月の海

月から地球を見て
      真相にせまる

イン・ザ・ファインダー 39

2020年05月30日 00時45分28秒 | イン・ザ・ファインダー
 数日後の有明新聞社の日曜版に写真コンテストの結果が発表されていた。
一席として私の写真が大きく載っていて、
その横に授賞式での私の写真も載っていた。
朝食の時に新聞を見た父がみんなでお祝いをしようと言った。
だけどこの歳になって家族に祝ってもらっても、
そんなに嬉しくなかったのでそれとなく断った。
朝食が終わってから居間で母が新聞を見ながら言った。
 「昔、今日香もこのコンテストで二席に入った事があって
家族でお祝いしたのを思い出すよ。」
 「そんな事あったっけ。」
 私が言うと母は。
 「あったよ、ずっと昔。それにしても明日香が一席を取るなんて
今日香もきっと驚いてるよ。」
 そう今日香を思い出すように言った。
私の顔は写真に写ると相変わらず今日香の顔になる。
私は母の横で新聞を覗き込みながら言った。
 「ねぇお母さん。これは今日香じゃなくて私だよ。」
 「当たり前でしょう。これは今日香じゃなくて明日香よ。」
 母はそう言った。
 「でもその写真の顔は今日香の顔に見えるでしょう。」
 「何言ってるの私が娘を見間違えるわけないでしょう。
これは明日香の顔で今日香の顔じゃないわ。鏡で自分の顔でも見たら。」
 私は立ち上がり洗面所へ行った。洗面所の鏡で自分の顔を見てみた。
この時私はやっと気付いた。
このところファインダーの中に今日香の姿が見えないと思っていたら
こんなところにいた。
今日香は私の中に移っていた。そうじゃない。
もともと今日香は私の中にいたのだ。
 「そうよ。」
 今日香の声が聞こえた。
 「声じゃないわ。」
 「えっ。」
 「私達は双子だったから言葉を交わさずに意志が伝えられた。」
 「今もそう。」
 「私は何度も明日香に呼びかけていたけど、なかなか気付かなかった。」
 「それを私に気付かせるためにファインダーの中に現れた。」
 「長年使ってたカメラだからできたの。」
 私はこの時決意した。
 「今日香、私はあなたの望みを叶えてコンテストで一席を取った。
だから今度は今日香あなたが私の願いを叶えて。」
 「いいわよ。」
 「私の願いはただ一つ、子供の頃から三十回以上、
毎年初詣のたびにお願いしていた事、それは結婚よ。」
 すると私の中の今日香は直ぐに答えた。
 「いいわその願いは私も同じよ。」
 「えっ、一生、結婚しないって言ってたくせに。」
 「一生、結婚しなかったでしょう。」
 「いつから気が変わったの。」
 「プロポーズされた時によ。」
 「それだから死にきれない訳ね。それじゃあ大翔とリサさんの
関係と同じじゃない。」
 「私はリサと違い、あなたという実体を持っているの。」
 「もしかして私をコントロールして前の会社を辞めさせたの。」
 「それは無理。意識のある人をコントロールする事はできないの。
でも寝ていて意識のない人なら憑依してコントロールする事がある程度できる。
ただ、人にもよるの、憑依しやすい人と、そうでない人がいて、美香さんは
非常に憑依されやすい体質だったの。」
 「そういうこと。」
 「あなたが前の会社を辞めたのを私のせいにしないでよ。後輩の若い子が
次々と結婚して辞めていったので会社に居場所がなかったからでしょう。」
 「違うわよ。多分、あなたが死んだせいかも知れない。
何となく、あなたの無念を感じていたのかも知れない。」
 「そう、でも、これで結婚の道が開けたでしょう。」
 「結婚はあなたの願いでしょう。」
 「そう、お互いの願い。それじゃぁ、いや。」
 「そうね。あなたの代わりを勤めるわ。」

