MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

愛の場面に泣く

2012-07-23 00:00:00 | その他の音楽記事

07/23       愛の場面に泣く




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「見ると聞くとは大違い。」



 よく使う表現ですね。 [Weblio辞書]には、こうあります。

 「話に聞いていたのと実際に見るのとでは大変な違いが
あること。 実見してみると伝え聞いていたより劣っている
時に用いることが多い。」



 なるほど…。 でも今回は、「耳で先に親しんだ名曲を、
後から楽譜で見たとき」…の話です。




 アマチュア オーケストラがよく取り上げる曲に、『マイスター
ジンガー』前奏曲がありますね。 もちろん第一幕のほうです。
華々しいハ長調で始まり、同じハ長調で堂々と終ります。
演奏時間にして10分前後でしょうか。

 かつて私が、ある学生オケにタッチしていたときのことです。
この曲が "選曲委員会" を無事に通過し、いよいよ練習が
始まりました。



 すると、あるグループが呟き始めたんです。

 「なに? これ! こんな曲だったの…?」



 それは、Viola パートのメンバーたち。 全員が女性でした。
「弾いてみたら、イメージと全然違う…。」と言うのです。

 話を聞くと、主な原因が二つあったようです。




 まず、この曲は幾つかの異質な部分から成っており、単純
な一本調子の曲ではない。 拍子こそ、終始 4/4 ですが。

 調性も、ハ長調の部分だけではありません。 Viola パート
が、もし "曲の威勢の良さ" に釣られて手を上げたとしたら、
とんでもないことです。 なにせ、一癖も二癖もある作曲家の
曲ですから…。

 また、動機が幾つも出てきます。 呼び方を簡略にすると、
"マイスタージンガー"、"熱情"、"行進"、"芸術"、"嘲笑"…。
前奏曲に登場する動機の一部です。



 二つめは、対旋律の豊富な曲であること。 音源を聞いて
際立つ声部以外に、全く別のラインが同時に鳴っているの
です。 それも、一つだけとは限りません。

 単なる "伴奏音形" ではないので、きちんと仕上げるのは、
どのパートにとっても大変なことでしょう。



 努力は大いに讃えます。 かと言って、歯を食いしばって
"嘲笑の動機" を練習されてもね…。




 「先生、"大変な曲だ" って、どうして教えてくれなかったん
ですか?」

 当時はオケの Violaセクションに所属していた私に、"非難"
が集中しました。 もちろん冗談半分ですけど。



 だってボクは、よほどの事が無ければ、選曲委員会の審議に
は口を挟まないもんね。 決める前にもっとスコアを見なきゃ!
"見ると聞くとは大違い" なんだよ? ハハハ。

 「意地悪!」 …なんて、陰で嘲笑されてたりして…。




 さて、下のスコアの中段では、"愛の動機" を Vn.Ⅰ
が奏でています。 劇中では青年ヴァルターが3拍子
で歌いますが、ここでは 4/4拍子。

 その二段下では、Viola が蠢いています。

 ほかにもクラリネット、ホルン、ファゴットが、出たり
入ったり。







 あの "カッコイイ音楽" の中に、こんなにロマンチックな歌が
あり、こんなに弾きにくいラインが、それに絡んでいたなんて…。

 彼女たちが大学へ入り、初めて手にした楽器が、もし Viola
だったら、確かに可哀そうです。 "最低弦" のC線上なので、
左手も右手も "遠くて不自由" になりやすい。

 C線上のアリャー…。



 Viola の女性軍が一番泣かされたのが、"愛の場面" だった
なんて。 ボク、知~らない…。

 もう35年も前の出来事ですが。 真剣に悩みながら練習して
いた、彼女たちの顔、顔…。 今でも忘れません。




            [前奏曲 音源サイト]