フランス人交友記録

フランス人との交流を通して感じたことを書いています。

 今回の旅行を振り返りながら、もう次のことを考えている。 

2024-09-10 07:34:04 | 2024年の旅

 

 今回の旅で、失敗と言えば、帰国後1ヶ月くらい経ってから気づいたFreeのSIMの件だ。

マントンで偶然見つけたFreeのショップで、SIMを購入し、1ヶ月の期間を指定したにもかかわらず、解約するまで継続の契約になっていたらしく、2ヶ月目の請求が来たのだ。

 これにはどう対応すればいいか、マルセイユのヴィルジニ、パリのソフィーにも最後には助けを求めたが、結局私が送った「1ヶ月で解約のはずが、そうなっていない」というメールで、ようやく解約への手続きになったようだ。

 Free は便利だったが、店の電話番号も記載がなく、ヴィルジニも連絡のすべがなく、どうしようもなかった。

 ただこの二人から、私がFreeとやり取りしたメールから、「おそらく解約にはなっており、3ヵ月目の料金は請求されない。しかしこの2ヶ月目に関しては、書類上解約がなされていなかったので、取り戻すことは難しいだろう」ということであった。

 金額にして3,000円くらいだったので、授業料と思うことにした。

    次回は店員に任せないで自力で頑張るか、再びOrangeのSIMにするか、E-SIMに挑戦するかまだ結論は出ていない。

 

 2024年、1年半ぶりのフランス旅行を振り返ってみると、今回は今までのスタイルを大幅に変え、会う家族数を限定したことで、どの友人ともゆっくり交流できたように思う。南仏をメインにしたことで、パリは過去最短の滞在でもあった。(空港泊をのぞくと、たった3泊)

 南仏からイタリアに足を伸ばし、久しぶりのイタリア滞在2泊も楽しむことができたし、マントンのアパート滞在も3泊ではあったが、貴重な時間を過ごせた。

 

 ニースのミッシェル夫妻とは、前回とは違い十分話もでき、今までで一番充実した滞在になったのではないか。それにしても91歳のミッシェルさんはまだまだ元気だとは言え、ここまで世話をしてくれるのは頭が下がる思いだ。

 

 マルセイユもエンマを含む家族との再会は、実に楽しいものだった。

 

 ソフィーの新居も訪ねられたし、娘のエンマ(偶然マルセイユのエンマと同じ名前)との初対面も果たせた。

 

 マルチーヌ宅では、短い時間ではあったが、マレ地区のアパートを借りる滞在も体験させてもらえた。

 

 SIMの問題はあったが、皆に助けられて他には大きな失敗もなく、円安が大きく響く(180円近いレート)宿やアパート暮らしではあったものの、まずまず新しい試みもでき、次回への計画へ向けて希望が持てる旅行になった。

 

 次回はいつか、できれば来春にという気持ちはあるが、まだまだ航空券を予約するには高い。

 久しぶりにエールフランスで行ってみたい気もしているし、コロナで一旦は諦めた夢の三ヵ月滞在も頭から離れない。

 

 どちらにしろ、次回は今回のように友人宅訪問を最低限に限定することはなかなか難しい。コロナ禍で遠のいた友人たちが待っていてくれるし、私たちも会いたい人がたくさんいる。だから次回は南仏行きは割愛しなければならないだろう。

 

 そんなことを考えながら、一日も早く、次回の航空券の予約が決まることを心待ちにしている。


機内で乗り合わせた女性、羽田のヤマト宅急便の係の女性 伊丹のドラッグストアのおじさんに感謝。

2024-09-09 12:26:45 | 2024年の旅

機内では、嬉しい出会いがあった。

たまたま隣り合わせた若い女性は、なんと新婚旅行帰りだった。しかしご主人の姿はない。

よく聞いてみると、彼女はマイレージを使いANAで、ご主人は別の航空会社での往復だそうだ。今頃、彼は北京辺りにいるとのこと。

旅慣れた若いカップルは、新婚旅行でそういう合理的な対応ができるなんて、実に素晴らしい。

パリの宿も、パリらしさを感じられる地区に取っていたのも、微笑ましい。

 