三月

 私の本屋さんでのアルバイトはもうすぐ一年になる。
最初にここにアルバイトに来た時は写真の事なんか全く分からなかったのに。
それが写真のコンテストで一席になったり。長いようで短い一年だった。
写真の仲間と知り合えたのもこのアルバイトが始まりだった。
そして由紀ちゃんもその一人だった。
 「由紀ちゃんは今月で終わりね。」
 「うん。」
 「おじさん寂しがるわ。」
 「多分、次ぎ来る人も写真の好きな人よ。」
 「おじさんのことだからそうだね。」
 「もう由紀ちゃんに写真の事聞けなくなるね。」
 「今の明日香さんに私が教える事なんか何もないわ。」
 「そんな事ないよ。」
 そこへおじさんが来た。
 「由紀ちゃん四月から頑張ってな。明日香ちゃんも一年間ご苦労様。」
 「おじさんも身体に気を付けて頑張ってね。」
 「私たちの替わりは見つかった。」
 おじさんが言った。
 「次ぎのアルバイトは募集しないよ。」
 「えぇ。」
 「どうして。」
 「今月いっぱいで本屋は終わりにするよ。」
 「うそぉ。」
 「ファストフード店になるんだ。」
 「おじさんがやるの?」
 「違うよ。有名なハンバーガーショップのチェーン店が入るんだよ。」
 「確かに今時、本屋じゃ儲からないからね。」
 「あぁ、本屋の時の儲けより、ハンバーガーショップからもらう
テナント料の方がはるかに多いよ。」
 「おじさんの老後の生き甲斐がなくなるんじゃないの。」
 「明日香ちゃんがカメラマンになったことが、おじさんの生き甲斐だよ。」
 「私は生き甲斐はムリ。」
 「まぁ、そう言うなよ。明日香ちゃんが本屋に来て一年ということは、
今日香ちゃんが亡くなって二年だな。」
 「えぇ。」
 
 そして、今日香の三回忌の日が来た。
水島家の墓のある霊園の礼拝堂でお坊さんのお経を聞いていた。
三回忌となると本当に親しい親戚しか来ていない。
焼香が始まったけど人が少なかったのですぐに終わってしまった。
 それから礼拝堂を出て水島家の墓のところまで来た。
今年の霊園の桜は満開で風が吹くたびに花びらが舞っていた。
再びお坊さんがお経を読み上げ墓石の前で一人一人焼香を始めた。
父と母に次いで私も焼香をした。
親戚に続いて一番後に須藤も焼香をした。
やがてお坊さんのお経も終わり、みんなは休憩所に帰り始めた時、
私は須藤に話しかけた。
 「来てくれてありがとう。」
 「来るのは当然だよ。」
 須藤はそう答えた。
 「今日香も喜んでるわ。」
 「もう二年か。」
 「その間、私には色々な事があった。」
 私達は桜の花びらが舞う霊園の道を歩き出した。
 「ありがとう。」
 須藤が言った。
 「えっ。」
 「君がいたおかげで今の自分がいるような気がする。」
 「そぉ。」
 「君に最初に会った時、僕は君に対して何も感じなかった。」
 「そんな感じがした。」
 「でも今の君は違う。」
 確かに私は変わったかもしれない。この一年間色々なことがあった。
おじさんや由紀ちゃんに会って写真を始めた。あの頃はまさか
カメラマンになるとは思ってもいなかった。
 「どう違うの。」
 「今の君には仕事をしていた頃の水島を水島今日香を感じるんだ。」
 「そぉ。」
 「今の君を見ていると今日香が生き返ったようだ。」
 「そりゃそうよ。」
 私の中の今日香が言ったが、私は普通に答えた。
 「そぉ。私も今日香も嬉しいわ。」
 親戚達はみんな休憩所に行ってしまい、ここにいるのは
二人だけだった。
 「明日香さん。以前、考えてみるって言ってたよね。
何度も聞いて悪いけれど、これが最後だから。」
 「いきなりあらたまって何。」
 「うちの会社へ来てカメラマンとして僕と一緒に仕事をしてくれないか。」
 私は待ってましたとばかりに、笑顔を作り直ぐに答えた。
 「えぇ、いいわ。」
 すると須藤は喪服の私を抱きしめて言った。
 「ありがとう。」
 私も須藤を抱きしめて言った。
 「ねぇ、今日香に何て言ってプロポーズしたの。」
 「えっ。」
 須藤は驚いたように私を抱いていた手を放そうとした。
しかし、私と今日香は須藤を抱いていた手に力を入れて
須藤を放さなかった。仕方なく須藤は再び私を抱いた。
私は須藤の耳元でもう一度行った。
 「何て言ったの。」
 須藤も私の耳元で返事をした。
 「普通だよ。」
 風が強くなり霊園内の桜の木が揺れて私は須藤を強く抱いて言った。
 「もう一度言って。」
 今日香が言った。霊園内の桜の花びらがいっせいに飛び散り、
私を強く抱きしめ須藤が言った。
 「僕と結婚してくれないか。」
 抱き合う二人に桜吹雪が舞い散る中、私と今日香は声をそろえて。
 「はい。」
 と言った。

