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この二月ほど、時折「マッチ売りの少女」のことを考えます。アンデルセンのあの時代19世紀初めのデンマーク、マッチを売って歩く仕事があったのかしら?とか、もし貴重品のマッチならどうして貧しい子供が持っていたのだろうかな?などと、他人から見たら何でもないようなことが頭の中を廻ります。
2004年のアンデルセンの生誕200年を記念にペンギンブックより出版された、アンデルセンの童話ばかりを集めた本です。「マッチ売りの少女」の英語の題名は,[THE LITTLE MACH GIRL]です。デンマーク語の題名には,みすぼらしいと言うような意味のような形容詞が付くそうです。この題名を見て,あれ?と思いました。マッチを売る女の子ではないのです。日本の題名に縛られて考えていたばかりに,私は、「マッチを売る」という部分に何か意味を探していたようです。
確かにこの女の子は,家々の戸口にマッチを売りに歩いていたわけではありません。雪の舞う人通りの多い道を,小さい手に持ったマッチを大きな大人に向かって,差し出していたのだと思います。「マッチはいかかですか?」と。この女の子は,マッチを売るのではなく,物乞いをしているのです。マッチでなくても,いいわけですが,このマッチがこのお話の展開には必要不可欠なわけです。マッチを擦って暖をとる少女に,火が灯る度にこの子の憧れの七面鳥やクリスマスツリーを連れて来てくれます。
世界のあちこちで見た物乞いの子供たち,真っ黒な手をそのまま差し出してくる子、缶や箱を差し出してくる子、そして,今にも萎れそうな花や必要もない風船を差し出してくる子もいました。マッチ売りの少女のマッチは,萎れそうな花や風船と同じ意味を持ったものだと気が付いたのは,ほんの先日のことです。
この本の注釈に,この話はアンデルセンの実の母の貧しかった幼少期の話が、下敷きだと書かれています。そして,話の最後にマッチの明かりとともに祖母が迎えにくるのは,アンデルセンを可愛がった祖母への思いが込められているとも書かれています。
本のページにして,2ページ半のこの話,アンデルセンは1845年11月18日に、一日にして書き上げあたといわれています。母の話、祖母への思いがあったにしても、一日で話を書き上げるその原動になったものが,何かアンデルセンにあったのではないでしょうか。例えば,その頃、実際に貧しい少女が雪の朝行き倒れていた、ということがあったのかもしれません。
小さい時読んだ絵本は、ただかわいそうなお話でした。その話を,50も越してまた読み直してみると,アンデルセンの社会批判が、こうした童話の向こうに見えてきます。
切り絵が得意だったアンデルセンが,マッチ売りの少女のために作った切り絵です。 見出し写真は,2004年に私が刺したデンマークのクロスステッチのアンデルセンの主人公の一部です。
マッチ売りの少女も、日本では「小さい子供に物乞いさせるなんて」という社会風潮を気にしたのかもしれません。日本人は「人にものを請う」ということを良しとしないところもありますし。「売っている」という方が日本人の感覚には合っていたのかもしれませんね。
だからずっと,このお話が胸にしっくりこなかったのかもしれないわ。