MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

編曲者の "手" 違い?

2011-08-06 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

08/06 私の音楽仲間 (294) ~ 私の室内楽仲間たち (267)



            編曲者の "手" 違い?



         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




 「面白がって『K.S.による弦楽五重奏曲』を提案して見ました
が、セコバイ (以下は分かりませんが) だって、とんでもない半端で
ない難しさです…(泣)● オケの皆さんて、こんな難曲をやって
るんだ~(-_-);」

 「ちょっと (弾いてもみない内から) 挫けかけています。」

 「やるとしたら、これ1曲だけで一杯々々だろうと思うし、或い
は2楽章のAndanteだけに絞るとか? (他の皆さんはオケとか
で慣れていらっしゃるから、問題は私だけ?)」



 私たちのお世話係 Sa.さんから、突然こんなメールが舞い
込みました。 いつになく気弱なトーンが気になります。




 "K.S." が何のことかは、のちほどご覧いただきますが、一体
誰が提案した曲なのでしょう?

 この曲、だいぶ前から噂には上っていましたが、本気でやる
つもりなのかな…?




 さっそく私はウェブサイトで、この曲の各パート譜を見て
みました。

 以下は、それに続くの返事です。



 まだ先のことだと思い、物を見ていませんでした。 ごめん
なさい。 なるほど難物ですね。 チェロももちろん難しそう
ですが、上へ行くほど忙しい。 そもそもこのソナタは Violin
パートがピアノ的ですが、その傾向がさらに強くなっている。

 私の場合は、お得意のゴマカシで行くしかなさそうです。
「犬が走り回る感じ」でやるといいのかな…?




 しばらくして、Sa.さんから、再度メールが全員に…。



 「当初提案しました "K.S." (弦五版) は、"話の種" 留まりに
しようか?…と、一部の皆さんで相談がまとまりつつあります。」

 「せっかく優秀な Vc.さん二人ですので、SCHUBERT は是非
やりたいと思いますが、あと1曲を、何にしましょうか? "K.S."
を是非やって (体験して) 見ましょうよ、と言う方がお一人でも
いればやりますし、他にご希望曲があったら、早いもん勝ちで
お受けしますので、連絡をお願いします…。」



 依然として慎重なままですね? "優秀な…" の語句には、
苦心の跡が滲み出ています。




 今度は直ちに、チェロの Su.さんから返信です。



 「K.S. は、とても弾けるとは思えませんが、それで死ぬことも
なさそうなので、やっぱり話の種に一度やってみませんか。
…とチェロ二人で申しております。」

 「あとはまあ、駄目ならこの前図書館でCDを見つけてきいて
みたんですけど、オンスロウ (Onslow) の五重奏。 何曲もある
んですがどれか。 Op.38 (IMSLPに有り) とか。」

 「あとはライヒャに五重奏 (SoloVc+SQ) なんてのもあり
ましたね。」



 これは前向きな提案。 "チェロが2本" の五重奏曲を
リストアップし続けてきたわけですが、ますます聞き覚え
の無い曲が候補に上がって来ます。

 ひと通りの曲は何でもやり尽くした方々は、こういうこと
を言うから困る…。 レパートリーがゼロの私は、いつも
泣いているのです。

 ちなみにもう一人のチェロは、これも蔵書家で名高い
Si.さんです。




 「Su.様、*REを有難うございます。 お1人でもご希望が
あれば、との前言通り、では (私に取っては難曲で大変ですが)
恐らく又とないチャンスですし、ちょっとだけ体験させて
頂いてみましょう(^-^);」



 これが Sa.さんの、最終的な通達。




 …というわけで決まったのが、Beethoven の "クロイツェル
ソナタ
"
の、弦楽五重奏版です。

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 ご存じのとおり、この原曲は "2名の演奏者による可愛いソナタ"
ではありません。 それぞれ技術的にも難しく、またオーケストラ
のサウンドを思わせる箇所さえある "意欲作" です。

 年代的には1803年に完成、初演されています。 これは作曲者
の33歳の年に当り、前年には第2交響曲、翌年には第3交響曲
が作られています。




 さて、プリンタが使えなかった私のために、Sa.さんが印刷、
そして製本までしてくれたパート譜を見て、今一度びっくり!
原曲に輪をかけて難しい部分が多いのです。



 最大の難関は、所かしこにある、ピアノ的な発想による部分。
特に "オクターヴ" の動きです。

 これは原曲の Violin パートにもありますが、そこでは限定的な
ものに過ぎません。 次のような動きが2度出て来るだけです。







 実際にオクターヴの幅で動いているのは、の前の、2小節
にも満たない部分だけです。




 ところがこの編曲版では、ViolinⅠのパートに、以下の譜例の
色付きの部分が、そのまま割り当てられています。

 これはピアノの右手の部分ですね。 本来の Violin Solo パート
は、一番上の小さく書かれているラインです。



 前半は "Mi のオクターヴ" が続くだけで動かず、どうということ
はありません。 問題は後半です。

 Violin/Viola でオクターヴを同時に鳴らすには、隣り合った2本
の弦に、2本の指 (通常は人差し指と小指) を置きます。 音程が変わ
れば、掌の形を保ったまま、左腕全体を忙しく動かす必要があり
ます。 他の指が使えないので、どうしても腕の動きに頼らざるを
得ません。