おわり

イン・ザ・ファインダー 38

2020年05月28日 23時03分08秒 | イン・ザ・ファインダー
 授賞式が始まった。由紀ちゃんは客席に行って、私はそのまま控え室にいた。
最初に三席の人が呼ばれて行った。続いて二席の人が行った。
あぁ緊張で脚が震える。最後に私が呼ばれた。私は階段を上がり舞台へ出た。
舞台を明るいライトが照らしていた。
 舞台の中央には、あの名物会長が立っていた。
私は軽く頭を下げて会長の前まで行き賞状とトロフィーと賞金の目録を受け取った。
そして司会の人から色々な質問を受けた。私が答えるとカメラのフラッシュが続いた。
インタビューが終わり私は席に座った。
隣にはさっき控え室で一緒だった、二席と三席の人が座っていた。
客席を見ると前の方に由紀ちゃんとマスターとおじさんが並んで座っていた。
 その後、会長の挨拶や審査をしたプロの写真家の選評が続いた。
この後プロの写真家によるイベントが続くので私達は舞台を降りた。
賞状とかを控え室に置いて客席に行って由紀ちゃんの隣に座った。
 「あの会長テレビで見ると怖そうだけど結構優しそうな人ね。」
 由紀ちゃんが言った。
 「悪い人じゃなさそう。」
 私はそう言った。そのうちにプロの写真家のイベントが始まった。
スクリーンにプロが撮った旅の写真などが映し出され、
それを撮った写真家の人が説明をした。
私は途中で眠くなってしまい、いつしか寝ていた。
 「あぁよく寝た。」
 と言っておじさんに起こされた時イベントは終わっていた。
帰ろうと思ってホールから出るとロビーに須藤が立っていた。
 「今日は取材があって遅くなっちゃった。おめでとう。」
 と声をかけられた。
 「ありがとう。」
 そう答えた何故か今迄の須藤と違って見えた。
多分、沢田さんの話を聞いて私の須藤を見る目が変わったのかも知れない。
 「今日香のいた編集部の須藤さんです。」
 私はおじさんやマスターに須藤を紹介した。するとおじさんが。
 「以前お台場ではビールをご馳走様でした。」
 そう言って頭を下げた。マスターと由紀ちゃんも一緒に頭を下げた。
須藤も三人にお辞儀をした。
そうだったおじさんと由紀ちゃんはお台場の撮影に行った時に会っていた。
すると初対面のマスターが隣にいた私に耳打ちをした。
 「結構イケメンじゃないか。」
 「まぁね。」
 「明日香ちゃんの何なんだよ。」
 「違うわよ今日香の結婚するはずだった人。」
 私がそう言うとマスターは驚いた様に須藤を見てしみじみ言った。
 「今日香ちゃんにそんな人がいたのか。」
 それからマスターは持って来ていた一眼レフを構えて言った。
 「じゃあ記念写真を撮ろう。」
 すると須藤が言った。
 「僕が撮りましょう。」
 マスターは須藤にカメラを渡した。
新聞社のロビーでトロフィーを持った私と由紀ちゃんが前なり、
おじさんとマスターが後ろに立って記念写真を撮った。
トロフィーや賞状を紙袋に入れ新聞社を出ると外は暗かった。
 「じゃあね。」
 そう言って由紀ちゃん達は家に帰って行った。
私と須藤は三人と別れてビル街を歩き始めた。
歩きながら私は須藤になんと声をかけていいか分からなかった。
須藤も何も話さずに歩いていた。そのうちに日比谷公園に着いてしまった。
公園内は何かのイベントをやっていて明るかった。
この時間にしては人も結構大勢いた。私達はベンチに腰をかけた。
近くのベンチには他にも何組かのアベックが座っていた。
私は遠くを見て言った。
 「沢田さんから今日香とのこと聞いた。プロポーズしてたのね。」
 「その事はやっと忘れられたばかりなのに。」
 「辛かったのね。」
 「あぁ死ぬほど辛かった。
僕もあのヘリに乗っていて今日香と一緒に死んでいたら、
どれほど楽だったろうと思った。
仕事の時はいいけど独りになると今日香のことばかり思い出してしまって。
だからヘリの墜落事故のことも必死になって調べたんだ。
そうして今日香が生き返る訳ではないけど何かをしていれば
今日香のことを思い出さなくてすむから。」
 「私は今日香と双子の姉妹なのに今日香の事は何も知らなかった。
今日香が亡くなってから、おじさんや写真の事、居酒屋のマスター、
そして編集部の人や須藤さん。今日香と接していた多くの人と会う事ができた。」
 「今日香が生きていたら君とも会う事はなかった。会う必要もなかった。」
 「そうね。それであなたは義理の兄になっていた。」
 「君は妹になっていた。」
 「今日香が亡くなって私は会社を辞めた。その事で自分の人生が大きく変わった。
それまでの明日香の人生から今日香の人生に足を踏み入れてしまったような気がする。」
 すると須藤は私の方を見て言った。
 「もっと踏み入れたら。」
 私は須藤の目を見詰め返して言った。
 「もう少し考えさせて。」
 「ヘリの事故の前に今日香からはそう言ったきりで二度と返事をもらえなかった。」
 「ごめんなさい。」
 断ると決めていた私は迷い始めていた。
まんまと沢田さんの泣き落としにはまってしまった様な感じがする。

