その3【禁断の領域】
意外とあっけなく、私はそこに足を踏み入れた。
いや、当たり前か。別に結界が張ってあったりするわけじゃないんだから。
一歩進んだだけなので、先ほどと景色は変わらない。ただ、靴裏の感触が固いものからやわらかいものに変わっただけである。
山は当然、緑につつまれた自然だった。決してハゲ山などではない。一般的な山と、ほとんどなにも変わらない。
ただ、人が寄りつかないために、道らしい道がないのだけど。
「仕方ないなぁ」
軽くため息をついて、言う。
どうやら道なき道を進むしかないようである。
がさ、がさ、がさ……
地面に積もった落ち葉や小枝を踏みしめる音。それだけが、静寂のなかにこだまする。
天気は(ついでに気分も)上々で、視界は悪くない。ただ、乱立する木々が、視界をふさいでいた。
「豹(ひょう)でも出たらどうするかな」
とっさに思いついた肉食獣の名前を挙げる。が、無論、森に豹がいるわけない。要するにジョークである。ただし、もしも大型の動物に襲われたら、逃げにくいこの地形が命取りにになるのは明らかだった。ま、どうでもいいんだけど。
一人きりでいるのにジョークを飛ばすという、普段の私にあるまじきアクションをとりつつ、ひたすらに前進を試みる。
しばらく続けていると、ようやくといったぐあいに視界が開(ひら)けてきた。むやみに立ち並んでいた木々が、その数を減らしていく。同時に陽の光が、照らす面積を広めていく。
だんだんと開けていく視界の中に、それ、はあった。
洞窟。
いや、洞穴(ほらあな)といったほうが正しいかもしれない。
断層のようにたたずむ土の壁。そこに、大きな穴があいていた。
穴は高さ二メートル幅二メートルの半円形である。
中は、暗くてよく見えない。
「熊のねぐらかな」
その可能性はすこぶる高かった。
なぜなら、その洞穴のすぐ近くに、大きな獣道ができていたからだ。
「さて、どうするかな」
最近急増中の独り言を吐きつつ、足元の小石を拾う。
そして、投げる。
小石は狙いたがわず、穴のわずか上方、土の壁にぶち当たった。
投げると同時に走り出していた私は、茂みに身を隠して事態を見守った。
………………
なにも起きない。ただ少し土がえぐれただけである。
「えいっ」
私はさらに追い討ちをかけてみた。さっきよりも大きな石を、今度は穴の奥に向かって投げる。
とん、という少し間抜けっぽい音がして、直後。
「グルル……」
獣の発したような唸り声がした。無論、そんな声、実際に聞いた試しはない。
しかし。状況は明らかだった。大きな洞穴、大きな獣道、獣のような唸り声……。そこに獣が潜んでいるのは明らかだった。
「…………」
あせる心を押さえつけて、冷静になるよう、努める。
大丈夫。熊に遭遇したときの対処法は、某特命リサーチ番組で見て知っている。
やってはいけないこと、その一。背を向けて逃げる。それはそのまま負けを認めた逃避であり、熊は自分の優位を悟って襲ってくる。熊は存外、足が速い。人間が全速力で走ったところで、追いつかれるのは必至である。じ、えんど。
やってはいけないこと、その二。死んだフリ。たしかに本当に死んでいれば襲われないだろう。しかし熊は存外、用心深い。かなりしつこく周りをうろつく傾向が強い。そして、少しでも動きがあれば、襲う。じ、えんど。
一番いいのは相手(熊)の目を見つめたまま、ゆっくりと後ずさりすることである。対峙して見つめ合っていれば、熊は相手が対等な存在だと認識する。目をそらして逃げるから、弱者だと認識され、襲われるのである。熊は用心深い動物で、自分より弱いと判断した相手しか襲わない。この方法はかなり有効である。
そんなことを思い出しながら、熊と対峙したときのシュミレーションをする。大丈夫。相手は凶暴で頭の悪い人間ではないのだから。
がさ、がさ、がさ……
どこかで聞いたことがあるような、音。そう、地面を踏みしめるときの音である。
音はゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
そして……。
意外とあっけなく、私はそこに足を踏み入れた。