何より、彼女はこんなフランス偏愛の私たちの話を上手に合わせて、相手になってくれ、フライト時間の長さを忘れさせてくれた。正直に言うと、友人宅を渡り歩く私たちの旅行は普通の旅行スタイルとは全く違うので、一般の人たちの旅行の参考にはあまりならない。だから話について来てくれる人はとても少ないのが実情だ。そんな私たちの話に最後まで付き合ってくれたのは、ひとえに彼女の聡明さ故だと感じた。貴重な出会いであった。

 

そんな彼女とは荷物を受け取ったところで、お別れをし、私たちはこの荷物を帰りも羽田から自宅まで送る方法を模索した。

肝心のANAのスタッフが知識不足で右往左往させられたが、逆にヤマト宅急便の係の女性が詳しく教えてくれ、結局ANAのカウンターで格安で申し込むことができた。あの羽田のヤマト宅急便の係員の女性の対応は素晴らしかったの一語に尽きる。

 

さあ、手ぶらに近くなったことで、次にすることはSIMを日本のものに入れ替えることだったが、ドコモのカウンターが、羽田にも伊丹にもなく、家に帰るまで通信ができないかとやきもきした。結局、羽田では時間切れで諦め、伊丹のドラッグストアに駆け込み、相談すると、SIMを入れ替えるために(フランスではショップの人にしてもらった)クリップを貸してもらえた。聞くと、そういうお客さんが結構いるらしいとのこと。

次回は、忘れないようにしなくては。

 

自宅に帰り、パリで使った雨傘を干しながら、この雨の雫さえ、パリの雨だと思うと、いとおしくなってしまうのである。


シャルル・ドゴール空港ターミナル1のチーズ屋さんのムッシュ、ありがとう。

2024-09-07 07:37:17 | 2024年の旅

無事空港に着いた後は、来たときとは違い、チェックインは機械で行い、荷物はカウンターで預け入れた。

こんなにスーツケースに余裕があるのは、初めてに近いかもしれない。

2人で23Kg×2=46Kgまで無料なのだが、合わせて 10Kg以上余裕があった。

 

改装後初めてのターミナル1を楽しみにしていたが、確かに建物はきれいになっていたものの、ブランドものショップには興味がないので、あまり見るところはなかった。

 

円安の折、食品も高すぎて、買う気にはなれないものが多かった。

そんな中で、チーズを売っていた販売員の男性が、「味見を」と言ったので、味見させてもらううち、彼は日本好きで、何度も来日しており、観光客があまり行かないような南の島などにも行き、島の人と交流した話などをしてくれた。夜は人も少ないこともあり、話が弾んだ。

日本が好きで仕方がないという。私は逆で「フランスが好きすぎて」というと、「パスポートを交換する?」と笑った。

このような交流は本当に楽しい。

トリュフをチーズに乗せてくれたり、いっぱいサービスしてくれた。なにも購入しなくても一向に問題ない。そこはおおらかなフランスである。

 

そして、ゲートの方へ向かい、落ち着いたところで、お世話になった4組の友人に、フライト前の連絡をする。

 

ここから、マルチーヌとは、羽田~伊丹~バスの自宅近くの最寄り駅~自宅までSNSで連絡をリアルで続けることになる。

 

そしていよいよ、搭乗。またね、パリ!!


タクシーの中でトラブルに遭遇も救世主が現れる。

2024-09-03 08:13:40 | 2024年の旅

少し心配されたウーバーのタクシーとの約束の時間であったが、時間ギリギリにやってきた。

 

そして、荷物を載せ、私たちも乗り込んだところで、発進。

行き先はわかっているはずだった。

しかしここで、大変な問題が。

ターミナル1からの出発だったので、それを確認すると、「いや。ターミナル2と聞いている」

「そんなことはない。ターミナル1を確認して予約を入れましたよ」

そこで予約確認メールを見ると、なぜかシャルルドゴール空港 としか出ていないのだ。

予約をしたときには、確かにターミナル1を確認したのに。

もういちど、予約を変更するようにと運転手は言う。

試みようと思ったが、すでに走り出しているため、出発地点も変更する必要があり、何より

「料金はどうなるのか」と心配になり、尋ねたところ、「わからない」というではないか。

 