 「寒くなってきたな何か食べよう。」
 私達は日比谷公園の近くのインド料理の店に入った。
 「昔、今日香と仕事の後で良くここに来たんだ。」
 「そぅ。」
 店員が来たので須藤が言った。
 「タンドリーセット二つとビール二つ。」
 しばらくするとビールが先に来た。
 「おめでとう。」
 須藤が言った。
 「ありがとう。」
 私が言った。
 「乾杯。」
 二人で言ってビールを飲んだ。
 「今日香が亡くなってからここにはずっと来ていなかった。」
 「今日、来たのは今日香と来て以来ってこと。」
 「あぁ。」
 「今でも今日香のことが忘れられないの。」
 「最初に君に会った頃もその後もずっと今日香のことは頭から離れなかった。
でも今日香の亡くなった墜落事故が解決した事で、
今日香のことを忘れるきっかけができた様な気がする。」
 「そぅ。」
 「君のおかげだよ。」
 そう言っているうちに料理が来た。私達は黙って食べ始めた。
ナンを手でちぎってカレーソースを付けて食べた。
 「このナン香りが独特で美味しい。」
 私がそう言うと須藤は笑顔になっていった。
 「やっぱり姉妹だな。」
 「えっ。」
 「昔、今日香も同じことを言ったよ。」
 「そう。以前もそう言われた事があった。」
 「えっ。」
 「私と今日香は全然違う人生を歩んだのに、やはり似ているのね。」
 「もちろんだよ。」
 「でも私に今日香の代わりは無理。」
 「そんな事ないよ。」
 食事も終わりレストランを出ると須藤とは駅で別れた。
須藤は取材した情報をまとめるために一度、会社に戻るという。
私はトロフィーや賞状の入った紙袋を持って家に戻った。

