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MARU にひかれて ~ ある Violin 弾きの雑感

“まる” は、思い出をたくさん残してくれた駄犬の名です。

半世紀後の時限爆弾

2013-02-24 00:00:00 | 生活・法律

02/24       半世紀後の時限爆弾




           これまでの『生活・法律



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                   相思相愛の友
                  甘えるのは下手
                   甘かった私




 (しかし、出血の原因は何だろう?)

 私はベッドの上で天井を見つめながら、考えました。



 救急車で運ばれ、緊急処置。 そして、そのまま
入院。 両腕は点滴中です。

 吐血…ということは、胃、もしくは十二指腸の潰瘍
でしょう。 病名は、まだ聞かされてないけど。



 潰瘍と言えば、かつて胃を検診した際、こんなふう
に言われたことがあります。

 「胃潰瘍の痕跡がありますが、もう治癒しています。
心配ありません。」



 このときはバリウム検査で、自覚症状は皆無でした。
そんなこともあったな…。 30年近く昔のことですが。

 以後、胃の検査などは定期的に受診していますが、
後にも先にも “異常” は、この一回だけです。



 (刺激物を、特に好んで食べるわけでもないしな…。
「お酒のせいですよ。 今後は駄目です!」 …なんて
言われるのかな?)

 私の “お酒” なんて、可愛いもんですけど。



 そんな呑気なことを考えながら、一日目の眠りに就きました。




 「もう一度、胃カメラがあります。」

 二日目の朝、看護師さんに言われました。

 (あれー。 またか…。)



 これは、血が完全に止まっているかどうか、他に異常な
部分が無いかどうか、それらを診るためでした。

 昨夕は、胃にまだ血が残っていたので、全体を完全に
は確認できなかったそうです。 午後に食べた “焼そば”
も、かなり邪魔だったとか。




 また、昨日の胃カメラは、「単なる検査のためでは
なかった」ことも解りました。

 それはそうですね。 あれだけの出血が、自然に
止まるわけはありませんから。



 後で目にした入院治療計画書には、“緊急 内視鏡的
止血術” とあります。

 また、“内視鏡的 焼灼止血” ともあります。 おそらく
電気ゴテで患部を焼き、出血部を塞いだのでしょう。



 そう言えば、同時に輸血をしながらでした。

 緊急輸血…?

 外で待っていた家族は、「集中治療室へ移される
可能性もある」…と予め聞かされ、涙ぐんでしまった
そうです。



 麻酔のお蔭で、何も感じなかった私。 それを、単なる
“検査” のための胃カメラだ…と思っていた、愚かな私。

 これは手術にも相当する作業ですね。 でも専門的に
は、“処置” の部類に入るのだそうです。




 主治医の Y先生は、写真をたくさん見せてくれました。
今日の検査の後の写真。 昨日の処置の際の写真。

 見比べると、今日の写真はどれも “綺麗”。 昨日のは、
胃の下部がよく見えません。 出血の直後なので、当然
でしょう。

 (…ということは、胃潰瘍だな。 十二指腸じゃなくて。)



 私の目を捉えたのは、そのうちの一枚。

 昨日の写真で、血が噴出している様子が鮮明に写って
いるのです。 左下から右上へ向かって。 まるで、太陽
表面のプロミネンスのように!

 (これじゃ、ひとたまりも無いな…。)



  

       wikipedia、プロミネンス より




 先生は私に尋ねました。

 「ストレスは多い生活ですか?」

 胃潰瘍の原因として、よく話題になる
のが、精神面からの影響ですね。



 いいえ、特に多いとは思えません。

 (楽器は楽しく弾いているし、性格的にも、胃をチクチク
虐めるような習慣はない。 色々問題を抱えていることは
事実ですが。)



 「だとすると、考えられるのはピロリ菌です。」

 (これは聞いたことがある。 むしろ、胃がんの原因として
だけど、ボクの場合は潰瘍を引き起こしたのかな…?)




