まい、ガーデン

しなしなと日々の暮らしを楽しんで・・・

總持寺百間廊下と 鶴見線の思い出

2024-01-06 08:35:41 | くらし

今朝も、そっくりそのまま、北陸地方に押しやってあげたいような晴れ渡った青空。

鶴見 總持寺

大きなクスノキ そばに巨大な石組み

曹洞宗信徒です、という顔つきと佇まいの参拝客の中で観光気分の自分が落ち着かなくて。
広い境内は混雑もなく露店もないからすがすがしいのに。
花を手にされた方3、4人、年配の方の車いすを押してお参りする方、老いも若きも。
落ち着かなさはあってもこちらはしっかりと見学。

外から

總持寺を後にしての帰り道、突き当りに高架が、そして電車が通過していった。
あれ、車体は京浜東北線じゃないしって、そうか鶴見線か。

一気に、月一度利用していた40年以上前のことが浮かんできた。
持病治療が始まったのが鶴見線、鶴見小野にある病院。見つけてくれた医師が夜間勤務していたのよ。
仕事を持っていた私に「ここなら来られるか」って。
若かった私は、月に一度年休を取るって考えられなかったの。それで考えてくれて。
当時保育園児だった子供二人を連れて、毎月一度月曜日の夜、鶴見小野の駅から病院まで歩いた。
いい医師だったの。子連れだから一緒に診察室に入ると必ず子供にも声をかけてくれて。
「せんせい、一生のお付き合いになりますから長生きしてくださいね」と言うと、
「僕の方が先に逝っちゃうよ、今飲んでいる薬はガンにはならないんだよ」なんて。
肩にできていた粉瘤のことをちらっと話すと、いち早く切ってくれて、
検査に回したけどなんともなかったよ、と、えっ?とぼんやりしていた私が驚いてしまった。

居住区に基幹病院ができて副院長になり、そこに私も通うようになったが診察医師は代わった。
院長先生になり、しばらくしてお亡くなりになったことを知る。言葉通りになってしまった。
まだ働き盛りのお年だったのに。今でも温厚なお顔が浮かんでくる。
夜しか知らなかった鶴見線、鶴見小野駅の思い出。薄暗い乱雑だった診察室まで浮かんでくる。

 

コメント
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