イン・ザ・ファインダー 37

2020年05月27日 22時32分00秒 | イン・ザ・ファインダー
二月

 とうとう写真コンテストの授賞式の日が来た。
私は会社に勤めてた頃着ていた白いミニのスーツを着た。
今日香が取った賞だから今日香の服を借りようかとも思ったけど、
授賞式には向かないような気がした。
かなりの寒さで厚手のコートを羽織って有明新聞社に向かった。
一人で行くのは嫌だったので由紀ちゃんと駅で待ち合わせをした。
おじさんは一人で行くと言った。電車は休みの日だったので空いていた。
本屋さんの方は私も由紀ちゃんも休みをもらった。
いつもは夕方五時以降に来ている高田さんと山下さんが代わってくれた。
 有明新聞社は須藤のいる出版社の隣のビルだった。
新聞社に着くと私と由紀ちゃんはホールの裏の控え室に通された。
そこには私以外の受賞者も来ていた。由紀ちゃんと私はコートを脱いで座った。
 「いよいよね。」
 由紀ちゃんが言った。
 「そぉね。」
 私は浮かぬ顔で言った。とうとうこの日が来てしまった。
そう思いながら座っていると私に近付いてくる人がいた。
 「水島さん。」
 近付いてきた中年の女性が私に声をかけた。私の知らない人だった。
 「はい。」
 私は訳も分からずに返事をした。
 「須藤君と一緒に仕事をしている沢田です。
この度はおめでとうございます。」
 「あぁ編集部の方ですか。ありがとうございます。」
 そういえば須藤のいる編集部へ行った時に見かけた様な気もする。
 「須藤君が取材で来れないの。
代わりに私が仕事中だったけど抜け出してきたの。」
 「日曜日でも仕事なんですか。」
 「うちは休みがあって無いようなものだから。」
 「大変ですね。」
 「仕事は大変だけど逆にマイペースでできるから。」
 「そうですか。」
 「それにしても今日香ちゃんにそっくりね。」
 「はぁ。」
 以前に今日香のいた編集部に一度だけ行った時も、
編集部の人達が私を見た目で今日香に対する思いが伝わってきた。
 「今日香ちゃんが亡くなった時は須藤君が荒れてね大変だったの。」
 「そうだったんですか。」
 私の前では須藤はいつも冷静な感じだったので想像できなかった。
 「須藤君と今日香ちゃんは記者とカメラマンという立場で
よく一緒に仕事をしてたの。」
 「えぇ聞いたことがあります。」
 「そんな関係で二人には恋愛感情が芽生えていたの。」
 「へぇ。そんな関係にまで。」
 「でも須藤君も今日香ちゃんも仕事中心だったから、
なかなかそれ以上進まなかったの。」
 「そうですか。」
 「私達も二人を見ててはがゆい感じがしてた。」
 「分かります。」
 今日香は一生結婚しないと言っていた。
それは須藤の事が好きだったけど、それを誰にも言う事ができなかった。
だから須藤の事を考えない様にするためにそう言ってたのかも知れない。
 「それで編集長や私達がそれとなく二人の気持ちを確かめたの。」
 「へぇ、みんないい人ですね。」
 「そして私達は二人にお互いの気持ちをそれとなく伝えて、
やがて須藤君は今日香ちゃんにプロポーズしたの。」
 「本当ですか知らなかった。今日香は全然そんなこと言ってなかった。」
 「だけど今日香ちゃんは須藤君に今の仕事が一段落するまで
返事は少し待って欲しいって言ってたの。」
 「そうですか。」
 「でもその返事を須藤君が聞く前に今日香ちゃんは
ヘリの事故で亡くなった。」
 「そんな・・・。」
 今日香の事故の前にそんな話があったなんて知らなかった。
私の目には涙が滲んでいた。隣で聞いていた由紀ちゃんが泣きそうな顔をして言った。
 「そんなのひどすぎる。」
 「一時は須藤君はその事で本当に荒れて大変だったの。」
 「分かりますその気持ち。」
 「そんな須藤君も最近は落ち着いてきて。」
 「そうですか。良かったですね。」
 「多分あなたに会ったからじゃないかしら。」
 「えっ。」
 「あなたがいたから今日香ちゃんの事を忘れられた。
あなた以外の人じゃだめだったと思う。」
 「そんなことありません。」
 「須藤君の事はそれくらいにして。ねぇ水島さんうちの会社へ来ない。
編集長があなたの写真を見て、うちの編集部に是非ともカメラマンとして
迎えたいと言っているの。」
 何で話が急に変わるの感情の整理がつかないじゃない。
 「急に話を変えないでください。それは以前も聞きました。」
 そう言って私は手で涙をぬぐった。
 「ごめんなさい。編集長がどうしても私に泣き落としでもいいから
水島さんをうちの会社へ連れて来いって言って。」
 「えぇっ今の話は嘘だったんですか。」
 「今の話は本当よ。ただ編集者として多少脚色はあるけど。」
 「なんですかそれは。」
 「泣き落としじゃなくて本当にうちへ来てよ。」
 コンテストに応募した写真は今日香の指示を受けて撮った写真で私の実力ではない。
今日香がファインダーの中から消えた今、あの様な写真を取ることはできない。
 「その話はこのあいだ須藤さんにも言った通りもう少し考えさせてください。」
 「そう、じゃあ返事を楽しみに待っているわ。」
 そう言って沢田さんは私から離れていった。
わたしが沢田さんの行く先を見ると何人かの人が私を見て立っていた。
私は須藤のいる編集部には一度しか行っていないけど、あそこにいた人達だった。
何人かの顔は覚えていた。みんな笑顔で私を見ている。
その笑顔に今日香への思いを感じた。私はその人達に軽く頭を下げた。
 「あの人達も編集部の人。」
 由紀ちゃんが言った。
 「今日香のいた編集部の人達。」
 「いい人達ね。」
 「えぇ。」
 「明日香さんは今日香さんと同じ会社から呼ばれているの。」
 「そうだけど断るつもり。」
 「えぇ、もったいない。」
 今の私には無理。今日香が消えた今、今日香の協力なしに
私がカメラマンになって写真を撮ることは有り得ない。


