MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

楽譜が培う信頼関係

2011-12-08 00:00:00 | 私の室内楽仲間たち

12/08 私の音楽仲間 (340) ~ 私の室内楽仲間たち (313)



            楽譜が培う信頼関係




         これまでの 『私の室内楽仲間たち』




 弦楽四重奏など、室内楽をやっていると必ずぶつかるのが、
パート譜の問題です。 「どの出版社の楽譜を用いるか?」



 細かいところでは、音符や休符の長さから、強弱記号の違い。
音符と休符の位置が入れ替わったり、fff が mf に化けたりする
こともあります。

 "Allegro moderato" が "Allegro" になったり、"MENUETTO"
と "Adagio" 楽章の順番が入れ替わることも。 それどころか、
他の版には無い楽章が、突如出現することもあります。




 以上は、純粋に音楽的な内容ですが、重要な事は、他に幾つ
もあります。



 まず第一に、"譜めくり" の問題。 ページをめくる余裕が無い
ことなど、ザラです。 音が欠けてもいいなら、大威張りで時間
を取りますが、そうも行きません。 作曲者と出版社の両方が
恨めしくなります。

 仕方が無いので、特定の部分をコピーし、切ったり貼ったり。
右のページが真っ白いのや、左右に飛び出たのまで、自己流
で造ります。 3~4ページの見開きの譜面が出来たはいいが、
譜面台が2つ必要だったり…。 涙ぐましい努力です。



 これは、自分個人で解決すべき問題でした。




 ところが、アンサンブルは集団の作業。 複数の人間が集まる
と、さらに重要な問題が…。 それは、「小節番号や練習記号が、
存在するかどうか?」…です。

 これは、音楽を聴かれる立場からは、どうでもいいことです。
鳴っている音楽自体には、何の差もありませんから。 しかし
演奏する側からすると、これは大問題なのです。

 練習中に一旦音楽がストップしてしまうと、「じゃ、最初から
もう一度!」…などというわけには行きません。 かと言って、
「ほら、Violin がこのテーマ、やっている場所だよ」…なんて
弾いて聞かせても、他のパートの人間にいつも通用するとは
限りませんから…。



 そんなときに重宝するのが、小節番号。 「小節毎に…」と
いう場合もありますが、普通は、楽譜の各段の最初の小節
だけ。 11、17、24、35…のように記してあります。

 出版社としては大変でしょうが、これが無いなら、せめて
"練習記号" の "A、B、C…" (Buchstabe) か、"練習番号"
の "1、2、3" を印刷しておいてほしいものです。 それも、
出来る限り頻繁に。




 ところが楽譜によっては、どちらも皆無のことがあります。
手がかりが何も無い…! そこで出発点を特定するために、
無駄な時間と労力が費やされます。

 もし手がかりがあっても、自分の譜面は "A、B、C"、隣りの
譜面は "1、2、3"。 互換性は、まず期待できません。

 最悪なのは、せっかく "A、B、C" があっても、肝心の位置が
違う場合。 各自が自信を持って弾き始めたのに、とんでもない
不協和音が! もちろん、各出版社が勝手な位置に記号を印刷
しているからです。



 そんな困り果てたときに、救い主が現われることがあります。
番号と記号を両方とも、自分の譜面に書いておく、奇特な方の
ことです。 通訳、あるいはガイド役ですね。

 お蔭で、ほとんどの場合、全員がお目当ての場所から一斉に
スタートすることが出来ます。




 「そんな苦労をするぐらいなら、最初から全員が同じ版を
使えばいいのに。」

 確かにそのとおりですね。 でも、「本番を控えて解釈を統一
する」…必要があったり、「何度も練習を重ねる」…ことばかり
とは限りません。 たった一度だけ楽しむために、全員が同じ
版のパート譜を揃えるのは、かなり大変です。



 それだけに、たとえ同じ版ではないとしても、事前の準備が
大事になってきます。

 "たった一度だけ" の、その限られた時間を有効に使うために。




 先日、ピアノの T.さんと打ち合わせをしたときのことです。
ほぼ一ヵ月後にご一緒するので、「ピアノとヴァイオリンで
合わせる曲を何かやろう」…ということになりました。



 私の打診に対して返ってきたメールには、こうあります。

 「ヴァイオリンとピアノの二重奏は、バッハ、モーツァルト、
ベートーヴェン、ブラームス、フォーレ等のソナタなど一応
持っていますが…。」

 困った、ボク、持ってないのがあるよ…!