 私は車椅子に乗せられたまま、命を救ってくれたことに感謝し、
Y先生や周囲の医師たちに礼を言いました。

 照れる若い先生たち。 わざと無表情を装うかのような Y先生。




 昼過ぎに、家族が面会に来ました。 仕事を早退して。
勤務先の上司が、心配してくれての取り計らいです。



 そこで初めて聞かされたのが、“出血性胃潰瘍” という
病名です。

 私は、「医者なら病名を直接告げるのが普通だろう」…と、
それまでは考えていました。 でも Y先生は違う。 ただ
昨日の処置について語り、状況を私に説明するだけです。



 確かに患者としては、硬い専門語で病名を聞かされても、
ちっとも嬉しくない。 そこに思い遣りを感じ、また、この先生
の指示どおりに従えば間違いないな…と確信しました。




 ピロリ菌。 検査の結果、やはり私の胃にも住み着いているのが
判りました。

 後から検索してみると、「50歳以上の約80%が保菌している」…
などと書かれています。

 また私が生まれたのは、戦後の混乱期です。 衛生思想は未熟、
法的規制も不足しており、何が口から入っていたか、解りません。



 でも、この二日目は、まだベッドの上。 ピロリ菌の知識も無く、
ただ一生懸命に考えるだけです。

 (そんなもの、いつ、口に入ったんだろう? 半年前かな?)



 (…ということは、今回の潰瘍が治っても、また出血を起こす
かもしれないな。 …どうやって根治するんだろう? ピロリ菌
が居なくなるまで、退院できないのかな…?)




 幸いにも、今はこうして退院しているわけです。 でも
このときは、真剣に悩みました。

 (まあ、考えすぎるとストレスが溜まるから、止めよう。)




 この日はヴァレンタイン デ―。 愛を注いでくれた
人たちに感謝しなければ。

 救命士、救急隊員、主治医を始めとする先生方、
看護師さんたち。



 そして、救急車を呼んでくれた家族。 私が倒れたのは
水曜日で、ちょうど出勤しなくていい日だったのです。

 もし私が一人だったら…。 床に寝ころんで回復を待つ
うちに、吐血を繰り返し、助からなかったかもしれません。




 それにしても、このピロリ菌。

 一体ボクの胃に、何年間 “いそうろう” していたの?



半世紀後の実体験

2013-02-23 00:00:00 | 生活・法律

02/23        半世紀後の実体験




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                    母を送る
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                  甘えるのは下手
                   甘かった私




    「人間の体重の 1/13 は、血液の重さです。
   また、血液の 1/3 を失うと、命が危ないと
   言われています。

     A君の体重は 39㎏ ですが、何㎏ 以上の
   血を失うと、命が危ないでしょうか?」




 これは算数の問題で、私が小学校5、6年生の頃、
実際に教科書にあったもの。 印象が深かったので、
今でもよく覚えています。

 1/13 × 1/3 = 1/39 ですから、答は簡単ですね?
ちょうど “1㎏” 以上になります。



 でもまさか、これが自分の身に起ころうとは、
想像したこともありませんでした。




 (久しぶりに作った焼ソバ。 ああ、おいしい!)



 ある日の午後。 元気に調理を済ませて、遅い昼食
を摂った後のことです。

 立ち上がろうとすると、突然、眩暈に襲われました。



 フラフラして、椅子に座っているのもしんどい状態です。
私は廊下の床にそのまま横たわり、回復を待ちました。

 ゴトン。 右肘と右膝を突いたときに、少し音を立てた
かもしれません。



 そのとき、吐き気がしました。 血が混じっています。




 しかし、そのまま姿勢を楽にしていても回復しません。
いつもの立ちくらみなら、これほど長引かないのですが。

 ゴトン。 姿勢を変えたときに、また音を立てたようです。
二度目の物音を聞き付けて、二階から家族が降りて来る。



 「お父さん、大変! 救急車呼ぶけど、いいでしょ?」

 衣服に付着した血を見て、家族は即、決断、実行。



 (本当だ。 セーターにも、ズボンにも付いてる。)

