月の海

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イン・ザ・ファインダー 37

2020年05月27日 22時32分00秒 | イン・ザ・ファインダー
二月

 とうとう写真コンテストの授賞式の日が来た。
私は会社に勤めてた頃着ていた白いミニのスーツを着た。
今日香が取った賞だから今日香の服を借りようかとも思ったけど、
授賞式には向かないような気がした。
かなりの寒さで厚手のコートを羽織って有明新聞社に向かった。
一人で行くのは嫌だったので由紀ちゃんと駅で待ち合わせをした。
おじさんは一人で行くと言った。電車は休みの日だったので空いていた。
本屋さんの方は私も由紀ちゃんも休みをもらった。
いつもは夕方五時以降に来ている高田さんと山下さんが代わってくれた。
 有明新聞社は須藤のいる出版社の隣のビルだった。
新聞社に着くと私と由紀ちゃんはホールの裏の控え室に通された。
そこには私以外の受賞者も来ていた。由紀ちゃんと私はコートを脱いで座った。
 「いよいよね。」
 由紀ちゃんが言った。
 「そぉね。」
 私は浮かぬ顔で言った。とうとうこの日が来てしまった。
そう思いながら座っていると私に近付いてくる人がいた。
 「水島さん。」
 近付いてきた中年の女性が私に声をかけた。私の知らない人だった。
 「はい。」
 私は訳も分からずに返事をした。
 「須藤君と一緒に仕事をしている沢田です。
この度はおめでとうございます。」
 「あぁ編集部の方ですか。ありがとうございます。」
 そういえば須藤のいる編集部へ行った時に見かけた様な気もする。
 「須藤君が取材で来れないの。
代わりに私が仕事中だったけど抜け出してきたの。」
 「日曜日でも仕事なんですか。」
 「うちは休みがあって無いようなものだから。」
 「大変ですね。」
 「仕事は大変だけど逆にマイペースでできるから。」
 「そうですか。」
 「それにしても今日香ちゃんにそっくりね。」
 「はぁ。」
 以前に今日香のいた編集部に一度だけ行った時も、
編集部の人達が私を見た目で今日香に対する思いが伝わってきた。
 「今日香ちゃんが亡くなった時は須藤君が荒れてね大変だったの。」
 「そうだったんですか。」
 私の前では須藤はいつも冷静な感じだったので想像できなかった。
 「須藤君と今日香ちゃんは記者とカメラマンという立場で
よく一緒に仕事をしてたの。」
 「えぇ聞いたことがあります。」
 「そんな関係で二人には恋愛感情が芽生えていたの。」
 「へぇ。そんな関係にまで。」
 「でも須藤君も今日香ちゃんも仕事中心だったから、
なかなかそれ以上進まなかったの。」
 「そうですか。」
 「私達も二人を見ててはがゆい感じがしてた。」
 「分かります。」
 今日香は一生結婚しないと言っていた。
それは須藤の事が好きだったけど、それを誰にも言う事ができなかった。
だから須藤の事を考えない様にするためにそう言ってたのかも知れない。
 「それで編集長や私達がそれとなく二人の気持ちを確かめたの。」
 「へぇ、みんないい人ですね。」
 「そして私達は二人にお互いの気持ちをそれとなく伝えて、
やがて須藤君は今日香ちゃんにプロポーズしたの。」
 「本当ですか知らなかった。今日香は全然そんなこと言ってなかった。」
 「だけど今日香ちゃんは須藤君に今の仕事が一段落するまで
返事は少し待って欲しいって言ってたの。」
 「そうですか。」
 「でもその返事を須藤君が聞く前に今日香ちゃんは
ヘリの事故で亡くなった。」
 「そんな・・・。」
 今日香の事故の前にそんな話があったなんて知らなかった。
私の目には涙が滲んでいた。隣で聞いていた由紀ちゃんが泣きそうな顔をして言った。
 「そんなのひどすぎる。」
 「一時は須藤君はその事で本当に荒れて大変だったの。」
 「分かりますその気持ち。」
 「そんな須藤君も最近は落ち着いてきて。」
 「そうですか。良かったですね。」
 「多分あなたに会ったからじゃないかしら。」
 「えっ。」
 「あなたがいたから今日香ちゃんの事を忘れられた。
あなた以外の人じゃだめだったと思う。」
 「そんなことありません。」
 「須藤君の事はそれくらいにして。ねぇ水島さんうちの会社へ来ない。
編集長があなたの写真を見て、うちの編集部に是非ともカメラマンとして
迎えたいと言っているの。」
 何で話が急に変わるの感情の整理がつかないじゃない。
 「急に話を変えないでください。それは以前も聞きました。」
 そう言って私は手で涙をぬぐった。
 「ごめんなさい。編集長がどうしても私に泣き落としでもいいから
水島さんをうちの会社へ連れて来いって言って。」
 「えぇっ今の話は嘘だったんですか。」
 「今の話は本当よ。ただ編集者として多少脚色はあるけど。」
 「なんですかそれは。」
 「泣き落としじゃなくて本当にうちへ来てよ。」
 コンテストに応募した写真は今日香の指示を受けて撮った写真で私の実力ではない。
今日香がファインダーの中から消えた今、あの様な写真を取ることはできない。
 「その話はこのあいだ須藤さんにも言った通りもう少し考えさせてください。」
 「そう、じゃあ返事を楽しみに待っているわ。」
 そう言って沢田さんは私から離れていった。
わたしが沢田さんの行く先を見ると何人かの人が私を見て立っていた。
私は須藤のいる編集部には一度しか行っていないけど、あそこにいた人達だった。
何人かの顔は覚えていた。みんな笑顔で私を見ている。
その笑顔に今日香への思いを感じた。私はその人達に軽く頭を下げた。
 「あの人達も編集部の人。」
 由紀ちゃんが言った。
 「今日香のいた編集部の人達。」
 「いい人達ね。」
 「えぇ。」
 「明日香さんは今日香さんと同じ会社から呼ばれているの。」
 「そうだけど断るつもり。」
 「えぇ、もったいない。」
 今の私には無理。今日香が消えた今、今日香の協力なしに
私がカメラマンになって写真を撮ることは有り得ない。



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