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フランス人交友記録

フランス人との交流を通して感じたことを書いています。

アルカサル、絶景、闘牛場、そして昼食は「タパス」?

2021-09-05 10:53:46 | 2015年スペイン旅行(マドリッド~アンダルシア)

セビリアの2日目。

朝食は近くにおいしそうなパン屋があったので、そこで買ってきて部屋で食べる。

食べ物、特に魚介や果物が美味しいスペインではあるが、正直に言うと、パンは何か物足りない。やはりパンはフランスが世界一だと思う。外れがない。しかもレストランではもちろん無料。

暖かいスペインとは小麦も違うのかもしれない。

今日はまずアルカサルへ。

列を作っていた。仕方なく並ぶことにする。

フランソワーズ夫妻が言っていた通り、少しアルハンブラ宮殿の様な感じがしないでもない。先にセビリアに来たのは正解だろう。グラナダでアルハンブラ宮殿を見た後だと印象が違うかもしれないが、こちらを先に見ると異国情緒たっぷりで、中庭やモザイクなど、ここでも十分満足できる。

セビリアは小さな町なので、徒歩でほとんど回れる。

私は一旦宿に帰り、宿の近くで簡単にお昼を食べることにした。

スペインの料理?で名物の「タパス」というものがあるが、私は滞在期間中、何度か試みたものの、どうもその仕組みが理解できなかった。

お酒がきらいなわけでないのだが、昼にアルコールはもちろん、食事ごとにお酒を飲む習慣もないので、楽しむところまでいかなかった。

この昼食がそのタパスであったのだろうが、その時そのことすらよくわかっていなかった。

セビリアでフラメンコを見たらいいよと教えてくれたクリスチャンだが、同じ宿のオランダ人の男性が、「近くに安くていいところがあるから予約しておくといい」と教えてくれた。

 

お店もすぐ見つかり予約も簡単にできた。

 

そして午後は、コロンブスのお墓があるカテドラルからスタート。

まず教会の大きさに驚いた。

コロンブスのお墓では当時の四人の王が棺を担いでいた。教科書に出てくる歴史上の偉大な人物だと思うと、深い感慨を覚える。

そして、隣接のヒエルダの塔に上ると市内が一望できる。

素晴らしい眺望だ。

そのあとは闘牛場へ。

開催されていないので中にも入れないが、外から見る景色も美しい。

ローマやアルルで見た闘牛場とはまた違う。



街歩きをしていた時に、前述の同じ宿に泊まっているオランダ人とばったり出会った。

うまくフラメンコの予約ができたことを伝えると、今夜夕食を一緒にと言われたので、フラメンコの後、夕食を取る約束をして街歩きを続けた。

このオランダ人、気がやさしく、親切だし、日本人が好きらしい。




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セビリアの好印象はまず「スペイン広場」と「イカ墨のパエリア」だった。

2021-09-04 12:37:45 | 2015年スペイン旅行(マドリッド~アンダルシア)

念願のアンダルシア、まずはセビリアに到着。

水道橋?の様なものが見える。↓

町の中心までは歩いて20分くらいだったろうか。

地図で見るとわかりやすそうだったので、徒歩で向かった。

 

着いた時間が4時ごろだった。スペインはまだまだシエスタの習慣がある。

マドリッドでも食事時間など、慣れるのが大変だった。

宿に着いたはいいが、誰も受付にいなかった。

あー、シエスタの時間か。

どうすればいいかと、玄関前で困っていると、宿の人と思われる女性がどこからかやってきて、チェックインができた。

希望の部屋とは違っていて、窓がない部屋だったが、広くて清潔だしまあいいか。

そして、チェックイン時に支払いを済ませたが、この人に会ったのはこの時だけだった。

まあ、不都合もなかったので、よしとした。

 

南に来た!!という感じがする。

荷物を置いて、散歩に出かけた。

植物を見ても南国という感じがする。そんなことを感じながら、スペイン広場まで行ってみた。

 

異国情緒たっぷりで、私が抱いていたスペインのイメージどおりだ。

この広場、それほど期待していたわけではなかったが、来てみるとセビリアの中でお気に入りの広場になった。

 

