月の海

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イン・ザ・ファインダー 33

2020年05月22日 17時50分53秒 | イン・ザ・ファインダー
 この日の夕方、本屋さんが終わってから、おじさんと由紀ちゃんと
三人でいつもの写真仲間が集まる居酒屋さんに行った。
おじさんが先にドアを開けて入ると言った。
 「今日はお祝いだ。」
 「ハイよ。じゃあ豪華に行こう。」
 カウンターからマスターが返事をした。
店内のお客さんは少なく私達はテーブル席に座った。
直ぐにマスターがテーブルの横に来て。
 「今日は何のお祝いですか。」
 と言った。するとおじさんが。
 「明日香ちゃんのお祝いだよ。」
 次に由紀ちゃんが言った。
 「一席ですって。」
 「まさか写真コンテストでか。」
 マスターが驚いたように言った。
 「そうよ新聞社の写真コンテストで一席よ。」
 由紀ちゃんがそう言うとマスターは顔をクシャクシャにして。
 「やったな。あの写真ならいいとこいくと思っていたけどやっぱりな。」
 私はまだ一席の意味が分からなくて。
 「一席って何なの。」
 て聞くと由紀ちゃんがまたふっと笑った。そしてマスターが言った。
 「一席を知らないのか。一席は一位、一等、優勝、金賞、最優秀賞とにかく
写真コンテストでは一番上の賞だよ。」
 「えぇっ、うそ。」
 私が驚いて声を漏らすとマスターが言った。
 「本当だよ。お祝いに今日は俺の奢りだ。」
 だけどおじさんは。
 「取り敢えずビール。」
 「ハイよ。」
 そう言ってマスターはカウンターに戻った。テーブルは少し静かになった。
あの写真はファインダーの中の今日香が、私に指示して撮った写真で
私が撮った写真じゃない。私は困ってしまい。
 「どうしよう。」
 と小さな声で言ったらおじさんが。
 「どうしようって一席を取ったんだからもう何もする事はないよ。」
 「誰もが欲しい賞だけど、コンテストで一席を取れるのは日本で一人だけよ。
そうじゃない世界から応募があるから世界で一人だけよ。」
 由紀ちゃんが言った。何でそんな大変な賞を取っちゃったの。
 「なんでこうなるの。」
 私が言うとおじさんは。
 「あれだけのいい写真だ当然だよ。」
 そのうちにマスターがビールとグラスを持ってきた。
グラスにビールを注ぐとおじさんが言った。
 「明日香ちゃんのコンテスト一席を祝って乾杯。」
 「乾杯。」
 マスターも加わってみんなで乾杯をした。私はうしろめたい気持ちで乾杯した。
 「明日香さんおめでとう。」
 由紀ちゃんがそう言ったので私は仕方なく。
 「ありがとう。」
 と言った。乾杯が終わるとマスターは一度カウンターに戻って
料理を持って来てテーブルに置いた。いつもより少し豪華な料理だった。
マスターはおじさんの隣の椅子に座ってしまい私達と一緒に飲み始めてしまった。
マスターは飲みながら言った。
 「有明新聞社の写真コンテストには今日香ちゃんもアマチュアの頃
応募したけど一席は取れなかったんだ。」
 「今日香も応募したんですか。」
 私が言うとおじさんは。
 「明日香ちゃんが一席を取ったっていうことは今日香ちゃんの
夢を叶えた事にもなるな。」
 そう言われると私の気持ちも少し楽になった。
ところが私達の後ろのテーブルで座っていた若い男四人のうち一人が
席を立ってこちらに来て言った。
 「今、後ろで聞いていたんですけど有明新聞社の写真コンテストで
一席になったって本当ですか。」
 どうやらこの男達も写真仲間らしい。おじさんが言った。
 「孝明か。もちろんだよ。」
 「あのう握手してもらえますか。」
 「あっ、俺じゃないよ彼女だよ。」
 おじさんがそう言って私を指すと、その若い男は私の方に手を伸ばした。
私は仕方なく愛想笑いをして握手をした。
 「ありがとうございました。」
 そう言ってその男は後ろの席に帰って行った。すると後ろで声が聞こえた。
 「やっぱり本当だって、あの女の人だよ。」
 「本当かよ。じゃあ僕達も行こうぜ。」
 そう言って今度は残りの三人の若い男と一緒に来た。
一人の男は一眼レフを持っていた。
 「あのう、一緒に写真を撮っても良いですか。」
 あぁどうしてこうなるの。どんどん大袈裟になって行く。
 「だったら向こうの広い方が良いよ。」
 マスターがそう言うと若い男四人は私を連れて店の奥の少し広い所で
私を中心に代わる代わる写真を撮った。
 「一席って凄いですよね。」
 孝明という男が言うと別の男も言った。
 「僕達四人もコンテストに応募したんですけど全くだめでした。」
 最後にまた四人の男は一人ずつ私と握手をして自分達のテーブルへ帰って行った。
どうしてこういう事になるのと思いながら私が自分の席へ戻るとマスターが。
 「俺たちも写真を撮ろうよ。」
 そう言ってカウンターの奥から一眼レフを出してきた。
マスターは最初、席に座ったまま私と由紀ちゃんを撮った。
マスターはカメラを由紀ちゃんに渡し今度は由紀ちゃんが私とマスターを撮った。
マスターはこの時私の肩に手を回していた。
今度はおじさんが私の隣に座り私の肩に手を回した。それを由紀ちゃんが撮った。
 そのうち新しいお客さんが入ってきた。
さっきの四人の若い男が新しく来たお客さんに私の方を見て何かを言っている。
 「一席かよ凄いな。」
 とか言う声が聞こえている。それを聞いた私は思わず言った。
 「あぁ、もうこんなの耐えられない。」
 するとおじさんが言った。
 「そんなこと言うと今日香ちゃんが悲しむぞ。
今日香ちゃんの夢は新聞社の写真コンテストで一席を取ることだったのだから。」
 私は自分でグラスにビールをいっぱいに注ぎ一気に飲んだ。
するとおじさんが言った。
 「そんな飲み方すると身体に悪いぞ。」
 「飲まなければやってられない。」
 私がそう言うと由紀ちゃんは。
 「明日香さんは一席を取ったことが嬉しくないの。」
 「じゃあ由紀ちゃんに一席あげる。」
 「いらないわよ、これは明日香さんが取った賞でしょう。」
 「これは今日香が取った賞よ。」
 「だめだ酔っぱらってる。」
 由紀ちゃんはあきれた様に言った。
この夜、この写真仲間が集まる居酒屋さんでは深夜遅くまでどんちゃん騒ぎが続いた。
 夜遅く私はだいぶ酔っぱらって家に帰った。
両親は寝ていたので自分で鍵を開けて入った。
部屋に上がり今日香のカメラを出した。
私は新聞社の写真コンテストで一席になった事を今日香に
報告しようとファインダーを覗いた。
今日香に動きはなかった。泣いてるの。あれはあなたが撮った写真だから、
あなたが授賞式に出なさいよ。授賞式は来年よ。

 今年は本当に色々あった一年だった。
今は本屋さんのアルバイトで収入は大きく減ったけど
会社を辞めた事で色々な人と知り合った。
私にとって色々な事件が起こった。
会社の人達もいい人だったけど、あのまま仕事を続けていたら
多くの人に巡り会わず今迄と同じ生活を送っていたろう。
私にとってどちらが良いのか分からないけれど今年は今迄とは違う一年だった。
その一年ももうすぐ終わろうとしていた。


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