フランス人交友記録

フランス人との交流を通して感じたことを書いています。

無事帰国へ   振り返れば結果として、一番のトラブルは「蕁麻疹」

2021-01-18 00:00:28 | 2019年クリスマスの旅行(アルザス・リヨン)

昨夜は、ミシェール夫妻と最後の夕食をいただいた。

ヴァンセンヌには美味しいチーズ屋さんもあり、彼女が買ってきていたチーズ。確かくるみ入り?のブリー?かカマンベールだったように思う。

デザートはいつも買っていたパン屋で私が買ったエクレアとタルト。実は彼女、このパン屋さんの前を通った時「ケミカルだから」と言って敬遠していたのだが、昨夜近くで開いていたのはここだけだったので買うしかなかったのだ。ところが彼女も「美味しい!!」。(もちろんどこで買ったかは言わなかった、笑)

Jルイさんと最初にお茶したのもここだったし、Jルイさんは、「毎朝ここでパンを買ったらいいね」と言っていた。

 

ご主人は薬剤師で、もっと空港より所に薬局があって、そこに泊まることもあるそうだ。朝は早いのですれ違うことが多かったが、昨日は朝と夜一緒に食事ができた。

苦手なフォアグラだが、農家直々?というのか、そういうのはとても美味しい。あの独特の舌触りさえ、あまり気にならないくらいだ。

とは言え、好んでいただきたいとは思わないのだが、やはりフランスでは、シャンパンにフォアグラのアペリティフが一番のおもてなしで、これから始まり、その後テーブルへ移って、食事となる。

彼女のお母さんがトゥールーズに住んでいて、1ヶ月に1度は必ず行っているようだ。(このフォアグラもその近くの農家で購入しているそうです)

その時、いつも空港へタクシーで行くのだが、一度とても親切なタクシーの運転手にあたり、なまえを聞いておいて、それ以来指名されているようで、その人に予約をしてくれた。

普通なら1時間もかからないのだが、来た時ストライキの影響で時間がかかったこともあり、余裕をみて9時にお願いをした。

 

 

そして翌朝、Jルイさんも朝早く挨拶に来てくれたので、一緒に朝食をいただいた。お世話になった彼にもお礼を言った。

運転手さんはアジア系の人だった。確か、カンボジア人といったと思う。奥さんが見込んだだけあって、とても感じがよく信用できる人だった。

そういえば、2003年に初めて個人で来たときのタクシー運転手もカンボジア人で感じよかったことが思い出される。マリーエメも、アジア人は勤勉だから、問題ないと言っていた。

 

何と空港まではとても空いていて、30分もかからないくらいだった。しかも料金も40ユーロを切っていた。パリ市内―空港だと、均一料金だが、右岸だと50ユーロ、左岸だと55ユーロだから、やはり郊外で渋滞がなければ、場所によってはお得ということだ。

9時半くらいに着き、出発は13時10分なので、時間がありすぎるくらいだ。

珍しくゆっくりお店でも見て、お茶でも飲もうと思っていた。

しかし何を間違ったか、空港で早く手荷物コントロールのところへ行きすぎてしまったようで、ターミナル2のお店が多いところはもう過ぎてしまっていて、高価な免税店が並ぶところしか見られず、時間は持て余すし、本当に残念だった。

初めてのことだが、空港で見た回転ずしを食べてみた。これが日本のお寿司と思われたら、とちょっと思ってしまうけど、まあ空港店としたらこんなものなのかもしれない。

こんなにチーズが乗っている!!たこ焼きじゃない。下の写真はお寿司だ。フランス人はケチャップは嫌いで、マヨネーズが好きなんだそうで、マヨネーズも。そういえば、来日するフランス人はコンビニおにぎりでツナマヨが好きな人が多い。

そして、いろいろあった今回の大型ストライキ真っただ中のクリスマスのフランス滞在も友人たちのおかげで、終わってみれば何もトラブルもなく、終えることができた。

一番のトラブルは蕁麻疹だったかもしれない。

それも今後長期滞在をする折に忘れてはいけない薬のリストに、アレルギーの薬も入れなくてはいけないということを教えてくれたので、結果的にはいいだろう。

 