そして戻ってきて、夕食を食べに行くことにする。

細い路地がたくさんあって、こういうところもスペインらしい?感じがしてとても気に入った。

 

通りがかりの店に入ってみることにした。

もちろんガスパチョ、サングリア、豚肉のサラダ?、そしてイカ墨のパエリアを注文した。

小さな店だったが、注文したどれもがスペイン滞在中で一番おいしいと思った店だった。

実はイカ墨はパエリアもパスタも日本では食べたことがなく「初」だったが、なかなかおいしかった。

 

アンダルシア一日目は好発進だ。

明日も楽しめそうだ。

 

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マドリッドからセビリアへ「AVE」に乗った。

2021-09-03 10:34:02 | 2015年スペイン旅行(マドリッド~アンダルシア)

今日はセビリアに向けて出発する。

 

余裕をもって準備するためにも、可能なときは出発時間はだいたいお昼前後にしている。

 

まず、アンダルシアから戻った後の宿に,、今回持っていかない荷物を移動もしないといけない。

できるだけ荷物は少ない状態で移動したいので、そこの宿に荷物を預かってもらうためだ。

その宿は、一つ目の宿よりアトーチャ駅に近い。

すぐにわかった。

 

一つ目の宿でもそうだったが、小さい宿は、首都マドリッドでも英語が通じない。

でもアンダルシアから戻ってくる日を伝え、予約の確認をしてもらった後、荷物を預かってほしい旨をジェスチャー交じりで伝えた。そうするとそう言う人も多いらしく、スーツケースがたくさん置かれている部屋があって、「そこにおいておきなさい」ということらしい。言葉が通じなくても、このようにコミュニケーションができるとうれしくなる。

 

そして、一旦元のホテルの部屋に戻り、朝食をとった店で買ったサンドイッチを昨日電話番号を調べてくれた日本人の男の子に渡した。とても喜んでくれた。

彼は今日パリまで列車で行くそうだ。

「時間が掛かるでしょう?」と言ったら「7時間近くかかる」と言っていた。

普通なら飛行機で移動の距離と時間だが、バックパッカーの彼はきっと車窓を楽しみながらパリへ向かうのだろうと思える。

この旅では、何人かの日本の若者との出会いもあり、それぞれに印象に残ることが多かったが、その最初の出会いだった。


王立植物園からシベリウス広場の近くまで散歩し、列車の出発の時間を見計らって、荷物を引き取ったが、宿の人が下まで荷物を下ろしてくれた。

言葉は通じないが、見るからにその優しい人柄がわかる人だった。

アトーチャ駅は、飛行機に乗るときのように荷物のチェックがあった。

早めに来ておいてよかった。

この数年前にマドリッドでテロがあったのちこのように警戒が厳しいようで、アトーチャ駅付近では銃を持った警察官(軍かも?)をよく見かけた。

だからかえって安心だった。

 

そして、スペインの高速鉄道AVEに乗る。

フランスンTGVのお古だと聞いたこともあるが、なかなかどうして美しいフォルムだ。

コルドバ、だ。↑(涙)

セビリアまでの車窓は、ごつごつとした岩肌や大地で、平原が続くフランスのそれと比べるととてもワイルドで男性的という感じがした。

 

男性的というと、言葉もそうで、スペイン語の挨拶の「HOLA」(オラ)というのは、どうも抵抗がある。

やっぱり、「ボンジュール」「アロー」とか「ボンジョルノ」「チャオ」のような言葉?音?が私は好きだし、いかにもラテン的で女性的だと思う。

 

そんなことを感じながら、セビリアに到着。二時間半、速い!!



