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まい、ガーデン

しなしなと日々の暮らしを楽しんで・・・

激しく同意する その2

2015-10-04 07:56:20 | 

  『東京日記4』 不良になりました。

川上弘美さん、好きなのです。
が小説はこのところ読んでいません。東京日記は1,2,3どれか以前に読んだことがあります。
どの月も某日とある1日の日記が短くて楽しくて、そうそうと頷くこと多くひっくり返って読むにはぴったり。
ごめんなさい川上さん。
でもそんな感じで読んでいいですよね。お望みですよね、きっと。

東京日記4は、2010年5月~2013年3月までの日記。
その中で。
12月の副題は 「すべて空白」
何が空白かって1日の予定が手帳に全くないこと。

12月は師走で忙しいはずだからって手帳みて確認。
予定あり、すべて予定通りとりおこなって、昼寝の日。と予定なし、昼寝の日と。
予定ったって回覧板回すとか郵便局行って切手予約とか。ま、どうでもいい些細なこと。
そして、何かといっては昼寝。最短15分最長3時間。いいねえ。

で、12月某日の日記。

今日の予定は「年末募金の回覧板をまわす」
予定通りとりおこなって、満足。
したはずなのに、そこはかとなく、不安。
昼寝15分。仕事ぽっちり。

これ読んで、よくぞ言い当ててくれた川上さん!と肩たたきたくなったわ。
そうよ、そうなのよ、私の気分。「そこはかとなく、不安」ってやつだったのよ。

水道栓閉めたかどうかってのも
快気祝いの場所予約したかどうかってのも
受け取るべきお金を受け取ったかどうかってのも
日常のもろもろなにもかも。

私、小心者だから、
そこはかとなく不安な気分はそこはかとなくからどんどんせりあがってきて高じてきて、
終いには居ても立っても居られない気分になるわけ。
で、不安を鎮めるために確かめに走るのね。つまらん。
そこはかとなくだからちゃんとやってあるのよ、きっちり確実に。いやになっちゃう。

そこで、疲れ切ってソリティアに逃避。
(次の1月某日からは何かというとソリティアに逃げて「激しく後悔」する月の日記ね)

ゆるくて奥深い川上さんは好きです。あとを引きます。
(ちなみにこの「東京日記」はweb平凡連載ですからネットでも読むことができます。知らなかった)

 

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激しく同意する!!

2015-09-16 08:03:59 | 

今回借りてきた本は5冊の内4冊がエッセイ。
そのうちの1冊。
暇を埋めるには軽くてちょうどいいなあ、なんてひっくり返って読んでいたのよ。

  

  『よなかの散歩』  角田光代著

「どこまでやれば!?」
の章を読んで飛び起きた、なんて大げさだけれど、いやはや面白い!ただごとでない。

角田さんは、
ボクシングジムに通って9年  試合をするの?と聞かれ
英語を習って10数年      「じゃあもうネイティブスピーカー並みね」と言われ
ランニング             フルマラソンの出るの?と聞かれ。

角田さん、それらを始めたときのことを考える。

世のなかの6割ほどの人 何かはじめるときに目標を設定するのだろう。
「よし、フル走るぞ」
「よし、ネイティブ並みに話すぞ」
「試合に出るぞ」

だけど、角田さんは、

目標がない、まるでない。ただはじめてしまっただけ。
そしてやめる理由が見つけられず、ただ続けているだけ。
目標がないから向上心もなく、向上心がないから努力もせず、努力もしないから、
9年続けたってボクシングは猫パンチの態。

ですって。そして続けてるのよ。

世のなかの六割の人が目標を持って生きていると考えると、
亀のように縮こまって恥じ入りたくなるが、しかし、目標がないと長続きするのはたしかだ。
目標がないから挫折がない。上達しなくともちっとも傷つかない。

って開き直っている?としか思えない言いぐさ。

「それでかくちゃん、どうなりたいの?」
と目標型の人は訊くが、どうなりたいのか、私にもさっぱりわからないのである。

ですって。

私、首が折れるほど激しく頷いています。うんうんうなりながら同意してます、よくぞ分析してくれた!あんがと、です。
何でこんなに続けているんだろうと我ながら不思議に思っているパソコン、ブログ。
そういうことだったのね。すっきりです。すっきり。
T先生!そういうわけです!