「どういたしまして」=「当然ですよ」=「C'est normal」

2021-01-17 00:16:26 | 2019年クリスマスの旅行(アルザス・リヨン)

疲れてきたので、お茶を飲むことにしたが、プランタンの上階のとても高いケーキ。大好きなタルト・タタン。

1つ10ユーロということで、1000円を超えている。疲れていたこともあり、奮発することにした。よく見ると、周りでお茶を飲んでいる高齢のマダムたちもどことなく上品なことに気が付いた。

カフェ・グルマンならぬ、テ・グルマンもあった。

 

そのあと、ラファイエットものぞくと、天井からのクリスマスツリーやデコレーションがまたとても綺麗で格別だった。

レ・アールでも見てすごいなと思ったが、ラファイエットは毎年評判だそうで、さすがだった。

この透明のプレートの上は歩くことができるのだが、もちろん人数を限ってだ。重量制限しないといけないのだ。

あまりにもきれいなので、もう少し。

 

そのあとはオペラ座・マドレーヌのあたりも通りながら、コンコルド広場まで歩き、1号線のメトロに乗ることにした。

ちょうど広場に来た時、エッフェル塔がキラキラ光り出した。シャンパンフラッシュというのだそうだ。運がいい最終日だった。何度もパリに来ているが、初めて尽くしだった。

帰りのメトロの中で、若い青年に席を譲ってもらい、彼が下りるときもう一度、メルシーというと、「当然ですよ。」と日本語で言って、にっこり笑った。日本にきっと来たことがあるのだろう。私が日本人だとわかったのだなと、嬉しかった。

本当は日本語だと、「どういたしまして」と返すのだが、フランス人はこのような時、「当然ですよ。」という。フランス語の「C'est  normal」にあたるからだ。

春に、ムッシュに席を譲ってもらっテ「メルシー」と言った時も、「C'est normal」、そういわれたことを思い出した。

 

すっかり遅くなって、シャトードヴァンセンヌで最後に日本に持って帰る食べ物を買うことはできなかったが、まあよしとしよう。おいしそうなクリスマスのイタリアのパン、パネトーネのお店があったのだが。数日前、帰国前に買おうと思っていたので、「また日曜日に来るね」と言っていただけにちょっと残念だった。

 

本来なら、空港近くのホテルで前泊案もあり、実際予約もしていたのだが、結局オーナーのミシェールさんの提案で、明日の朝、彼女がいつも指名してきてもらうタクシーで空港へ行くことにしたのだった。

お陰で今日は有効に時間を使えたし、パリにやっぱり一日でも長くいたかったので、嬉しい。

 


パリ最終日はカフェの朝食でスタート 

2021-01-16 01:01:16 | 2019年クリスマスの旅行(アルザス・リヨン)

  バレエから帰宅後、蕁麻疹は耳の中までひどい痒みで、鎮痛剤はよほどのことでないと飲まない私も、痒みに耐えかねて、薬を探し、アレルギーに効きそうな薬があったので、とりあえず飲んでみることにした。初めてのことだった。

顔も腫れているし、頭の中も痒いし、体中みみずばれで、よく昨夜から辛抱しているなと思えるくらいの状態だった。このままだと朝には目も腫れそうだと思った。

 

ところが、薬の効果か、翌朝になるとその痒みもみみずばれも嘘のように治っていた。

こんなことなら、もっと早く飲めばよかったと思った。

 

今日はこの貸し家のオーナーであるピエールとミシェール夫妻から、いつも日曜日はカフェでモーニングを取るので一緒にと、誘ってもらった。

たぶんカフェにパンもあると思うが、カフェに行く前にパン屋でパンを買って、カフェに入り、バターは持参していて、飲み物だけを頼むということだ。こんなことが出来るのもこれも毎週日曜日に来ているいわば顔見知りだからであろう。

このシャトードヴァンセンヌは、意外とパリにあるようないわゆるカフェは本当に少ない。このカフェは小さくて気がつかず通り過ぎてしまいそうなものだが、映画好きな人が喜びそうなレトロな感じで、ちゃんとそういう店を抑えておられるんだなと感心した。

 

カフェでの朝食を楽しみ、マルシェを少し覗きながら、メトロの駅へと向かった。いよいよパリ最終日だ。

 

