まい、ガーデン

しなしなと日々の暮らしを楽しんで・・・

弥勒シリーズ最新作『乱鴉(らんあ)の空』あさのあつこ著

2023-02-12 09:07:06 | 

私が最初に読んだのは4作目の『東雲の途(しののめのみち)』
シリーズものとは知らずに手に取り読み始めたが、一気に読んでしまった。
それほど魅力的ですっかりはまってしまって。
図書館にある本を片っ端から読んでいって、ない本は文庫本で買って。
そんなわけだから順を追って読んだわけではない、が、1作目の「弥勒の月」は最初に
読んだ方がよかったなとは思った。
で、最新作『乱鴉(らんあ)の空』を書棚で目にした幸運には感謝よ。

あさのあつこさんの「弥勒シリーズ」
捕り物だから事件が解決するに至る過程にハラハラするドキドキする。
解決すればスキッとする。面白さにはずれはほぼないから安心して物語の世界に入って
いくことができる。けれど、このシリーズはそれだけではない。
登場人物がまた魅力的個性的で、同心とその手下の関係が際立っていて、それだけでも
読み応えがある。

北定町廻り同心木暮信次郎
岡っ引、伊佐治親分
小間物問屋遠野屋の主人、清之介その前身は複雑。

物語はこの三人を中心に回っている、ま、タッグを組んで解決に奔走しているといって
よいが、決して一筋縄ではいかない関係である。

信次郎と清之介の心理戦。相手の心の内を読むか読まれるか。
そこへ緩衝材両者を取り持つ格好の信次郎に仕える伊佐治。
いや伊佐治はほとんどは信次郎を毛嫌いし、清之介に魅かれている。なのに・・・

三人の中でいちばん人として真っ当な岡っ引きの伊佐治とは

尾上町の親分と呼ばれ先代の定町廻り同心・木暮右衛門(うえもん)から十手
を預かったベテランの岡っ引だ。右衛門を尊敬していた伊佐治は十数年前に右衛門が
亡くなってからも、あとを継いだ息子の木暮信次郎の手下として働き続けている。

では、伊佐治が仕えている同心の木暮信次郎とはどんな男なのか。

伊佐治のおかみさん、おふじはこう言う。
「あのお方が頼りになるかねえ」
「どうだかねえ、あっさり見捨てちまう気もするけど」
「だといいけど。あの方に人の心なんて望んでいいものか、迷うとこだよ」

遠野屋の女中頭おみつ、 
「あたしは、木暮さまが嫌いです。正直、お顔を見ただけでぞっとするほどですよ。
でも、親分さんは、尾上町の親分さんは好きです。とても、いい人だと思いますよ。
お話もおもしろいし、お人柄も信用できます。親分さんがいるから、木暮さまは
何とか人の枠内で生きていられるんですよ」

遠野屋の番頭信三は 
「嫌いなのではなく、怖いのです」

『乱鴉(らんあ)の空』弥勒シリーズ11作目 

元刺客の小間物問屋の主、遠野屋清之介と老練な岡っ引、伊佐治は、捕り方に追われ、
ある朝忽然と消えたニヒルな同心、木暮信次郎の謎を追う。いったいどこへ? 
いったい何が? 次々と見つかる火傷の痕をもつ死体の意味は? 江戸に蔓延る果てない
闇を追い、男と男の感情が静かに熱くうねり合う。

じゃ、いつも一緒に行動している肝心の伊佐治の心内はどうなのかと言うと。

信次郎が屋敷から姿を見せなくなり、伊佐治は番屋に引っ張られていく羽目になっても、
信次郎と事件の解決に向かう日々を思い起こして、こう言っている。

「岡っ引きを退いて、平穏な日々、憂いのない暮らしに潜り込むか。
やめられねえ。やめられねえ。もう少し、こうやって生きていてえ。」

そして、信次郎の隠れていた場所が分かり、当人を目の前にして言い募る。

「あっしがどれほど苦労して、旦那の岡っ引きを務めてきたと思いやす?
言いたかねえが、うちの旦那ほど付き合い難い者はおりやせんよ。薄情どころじゃねえ
人らしい情心なんて薬にしたくてもありゃあしねえんだ。そりゃあ、少しばかり、
お頭の回りは速いかもしれませんがね。取柄はそれだけじゃねえですか。」

