10/13 名は体を表す
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〔“G・S・M” - マティルデに祝福あれ - ですって…。
羨ましいわ。 あなたの『ヴァルキューレ』のスコアに名前
が記されて残っているなんて。 (*1)〕
(『音楽家の恋文』 (クルト・バ―レン 著、池内 紀 訳、1996年、
西村書店) より引用の上脚色。 (以後、*1 と約す)
ミンナとの愛は大きな苦悩なしに結ばれてしまい、創作とは
あまり関係がない。 その後も彼は創作の問題について彼女
と語ることがほとんどなかった。 (*2)
(『リヒャルト・ワーグナーの芸術』 新版 (渡辺 護 著、1987年、
音楽之友社) (以後、*2 と約す)
〔ねえ、リヒャルト。 『ヴァルキューレ』の第一幕では、ジ―ク
リンデとジ―クムントが激しく愛し合うわよね。 ブリュンヒルデ
…なんて女も、後から出て来るけど。 少なくとも一部は、M.と
あなたの仲が反映されている…ってわけなんでしょ?〕
「いや、あれはまだ知りあって間もない頃のことだ。 私の場合
は、作品の登場人物が先で、そのイメージを後から現実の女性
に見出すことが多かったのだ。 『トリスタンとイゾルデ』にしても、
マティルデと出会うずっと以前から構想を温めていたものなのだ。
よく誤解されるが。」
〔本当かしらね…。〕
「作品の構想一つにしても、すべて事前に膨大な時間を費やし、
調査した結果なのだ。 単なる思い付きで女性を登場させたりは
しておらぬ。」
“音楽家の中の文献学者” と呼ばれるワーグナーは、新作に
取り組むさいにくまなく関係文献を渉猟し、それこそ文献学者の
ような手つきで伝承に批判的な検討を加えた。 …
つくづく感じ入るのは … 彼の身にとりついた始原への情熱
である。 彼は素材となる伝承の大本 (おおもと) にあるものを突
きとめなければ、収まらなかった。 …
だいたい手始めに『ニーベルンゲンの歌』などを研究していた
彼が北欧神話にのめり込んでいったのは、『エッダ』や『サガ』
の方が『ニーベルンゲンの歌』よりも “古い”、“より異教の源泉
に近い” と見たからである。 (*3)
(『知られざるワーグナー』 (三光 長治 著、1997年、法政大学出版局)
(以後、*3 と約す)
「それは『タンホイザー』でも同様だ。 実在した放蕩三昧の詩人
を扱ったのが、何種類かの “タンホイザー” 伝説。 もう一つは、
“歌合戦” の伝説。 後者には “聖なるエリーザベト” も出てくる
が、枝葉末節的な存在にすぎない。 それを私が中心に据えたの
は、必要があってのことなのだ。」
〔ご立派なこと。 だから私はあなたを尊敬はしたわ…。〕
「だから歌劇の正確な題名は、『タンホイザーとヴァルトブルクの
歌合戦』なのだ。」
〔…あら…? そのほかに題名がもう一つあったような気がする
んだけど…。 思いだせないわ…?〕
「だから、登場する女性だけが問題なのではない。 ましてや、
目の前の女性が “創作と関係があるかどうか” は、単純なイン
スピレーションの問題ではないのだ。 詩的、音楽的想念を論じ
合い、批判・検討に値する意見を述べる、もっと次元の高い…。」
〔…どうせ私は次元が低いですよ…。 私が作品に与えた影響
なんか皆無だって言いたいんでしょ…。〕
「そんなことはない。 『タンホイザー』の作曲中は、君のイメージ
にピッタリだと、いつも思っていたよ。 …… 自分の死と引き換え
にタンホイザーを救済するエリーザベト…だがね。」
〔私がエリーザベト…。 まあ、嬉しいわ…。〕
「いっそのこと、『タンホイザーとエリーザベトとヴァルトブルクの
歌合戦』にすればよかった。 “名は体を表す” というからな。」
でも、ちょっと変じゃない? さっきの本、見せてくれる?〕
ワーグナー自身のことばによると、「エリザベートを演ずる歌手
は、うらわかく、処女らしい天真爛漫さの印象をあたえねばなら
ない。」 ……エリザベートはブリュンヒルデやイゾルデやジーク
リンデと同類ではないのである。 ……演ずる歌手に……作者
の要求するような、若く、ういういしい爛漫さが欠けていたならば
……罪深いタンホイザーに捧げられた処女の愛の感動的悲劇
を、充分共感することができなくなるであろう。(*2)」
〔これ、同じ本に書いてある内容よ。 まさか
“若く、ういういしい爛漫さ” が私のイメージだ…
なんて言うんじゃないでしょうね!? リヒャルト!〕
「………。」
〔また騙したわね。 それじゃ、私はヴェーヌス…?〕
「最近ではエリーザベトとヴェーヌスを、一人二役で歌わせる
演出もあるほどなのだ。 それも一理あるが、やりすぎだね。」
〔やりすぎ? なぜなの?〕
「それでは、女性の裏表、深層心理を暴こうとするだけだ。
人間の両面や葛藤を表わすのは、タンホイザーだけで充分
さ。 ぼくが描こうとした内容はね、もっと多岐に亘っている
のだ。 いわば “高次元の対立” と言ってもいい。」
〔対立? 何の?〕
「個人の範疇を超えた対立のことさ。 宗教面だけを見ても、