 結局、この中のあるソナタ、それも一つの楽章に決まりました。
なんとも中途半端ですね。 でも演奏会のための練習ではなく、
そして "聴いていただく" 目的でもなかったからです。



 また幸いなことに、「お互いが持っている版は同じものである」
…ことが判りました。 そうでないと、いざ合わせた際に "事故"
や "時間の無駄" が生じる危険があるからです。

 この版には、小節番号まで印刷されています。 お蔭で、事前
に楽譜のズレの調整をする必要もありませんでした。




 さて、T.さんからのメールには、こんな一節もありました。

 「幸い自分の譜面も同じ版なので、スムーズに合わせられる
でしょう。 最終ページ終止線下の記号が "N" なので、比較的
最近の版だと思います。 お持ちの楽譜の記号はなんですか?
多分私のより年季が入っていると思いますが、そう大きな変更
はないと考えていいかと思います。」



 何だ? これ!

 最終ページ、終止線の下…? チンプンカンプンの私は、恐る
恐る自分の楽譜を開いてみました。



 ありました! で囲んだ場所には、アルファベットの大文字
が、小さく印刷されています。 Violin、Piano パート、両方とも。







 楽譜の最終ページに、そんな記号があるなんて、恥ずかし
ながら知りませんでした。 (私にとっては) 耳寄りな話…。
ありがとうございました。

 私の記号は F。 1985~1990年頃に買った譜面だと思い
ます。



 …そう返事を書きながら、新しい知識を得て嬉しいやら、
恥ずかしいやら。 これ、常識なんでしょうか…?




 私はさっそく、手元にあった、同じ出版社の譜面をチェック
してみました。

 "E"。 Beethoven の四重奏曲、Op.18。

 それに、"D"。 こちらも同じ作曲家で、『OPUS 59, 74, 95』…と
表紙に書かれています。 …なるほど。



 これ、どの出版社にもあるのかな? そう思って手当たり次第
に見てみましたが、ありません。 この出版社のものだけです。




 これ、ドイツのヘンレ社の楽譜のことです。

 お使いのファンも多いことでしょう。 私も楽譜店で比較する
機会があると、この版を買うことがよくあります。



 詳細については、クラシック音楽の泉の中の、ヘンレ版
を愛する理由
というページに記述があります。

 リンク切れに備えて本ページでも、内容を記させていただき
ました。 (見当たらないときは、"続きを読む" をクリックしてください。)




 さて、先ほどご覧いただいた "楽譜の最終ページ" は、今回
トライした曲ではありません。 出版譜に収められたソナタは
5曲あり、その最終曲の最終ページだけに、あの "F" の記号
が見られました。



     ピアノの T.さんと合わせた曲は、これです。

     [『*** の Violin ソナタ からの演奏例]

        (談笑の声が入っています。 また、他の
        外部リンクをクリックすると、音源は切れます。)





 以下は、T.さんからのメールの一節です。

 「特に古典派のように、構造が明確なものは、たとえ本番を
前提にしていないとしても、またアマチュアといえども、十分
すぎるくらい十分に楽譜を読み込んでのぞまないと、本当に
作曲家の伝えたかったことなどわかるわけがない、ひいては
本当の音楽の楽しみは味わえないかもしれません。 しっかり
読んだつもりの楽譜が、練習を積むにつれ、さらにいろいろな
ことを教えてくれる、わかったつもりが何もわかっていなかった、
と実感するたびに、歴史に名を残す作曲家の本当の偉大さが、
身にしみるようになっていく。 その過程が、私にとっての一番
の音楽の喜びです。 この曲は全く弾いたことがなく、一からの
譜読みですが。」

 …負けそう…。



 もう一つありました。 お世話係の H.さんに宛てて書かれた
一節です。

 「せっかく大勢集まって合奏出来る合宿なのに、たった二人
で長時間占拠してしまうのは申し訳なく、それなら皆さんが
弾き疲れた(?)合間を使って、弾かせていただくのならいい
んじゃないかという趣旨です。 私は自分で言うのも何ですが、
お酒には強い方なので、飲みつぶれることもないと思います!
ただ、大曲なので、だいたい全楽章にかかる時間をいただいて、
1楽章のみ合わせをしてみようかということです。 よろしく。」

 こちらでは、完全に負けていました…。




 最後になりましたが、これ、Beethoven の 『クロイツェル』
ソナタ
で、第Ⅰ楽章の最後の部分を編集したものです。



        関連記事 編曲者の "手" 違い?