 玄関まで這って行き、横たわったまま、救急車を
待つ私。 痛くも苦しくもないので、まだ幸いです。




 5分ほどして、救命士さんのチームが来てくれました。
倒れた際の状況を尋ねられます。

 (何でもいいから、早く救急車、来てくれないかな。)



 連絡から10分後、救急車が到着。 ストレッチャーに
乗せられ、車内に運び込まれると、同じ質問をされます。

 救急車は、まだ停まったまま。

 (受け入れ先の病院が決まるまで、しょうがないか…。)



 動き出した救急車。 相変わらず、痛くも苦しくも
ないのですが、揺れたり、曲がったりするのが、頭
に響く。 これが一番辛かった。

 途中、もう一度吐き気を催したので、起き上がり、
隊員さんの差し出す袋を使います。




 病院に到着すると、すぐ処置室へ。 消化器科です。

 ストレッチャーからベッドに移されると、また同じ質問。
喋るという単純な動作でも、本当に疲れる。

 でも自分のためです。 仕方ありません。



 そして胃カメラを飲むことに。

 (ははぁ、検査か。) 初めての経験です。



 起き上がると、まず麻酔薬などを服まされる。 それから
胃カメラが入ってきます。 口の中、喉…。

 「はい、一番嫌な所は通りましたからね。 もう少しですよ。」

 先生が手慣れた様子で操作すると、カメラはどんどん奥へ。




 やがて先生は、周囲の医師たちと、画像
を見ながらやり取りを始めます。

 「これだな。 こっちのは何だろうね?」



 (…何でもいいから、早く終わらないかな。)




 “検査” が終わると、起き上がったままの私に、先生
が色々話してくれます。

 「血は止まりました。 二度の吐血で、体の血が半分
ほど無くなっているんですよ?」



 (えっ! あれは吐血だったのか、二度とも。
血が“混じっていた” のではなく!)

 救命士さん、救急隊員さんたちが、量を正確
に把握し、報告してくれていたのでしょう。



 私は驚いて、先生に尋ねます。

 1/3 失うと命が危ない…と聞きましたが、
1/2 だなんて! 本当ですか!?



 すると先生は表情を変えず、事も無げに言います。

 「ここは病院ですから (、大丈夫ですよ)。」

 (失礼しました…。)



 恐怖心を取り除くためか、あるいは自信の顕われか…。
いずれにしても先生のこの一言が、私を安心させました。




 もう夜の六時か七時頃でしょうか。 病室へ移ると、
両腕に点滴です。 リンゲル液、輸血、止血剤。

 (やれやれ、一度に初体験か…。 救急車、入院、
胃カメラ、点滴、輸血。)



 “血液の半分” だって…!

 後から診療明細書を見ると、“輸血6単位” とあります。
1単位は 140ml ですから、840ml になる。

 (そんなに輸血したのか…。)



 そして、かなりの量の造血剤。




 こうして、六泊七日の入院生活が始まりました。



ヴァレンタインの贈り物

2013-02-22 00:00:00 | 生活・法律

02/22       ヴァレンタインの贈り物




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                  甘えるのは下手
                   甘かった私




 貴方は、入院の経験をしたことがありますか?

