まい、ガーデン

しなしなと日々の暮らしを楽しんで・・・

志功とチヤと 『板上に咲く』 原田マハ著

2024-08-03 08:55:22 | 

原田マハさんの新作。
「棟方志功」を妻チヤの目線から描いている。
志功とチヤの馴れ初めから、苦楽を共にして志功が世に認められるまでのお二人が個性的で。
毎日が大変なのに全編これユーモアに満ちていて、読んでいてニヤついてしまう。
志功は板画に夢中で他に目が向かない。チヤはそんな志功に振り回されて、それでも志功を
信じて一生懸命応援してついて行く。そして、志功はついに世界の「ムナカタ」になる。
その過程の物語。

1956年の「第28回ヴェネツィア・ビエンナーレ」で日本人初の国際版画大賞を受賞。

「二菩薩釈迦十大弟子」

 

チヤが墨を磨っている。
やがて生涯の伴侶となるその男。棟方志功と、チヤはこうして出会ってしまった。
こうしてという出会いがまた奇跡のようなもので。

チヤが魚を焼いている。

チヤは偶然に出会った棟方を下宿に招き、ヒラメを焼いてもてなし身をほぐして棟方に勧める。

やがて棟方が顔を上げた。黒々とした瞳がうるんで光っている。目と目が合った瞬間、
チヤの胸の奥のほうで、何かがことんとやわらかな音を立てて動いた。
「・・・忘れね。ワ、この瞬間、一生、忘れね」
棟方がつぶやいた。一語一語に情感をこめて。
もう一度、チヤの胸の奥で、何かがことんと鳴った。
たかが焼いたヒラメ一匹をめぐるやり取りである。
そうだとすぐに気づいたわけではない。けれどその日、チヤは棟方に恋をした。

チヤと棟方がデパートで偶然再会した後、新聞のゴシップ欄になんと公開ラブレター。
<チヤ様、私はあなたに惚れ申し候。ご同意なくばあきらめ候 志功>

こうしてチヤは、心のぜんぶを棟方に持っていかれてしまったのだった。

雑誌「白樺」のひまわりの絵を見て
「ーワぁゴッホになるーーーッ!!」叫ぶ志功。

このあたりの件がもうおかしくて面白くて。ゴシップ欄の公開ラブレターだなんて。
そりゃあチヤさん、一度に心を全部持っていかれるわね。意地の悪い私だって持っていかれる。

で。チヤさん、棟方とともに結婚という名の大冒険を始めたはずなのに・・・

チヤが手紙を書いている。

相手は夫、棟方志功だ。
結婚して1年半、今なお離ればなれに暮らすふたりのあいだをつなぐ手紙には、優しい愛の言葉など
ひとつもなかった。
棟方からの手紙は、一緒に暮らせないこんな言い訳が書き連ねられていて
「あなたも、ご苦労、多き事、よくよく分かっては、おりますが・・・」

そんな手紙ばかり届けられるチヤさん、
「私は、いつまで、こんな、暮らしを、しなければ、なら・・・ねんだよもうっ!」
となるわけよ。真剣に腹を立てているのに、やっぱりそんなチヤさんが可愛くて。

いつかきっととあなたはいつも言うが、そのいつかはいつなのか教えてほしい。
私が仕事をしてでもあなたを支えるから。とにかく呼んでほしい。頼むから。

必死。そうよね、分かる分かる。とてもよくわかる、なんだか棟方の誠意が感じられないものね。
居ても立ってもいられないわよね。

二人の子供 家族4人での暮らし、家探し。をしているけれど、何しろお金がない。と。
手紙のやり取りはいつも棟方の手紙の最後の一枚、デカデカと一文字、「無」でちょん。
やっぱりなんだか笑える。「無」だなんて失礼な。チヤさんは泣きたいだろう、怒りたいだろう。

ついにチヤさん、堪忍袋の緒が切れた。そう、何が何でもと東京の棟方のもとに押しかけるわけよ。
無限実行。

チヤが部屋を片づけている。
柳宗悦先生。濱田庄司先生。河井寛次郎先生。を迎える。当然、棟方は落ち着かない。
棟方と尊敬する二人の先生との出会い、そしてそこに加わる河井がまことに印象的で。
その先生方を棟方の家にお迎えするわけだから張り切るわけよね。

棟方志功と妻チヤのふたり、貧乏ながらそこここに醸し出される温かい心が、
通い合うふたりの愛情がにじみ出ていて、読んでいる私も楽しいほんわりしてくる。
そうはいっても、棟方はまっすぐ一心不乱な人だということは分かり切っているから、
その言動に振り回されるチヤさんの様子がなんといっても面白くて。って怒られるか。

ま、順風満帆とは行かずいろいろあったけれど、棟方は世界の「ムナカタ」になっていくわけで。
そこらへんは私にとってはまあいいかでして、ちょっと端折って。

ここで突然、この板画を見るとほんとにしみじみしてくる。棟方さん、大好きなものに囲まれて幸せだろうなあ。

 

ようやく、チヤは気がついた。
自分はひまわりだ。棟方という太陽を、どこまでも追いかけてゆくひまわりなのだ。
棟方が坂上に咲かせた花々は数限りない。その中で、最も力強く、美しく、生き生きと咲いた
大輪の花。
それこそがチヤであった。

原田さんの書く「棟方志功とチヤ」
例によってフィクションとノンフィクションの世界が入り混じって。
すーっと素直にふたりの世界に入っていくことができて、読後感はとてもよかった。

 

板画写真は昨年の東京近代美術館で開催された
「生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」を鑑賞したとき私が撮影した写真。

 

 

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