まずはサンポールまで行って、そこから散歩した。5月の火災で尖塔を焼失したノートルダムを見に行った。辛く悲しい姿を現実に目にし、呆然としたが、少しずつ修復も始まっているようだった。

 

レ・アール(昔の市場跡の大きな商業施設だ)と市役所を通って、BHV(スーパーとデパートの間くらいの大型店)の上のカフェテリアに行き、ランチを取ることにした。

レ・アールのクリスマスツリー

下の二枚は市役所前

フランスはこういうところでも、リーズナブルだし、結構おいしい。

そこからまたてくてく歩き、シャトレまで行き、14号線でサンラザールまで出た。ストの真っ最中だが、1号線と14号線は無人運転の路線なのでこの2本に限り動いているのだった。改札口はオープンで、チケットをいれなくても改札の機械は開いており、チケットレスだった。つまり公認の無賃乗車。こういうところがフランスのおおらかさだ。

サンラザールは、春に来た時、何度も通ったところで、以前行った小さな食器のお店を探したが、見つからなかった。調べると閉店してしまったようであった。お店のお兄さんも感じがよかった(これ大事)ので、楽しみにやってきたのに、とても残念なことだった。

仕方がないので、プランタンのクリスマスツリーを見たり、また初めて屋上に上がるとちょうど夕日が沈むころで、素晴らしい夕日に照らされたエッフェル塔を見ることができた。屋上がこんなにいい眺めだったとは、もっと早く気づいていれば、今までももっと来ただろうに。







シャンゼリゼ劇場の受付の親日君、良い席をメルシーボクー

2021-01-15 00:01:17 | 2019年クリスマスの旅行(アルザス・リヨン)

さて、劇場はアルマ・マルソー駅が最寄なのだが、メトロは運休なので、方向を考えて歩き出したが、間違ってはいけないので、長身の美しいマドモワゼルに尋ねると、奇遇なことに彼女も今からバレエを見るという。

音楽家で、彼女はこの劇場の管弦楽団に友人がいて、見に行くことにしたのだそうだ。

話しているうち、彼女は日本がとても好きだが未訪で、アジアでは中国にも少しの間演奏で行ったことがあると話していた。

 

劇場の前で 観劇前に食事をするからという彼女にお礼を言って 私はチケット売り場に向かった。

窓口の若い男の子は、「ようこそ、」と日本語を話す。日本人がよく来るのか、日本が好きなようで、ほかにも簡単な言葉を話した。

おかげで、博物館よりずっと安く15ユーロ、1800円の席だが、いい席を選んでくれた。メルシーボクー。

 

少し時間があったので、簡単な食事をしようと外に出ると、マリーエメがお気に入りで私も2度連れて行ってもらったカフェがあった。

このカフェのショコラショー(ココア)は、おすすめだ。ホイップされた生クリームが別の器で用意され、自分で好みに入れて飲むのだ。

今日は、遅めのランチなので、簡単にクロックムッシュを食べることにした。

そして、こちらは サラダ・パリジェンヌ。ゆで卵とハムとチーズのサラダだった。

しかし、痒みがひどく、食べていても味わうどころではなかった。特に暖まるとよくないようだ。耳の中まで痒みが走る。

 

せっかくの思い出のお店なのに、一刻も早くここを出たかった。冷たい風にあたりたかった。

 

時間まで散歩をして劇場に入った。

私の部屋は、鍵を開けてもらって入る6つの椅子があるブースだが、他にお客さんがいない。つまりブース丸ごと独占だった。

念願のバレエ、しかも白鳥の湖、痒みはますますひどかったが、バレエは最後まで堪能した。この旅行で一番の思い出と言っても過言ではないぐらい素晴らしかった。

ウクライナのキエフ国立バレエ団なので、手足が長く、本当に美しかった。

カーテンコールは撮影可能だったので、パチリ!!