 女性なら出産があるので、男性よりも頻度は多いでしょう。

 また内科的な疾患に限らず、骨折など、外科的な治療
でも入院を要する場合があるわけですから、入院を生涯
経験しない人のほうが少ないのかもしれません。



 これまで私自身は、大きな病気をしたことはありません。
怪我では “右膝靭帯断裂” というのがありますが、この
時は通院で済みました。

 といっても、ギプスをはめ、松葉杖を突き、楽器を抱えて
の通勤。 まだ30代の頃でしたが、駅の階段の昇降では、
大変苦労したのを覚えています。

 何度か突き飛ばされ、転んだことも。 障碍を持つかた
の立場や心持ちが、少しは解るような気がしたものです。




 そんな私も、ついに先日、入院することになりました。

 原因など、状況は後ほど書かせていただきますが、
入院期間は六泊七日です。



 一日目は “処置”。 二日目は、終日ベッドで安静。 飲食
が出来ず、もちろん歩行も禁止です。

 この二日目は、ちょうどヴァレンタイン デー。 私の手にした
プレゼントは、“両手に花” ならぬ、“両腕に点滴” でした。




 三日目になると、やっと朝から食事解禁になりました。

 配膳直後の写真です。 ご覧のように牛乳、フルーツ
味の薄いジュース。 そして、空っぽの…。



  SN3R0379



 …ではないんです。 内容が見えないだけ。

 中央の丼の中は、重湯。 お粥の、それも上澄み液
です。 写真にしたら、何も写っていませんでした。

 右は “澄まし汁” で、味は、ほとんどありません。



 昼になると “三分粥”。 僅かながらご飯が
混ざっています。

 これと共に、“お水” も解禁。 さっそくペット
ボトルを、家族が買ってきてくれました。




 四日目には、弟が遠くまで見舞いに来てくれました。



  SN3R0380



  SN3R0383



 スイートピーでしょうか? 心の和む素敵なお花に、
真新しい花瓶を添えて…。




 さて、以下は私の日記からですが、数字はそれぞれ
“最高/最低” 血圧。 起床時と就寝時のものです。



      [入院2日前]

 133/ 84

 演奏中、何度か意識朦朧、初めての体験。 夜、食欲無し。

 106/ 61



      [入院1日前]

 93/64

 スーパーから自転車で戻ると、息荒く、冷蔵庫へ品物
やっとのことで入れて、床で寝転がり、数分休む。

 84/55





 私は高血圧なので、地元のクリニックに通院し、2年間、
薬を服(の)み続けています。

 [130/80]以下を目指しているのですが、数値が急激に
低下していますね。 私としては “喜ぶべき事態” なの
ですが、体調は、それとは反比例しています。



 また常時 “貧血” 気味なので、時折 “立ちくらみ”
を感じることがあります。 それは、昨年末から顕著
になっていました。

 加うるに、年が明け、この二月に入ってから、軽い
“痛み” を時折感じていたのです。 胃の上部に。




 そして翌日、つまり入院当日には、数値は
さらに下がりました。

 [87/52]

 これ、起床時のものです。 異常に低いですね…。




 貴方なら、これを見て、どうしますか? また、もしお医者
さんでしたら、どんな病気を疑いますか?