あああ、角田さん!
『紙の月』 読んで、この手の話は好きになれないからもういいわ、と思ったこと取り消します。
これからはいい読者になります。つもりです。

(関係なくくつける写真)

 ウメモドキ

 ネムノキ

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本を読む。

2015-09-09 12:48:03 | 

図書館に行くと、まれにあちらの方から「私を連れてって」と誘われる。ほんとにまれに。
先回借りたこの5冊もそう。
「いらっしゃい」って。手に取って受付カウンターに行くまで10分もかからなかった。
そういうときの嬉しさ。ラッキー!ってもんよ。

 

  

紹介文から
生前葬コンサートで歌われる100曲に因みつつ、古希の小椋佳が綴る渾身の遺言エッセイ100題。
歌手・小椋佳が70歳を迎えて書き下ろす人生の総まとめ。
自作の「シクラメンのかほり」など100曲を選び、その曲が生まれた経緯や意外な事実のすべてが明かされる。

小椋佳さん、そんなに好きじゃないのにテレビも観ちゃったりして。我ながら変、だと思う。
NHKで放送した生前葬コンサート、1日目を観たけれど途中でリタイア。元気にもなれずしみじみもできなかったのよ。

どうも気になる、と言えばこの一点にあるような気がする。

計画通りに自分が努力実践しないことに対して自虐自責癖
幸福感に浸る器用さはなくて、むしろ自分で自分を苛むという損な性分を持ち合わせてしまっている
幸せとはまさに主観的なものである

 ご自分で分析している「慢性現状不満症」の件。

 

 

「本書をまとめて読むと、ほとんど常軌を逸した相撲への愛情と迫力が伝わってくる」が全て。
後半の記事はほぼ朝青龍との一騎打ちの様相。もう繰り返し朝青龍。面白いけれど・・・

で、その当時の大関陣への厳しい注文。

これが横綱を目指す大関の態度か?
体調不良はわかるが、消化試合のような相撲で二つや三つ勝ち越す大関より
極論すれば十四敗しても、朝青龍に対しては命を賭けるという、そんな相撲をいちばんだけ見せてもらう方がずっといい。

今の大関陣の相撲を観たらもっと手厳しいお言葉が聞けるはず。9月場所が始まるけれど、本当に腹立たしいわ、大関陣。
きりっとして!きりっと!

 

 

1979年秋 藤圭子 28歳 沢木耕太郎  31歳
藤圭子が28歳で芸能界を引退する際、数回にわたって行われたロングインタビューをもとに構成されている。
当時、原稿は完成していたものの、沢木の考えによって封印されていた「幻の作品」だ。
今回、藤圭子の死を契機に30年以上ぶりに陽の目を見たということになる。

地の文がなく会話のみのノンフィクション。
「一杯目の火酒」を読む。
が、今まで大好きで読んでいた沢木耕太郎さんの本の雰囲気とはずいぶん違う感じが不快で、これは無理と
止めようとしたが、それでもと読み進めていくうちにそういった違和感は跡形もなく消えて。
高級ホテルのバーのカウンターで飲んでいる二人の会話を横で聞くともなく聞いて。
知らず知らずのうちにどんどん引き込まれ、二人と同じように昂揚した気分になっていく不思議な感覚を味わった。

 

       

 

元同心・森口慶次郎、最後の事件。著者入魂の傑作シリーズ、ついに完結!
いつの世も変わらぬ苦悩と人情がここにはある。円熟の境地でこの世を去った筆者の絶筆までを収録したシリーズ最終巻。
この文章だけでも切ない。