これは一大事!!どうもうさん臭いと思っていたら、ソフィーからメールがきた。

昨日「タクシーに乗れたら連絡を」と言われていたのだが、この騒動でできないでいた。

すぐに「乗れたけど、ターミナル2だと運転手が言い張る」ことを返信したら、ソフィーから電話があった。

詳しく顛末を話すと「それはおかしい。運転手に電話を代って」と言ったので、代わってもらった。

ソフィーは「私の夫(ガブリエル)が昨日予約を一緒に見ながらしており、その際ターミナル1であることも確認している」と言ったら、「ああ、わかった。ターミナル2も1もそう遠くはないから、1に行くよ」と運転手があっさり言った。これには、逆に驚かされた。

 

こうなると彼に疑いの目が向く。いつもこんな調子なのではないか。あわよくば?

または、いつもターミナル2なので、勝手に思い込んでいて、後に引けなくなったから、私達だけなら、2でおろすつもりだったのか。

 

とにかく、ソフィーから「絶対に必要以上の料金は払わぬように」と言われ、お礼を言って電話を切った時は、ほっとした。

 

最悪つれあいは「空港シャトルで移動」も頭をよぎったようだが、2から1への移動は可能だが、スーツケースを持っての移動は大変だし、時間に余裕があったとしても、したくないことだ。

 

タクシーの運転手は何もわからない東洋人と見て、何か企んでいたのだろうか?

私たちにフランスの友達がいることが分かり、こりゃ面倒だとその企みをあっさりあきらめたのだろうか?疑心暗鬼は今も晴れない。

 

ともあれ、ソフィーの電話はありがたく、予約を一緒に確認してくれていたガブリエルにも感謝だ。




余談だが、このタクシーは、中国製の車だった。もちろん初めて乗る車だが、車内は日本製の車とよく似た感じがした。

「調子はどうか?」と聞いたら、運転手は「去年から乗っているが、今のところ調子がいい」と答えた。このころになると普通のお客と運転手の雰囲気に戻っていた。

 

いつもながらタクシーにはひやひやさせられることが多いが、帰りの空港までのタクシーでは初めてのことだった。それでもなんとか無事に空港に到着できてよかったと思うことにしよう。




モノプリでの買い物と、マレ地区の小散歩

2024-09-02 08:22:37 | 2024年の旅

 

帰国への出発当日、ソフィー宅から戻りったのはお昼前だった。取り急ぎ、すぐ近くのレアールのモノプリへ向かった。本来ならもう少しゆっくり見たいものもあったが、最低限の買い物だけにとどめた。

 

冷蔵庫のものは私達の滞在を思って準備されたものだ。もちろん、しっかり昼ご飯としていただき、持って帰れるものは持って帰ることにした。

 

そして、マレ地区をもう少し歩きたいと思っていたので、ほんの近場だけだが、マレを散歩した。

マルチーヌと歩いた時、偶然日本人女性が店員として働いていた店に入ったので、そこを再訪。カマルグのお米を使った石鹸など置いてある店で、もちろん観光客向け価格ではあったが、記念に小さなものをいただくことにした。



二年前、行きの飛行機内で知合ったやはり日本人が勤めるお菓子屋さんにも寄ったが、こちらは別の日本人女性がいて、機内で会った女性はお休みの日だったらしい。

 

そうこうするうちに雨が降り出し、傘を使うくらいの雨になったので、急いでマルチーヌのアパートに戻った。

ポンピドーセンターがすぐそばに↓

スーツケースのパッキングを済ませたところで、もういい時間になっていた。

フライトは19時半だが、余裕を見て、15時に約束のタクシーがやってくる。

 

忘れ物がないか点検をして、鍵をテーブルに置いた。

そして下で待っていたが、少し遅れているようだ。

こうなると心配になる。


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