 私は鈍感な人間なので、「いつものクリニックへは、翌日
にお邪魔してみようかな」…などと思うだけでした。



 もっともこの日は、クリニックが休みの水曜日だった…。

 そんな事情もありましたが。



お好み焼き

2012-12-26 00:07:00 | 生活・法律

12/26          お好み焼き




           これまでの『生活・法律




 先日、やけどをしてしまいました。

 まったくの自分の不注意で、左手の先端。 そう、Violin
を弾く私にとっては、致命傷になりうる部位です。



 幸い、経過は良好です。 案じてくださっている皆さまに、
この場を借りて報告させていただきますね。

 ご心配をかけて、本当に申しわけありません。 どうか
ご安心ください。




 忘年会シーズン。 私も仲間と共に、ある店へ。

 そこには座敷席がありました。 テーブルは低く、下が
“掘りごたつ” のようになっている形。 囲む人数は6人
ほどです。



 何かの拍子に立ち上がった私。 左側へ、よろけて
しまいました。

 そこにも別のテーブルがあったので、左手で体を
支えた。 …まではよかったのですが、手を着いた
テーブルの上には、鉄板がありました。

 熱く焼けた…。



 これ、もんじゃ焼きのお店だったのです。




 「熱い! しまった…。」 と思った私。 すぐ手を
離そうと思ったのですが、あいにく無理。 その手
で体重を支えているのですから。

 おそらく、3秒、4秒。 そのぐらいは、手を着いた
ままだったでしょう。 誰かが、私の胴体をつかまえ、
引き離してくれるまでは。



 「すぐ冷やせ!」 私でも知っている鉄則が頭に
浮かび、トイレへ急行。 水を流しっ放しにして、
患部を冷やしました。

 席へ戻ろうとすると、お店のかたが私に駆け寄り、
「これを使ってください。」 新しいお絞りと、保冷剤。

 そう、ちょうど手のひらサイズで、冷蔵庫で冷やして
おくタイプの。

 さらにメンソレを持ってきてくださるなど、あらん限り
の配慮を駆使してくださいました。



 冷やしつつ、自分の手を見ると…。 多少の
水膨れが。 いや、火脹れというのでしょうか。

 しかし痛みはそれほどありません。 心配
する仲間たちの表情を、左右に感じながらも、
残りの時間を楽しく過ごすことが出来ました。

 「大丈夫だよ。 ごめんね? 心配かけて。」




 あくる朝、水膨れは前夜より大きくなっていました。
特に、手の平に近い部分が。 圧迫感による痛みも
あります。

 いつもなら、何でも自分で治そうとする私。 しかし、
この時ばかりは危険を感じました。

 すぐ地元の皮膚科へ! 外科ではないんですね。




 最初の処置は、まず “水抜き”。 もちろん、水膨れ
部分をアルコール綿で消毒してから。

 針は、縫い針より、2サイズほど太い。 先端に斜め
の穴が開いているのを、横から刺す。 2か所ほど。



 ここまでは痛みはありません。 むしろ圧迫感が
消え、楽になりました。 ただ、先生が水 (リンパ液)
を絞り出すと少々痛い。 でも、そんなことは言って
られません。

 やはりメンソレ状の油剤を、ガーゼに塗布され、
テープで留めてもらいました。



 同じような薬を処方され、1日一回ほど患部に
塗布するよう指示され、現在に至っています。

 写真は、3日後のものです。 ガーゼの下は、
白い水膨れや、まだ赤黒い…という状態です。



   




 途中3日ほど、抗生物質を服用しました。 感染防止のため
です。 しかし9日が経過したこの時点では、「もう楽器は弾け
そうだな」…という感じです。

 しかし、そこは非意欲的な私。 “自重” して、まだ試しては
いません。

 痛みはなくても、“皮膚が、硬く攣る” ような感じ。 やがて
内部が再生し、硬い表皮が剥がれてくれるのでしょうか。



 医師の診断は “2週間”。 もう少しです。




 私の “火傷Ⅱ度” は、深さで言えば中程度以下。
しかし、それなりに不自由です。

 まず、水を扱うとき。 野菜洗い、食器洗い、そして
入浴…。 色々考えた末、炊事用ゴム手袋を使って
います。

 普段は毛糸のカジュアル、改まった場所では、黒
の布製を。 手袋は、その3種を使い分けています。

 でも、このキーボードがやりにくい…。



 1週間近く経過すると、水膨れも小さくなり、圧迫感も
無くなった! 運転、自転車、共にハンドルを握ります
が、痛みはありません。

 当初は家族に頼っていた、薬剤の塗布。 でも圧迫感
の痛みも徐々に無くなったので、自分で積極的に塗り、
当て、そしてテープで留めています。

 左手が使えないのが、こんなに不自由とは! ネクタイ
も満足に結べません。 指先が、手袋で膨れているので。
キャベツの繊切りは、まるで “棒切り”。



 そして今。 薬の塗布は続けていますが、先ほど
の入浴は “ゴム手袋無し” で済みました。

 “1日おき” だった通院間隔も、「1週間後でいい」
…と言われるほどになりましたし。 これ、ちょうど
“(全治)2週間” になります。




 さて、“火傷の火脹れ” と検索してみると…。

 常識的には、小さい穴を開け、水を抜き取ります。
皮を破らないのは、奥の真皮を保護するためでしょう。

 ところが、中には。 ご覧のとおり、“水膨れの皮膚
を剥ぎ取る”…なる治療法が見られます。



 これ、医師がやる治療法のことです。 素人が
自分でやるんじゃなくて!

 私の医師は、そうはしませんでした。 どっちが
正しいの!?