いや、当たり前か。別に結界が張ってあったりするわけじゃないんだから。
一歩進んだだけなので、先ほどと景色は変わらない。ただ、靴裏の感触が固いものからやわらかいものに変わっただけである。
山は当然、緑につつまれた自然だった。決してハゲ山などではない。一般的な山と、ほとんどなにも変わらない。
ただ、人が寄りつかないために、道らしい道がないのだけど。
「仕方ないなぁ」
軽くため息をついて、言う。
どうやら道なき道を進むしかないようである。
がさ、がさ、がさ……
地面に積もった落ち葉や小枝を踏みしめる音。それだけが、静寂のなかにこだまする。
天気は(ついでに気分も)上々で、視界は悪くない。ただ、乱立する木々が、視界をふさいでいた。
「豹(ひょう)でも出たらどうするかな」
とっさに思いついた肉食獣の名前を挙げる。が、無論、森に豹がいるわけない。要するにジョークである。ただし、もしも大型の動物に襲われたら、逃げにくいこの地形が命取りにになるのは明らかだった。ま、どうでもいいんだけど。
一人きりでいるのにジョークを飛ばすという、普段の私にあるまじきアクションをとりつつ、ひたすらに前進を試みる。
しばらく続けていると、ようやくといったぐあいに視界が開(ひら)けてきた。むやみに立ち並んでいた木々が、その数を減らしていく。同時に陽の光が、照らす面積を広めていく。
だんだんと開けていく視界の中に、それ、はあった。
洞窟。
いや、洞穴(ほらあな)といったほうが正しいかもしれない。
断層のようにたたずむ土の壁。そこに、大きな穴があいていた。
穴は高さ二メートル幅二メートルの半円形である。
中は、暗くてよく見えない。
「熊のねぐらかな」
その可能性はすこぶる高かった。
なぜなら、その洞穴のすぐ近くに、大きな獣道ができていたからだ。
「さて、どうするかな」
最近急増中の独り言を吐きつつ、足元の小石を拾う。
そして、投げる。
小石は狙いたがわず、穴のわずか上方、土の壁にぶち当たった。
投げると同時に走り出していた私は、茂みに身を隠して事態を見守った。
………………
なにも起きない。ただ少し土がえぐれただけである。
「えいっ」
私はさらに追い討ちをかけてみた。さっきよりも大きな石を、今度は穴の奥に向かって投げる。
とん、という少し間抜けっぽい音がして、直後。
「グルル……」
獣の発したような唸り声がした。無論、そんな声、実際に聞いた試しはない。
しかし。状況は明らかだった。大きな洞穴、大きな獣道、獣のような唸り声……。そこに獣が潜んでいるのは明らかだった。
「…………」
あせる心を押さえつけて、冷静になるよう、努める。
大丈夫。熊に遭遇したときの対処法は、某特命リサーチ番組で見て知っている。
やってはいけないこと、その一。背を向けて逃げる。それはそのまま負けを認めた逃避であり、熊は自分の優位を悟って襲ってくる。熊は存外、足が速い。人間が全速力で走ったところで、追いつかれるのは必至である。じ、えんど。
やってはいけないこと、その二。死んだフリ。たしかに本当に死んでいれば襲われないだろう。しかし熊は存外、用心深い。かなりしつこく周りをうろつく傾向が強い。そして、少しでも動きがあれば、襲う。じ、えんど。
一番いいのは相手(熊)の目を見つめたまま、ゆっくりと後ずさりすることである。対峙して見つめ合っていれば、熊は相手が対等な存在だと認識する。目をそらして逃げるから、弱者だと認識され、襲われるのである。熊は用心深い動物で、自分より弱いと判断した相手しか襲わない。この方法はかなり有効である。
そんなことを思い出しながら、熊と対峙したときのシュミレーションをする。大丈夫。相手は凶暴で頭の悪い人間ではないのだから。
がさ、がさ、がさ……
どこかで聞いたことがあるような、音。そう、地面を踏みしめるときの音である。
音はゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
そして……。
今は例の「女のコが主人公の物語」を書くことに専念したいと思いますので。
ご了承下さい。