今日も ぺこぺこ

ジョリ夫婦&ぺこ。3匹とも、今日も元気に「ぺこっ」てます。

脳のお散歩(1) - ガリレオ・ガリレイという人 実験編-

2006-01-09 23:01:51 | Weblog

風邪のせいで、しばらくネットから遠ざかっていましたが、ようやく復活してきました。
というワケで、ちょっとシリーズで書いてみます。
題して「脳のお散歩」です。
どこまで続くかわからないけど、歴史という名のセーターから飛び出ていた一本の糸を引っ張ると、
するするといろんな色の糸がほどけて出てきたので、思いつくままに書いてみます。
(こんな話は頭が痛くなるぞ!というお友達は、テキトーに飛ばしといてね。笑)


最近こっちのテレビで観た映画(ドラマ?)で「ガリレイ」というのがありました。
あの、ガリレオ・ガリレイのお話です。
もちろん仏語で放送されるので、力学や物理の用語満載であろうこの映画は、観る前から
「難しそうだなぁ~」と思っていました。なので、“映画を観ながら夫の白髪を切る”ことを交換条件
として、普段ならこんな退屈な時代モノの映画は観ない夫に解説者役をやってもらうことに。
(何が起こっているのかわからない部分を、簡単な言葉で説明してもらうのです。)
というワケで、わたしの目は夫の髪の毛に釘付け、しかし耳だけは映画を追う、という状態で
ガリレオのお話を観て(聞いて)いました。(苦笑)

これはガリレオの晩年を描いた映画で、主に彼が裁判にかけられているシーンを綴っていました。
ガリレオ(1564-1642)が裁判にかけられた理由は、「地動説(太陽のまわりを地球がまわっている)」
というコペルニクス(1473-1543)の案を、天体観測によって証明し、それを主張していたからです。
当時のヨーロッパはキリスト教(カトリック)に支配されていたので、「天動説(地球のまわりを太陽が
まわっている)」が当然のように教えられ、受け入れられていました。その理由は“神が最初に
土の塊を世界の中心に投げ、それが大地となったから”です。神の存在、そして聖書を全てとする
カトリックの教会にとって「地動説が受け容れられること」=「神の存在の否定」=「教会存続の
脅威」であったわけなんです。

しかし、地動説を唱えたガリレオ・ガリレイは、実は熱心なカトリック信者だったのです。
「わたしは何度も巡礼の旅をしたほどの熱心な信者なのです。神の領域を侵そうとしているの
ではないのです。」と真剣に訴えるガリレオ。

ガリレオがどのようにして「地球が太陽のまわりを回っている」と証明したのか。
実際に判決を下すまでにかけられた、司教などによる数度の尋問では、ガリレオはまるで
力学の講義でもするかのように彼らを教え諭していました。

「地球が東西方向にまわっているという“地球の自転”の意見に反対である。」
と答えた学者がいた。
彼はこの反論を出すために実験をしていた。ある点を中心にし、東と西とへ向けて大砲の玉を
撃ったのです。
もし地球が自転しているのであれば、玉の滞空時間の間にも地球は回っているはずだから、
地球の自転方向の反対方向へ向けて撃った球は飛距離がより長いはずである。彼はそう
考えたのです。が、しかし、結果はどちらも同じ距離であった。
そして彼は、「地球は回ってなどいない」と言ったのです。

この反論意見に答える代わりにガリレオは、
「浜辺の石を一つ取り、それを進む船の上から放り投げてみたとして、どこに落ちると思われますか?」
と逆に司教たちに質問した。司教のうちの1人は「石が空中に放り投げられている間も船は進むの
だから、石は船の後ろ、すなわち水の中に落ちるであろう。」と答えた。
それをガリレオはこう正した。
「石は、2つの力の影響を受けている。1つは“放り投げられた力”、もう1つは“船が進む力”
である。従って、石は船とともに同じスピードで進みながら落ちるので、放り投げた場所とほぼ
同じ位置に石は落下するのです。」
(大砲の玉が東西同じ距離を飛んだことも、この考え方でいくと納得できます。)