ひとつめの事件 「松の内」

が解決して、慶次郎と佐七が根岸の寮に帰る道すがら、の二人の会話。酒の肴は、

「するめと、こうこかな」
と、佐七は独り言のように言い、しばらくの間は二人の足音だけが聞こえた。
「旦那」
つめたい風が、糸のきれた凧を足許へはこんできた。
「俺、旦那が寮へきてくれなすって、ほんとうによかったと思ってるよ」
「俺もだ。七つぁんがいてくれて、ほんとうに嬉しい」
かすかに聞こえてきたのは、佐七の笑い声だったのだろうか。根岸までは、まだかなりの道程がある。

もうもう、こういう文章に触れると胸の奥がつんとするのよ、ほんと。
これだけでしばらくは大丈夫かな、なんて思ったりして。

 

 

 

 

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夏は時代小説

2015-08-06 07:38:52 | 

なんて、限られたジャンルしか読まないから少し大げさかな。

躰動かすのがいやで引っくり返っているから時間を持て余す、ただの怠け者。ま、いっか。
で、引っくり返って本を手に取る。
こんなときはしみじみと、時代小説人情もの。これがいちばん。
私にとっては北原亞以子さん『慶次郎縁側日記』シリーズ。先週は2冊「あした」と、

『雨の底』  

蓬田やすひろさんの挿画と新潮社装幀室の表紙を見ただけで、いっきに江戸の世界に引き込まれる。

根岸で酒問屋山口屋の寮番をしている慶次郎と飯炊きの佐七。

私が好きなふたりの関係。たとえば。

花ごろもや八丁堀や、辰吉のいる天王町など、出かける先はいくらでもある慶次郎にくらべ、
(「花ごろも」にはいい仲のお登世がいて
「八丁堀」には息子夫婦と可愛い孫の八千代がいて医者の庄野玄庵宅 隣家の島中賢吾を訪ねて昔話ができる)
佐七が世間話をしに行けるのは、時雨岡のよろず屋くらいしかない。

そんな佐七の心中を思い、

二晩つづけて花ごろもに泊まるより、一日か二日おいて泊まる方が佐七の機嫌をそこねずにすむだろう。
なぜそんなに佐七に気を遣うのだと言われたことがあるが、
気遣いは浮世で暮らすもののつとめだと慶次郎は思う。

「気遣い」は浮世で暮らすもののつとめだと・・・もうこの文だけで泣ける。
だからこその慶次郎の佐七への心遣いは

佐七と約束した時刻に戻れない。遅れれば、佐七は露骨に顔をしかめる。
「旦那の顔も見たくない」と言うので出てきたのだが、帰る途中で何軒かの煎餅屋へ寄って、
厚いのや薄いのや、かたいのや少しやわらかいのや、幾種類かを買ってゆかねばならないだろう。

なんてところにも表れて・・・いっそう慶次郎の懐の深さにやられる。

そのいっぽう、

のめのめと、という言葉を思い出すこともある。
(略 妻と娘をあの世に送りながら 妻の心残りや、娘の口惜しさを思えば)
のめのめと生きながらえて、二人が口にしなかったような料理に舌鼓をうっていてよいのかと、
忸怩たる思いにとらわれる。だが、慶次郎の煩悩は花ごろもへの道をいそがせるのだ。

こんな男くささもあって。

私は、同じ北原さんの「深川澪通り木戸番小屋」シリーズより縁側日記の方が圧倒的に好きだ。


佐七がよろず屋に出かけていく。半刻あまりもたってから帰ってきた。
よろず屋夫婦の来し方を、つめたい麦湯を飲みながら聞いていたそうだ。
「明日っからお盆だろ。俺達にももうじきお迎えが来るって話から、身の上話になったんだけどさ。
旦那、あんな皺くちゃな人間にも、つやっぽくて波乱があった昔があるんだね」

こんなセリフを書かれちゃあ、横向いて鼻をすすりたくなるというもの。


『雨の底』は2009年の執筆作品。北原さんは2013年亡くなったから、

慶次郎シリーズは『乗合船 慶次郎縁側日記』(新潮社 2014年3月)- 最終巻
を残すのみになった。

 