「ともかく人柄はどうにもなりゃあしやせん。うちの屋根に止まっている鴉の方が
よっぽど善良でさあ。けど、同心としちゃあ、そこそこ働いちゃあいる。
旦那じゃなきゃあできねえ働きをしてなさる。そうわかっているから、辛抱しても、
付いて回ってんですよ」

伊佐治の怒りなど、そよかぜ程度にも感じていないのだろう。いつものことだ。
どれほど怒ろうと、悔しがろうと、突っかかろうと、信次郎には何程も応えはしない。
そう、いつものことで・・・・・。
不意に身体から力が抜け、前のめりに倒れそうになった。
いつものように、目の前に信次郎がいて、何を言っても涼しい顔で受け流してしまう。
やっと、いつもと同じになった。いつものようにが、戻ってきた。安堵に骨が溶け、
肉が溶け、肌が溶け、自分の全てがゆるゆると流れ出しそうな気がする。

そりゃあ信次郎の下で岡っ引きを「やめられねえ」となるわけだ。

その一方で、伊佐治はいつも尊敬し好ましく思っている清之介のことをこうも見ている。

伊佐治は唾を飲み込み、身を縮めた。
現の様相に怯んだのではない。横を向いた遠野屋の眼つきが刹那、研ぎ澄まされた
刃にも似て鋭く光ったからだ。見間違いではあるまい。薄闇に惑わされるような光では
なかった。
この男は稀にこういう眼つきをする。本当に稀だ。思いがけなく長い付き合いになったが、
伊佐治はまだ数えるほどしか知らない。知るたびに、身が縮む。
信次郎はいつも氷刀だ。その冷たさが、その切れ味が変わることはない。けれど、遠野屋は
常に穏やかで、温かく、柔らかい。この前のように、伊佐治の危地には必ず手を差し伸べて
くれる。下心も損得勘定もない。見返りも望まない。心底からの助けだ。他人を救い、
家族を守り、商いを育てる。刃などではなく地に根を張り枝葉を広げる大樹のようではないか。
ずるりと剥ける気がする。
大樹を思わせる男の姿がずるりと剥けて、青白い刃が現れる。今までと異なる形が現れる。
この眼に触れると、そんな心持ちを味わってしまう。

実は伊佐治のこんな遠野屋評はめずらしい。

それでは、信次郎の遠野屋評はどうかというと

難題な事件にいつも絡んでくる遠野屋を評して
「あやつは死神なのさ。どこにいても、何をしていても人の死を引き寄せる。不穏で、
歪んだ死を、な。死神でなきゃあ狼か。血の臭いを嗅いで集まってくる獣ってとこだろうな」

「おぬしには芝居などわかるまい。芝居も草紙も音曲もどれほど優れていようが、すり抜けて
いくだけさ」
「それらのおもしろさってのは、人の情に働きかけてくる。人ってのは情を揺さぶられる
から、おもしれえって感じるのさ。おぬしは揺れねえだろう。揺れたいとも望まない。ふふ、
いらねえよなあ、人らしい情なんて。おぬしにとって邪魔になりこそすれ役には立たない。
厄介なだけの代物、だろ?」

遠野屋清之介
「それは何とも。木暮さまにだけは言われたくございませんね」

「木暮さまとて、芝居や草紙に興が乗ることはありますまい」

なんともかんとも煮ても焼いても食えない、それでいて相通じているような似た者同士の
腹の探り合いで。こんな心理合戦がシリーズを通して繰り広げられているわけよ。
それにしても、信次郎をそれほど人でなしのように書かなくてもいいのに、と私は
あさのさんにちょっとだけ言いたくなるの。けっこう魅力的なんだから。

 

以下は私の備忘録として。

あさのあつこ『弥勒シリーズ』

1.弥勒の月

小間物問屋・遠野屋(とおのや)の若おかみ・おりんの水死体が発見された。同心・木暮信次郎(こぐれしんじろう)は、妻の検分に立ち会った遠野屋主人・清之助(せいのすけ)の眼差しに違和感を覚える。ただの飛び込み、と思われた事件だったが、清之助に関心を覚えた信次郎は岡っ引・伊佐治(いさじ)とともに、事件を追い始める……。
“闇”と“乾き”しか知らぬ男たちが、救済の先に見たものとは? 