 “もんじゃ焼” のお店での、今回の不祥事。 私の不注意に
より、多くのかたがたに、ご心配をかけてしまいました。

 それも、お邪魔しているオケで、仲間の一員として誘って
もらった忘年会。 楽しくあるべき場に、水を指してしまった…。
周囲を巻き込まずに済んだのが、不幸中の幸いです。

 なぜ、よろけてしまったのか? まず第一に疑われるのは、
アルコールのせい。 でも、それほど飲んでいない状態だった
ので、常用している血圧降下剤の影響も考えられます。



 これが “お好み焼き” のお店なら、まだよかったんでしょう
ね? 何を焼いても自由だから。

 自分で “手を焼いてしまった” 私の、愚かな失敗談でした。



借りる甘え、手中の強み

2012-07-05 00:00:00 | 生活・法律

07/05      借りる甘え、手中の強み




           これまでの『生活・法律




 私の友人が、「お金を貸してくれ」と頼まれました。

 いわゆる "借金問題"。 Aさんに頼んできたのは、仲良しの
友人で、日頃 Aさんが世話になっているかたらしいのです。



 それを私が知ったのは、Aさんが交流サイトで呟いたから。
さっそく殺到した、山のような書き込み。



 「金の切れ目は、縁の切れ目。」

 「"自分も厳しいので無理だ" と言って断ったほうがいい。」

 「止めたほうがいい。」

 「自分ならキッパリ断る。 最初が肝心で、実際に何度か機会が
あったが断った。 友人関係を続けたいなら、そうするべきだ。」

 「金を貸せば金と友を失う。 金を借りれば倹約がバカらしくなる
という素晴らしい言葉がある。」




 貴方なら、どうしますか? 金額は5万円です。



 さて私はかつて、"借金問題" について、この場で書いていた
のを思い出しました。

 それは、『頭の体操 (90) 漢字クイズ 問題/解答』 (7) に記した
内容ですが、それを一部手直ししたのが、以下の文です。




        (7) ローカル線  (E) 朗借銭



 どんな顔で借りるにせよ、借りたお金は必ず返さねばなりま
せん。 ところが中には、『借り得! 借金の勧め!』…なる
主旨の書物の宣伝を見かけることがあります。

 居酒屋さん、スナックなど、飲食店さんが悩むのが、ツケ代金
の回収。 「請求権は1年間で消滅する」という時効があります。

 民法第174条 「次に掲げる債権は、1年間行使しないときは、
消滅する。」 (4) 旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の
宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に
係る債権。

 お店としては、時効成立前に、まず内容証明郵便で督促する
など、迅速に行動しないと時効を中断できません。 そんなの、
よほど多額でなければやってられないよ。 …と言っても、私は
客側ですが…。 

 親しいお店でも、ちゃんとこう貼ってあります。 「当店では
ツケ払いを受けツケておりません。 いつも朗らか現金払い!」



 おや、誰ですか? 「もうすぐ時効が完成するぞ!」なんて
喜んでるのは!

 信頼関係は壊れ、"借金の踏み倒し" を喧伝されて、信用
に傷が付き、名誉が汚されても、文句は言えません。 それ
でもよければどうぞ。



 私事で恐縮ですが、私の亡父は、老人ホームにまで押しか
けて来た親族に頼み込まれ、住宅資金として多額の貸付を
しました。 しかし、この "内容証明郵便による督促" という
法的な手段を知らなかったため、結局返済してもらえないまま
亡くなりました。 親族間では、普通はそこまで事態が進むこと
はあり得ませんが。

 身体が不自由で足を運べなかったため、ただ手紙で請求を
繰り返すだけでした。 でもシラを切られ、無視されただけで、
法的な効力は無いんですね。

 その親族の家庭内でも、「早く返しなよ…」と、返済問題は
絶えず大きな話題になっていました。 しかし家庭内暴力も
激しい状態の上、借りた当人が無視し続ければ、それ以上
どうしようもありません。