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奈良で出会ったスペイン人とイタリア人のカップルに再会した。

2021-09-02 08:18:56 | 2015年スペイン旅行(マドリッド~アンダルシア)

今夜はマドリッド郊外の友人宅へ。

 

初めて郊外へ向けて電車に乗るので、やはり緊張はしたが、まだ明るい。それに郊外と言っても地下鉄や郊外線で15分くらいのChamartinという大きな駅だ。

 

駅までご主人のステファノが迎えに来てくれていた。

彼はイタリア人でミラノ出身だ。

奥さんのクリスティナはスペイン人でマドリッド生まれだ。

 

さかのぼること何年だろう。

今から15年くらい前だろうか、奈良観光を終えて帰る途中の二人に蜂蜜屋で出会った。

ラテン系らしい二人なので、フランス人かなと思って声をかけたのが始まり。

二人ともとても感じがよく、連絡先を交換し、メールのやり取りをしていた。

 

そして、この訪問の数年前、スペインに旅行する息子たちのことをメールすると、「ぜひうちに」と、招待に預かった。

その時はグラナダ在住で、建築に関係する仕事をしている二人は、アルハンブラ宮殿で仕事をしていたのだった。

 

夜遅く着いた息子たちを迎えにきてもらい、夕食をごちそうになり、翌日はアルハンブラ宮殿を案内してもらったようだ。彼らの旅行の中で最高の御馳走で、一泊だけだったが、一番リラックスできる滞在になったようだ。

 

それからずっとそのお礼をいうためにもスペイン訪問の機会待っていた。

息子たちの訪問時、クリスティナのお腹には赤ちゃんがいて、その後マルコという男の子が誕生し、写真を送ってくれた。

そして私の訪問の時には、第二子のアレッサンドロという男のが生まれた直後だった。

奈良であったときの二人がもう立派なパパとママになっているのは、感慨深かった。

 

再会を喜び合い、手作りの夕食をごちそうになった。

スペインの豚、サラダ、どちらも美味しく、デザートはオレンジ。

彼らによるとスペインの北部はワインも美味しいということだった。

フランスのようにアペリティフも用意されていた。

私の英語が時々怪しくなるので、ステファノは「フランス語も話せるから、フランス語でもいいよ。」と言ってくれた。

 

男の子二人の名前は、イタリアの名前だ。そう言えば、イタリアンフレンチカップルのソフィーのところもイタリア人の名前だ。(息子は、ラファエルだ。娘はEmmaなので違うかもしれない。)

男の子はお父さんの国の名前にする習慣でもあるのだろうか。

 

彼らは日本旅行の時の写真を見せてくれたり、「日本が大好きなので、また子供たちが大きくなったら家族で行きたい」と言っていた。そしてグラナダに行ったらおすすめのジェラートの店があるからと、教えてくれた。

 

あっという間の楽しい夕べだった。

 

帰りも暗いので、駅までステファノが同行してくれた。

いつかまた日本に来てくれたら、今度こそ、お返しをする番だ。

やはり、人との交流は、気持ちを変える。

明日はアンダルシア:まずは、セビリアへの出発である。

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プラド美術館を出ると青空。この旅も雨のち晴れになるか。

2021-09-01 08:56:46 | 2015年スペイン旅行(マドリッド~アンダルシア)

ようやく王宮があった。中に入ってみようかと少し並んだところで、欧州の人(たぶんEU)は無料で、それ以外は有料とわかり、面白くないので止めることにした。

 

オペラ座↓

 

この辺りで休憩にしよう。

休憩に選んだのは、チュロスの食べられる店だ。ホットチョコレートと一緒に食べるのがよさそうだ。なかなか美味しい。

ここで、来客の女性に「日本人ですか」と声を掛けられる。

そうだというと、「日本が大好きで,行った事がある」と話が弾んだ。

折り紙をプレゼントしたり、アドレスを渡したが、連絡は来なかった。こういうこともよくある。

午後は空いていると書かれていたので、夕刻、プラド美術館に行ってみようと思い、行ってみると、入り口は長蛇の列だった。

 

私はフランス人みたい?だが、並ぶのがきらいである。よっぽどここもパスしようと思ったが、マドリッドと言えばプラド美術館というイメージもあるし、仕方なく並ぶことにした。

 

広すぎて、どこに何があるのかよくわからないくらいだったが、有名な「裸のマハ」などの絵だけ見て、さっさと出た。

混雑緩和のためでもあるようだが、写真撮影も禁止だった。

やっぱり比べてしまうのだ。あールーブル!!、オルセーと。

 

何より、まだチケットのことも引きずっていたのだ。

 

外に出ると青空になっていた。

さて、今夜はイタリアン・スパニッシュ夫妻のところに夕食に行く。

この空のように、気分もきっと変わるだろう。

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