イン・ザ・ファインダー 36

2020年05月26日 23時55分12秒 | イン・ザ・ファインダー
 そして、その写真を見て須藤が言葉を漏らした。
 「この男は・・・。」
 「えっ知ってるんですか。」
 「有明新聞の編集部長だ。」
 「知っている人だったんですか。」
 「あぁ、うちの編集部と有明新聞の編集部は情報を提供しあっている。
それで僕も有明新聞の編集部へはよく行くので、この編集部長とは顔見知りだ。」
 「有明新聞の編集部長が中川さんの遺体をここに埋めた。」
 「まさかあの人がと思うが、この写真を見ればそう言う結論になる。」
 「警察は中川さんが殺害されて埋められた可能性が高いと言っていました。
この人が中川さんを殺した犯人。」
 「分からない。事故で死んだのかも知れないが、
そのへんはこの写真を警察に提出して調べてもらうしかない。」
 「編集部長と中川梓さんとは何か関係があったのですか。」
 「仕事上では全くないと思う。愛人がいるとか言う噂はあるが分からない。」
 「でも今日香は何故この事を誰にも話さなかったのでしょう。」
 「多分、中川さんが殺された事を知っていて、それを前提にこの写真を見れば
死体を埋めていると想像できるけれど、この時の今日香さんには暗くて
何が起きているのか分からなかったのではないだろうか。」
 「それで今日香は何も言わなかった。
でも撮影したのが仕事上付き合いのある編集部長だったので
撮影した画像を会社には持ち帰らずカメラからキーホルダー移した。
そして顔馴染みの売店の女性に預けた。」
 「そういえば今日香さんが亡くなってから、この編集部長が来て
今日香さんに預けた写真があるとか言って今日香さんの机の中を探したり、
パソコンやカメラの画像をチェックしていた事があった。
多分この時撮影したメモリーカードや画像データーを探していたのだろう。
結局何も見付からなかったみたいだけど。」
 「多分、今日香は自分が撮影した写真が殺人事件の証拠だとは気付いていなかった。
今日香が大事にしたかったのは一緒に撮ったお台場の夜景だったと思う。」
 「しかし編集部長は死体を埋めているところを今日香さんに目撃され
撮影されたのではないかと思った。それで今日香さんの口を塞ぐしかなかった。」
 「えっ。」
 「つまり中川さんの殺人事件と今日香さんが亡くなった
ヘリの墜落事故は関連している。」
 「確かにそう考えると二つの事件は関連している。」
 「そうだ墜落事故は仕組まれた可能性がある。」
 「事故ではなく殺人。」
 「今日香さんに死体を埋めているところを見られたと思った編集部長は
部下の整備士に頼んだのか、それとも整備士のIDカードを借りて夜中に
自分で格納庫に入りヘリコプターに細工をした。」
 「でもヘリコプターに細工をした証拠はあるのですか。」
 「事故調査委員会は突風のためと結論を出したが未だに膨大な資料や
墜落現場の写真は残っている。それらをちゃんと警察が調べれば分かるはずだ。」
 「事故に見せかけて今日香は殺された。」
  私はつぶやく様に言った。
 「少なくともヘリコプターを墜落させる理由は見付かった。」
 「そう言えば私は中川さんの遺体が見つかる前に第三台場でこの男と遇っています。
今考えるとこの男は須藤さんが雑誌に載せた心霊スポットの記事を見ていた。
そして、自分が殺した中川梓さんの霊が写っていたので、ちゃんと埋まっているか
死体を埋めた場所を確認しに来たのかも知れません。そこで私と遭ってしまった。
今日香の服を着ていた私を見て逃げて行きました。
私を亡くなった今日香の霊と勘違いしたのかも知れない。」
 「今日香さんと勘違いして逃げたということは編集部長が今日香さんの事故に
関係しているという間違いない証拠だ。」
 私はパソコンに接続しているキーホルダーを握りしめた。
そのままパソコンから外し須藤に渡した。
 「分かった記事用にコピーして僕から警察に届けるよ。
そしてこれは水島今日香の最後のスクープだ親会社の事件なので、
どう記事にするかは編集長と相談するけどできる限り水島の写真を載せるよ。
急げば今月号に間に合う。」
 須藤は今日香を懐かしむようにキーホルダーを握りしめて言った。
 「お願いします。」
 私は今日香の思いを須藤に託した。
しかし、須藤は全く別の話をし始めた。
 「ところでこのあいだ少し話した事なんですけど。」
 「はい。」
 「編集長があなたのコンテストに応募した写真を見て、
うちの編集部に是非ともカメラマンとして迎えたいと言っているのです。」
 「それは以前も聞きました。」
 コンテストに応募した写真は今日香の指示を受けて撮った写真で私の実力ではない。
もう、あの様な写真を取ることはできない。
 「現在いるカメラマンは一時的に他の部署から応援に来ているカメラマンです。
今日香さんの代わりになるカメラマンを探しているのです。
今度は僕からもお願いします。」
 「私にカメラマンは無理です。」
 「うちの雑誌は女性誌です。男のカメラマンは何人かいるのですが、
どうしても女性の感性を持ったカメラマンが必要なんです。」
 「私は今のところ考えていません。」
 「まだ時間はあります。しばらく考えてもらえませんか。」
 「分かりました。」
 私は断るつもりでそう返事をした。
須藤は私が受賞した事を、まだ知らされていないようだ。
私が一席を取ったと知ったらますます押されて断れなくなる。
 私と須藤はネットカフェを出た。須藤は会社に戻ると言って帰って行った。
私も家に戻りキーホルダーの事を今日香に伝えようと
今日香のカメラのファインダーを覗いてみた。だけど今日香は現れなかった。
 
