは注意をするから、余計に嫌だった。
反抗する私を、祥子さんが珍しいモノを見るような目で見ている事は、なんとなく感じていたけれど。
私は…その状況を楽しんでいた。

◇◇◇

帰宅すると、須賀君が待っていてくれた。
少し表情を揺らして私を見た彼は、すぐに安堵したように頬を緩めた。
「楽しかった…みたいだな。」
何も話していないのに、彼には私の感情が全て分かってしまう。
「うん。楽しかった。絵里さんの従妹さんが来ていて、一緒にお茶を飲んで。あ、ちゃんと正座するお茶だよ?今日は作法は気にしなくていいって言ってくれたけれど、今度は厳しく教えられそう。だって祥子さん、あ…絵里さんの従妹さんね。彼女は着物だったし。」
須賀君は、私を畳の上に座らせる為に肩に手を置いた。
その手が、なんだかとても優しくて温かくて。
直樹さんに送って貰うとか貰わないとか、揉めていた須賀君とは別人のようだった。
「目黒祥子さん、だろ?」
「え?知ってるの?」
「彼女、俺達と同じ中学。松原先輩達のクラスメイトだよ。姫野は知らなかったのか?松原英樹ファンクラブ会員なのに?」
「えぇ?知らないよ。松原先輩のクラスメイトまで。瑠璃先輩とか、由佳先輩とか、杏依ちゃんの話題は多かったけど。クラスメイト全員まで把握してないよ?」
「だろうな。姫野は偽ファンだし。」
「ちょ、ちょっと。須賀君!」
反論しようとした私は、テーブルの上におにぎりが並んでいる事に気付いた。
「絵里さんの家で夕食を食べるとしても、豪華な食事だと姫野の口に合わないだろうと思ってさ。」
「なによ、それ」
何かが、引っかかる。
「…どうして、豪華な食事だって思うの?そりゃ…会席料理みたいだったし、カレンさんと食べた料理に負けないくらい豪華だったよ。綺麗だったし。家庭の料理で、あんなに豪華な料理が出るなんて、驚いた。」
「さっきの男性。」
「え?」
「絵里さんだけ見ても、どこかのお嬢様だろうな、と思ってたけれど、絵里さんの婚約者。倉田直樹…さん、杏依さんの結婚相手の“いとこ”だから。」
「そ、そうなの?」
「新堂晴己の従弟の婚約者の家だったら、一般家庭とは違うだろ。」
「そう、だね。大きなお屋敷だったし。」
「食べるか?それとも、満足できる食事だったのか?」
私は、須賀君の手作りおにぎりに視線を移す。
「うん…美味しかったよ。」
豪華で綺麗で、作法は色々と難しいな、と思ったけれど。
「食べてもいい?」
須賀君が、おにぎりをひとつ渡してくれる。
「…おいしい。」
おにぎりは懐かしくて、そして心が満たされる気がした。
「須賀君、私ね。楽しかったの。」
私は自分が感じた気持ちを、再び彼に伝えた。
「私が“ある程度成長した時”は、おばあちゃん入院していたし、もちろん色んな日常での作法は教えてもらっていたけれど、私は大人から教えてもらう機会が、凄く他の人達よりも少ないんだって、分かったの。」
1人で暮らしていると、色んな面で自己流が生まれてしまう。
それは悪い事ではないけれど、正しい知識を身につけていない…かもしれない。