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第1回 新宿2丁目「開拓地」

2013年06月08日 05時39分00秒 | アーカイブス : ロック喫茶 ・ バー
 高校時代に出会った新宿の3大ロック喫茶・ローリングストーン・サブマリン・開拓地、の1つ「開拓地」(何件もあったから個人によっては違うのは承知)
 たまにリンゴへ参上する時に、管理人さんと時間つぶしに行く「ドトールコーヒー新宿2丁目店」の志村ビルの2階にその店はあった。
 何故、行くようになったかは思い出せない。しかし、すぐ近くの「サブマリン」と同じく、自分の音楽脳形成には欠かせない“情報源”と“環境”になったのは間違いない。
 ネットのない時代、当時のロック少年にとっては、情報は音楽雑誌とラジオ放送、友人達の口コミが主流。コンサートは金銭的にも最後の砦。となると、まだ絶滅寸前だった「ロック喫茶」に行くしかない。
 自分の高校は「明大前」。しかし、大学生が多いのでジャズ喫茶“マイルス”くらいしかない(もちろん何回か行ったが)。やはり、下北沢、吉祥寺、渋谷そして新宿のロック喫茶に行くしかないんだな。
 近くの下北沢は線路脇の1階、2階の“イートアピーチ”“トラブルピーチ”には通ったが、「ブルース喫茶」(死語)のほうが通ったか(苦笑)。
 他の地域はともかく、新宿といえば、「開拓地」と「サブマリン」しかない。昼間から学校サボっても行けるしなあ。
 開拓地は、基本的にアメリカン・ロックバーといった趣。鰻の寝床の店内は、木材のテイストで心地よい、高校生でも何となく馴染む。
 怪しい雰囲気は無かった。たぶん、店のマスターが大らかだったのだろう=思い出せない(すんません)。後から聞くと“薬”関係でラリった人間もいたとかいないとか。
 しかしねえ、単純ロック馬鹿高校生にとっては、単純にロックを大音量で安価で聴ける店、であれば怪しさなど実害が無ければどうでもよい。という感じで突っ張っていたんだね。
 たぶん、自分にとってはこの店が「アメリカンロック」の師匠だったと思う。
 一番の思い出は、“同じ高校の同級生数人と夜から朝まで過ごした日”だろう。多少の酒は飲んだだろうが、次の日に、何事もなく高校へ授業を受けに行ったな。
 親には適当に言いつくろっていたが、何とか誤魔化せた。寛容なマスターとロック馬鹿高校生の一夜。
 閑話休題・現在、inter FM の「Lazy Sanday」のDJ ジョージ・カックルは、雑誌「レコード・コレクターズ」でも連載を書いている鎌倉生まれの米国人、彼のプロフィールを見ていたら、「ロックバー開拓地で音楽の世界にのめりこむ」とあった。たぶん店員だったのだろう(2歳年上)。
 それと、私の紹介で店に通い始めたラモウんも、彼の高校の同級生と、この店でのラブストーリー?などが繰り広げられたらしいです。・・・by Mr.UNIVERSE

※管理人より
現在の建物です。「占」と書かれたカンバンの先がビルの入り口だが、上部に“志村ビル”と肉眼ではよーく見えた。

2013.06.08撮影
コメント (8)
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