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沢木耕太郎 『246』

2015-07-25 15:34:47 | 

久しぶりに沢木耕太郎さんの本を借りた。
南木佳士さんを除けば男性作家の小説やエッセイ、随筆の類を読むことはほとんどない。
が、変わっている書名と本の大きさに惹かれて手に取ったわけ。

『246』  A4サイズを一回り小さくしたくらい


初出が「SWITCH 1986年4月」 とあるから、その年の1月10日から9月10日までの日記と思っていいだろう。
そして出版が2007年。うーん10年以上たってからか。何かあったのか。
1986年、もう29年も経っていることになるが少しも古さを感じさせない。
今「ポーカー・フェース」を読んでいるが文体が少しも変わらないことがその秘密のひとつと言えるのかしら、なんて。
それとも沢木さんが変わらないのか?

29年前だから日記に登場する交友があった方々、
近藤紘一さん、山口瞳さん吉行淳之介さん米長さん景山さん等々故人になっている。
東北、上越新幹線は上野始発。そこここに、そういえばそうだったわねの思い大。
「深夜特急」執筆中。「馬車は走る」執筆中、「キャパ」翻訳中、「血の味」執筆中。

 (見返し部分)

書名の「246」っていったい何のことか、
車好きの方ならすぐに分かったかもしれないが、皆目見当がつかなかった。
が、自宅近く、ご自身が利用していた国道246号線のことだったのね。

で、この246号線が「うち」から「そと」の世界に続く唯一最大の道であると。
それはまた「そと」から「うち」の世界に続く道でもあると。
とけっこう意味深いこと。分かるようなわからないような。 

いやあ沢木さんの交友範囲の多彩なこと。
日記の中には加賀まりこ、阿木耀子・井上陽水・小椋佳さん。
もちろんお仕事出版関係の諸氏、行きつけのお店もろもろ。
高峰秀子さんがご主人の松山善三さん以外の男性でなら、沢木さんがお気に入りで贔屓にしていることも著書で読んだ。
(ポーカー・フェース読み進めたら、沢木さんご自身が書いている。
蛇足ながら文庫版「わたしの渡世日記」は高峰さんの依頼で沢木さんがあとがきを書いている)
きっとどこか人を惹きつけるものを持ってらっしゃるのだろう。

 (裏の見返し部分)

この日記を読んでいると、2歳かな3歳かな、お嬢さんとのことは、
寝る前のお話をしてあげることや
花見に行ったり公園で遊んだり自転車散歩をしたりと、まるで恋人とふれあっているかのように書かれているが、
奥様の影が少しもなくて。
ご自身が熱でうなされてときも、娘が心配して様子を見に来たことは書いてあるが、奥様のことはなにも書かれてない。
不自然なくらい何もない。
ただ1箇所。
娘を長の旅に連れて行ったとき、これ以上は限界と言うところで奥様に盛岡までの迎えを頼んでいる。
そこのみ。変なところに引っかかると言えば引っかかっているがどうしても違和感が残って。

それにしてもひとりの作家の心のありようと日常が端的にうかがえて、
自分が沢木さんになったような錯覚がして一緒に行動しているような不思議な感覚がした。
読みごたえありの1冊だった。
やっぱり沢木さん好きだな。

 

 

 

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憧れの人

2014-11-01 12:26:28 | 

 
港が見える丘公園

 

「憧れ」の人とタイトルに書いたけれど・・・おこがましい。
「尊敬する」ともちょっと違う気がする。
「このような女性がいたのか」とため息ついた、が相応しいか。

故『須賀敦子』さん

何度も書いているが、
イタリア旅行控えて旅行本だと思って購入した文庫本『ヴェネツィアの宿』。
これを読んだことがきっかけで須賀さんの虜になった。
それ以来、61歳のデビュー作『ミラノ 霧の風景』をはじめ主だった著書は全部読んだ。
読むたびに、なんて素敵な人か、と憧れる気持ちが強くなっていった、が。
ここ数年はずいぶんご無沙汰していた。

その須賀さんの展覧会が催されていると知って。
行かねばなるまい。

 