 それから数日して有明新聞社の編集部長とヘリコプターの整備員が
逮捕されたニュースが流れた。
それと同じ頃に須藤の書いた中川梓さん殺人事件の真相が雑誌に載った。
須藤の記事では中川梓さんは編集部長の愛人の同級生で中川さんは愛人の事を
理由に編集部長をゆすっていたという。
 私は今日香を殺した犯人が捕まったと今日香に報告しようと
ファインダーを覗いてみた。
またも今日香は現れなかった。私は嫌な予感がした。
今まで心霊写真に写った霊は遺体が発見されると消えていた。
多分、霊は思いを遂げると消えてしまうのかも知れない。
もしかしたら私がキーホルダーの画像データーを見付けた事で
今日香は思いを遂げてしまったのかも知れない。

 私は由紀ちゃんの誕生日に本屋さんのレジで由紀ちゃんにプレゼントを渡した。
 「ありがとう。」
 そう言って由紀ちゃんは中を開けた。
 「最初はアクセサリーにしようかと思ったんだけど就職も近いし
実用的な方がいいと思ってそれにしたの。」
 「うわぁ、あのブランドの素敵なボールペンのセットありがとう。
こんな高価な物、普段使えないわ。」
 「そう見えるだけで、そんな高い物じゃないの。普段使って。」
 「ありがとう。」
 「こっちこそありがとう。」
 「えっ。」
 「由紀ちゃんのプレゼントを探していた時に今日香が残した鍵の意味を見付けたの。
そして中川梓さんの事件の鍵も見付かったの。」
 「へぇ、なんか推理ドラマみたい。」
 「本当にそうね。」
 そして、今日香はその後もファインダーの中に姿を見せなかった。