 お金もさることながら、信頼を裏切られたのを悔しがりつつ
亡くなった、私の父の二の舞にならぬよう、ご注意ください。
個人間での貸金の場合は、10年で債権が消滅するので、
その間に適当なタイミングで、上記の "法的な請求" をして
おく必要があるわけです。

 また、いくら親族間とは言え、借用書の作成は不可欠です。

 さて、借りた本人は、相続人の私に対して、まず借金の
存在自体を否定し、問い詰められて弁護士事務所に逃げ
込むと、"すでに時効完成" と告げられ、大喜びでした。



 しかしその債務者、海野秀一 (同姓同名の方、ごめんなさい)
(大手コンピューター会社勤務、東京都杉並区桃井*-**-**、山形県西村山郡朝日町出身)
からすれば、民法の保護に与り、自己の財産を守ることが
出来た、賢い実例です。 本当によかったですね。 アナタ
から見れば、"たかが氷山の一角" でしょうが、「同じように
見習え」…などとは、私の読者の方々にはとても奨励でき
ません。

 ほかにも色々問題を抱えておられるようですが、ぜひ賢く
乗り切ってください。




 さて先ほどの書き込みには、私も参加しました。 内容を
纏め、補筆すると、こんなふうになります。



 もし貸すのなら、① 必ずその場で借用書と引き換えに!

 かつ、② 利息を設けて、そこに明記させることをお薦め
します。 「儲ける」ためではなく、返済をズルズル延ばされ
るのを防ぐためで、年利5%程度が常識的です。



 また出来れば、③ 借用目的、返済回数、返済期限、返済
方法 (手渡し、振込) などを記載させるようにすると、事態の
重大さ、こちらの真剣さが、相手に伝わるかもしれません。

 もちろん③は、"強制力ゼロ" です。 法的には不要な項目
ですし、借り手が書いたとして、そのとおり実行されなくても
仕方ありません。

 どんな形にせよ、返って来ればそれでいいのですが。



 「金を貸すなら、"あげる" つもりで貸せ」…という名言もあります。
金額の大小や、個人間/取引関係…などの違いもありますが。

 私はヒトがいいので(笑)、これでも過去に "貸金等返還訴訟"
などを何度か起こしています。 その他にも、実父が手痛い目
に遭っているので、他人事ではありません。 ぜひ慎重にね?




 先ほどの書き込みは、まだまだ続きます。 こんな意見も。

 「貸すなら、あげるつもりで借用書なんかなしでくれてやれ!
5万ぐらいなら、どっちに転んでも、書かないほうが後々清々
しい。 貸さないのが一番だが。 そもそも普通の大人なら、
5万程度、誰に頼まんでもキャッシングでポーンと借りられる。」



 なるほどね。

 でも、"5万" という金額が大きいか、小さいか?

 そして、「5万ぐらいなら」というセリフを、誰が言うのか?
それが大問題です。



 「5万ぐらいなら、見過ごしてくれるだろう。 もし払えなく
なっても。 面倒、見てるんだし。 借りてしまえば、こっち
のものさ。」

 借り手が、もしそんな意識だったら…。

 また当初は返済する意思が固くても、その後の状況で、
意識が変化することだってあります。 そんな人間が金を
手にしたら "勝ち"。 いわゆる "借り得" です。



 いずれにせよ、借り手には甘えがあるのですから、
貸し手側は、毅然と対応する必要があります。 こと、
"金" に関しては。 たとえ、自分が世話になっている
相手であっても。




 「"あげるつもり" は、さらさらない。 そこまでお人好し
じゃあない。」

 Aさん自身の最後の書き込みですが、さあ、どうなった
んでしょうね。 貸したとして、もし返ってこないと、金額
から見て、"訴訟"は現実的とは言えません。



 ちなみに、私が "貸金等返還訴訟" で訴えた相手は、
40年以上付き合いがあった "友人" です。 私だけで
なく、家族ぐるみで大変世話になっていました。

 残念ながら、今では行き来がありません。



 愚かな私の、反面教師ぶりでした。