ヘンレ版を愛する理由


ヘンレ版を愛する理由

モーツァルトのトルコ行進曲付きのソナタの楽譜を探していた時に、気がついたことがありました。ヘンレ原典版、ウィーン原典版、ベーレンライター原典版などの様々な「原典版」がありました。「原典版」は、自筆譜や出版された楽譜を検討することにより、作曲者の意図を反映した忠実な楽譜の再現を目指したはずですが、楽譜の内容は同じではありませんでした。

当時は学生だったので、当然一番安い楽譜を探しました。しかし、価格は高いのですが、すごく見やすい楽譜があったのです。ヘンレ原典版です。

「ヘンレ原典版」
G. Henle Verlag社が出版している原典版です。次のような特徴があります。

1)作曲者の自筆譜の忠実な再現
2)見やすい楽譜
3)ページ・レイアウトのバランスの良さ
4)美しいデザインの文字の使用


以下は「G. Henle Verlag社」のWebサイト http://www.henle.de からの抜粋です。
(一部日本語による情報もあります。)

ヘンレ原典版は、楽譜の品質を保証して、作曲家が望んだ形の楽譜を演奏家に提供することを目指しています。

ギュンター・ヘンレが1948年に出版社を設立した時には、偉大な演奏家たちの中には、出版された楽譜は間違っていると考えて、演奏家自身の考えで楽譜を修正することが多かったのです。初演を聞いたなどという根拠によるものでした。このような傾向が強かったために、楽譜の出版社は、作曲家のオリジナルの楽譜を確認することは少なく、評価の高い楽譜を元に編集作業を行っていました。

その楽譜は既にオリジナルの楽譜からは逸脱していたのです。そのくり返しを経て、作曲者のオリジナル楽譜の元の姿がわからないほどまでに楽譜は姿を変えていました。作曲家の楽譜を正確に再現した楽譜がほとんど存在しないことにヘンレは気付きました。また、多くの楽譜は印刷の品質やページのレイアウトがいい加減でした。

ヘンレは偉大な作曲家の作品を本来の姿で出版しようと努力しました。楽譜の編集方針を表現する言葉を探しているうちにヘンレは、「Urtext:原典」という言葉を見出しました。価値のある原典版を制作するためには、改編された個所から、後世の補修部分を取り除きます。絵画の修復作業に似ています。原形を留めないほどに改変された音楽を、オリジナルの状態に戻す作業を行なったのです。

「オリジナルに戻す作業」
1) 現存する楽譜(自筆譜、印刷譜)は、作曲家が認めたものかを調査
2) 良い楽譜と悪い楽譜の選別
3)原典批判(資料を元に、音符、記号ごとに検討する)
4)重要な個所については、序文、付属論文、脚注などで注記


ヘンレ社が最初に刊行した曲集は、モーツァルトのピアノ・ソナタとシューベルトの「即興曲」と「楽興の時」です。ヘンレは、美しい楽譜の装丁と良質な楽譜を提供することに注力しました。「明確で見やすい楽譜、バランスのとれたベージレイアウト、読みやすい字体、アピールのあるテキス。これらの決定に、私は最も興味があった。」 とヘンレは自叙伝に書いています。

しかし、作曲家の自筆譜を見つけることは非常に困難でした。第二次世界大戦で多くの楽譜が焼失し、紛失していました。海外の図書館や個人収集家との交流や地道な捜索の結果、ヘンレは数多くの自筆譜や写本を発見しました。「リストの自筆のピアノ・ソナタを探すために、様々な手がかりを辿りながら、二度も世界中を旅行した。」

ピアニストとして楽譜に向き合った経験を持ち、音楽出版の改革を実現し、世界的に名声を博するようになったギュンター・ヘンレは1979年に亡くなりました。

ヘンレ原典版の最高の品質と呼ばれる楽譜は、今でも手作業による楽譜彫版から生み出されています。ドイツの職人の経験に基づく判断が、コンピューターによる編集に勝るからです。

1)楽譜彫版師は原本として編集者が制作した原稿を用いて小節を数え、ページに分けます。
  演奏時に都合よく譜めくりができるように工夫されています。

2)楽譜の行の高さを決め、金属板に五線引き(道具)で書き込まみます。
  五線各行の高さは、その曲の音域に左右され、楽譜彫版師が視覚的にバランスよく配置します。
  各音符の間隔が決定されます。彫版師は、音符の位置を金属板に鉄筆で印を付けます。

3)小さいスチール・スタンプを使い、金属板に音符が一つずつ刻印されます。
  小節線、音符の符頭・符尾 、補助線、スラー・タイ、各種の記号・用語などを手作業で刻印します。

4)三角形のやすりで補助線や刻印のはみ出し部分を取り除きます。

5)彫版が終了後に試し刷りをし、編集者が校正を行ないます。


この記事では詳しくは書けませんでしたが、原典批判と注記の作成には多くの時間が使われています。ピアノ曲を中心にしたヘンレ版の楽譜は、ドイツの職人による徹底した手作業によって制作されています。私はヘンレ版を手に取る度に、美しさと読みやすさに感激します。