2.夜叉桜

江戸の町で女が次々と殺された。北定町廻(きたじょうまちまわ)り同心の木暮信次郎(こぐれしんじろう)は、被害者が挿していた簪(かんざし)が小間物問屋主人・清之介の「遠野屋」で売られていたことを知る。因縁ある二人が再び交差したとき、事件の真相とともに女たちの哀しすぎる過去が浮かび上がった。生きることの辛さ、人間の怖ろしさと同時に、
人の深い愛を

3.木練柿(こねりがき)
胸を匕首(あいくち)で刺された骸(むくろ)が発見された。北定町廻(きたじょうまちまわ)り同心の木暮信次郎が袖から見つけた一枚の紙、そこには小間物問屋遠野屋の女中頭の名が。そして、事件は意外な展開に……(「楓葉の客」)。表題作をはじめ闇を纏う同心・信次郎と刀を捨てた商人・清之介が織りなす魂を揺する物語。

4.東雲の途(しののめのみち)

橋の下で見つかった男の屍体の中から瑠璃が見つかった。探索を始めた定町廻り同心の木暮信次郎は、小間物問屋の遠野屋清之介が何かを握っているとにらむ。そして、清之介は自らの過去と向き合うため、岡っ引きの伊佐治と遠き西の生国へ。そこで彼らを待っていたものは……。

5.冬天の昴

北町奉行所定町廻り同心、木暮信次郎の同僚で本勤並になったばかりの赤田哉次郎が女郎と心中した。その死に不審を抱いた信次郎は、独自に調べを始めた矢先、消息を絶つ。信次郎に仕える岡っ引の伊佐治は、思案に暮れた末、遠野屋清之介を訪ねる。次第に浮かび上がってきた事件の裏に潜む闇の「正体」とは――。

6.地に巣くう

北町奉行所定町廻り同心、木暮信次郎が腹を刺された。信次郎から手札を預かる岡っ引の伊佐治、信次郎と旧知の小間物問屋・遠野屋清之介に衝撃が走る。襲った男は遺体で大川に上がる。背後で糸を引く黒幕は何者なのか。深まる謎のなかで見えてきたのは、信次郎の父親・右衛門の衝撃の「過去」だった――。

7.花を呑む

「きやぁぁっ」老舗の油問屋で悲鳴が上がる。大店で知られる東海屋の主が変死した。内儀は、夫の口から牡丹の花弁が零れているのを見て失神し、女中と手代は幽霊を見たと証言した。北町奉行所の切れ者同心、木暮信次郎は探索を始めるが、事件はまたも“仇敵”遠野屋清之介に繋がっていく……。

8.雲の果(くものはたて)

小間物問屋〈遠野屋〉の元番頭が亡くなった。その死を悼む主の清之介は、火事で焼けた仕舞屋で見つかった若い女が殺されていたと報される。亡くなった女の元にあった帯と同じ作りの鶯色の帯が番頭の遺品から見つかり、事件は大きく展開する。北町奉行所定町廻り同心の木暮信次郎と“仇敵”清之介が掴んだ衝撃の真相とは――。

9.鬼を待つ

飲み屋で男二人が喧嘩をした。一人は大怪我、殴った男は遁走の果てに首を吊った。町方にすれば“些末な”事件のはずだった。しかし、怪我を負った男が惨殺されたことから事態は大きく展開し、小間物問屋〈遠野屋〉の主・清之介の周囲で闇が蠢く。北町奉行所定町廻り同心の木暮信次郎と岡っ引の伊佐治が
辿り着いた衝撃の真相とは――。

10.花下(かか)に舞う

口入屋の隠居と若女房が殺された。北定町廻り同心、木暮信次郎は、二人の驚愕の死に顔から、今は亡き母が洩らした「死の間際、何を見たのであろうか」という意味不明の呟きを思い出す。謎めいた事件と才知にたけた女性であったと知る母の過去。岡っ引の伊佐治、商いの途に生きようと覚悟する遠野屋清之介。得体の知れない危うさに呑み込まれていく男たち。

 

 


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