 一昨日、駆けつけた。

写真、生原稿、お手紙葉書、愛用品 その他諸々。
残念ながらおぼろげにしか見えない。老眼鏡をかけても読めない。
ついに諦めて。須賀さん、意外と小さな可愛らしい字を書くんだなの感想を頭に刻んで。
その知的な雰囲気に浸れただけでもじゅうぶんに満足して帰路についた。

本棚にある須賀さんの追悼本。

手元にあるだけで満足かつ安心して未読。これを機にまた須賀さんの世界を享受しよう。

(感謝です教室ブロガーさん、おかげさまで行ってくることができました)

 

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『役に立たない日々』

2014-06-16 12:46:29 | 

友人に連絡メールを送ると、折り返し返信が。
「強気のメールでおかしくて笑ったけど、どうしたの?」て書いてあるから、
「今、私の中で第二次佐野洋子ブームが来ているから強気が移ったのかもしれない」
と再返信。すると、今度は電話が。
「ね、佐野洋子って誰?」だって。我らの友人にそんな人がいたかって。
自分だけ忘れているのかと思ったら気になって気になってお使いにも行けないなんて。おいおい。

「ほら、谷川俊太郎と結婚してたことあるでしょ、その人よ」ミーハーな私はそっち方面から迫る。
「知らない!」そうきたか、それならばと、
「絵本に『百万回生きたねこ』ってあるじゃん、あれ書いた人よ」
と、文学部出身の彼女にそっち方面で迫る。
「絵本は興味ない!」
そっか、枕草子や源氏物語に浸っていたもんな、興味ないか。そういう私も読んだことないけど。
「ま、ま、その人が描いた『役に立たない日々』  を読んだのよ。そのせいかも。」
「なにそれ」と聞くから、
「あのね、癌になった後、苦しくてベッドに横になってひたすら韓流ドラマ?あれに嵌って1日13,4時間観てたんだってよ。幸せだったんだって。そしたら1年間あんまりおんなじ姿勢でテレビばかり観ていたから、あごの骨が外れたかずれたかしたってそんなこと書いてあるよ」



「まだあるのさ、再発して医者に余命と今後いくらいるか聞いて、ああそれならって病院帰りにぱっとジャガー買ったような人よ」
「変な人!」と友人は一刀両断。

「でもね、歯に衣着せぬっていうの?そういう向こうにあの人の孤独感が透けて見えてさ」
なんて私は佐野さんの心中なんて知りもしないのに分かった気になって、物言いが感傷的になる。

今日は を読み終わって図書館に返却してきた。

『役に立たない日々』は一次ブームの時に読んでいるけれど、こちらは初めて。

長くなるけれど、ちょっと引用。

役に立ちたい

私の人生は無駄だろうかと考えることもある。私は人の役に何も立っていない。
友人の妻のようにパッと起きやるべき事をさっさとやって、きりっと仕事を次々にして、
有意義に生きた方がいいにきまっているが、ある日ふとふとんの中で思いついた。
人生に目的を持ったら、一生は短く、時間は足りないだろう。
目的を持たなかったら、一生は実に時間があまって長い。
目的を持った人は死ぬ時やり残したことを無念に思うだろう。短い一生に違いない。
でもだらだら生きていたら、死ぬ時、あーやれやれたっぷり生きたなあと思える。
時々友人が「さっさと仕事しちゃいなよ、さっさと」と言うが、さっさと仕事したら私金持ちになっちゃうよ。
死ぬ時金があまったらどーするの、もったいない。
しかし私は、人の役に立ちたい。でも必要とされていないのが老人なのですよ。

佐野さんは2010年11月5日、72歳で亡くなっている。
けれど、もしそこに立っていたら私は駆け寄って「ほんとね、ほんとにそうよ」と言って抱きつきたい。

 

 