色々あるよ。 キリスト教と異教。 いくら懺悔をしても厳格さ
を崩さないカトリックと、我が身を犠牲に恋人を救済してしまう
うら若い女性。 禁欲主義を唱えるばかりのカトリックを、ぼく
が嫌っていたのは、よく知っていたろう、君だって。」
〔懺悔だって。 ご都合主義のプロテスタントね、あなたは。
だって、こんなことも書いてあるわよ。〕
ワーグナーに言わせれば、「私たちの神は金であり、私たち
の宗教は金儲けである」というわけで、主神のヴォータンもその
風潮に染まっていることでは人後に落ちないのである。 (*3)
〔ねえ、芸術作品は素晴らしいんだけど…。 あなたも少しは
懺悔したらどうなの? 私も至らなかったけど、苦しんだのよ。〕
「そう言うな。 晩年は、私も辛かったのだ…。」
ワーグナーは先妻のミンナが “生活保護” を受けるほど困窮
しているのに、見殺しにしているという非難を浴びたこともある。
事実無根の中傷だったが、この件も彼の夢に現われた。 ミンナ
がとっくに他界した晩年になってからも、しばしば「彼女に送金し
なかった」という夢を見た。
コジマは彼の夜ごとの夢も丹念に記録しているが、その大半
は悪夢である。 彼を夜な夜な苦しめた悪夢は、深淵を孕んだ
波乱万丈の生涯の、余震や余波の類だった。 同義的に多くの
罪を重ねたことについての、当人の無意識裡の自覚の現われ
だった。 (*3)
真実に栄光を。
“ミュンヒナー・ヴェルトボーテン” 紙におけるあやまった記事
に対し、私はここに真実に忠実に申し述べる。 私は現在まで、
別居中の夫リヒャルト・ヴァーグナーから扶助を受けている。
この扶助により、私は十分な、不安のない生活をしている。
1866年1月9日、ドレスデン
ミンナ・ヴァーグナー (旧姓、プラーナー)
これを新聞に発表して16日後にミンナは亡くなっている。 (*1)
「宗教だ、懺悔だと言うな。 作品群の、ほんの一面にすぎない
のだから。 それに “愛の限界” も大きな問題だ。 現世の愛と、
死して他を救済するより術のない愛。 この “愛と死” の問題は、
『タンホイザー』以後の、大きなテーマとなるのだ。 この世では
実現しない愛、偉大な芸術への愛と身を引く愛、共に苦しまねば
他を救済できぬ愛…。」
〔……。〕
「『タンホイザー』は、私の新たな出発の記念碑的作品なのだ。
ドレスデンでは『リエンツィ』も成功し、やっと落ち着いて着手する
ことが出来たのだ。 だから君には感謝している。」
〔本当に? その後だって、散々苦労させておいて…。 しかし
あのパリでは、本当に悲惨だったわね。〕
劇場での成功から見放されたワーグナーは貧窮のどん底に落
ちた。 彼は妻のミンナとともに文字通り飢餓線上をさまよった。
ときには夕闇にまぎれ、塀ごしに通りに枝をさしかけている他人
の屋敷の胡桃の木から、実をたたき落として飢えを凌ぐようなこと
さえあった。
女優だったミンナの舞台衣装や二人の結婚指輪が質種になり、
あげくには質札を質種に使うような窮乏ぶりで、リガから連れて
来た愛犬までが主人に愛想をつかして行方をくらました。
ロッバーというこのニューファンドランド犬は “おそろしく大食い”
だったようだから、飢餓線上の暮らしは飼い主以上に身にこたえ
たのかも知れない。 (*3)
「この著者は、都会パリをヴェーヌスベルクに、自然豊かな
ドイツをヴァルトブルクに例えている。 面白い解釈だ。 私が
ドレスデンに帰ってホッとしたのは事実だから。」
〔ヴェーヌスベルク…。 ヴェーヌスベルクね、
『タンホイザー』の。 それで思いだしたわよ!〕
このオペラには出版元からの申し入れによって撤回された
もう一つの題名があった。 もとの題名は『ヴェーヌスベルク』
であり、ヴェーヌスベルクは、キリスト教世界から追放された
ヴェーヌス (ヴィーナス)の隠れ棲む山であり、副次的にはいわ
ゆる “ヴィーナスの丘” mons pubis を意味する。
出版元の懸念もそこにあって、ドレスデンの医学生たちが
女性の恥部を暗示する題名をジョークの種にしていることを
作者に注進して、題名を変えるように求めたことが改題に
つながった。 (*3)
〔医学生じゃなくたって、容易に連想するわよ! 自分の死と
引き換えにタンホイザーを救済するエリーザベトが私のイメージ
にピッタリ? いい加減になさいよ! 私はせいぜい官能的な
ヴェーヌス止まりだって言いたいんでしょ? あなたを肉欲に
誘う。 でも私ヴェーヌスみたいに、あなたを手招きした覚え
なんかないわよ。 大体ね、こんなこと書いて寄こしたのは、
どこの誰だったかしら?〕
君を感じ、君の眼差しのなかに身を沈め、君の
いとしい身体と婚礼をあげ、ぼくの苦しみすべて
を甘美なる抱擁の中で溶かすのだ! (*1)
「確かに当初は “ロマン的オペラ、ヴェーヌスベルク” だった。
無意識に浮かんだ題名だよ。」
〔題名を? 無意識にですって…? そんな題名のままでなく
て、本当によかったわ。 ただでさえ恥ずかしいんだから…。〕
「……詩的な高揚気分を解さぬ女だ…。」