教会側は、躍起になって反論を出そうとした。
そして話はソクラテス(前470-399)にまで遡ってきた。
「ソクラテスは、栗の木の葉は栗の実よりも軽いので、同時に落としても栗の実よりも速く地面に
落ちると言ったが、これに対して君は反対意見だと聞いたが、説明してもらいたい。」
これに対しても、ガリレオは的確な説明と実験による証明をしてみせた。
まず、彼は砂の詰まった玉と、それとほぼ同じ大きさの“紙をまるめた玉”を用意し、司教たちに
聞いた。「この2つを同時に落下させると、どちらが先に床に着くと思いますか?」
司教たちは口々に答えた。「砂の玉に決まっているだろう。」
しかし、ガリレオが落としたその2つの玉は、同時に床に着いたのでした。

ソクラテスは世の中の仕組みを考える上で、力学の基礎、そして「引力」の存在を考えていたけど、
しかし「空気抵抗」という所までは考えが及ばなかったのです。
(ソクラテスは、物質の落下速度は重量に比例する、と言った。)
その後ソクラテスの案からいろんな学者が研究を重ね、ついに「空気抵抗」を発見した。
物が落下する際、そこに空気が存在する限り、必ず空気からの抵抗を受けることになる。無色透明
の空気といえども、物質ですからね。物質である限りは質量(=かさ)があるのです。その空気
の抵抗力は、スピードが速ければ速いほど強いものとなる。
空気抵抗を念頭に置くと、物が落下するスピードは重量に比例する、とは言えなくなってくる。

ここでちょっと一息入れて、みんなも簡単な実験してみない?

   ティッシュペーパーを一枚出して、床に落としてみましょう。
   ぺらりと広げた状態で落とすと、ふわりとゆっくり落ちますね。
   では、それを拾い上げて、ギュッと丸めて落としてみましょう。
   あれ?さっきよりもずっと速く落ちますねぇ。

空気抵抗とはつまり、そういうことなんです。
同じ一枚のティッシュペーパーなんだから、重さ(重量)は全く同じはず。
しかし、形状が変わることによって、空気抵抗の受け方が異なるので、より抵抗を受けやすい
平面形である状態のほうが、空気という物質に“押されて”遅く落ちるのです。
(完全に空気の無い状態だと想定すると、この2つは同じ速度で落下・着地することになりますね。)

このことを念頭に置いて、再びガリレオの「砂の玉と紙の玉」の実験に戻ります。
どちらの玉も質量(=かさ)は同じ。違うのは重量(=重さ)。
重い砂の玉はより速く落ちるけれど、同時により沢山の、すなわちより強い空気抵抗力を受ける
ので、結果として、プラス・マイナスで同時に着地となるのです。

これも自宅で簡単に実験できますよ。

   同じサイズの容器(マッチ箱など)を用意します。
   片方は何も入れず。もう片方には何か重いものを入れておきます。
   それを同時に床に落とします。
   (わたしは細長く固めたティッシュと乾電池で実験しましたが、同時に落ちました。)

こうしてガリレオは次々に実験と証明をして見せたのですが、教会側(司教たち)は文句のように
くだらない反論を続け、常に「神の存在」を脅し文句のようにガリレオに向けて言い放つばかりで、
実際には具体的な反対実験や反論をするだけの知識は無かったのです。

そしてガリレオは裁判にかけられ、判決を言い渡されました・・・
(つづく)
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<蛇足>
この映画を観た後、実家の父(=物理の高校教員)に電話した際に、ガリレオの実験について
話をしてみました。すると、夫の解説でも追いつかなかった部分を次々と見事に補足説明して
くれました。算数から物理まで、とにかくこのテの分野が大のニガテなワタシでもなんとか
ガリレオの実験について行けてるのは、実は父の解説のおかげなのです。
(父よ、ありがとう~)


風邪、その後

2006-01-09 21:56:42 | Weblog
木曜日の夜から抗生物質を飲み始め、お医者さまの予言どおり、週末の間にかなり良くなりました。
後は、この手切れの悪い「咳」と完全に縁が切れるのを待つのみです。
心配してくださったみなさん、ありがとうございます。

ブログのほうに書きたいことが沢山溜まってしまっているんだけれど、これから精力的に更新、できるかなぁ~?