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読みました

2013-08-04 12:17:45 | 

今朝、買い物からの帰り道。
向うから文庫本読みながら歩いてくる男性に遭遇。
すごいわ、歩きながら読書。よくできるなあと振り返って確認よ。

で、この夏、なぜか近頃になく本読みが進む。どれもみなかるい本だからか寝っころがって1日に1冊くらい読んでしまう。

今は杉本章子さんの信太郎人情始末帖シリーズにはまって。
それはさておいて。いろいろな意味でひとこと言いたい本。


伊勢佐木町で見つけて東京駅で購入なんて、有隣堂さんに申し訳ない気分。
例の腹痛押さえて一刻も早くだから自分で探す気なんてさらさらない。丸善店員さんに
「どこにありますか?」と尋ねるや否や、迷うことなく連れて行かれる爽快感。さすが。

小林聡美さんの対談相手が贔屓の加瀬さん井上さんもたいさんときて、お散歩場所が浜離宮からの水上バスや芝公園増上寺東京タワーなどなどとくれば、ハードカバー購入ときっぱり縁を切った私としてもついつい手が出たというわけ。

森下圭子(フィンランド在住コーディネーター)
石田ゆり子(女優)
井上陽水(シンガーソングライター)
加瀬亮(俳優)
飯島奈美(フードスタイリスト)
もたいまさこ(女優)
柳家小三治(噺家) 

が。
お散歩しながらのゆるゆる対談を、紙面で読んでお二方の醸し出す空気を感じることはいささか自分にとっては無理でして。
ここは、映像でぞんぶん楽しみたかったわ。

娘が来たとき「読む?」と聞いたので、「読む!」ってすぐに読んだけれど。
やっぱり。ダメ。
反発心がむくむく起きるのみ。
林さんのいう野心がそもそも自分と違うからさ、分からん。
アグネス論争でよく中野翠さんとタッグを組んだな、と今やお二人の路線の違いにびっくり。

じゃあ、読まなきゃいいじゃないって。その通りなんだけれど。
そこが微妙。
林さん、有言実行だからムカムカしながらもついつい読んでしまう。なんだろね。


南木佳士さん。
私は、医師であり作家でもあるこの方をどう言ったらいいかわからないが・・・とても信頼している。
肺専門の内科医になって肺がんの死亡診断書を数百例(確か300ぐらいかしら)書いたあたりから、平成2年パニック障害になってしまった、というその一点に置いて。そのことをエッセイで繰り返し書いている。

かねがね、たとえばホスピス病棟とかの医療従事者の方たちは死を日常に感じているであろうから、その方たちはご自分の精神をどのように保っているのだろうか知りたかった。
自分はとても耐えられないことが分かっていたから、南木さんがパニック障害になることがすごくよく理解できて・・・そうだろうと勝手に共感してた。

その南木さんとふつうの(南木さんいうところ)医師5人との対談。

海外医療に飛び回っていたり、地域医療を中心に活動している方だったり、文学も目指している研修医だったりと、年齢も経験も様々な医師との対談はどれも興味深かった。

南木さんがパニック障害と分かり、やや落ち着いたときというから、結構古い時期1997年の対談だが、共通して、医師は技術や速さで競うべきではないと、治る患者さんは自分で治っていく(ような意味)と、おっしゃっていることにすごく納得してしまった。

これからも南木さんの本は折々読見たくなること間違いない。

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『ミラノの太陽、シチリアの月』

2013-02-08 12:58:34 | 

完全にタイトル買い。
週刊誌の新刊紹介欄見て、速攻でアマゾン、ポチっと。
合わせて日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した『ジーノの家』も。
そのアマゾンさんからメールが来た。感想を述べよって。
なあに、それ。久方ぶりのハードカバー購入だから珍しかったのね。

でもでも、残念ながら私の脳みそでは感想が浮かばない、ああ。
読んだは読んだ、が、一番眠気が襲う時間に開いていたので(言い訳)完全うろ覚え。
いいのか。よくない。決まっている。

『ミラノ』

なんたって私のイタリアデビューの地。
ドイツで働いていた娘の様子見と称してJTBでよくよく相談。
そこの社員おじさんが「ドウモドウモ」のミラノのせよ!とおっしゃる。
一人でも大丈夫だから、と勧める。
私も無鉄砲だったから「そっか」と思って一人旅手続一切やってもらった。