 後半の部分は、厳密には「オクターヴを同時に鳴らす」わけ
ではありません。 しかし現実には、ほとんど変わりません。
むしろ右手が難しくなります。

 先ほどは音階的な動きだけでしたが、今度はどの小節にも
"3度" が混ざっています。 移動距離は当然長くなります。
ピアノでも大変でしょうが、Violin で弾く方が難しいかもしれ
ません。



 オクターヴを見ると、「どの2本の弦を使おうか…?」と、まず
悩みます。 音程が変化するので、その2本も当然変わります。

 「それとも一本跨いで、別の指を使ってみようか?」 しかし、
これも難しい。



 それに、この8分音符のパッセジは長すぎる…。 5小節も
続きます。 集中力が続かない…。

 もしマーラーが編曲したら、1~2小節ずつ、二人の奏者に
交代で弾かせたかもしれません。

 あるいは、そもそもこんなことをさせないでしょう。




 ちなみに、この五重奏の編曲者は誰なのか? それは解って
いません。 チェロの Su.さんによれば、「Beethoven が最後に
校訂、認可した可能性はあるが、彼本人のものではないだろう」
…とのことです。



 しかし考えてみれば、"交響的" とも言えるこの曲。 「五重奏
に編曲しよう」というアイディアは、まさにピッタリです。



 特に第Ⅲ楽章の冒頭では、各声部は以下の順に登場します。
① Vn.Ⅱと Viola。 ② Vn.Ⅰ。 ③ Vc.Ⅰ。 ④ Viola。 ⑤ Vc.Ⅱ。

 このフーガ風 (フガート) の部分も、原曲では "ピアノの両手" と
"Violin" で書かれているわけです。




 この曲の作曲当時は、「優れた楽曲を楽しみたい!」…
と思ったら、演奏会へ足を運ぶか、自分たちで演奏する
しか無かったわけです。

 その意味で、編曲者の存在と苦労に対して、現代の私たち
も、絶大な賛辞を贈る必要があるのかもしれません。




 さて、この第Ⅰ楽章の難所をさらい始めた私。 いつもの
とおり、弾く前に、まず指使いを決めてから取り掛かります。

 しかし、いざ弾き始めてみると、実用的でないのが解り、
弾きながら、「ああだ、こうだ」…と修正が続きます。 それ
でもなかなか一定しません。



 調子のいいときは、予め考えなくても、弾きながら、その場で
思い浮かんだ指使いで、何とか乗り切ることもあります。

 しかしこのような難所では、そんな奇跡は滅多に起きません。
要するに実力の無さです。 何度も弾き、音符を予め頭の中に
入れておかないと、"毎回初見" に近い状態から脱却できない。




 よく考えてみれば、他のパートが全員で同じ音程を鳴らして
くれているので、私だけが無理をしなくてもいいのです。 飽く
までも動きの効果を添えるだけですから。

 音楽的にもっと重要な箇所なら、オクターヴ (8度) ではあり
ませんが、7度や6度の跳躍を伴って、メロディックに動く部分
が、第Ⅱ楽章にあります。



 しかし、それでは敗北宣言になるし、書かれていれば挑戦
したくなるのが演奏者。

 「そこに山があるから登る。」 私も意欲だけは、まだ衰えて
いないようです。




 「して、結果は?」

 訊かないでください…。 先ほど記したとおりになりました…。

                   ↓

 お得意のゴマカシで行くしかなさそうです。 「犬が走り回る
感じ」でやるといいのかな…?




 もしもし? 「死ぬこともなさそうなので、やっぱり話の種に
一度やってみませんか。」…と言った、Su.さん?

 確かに "死ぬことはない" けど、"死にそうになる" ことなら
あるよ…?




 この日のメンバーを、ちゃんと紹介しましょうね。

 Violin は私、Sa.さん、Viola S.さん、チェロ Su.さん
Si.さんでした。



 お二人のチェロさんの、まことに楽しそうなことと言ったら、
この上ありませんでした。 「やった、やった! 話の種に!」

 S.さんは、決められたとおりに黙々と従い、相変わらず
しっかり準備をしてこられました。

 そして、慎重派の Sa.さんも、何だか楽しそうでしたよ?
最初は、あんなに気弱だったのに…。




 もちろん私も楽しかったですよ? だから室内楽は
止められません。

 でも、ずっと虐められてるような気分でした。 他の
4人ではなく、謎の編曲者に!



 ちなみに、他の4人のメンバーは、お名前がみな
"" で始まります。



 「何の話、してるんだ!?」…ですって?

 私の First Name は、"" なんです。



 あら~…。




             原曲の音源ページ



        第Ⅰ楽章 Presto からの演奏例]

        第Ⅲ楽章 Presto 冒頭の演奏例]



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