イン・ザ・ファインダー 35

2020年05月26日 01時58分01秒 | イン・ザ・ファインダー
 もしかしてこのキーホルダーはメモリーかも知れない。
私は直ぐにパソコンを立ち上げてパソコンにキーホルダーを接続した。
写真閲覧ソフトが立ち上がりキーホルダーの画像がパソコンに取り込まれた。
私はその画像を見て今日香に何があったのかがやっと分かってきた。
今日は平日、時計を見ると須藤の勤務時間は終わっている頃だった。
私一人より須藤に相談した方がいいと思い直ぐに須藤に電話をした。
 「直ぐに会えませんか。」
 私の緊張した声に須藤は気付いた様だ。
 「今からですか分かりました。場所はどこで。」
 「会社以外でパソコンがある所はありませんか。」
 「僕のアパートならパソコンはあるけれどシェアハウスで同居人も一緒です。」
 「他にパソコンがある所はありませんか。」
 「ネットカフェなんかは。」
 「ネットカフェ?そうですね。」
 私は須藤の行った事のあるネットカフェの場所を教えてもらった。
もう夜になっていたけど電車に乗って新宿に向かった。
新宿のネットカフェの前には須藤が先に来ていた。
 「こういう所は良く来るんですか。」
 「取材で一度来た事が。」
 「仕事で遅くなった時に泊まったりとか。」
 「編集部の仕事は不規則なので会社に簡易ベッドとか用意してあって
そこで寝てます。」
 「そうなんですか、今日香も泊まったりしたんですか。」
 「たまに。」
 ネットカフェは原則個室なので一部屋でよかったけど
二部屋分の料金を払って入った。
個室のドアを開けると中は狭く椅子は一つしかない。
二人で入るのはきつい感じだった。須藤は私に椅子に座るように言った。
私は椅子に座りパソコンを起動した。須藤はその横に立っていた。
さっそくパソコンに鍵の付いたキーホルダーを接続した。
 「これは今日香が亡くなる前に、お台場の売店の人に預けた物です。」
 「それはこのあいだ見せてもらった鍵ですね。」
 「そうです。この鍵はアクセサリーで今日香は鍵ではなく
キーホルダーのメモリーを預けたのです。」
 私はネットカフェのパソコンに入っていたOSの画像閲覧ソフトを起動した。
そして私達は画像を確認し始めた。
最初の画像は夜のお台場を撮ったものでそれを見た須藤が言った。
 「ライトアップされたレインボーブリッジか綺麗に写っている。」
 「このあたりはお台場から夜景を撮っていた様です。」
 私は何度も画像を送りながら言った。
 「始めの数十枚はお台場の夜景の写真が続いています。」
 「結構良い写真だ。」
 さらに次の画像を出した。
東京湾の芝浦のビル群の灯りの前に松がシルエットになっていた。
それを見た須藤は。
 「松があるのは第三台場だから、これは第三台場から東京湾を撮っている。」
 「そうです。問題なのは次の画像です。」
 私は次の画像を出した。
 「露出が暗くて分かりづらい。」
 須藤が言ったので私は。
 「遠くから撮っているので小さくて分かりにくいけど、
よく見ると一人の男がスーツケースの様な物を引っ張っています。」
 「あぁ、そうだ。」
 そして次の画像を出した。
 「これも小さくて分かりにくいけど、その男が穴を掘っている様に見えます。」
 私がそう言うと須藤が直ぐに言った。
 「そういう事か。これはちょうど中川梓さんが埋まっていた辺りだ。」
 「多分そうです。これが中川さん事件の真相。」
 私はさらに次の画像を出した。今度は須藤が先に言った。
 「これもはっきりは分からないけどスーツケースから遺体らしき物を
取りだしている。ただ、この写真からは遺体かどうかは分からない。」
 「そうですね。ここで今日香はカメラのレンズを望遠レンズに
付け替えた様です。望遠で撮ったのがこの一枚です。」
 私はそう言って次の画像を出した。
男が穴を埋め戻している様な動作の画像を望遠で撮っているため
今迄の画像より拡大されて写っていた。
 「その男は今日香が撮影している事に気が付いたのか、
この写真にはこちらを向いている男の顔が写っています。」
 この男は以前、私が夜、第三台場へ行った時に私を見て
逃げていった男だった。
私はあの時、あの男が何となく中川梓さんを殺した犯人では
ないかと思ったけどやはり当たっていた。