お客さんは意外とカジュアルで、盛装しているような人はほとんど見受けなかった。フランス革命以降、ほかのヨーロッパの国と違い、フランスは特別な場合を除き、正装は要求されないということらしい。

外に出たら、素晴らしいイルミネーションンに目を奪われた。

これはディオール。

こんなかわいいデコレーションもクリスマスらしい。

 

帰りにシャンゼリゼのイルミネーションを見に行くと、馬車も通りがかり、ロマンチックな気分のまま帰路に就いた。


 縁日博物館

2021-01-14 00:09:49 | 2019年クリスマスの旅行(アルザス・リヨン)

今日は念願のクリスマスシーズンのバレエ鑑賞の予定だ。チケットは予約していないが、直前に残っている切符に賭けるつもりだ。

しかし、前夜からひどい蕁麻疹に悩まされ、みみずばれになっている。

生まれて初めての事だ。痒みもひどいが、どうしようもない。

 

なんと、前日ミッシェルさんの車の中に忘れ物をしたことに気づき、朝から取りに行くことになった。

また前日のコースで、NATIONまでメトロ、そこからバスだ。

チケットをガチャンとしようにも出来ず、もう当たり前のように満員のバスの後方から乗車する。

そして、まっすぐビュットショーモンのバス停へ。

時間のロスではあるが、ここはやはりもう一度訪れ、夫妻の顔を見る言い訳ができてよかったと考えることにする。

彼らも喜んで、「お茶でも?」と言ってくれたが、昨日の名残惜しさを大切にするため、あえて断り、さっと忘れ物をいただき、パリで最後の夫妻に改めてお礼を言って、「次はニースで」と別れた。

 

さあ、ここからバスで、縁日博物館のある「クールサンテミリオン」のバス停へ行かなければならない。(もちろんストがなければメトロで簡単に行けるところ)

しかし、15分以上遅れてきたこのバスは、なぜか「クールサンテミリオン」のバス停の手前で、「降りてください」と全員おろされた。

どうすればいいのか。別のバスに乗り換えろということだったので、皆が乗換えるバスに乗った。しかしどうやらこのバスは「クールサンテミリオン」のバス停に停車しないようだ。不安になり、乗ってから「クールサンテミリオンのバス停に行きたいのだけど」と、乗客に聞いてみた。

その人は「クールサンテミリオン」のバス停に最も近いバス停を教えてくれた。そして、降りたら今度は「クールサンテミリオン」のバス停がどっちなのか分らない。そうするとバスの中の会話を聞いていたと思われるマダムが、「こっちよ」と一緒に歩いてくれた。

 

彼女のおかげで、バス停はわかったが、そこから縁日博物館に行かなければならない。

地図を広げていると、やはり行き方を尋ねるのを聞いていたらしい黒人のマダムが、「一緒に行きましょう」とまた歩いてくれた。しかしなかなかつかない。

彼女は「いつも車で通るから、歩くと迷っちゃう」と言って、他の人にも聞いてくれたのだった。そうこうしているうちに遂に到着した。本当に親切な人ばかりだった。最後の黒人マダムは教え終わるとさっさと向こうへ行ってしまったので、少し追いかけ、お礼に持っていた折り鶴をプレゼントしたら、大変喜んでくれた。

 

この美術館はエスカレーターのおすすめだった。パリに戻ったら行くようにと、また常時開館しているわけではないので、チャンスだからと。

しかしエスカレーターの推薦にもかかわらず、ここは、数世紀前の時代を再現した遊園地のようなもので、子供が喜びそうなところであった。

しかも入館料が高い。20ユーロを超えていた。(2500円くらいだろう)

いくつかのゲームに参加できるようなチケットだったので、ギャルソンのレース、自転車をこぎまわるもの、などに参加してみた。

一通り見て歩いたが、それほど感動的なものもなかった。

バレエが気になっていたのと、蕁麻疹のせいもあったかもしれないが。

 

博物館を出た。

ワイン倉庫だった、クールサンテミリオンも今回で3回目。せっかく来たので、ここで食事も考えたが、それもあまり気が乗らず、バレエ鑑賞に向かうことにする。

 

動いている2本のうちの1本のメトロ14号線が通っている。

Gare de Lyon駅まで行き、1号線に乗り換えて、フランクリンルーズベルト駅で降りてから歩くことにした。

 

もうこの時も蕁麻疹が広がり、痒くてたまらなかった。

それでもバレエと思い、急いだ。

 

 


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