で、娘はドイツから、私は日本からミラノ待ち合わせ(今までも何度も書いている気が)。
心細い異国の地。待ち合わせの当日、ロビーでうろうろ。
中年の渋いいかにもの黒服ホテルフロントに単語並べて、娘と待ち合わせ中と意味なく伝える。

まだまだ時間あるからホテルからミラノ中央駅付近探索。
そこラ変うろうろするも落ち着かなくてホテルに帰ってきたら、電話中の渋いおじさんが「マダム」って手招き。
ああ、そこで娘とようやく連絡取れてミラノマクドナルド前で無事落ち合ったってわけ。
さまざまな偶然が重なってのミラノ観光。忘れられない思い出。
それは一瞬通り過ぎた観光客のミラノ印象であって。

内田さんは、住んでいるミラノは曇天続きの寒くて陰鬱な街と評する。
帯にも『曇天続きのミラノにも晴れ間はあり、太陽に溢れるシチリアにも夜は訪れる』とある。
イタリアに生きる人々の「光と陰」を精緻な筆で描いたあまりにもドラマティックな10話。

もうこれだけで十分。私の四の五のの下手な感想なんて何の足しにもならない。
どの話が好きかだけだ。私は最後の話 *シチリアの月と花嫁 が印象深い。
10話どれも、住んでいる村や町の情景とイタリア人の地に足が付いた地味な暮らしぶりが絵になって浮かぶが、シチリアの、は短編映画を見ているようで特に心に残る。

イタリアを書く、といえば。
ミラノのホテル続き。滞在を終え帰る日、コンシェルジュに聞かれた。
「ベネチアに行ったか」って。
行っていないと答えると、それはそれはという顔をして「ホワアイ?」の一言。
なんで行かないか!ってそんなにいいところなのかベネチアは。
それからというもの、次に行くところはベネチア、とどんどん想いは膨らんで。

その時購入したのが須賀敦子さん『ヴェネツィアの宿』
こちらも完全タイトル買い。旅行本だとばかり思った。
なんの、それから須賀さんの本読みまくりに陥ったきっかけになった1冊だ。

ごめん、比べくもないのだが須賀さんが☆5だとすると内田さん☆4
アマゾンさん、それだけでご勘弁のほどを。

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『あすなろ三三七拍子』

2012-06-29 09:02:34 | 

いやあー、読まず嫌いってあるのね。
重松清さん、ごめんなさいって感じです。

横浜友から借りた文庫本『電光セッカチ』でしみじみして。
あれま、悪くないんじゃない、と思ったのがきっかけ。
図書館で借りてきたわ。

右から2番目が主人公 応援団長 45歳藤巻大介さん。
なに、世田谷商科大学(通称セタショー)の応援団会長であり会社社長の荒川さんから無理矢理業務命令で押し付けられるわけ。社会人枠で入学し、存亡の危機にある応援団を立て直せと厳命受けるわけ。

この峰岸達さんの表紙絵及び挿絵がほんと見事。これだけで内容が想像できるというもの。

ダブル背広が先輩斉藤さん。もうひとりコンビの山下さんがいるのよ。
旗を持っているのが、娘恋人へなちょこの翔君。
右のりりしい子がわけあって応援団入部の沙耶ちゃん。
太鼓左手だけ出ているのが唯一自ら入部の健太君。
裏表紙にチアリーダーの玲奈ちゃんがジャンプしている。
この人たちのキャラが際立っていておかしいのなんの。

これらの登場人物が織りなす1年間に、私も団に入った気分になって一緒に笑い涙し(まさか涙が出るなんて思ってもみなかった)、小説の面白さを久しぶりに味わったわ。

けっこうぶ厚くて上下2段組になっていて、寝転んで読むには不自由。
けれど、ハートが熱くなってどんどん読み進んでいくこと請け合い。
この何かとうっとおしい世の中に、オススメです。

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