月の海

月から地球を見て
      真相にせまる

イン・ザ・ファインダー 38

2020年05月28日 23時03分08秒 | イン・ザ・ファインダー
 授賞式が始まった。由紀ちゃんは客席に行って、私はそのまま控え室にいた。
最初に三席の人が呼ばれて行った。続いて二席の人が行った。
あぁ緊張で脚が震える。最後に私が呼ばれた。私は階段を上がり舞台へ出た。
舞台を明るいライトが照らしていた。
 舞台の中央には、あの名物会長が立っていた。
私は軽く頭を下げて会長の前まで行き賞状とトロフィーと賞金の目録を受け取った。
そして司会の人から色々な質問を受けた。私が答えるとカメラのフラッシュが続いた。
インタビューが終わり私は席に座った。
隣にはさっき控え室で一緒だった、二席と三席の人が座っていた。
客席を見ると前の方に由紀ちゃんとマスターとおじさんが並んで座っていた。
 その後、会長の挨拶や審査をしたプロの写真家の選評が続いた。
この後プロの写真家によるイベントが続くので私達は舞台を降りた。
賞状とかを控え室に置いて客席に行って由紀ちゃんの隣に座った。
 「あの会長テレビで見ると怖そうだけど結構優しそうな人ね。」
 由紀ちゃんが言った。
 「悪い人じゃなさそう。」
 私はそう言った。そのうちにプロの写真家のイベントが始まった。
スクリーンにプロが撮った旅の写真などが映し出され、
それを撮った写真家の人が説明をした。
私は途中で眠くなってしまい、いつしか寝ていた。
 「あぁよく寝た。」
 と言っておじさんに起こされた時イベントは終わっていた。
帰ろうと思ってホールから出るとロビーに須藤が立っていた。
 「今日は取材があって遅くなっちゃった。おめでとう。」
 と声をかけられた。
 「ありがとう。」
 そう答えた何故か今迄の須藤と違って見えた。
多分、沢田さんの話を聞いて私の須藤を見る目が変わったのかも知れない。
 「今日香のいた編集部の須藤さんです。」
 私はおじさんやマスターに須藤を紹介した。するとおじさんが。
 「以前お台場ではビールをご馳走様でした。」
 そう言って頭を下げた。マスターと由紀ちゃんも一緒に頭を下げた。
須藤も三人にお辞儀をした。
そうだったおじさんと由紀ちゃんはお台場の撮影に行った時に会っていた。
すると初対面のマスターが隣にいた私に耳打ちをした。
 「結構イケメンじゃないか。」
 「まぁね。」
 「明日香ちゃんの何なんだよ。」
 「違うわよ今日香の結婚するはずだった人。」
 私がそう言うとマスターは驚いた様に須藤を見てしみじみ言った。
 「今日香ちゃんにそんな人がいたのか。」
 それからマスターは持って来ていた一眼レフを構えて言った。
 「じゃあ記念写真を撮ろう。」
 すると須藤が言った。
 「僕が撮りましょう。」
 マスターは須藤にカメラを渡した。
新聞社のロビーでトロフィーを持った私と由紀ちゃんが前なり、
おじさんとマスターが後ろに立って記念写真を撮った。
トロフィーや賞状を紙袋に入れ新聞社を出ると外は暗かった。
 「じゃあね。」
 そう言って由紀ちゃん達は家に帰って行った。
私と須藤は三人と別れてビル街を歩き始めた。
歩きながら私は須藤になんと声をかけていいか分からなかった。
須藤も何も話さずに歩いていた。そのうちに日比谷公園に着いてしまった。
公園内は何かのイベントをやっていて明るかった。
この時間にしては人も結構大勢いた。私達はベンチに腰をかけた。
近くのベンチには他にも何組かのアベックが座っていた。
私は遠くを見て言った。
 「沢田さんから今日香とのこと聞いた。プロポーズしてたのね。」
 「その事はやっと忘れられたばかりなのに。」
 「辛かったのね。」
 「あぁ死ぬほど辛かった。
僕もあのヘリに乗っていて今日香と一緒に死んでいたら、
どれほど楽だったろうと思った。
仕事の時はいいけど独りになると今日香のことばかり思い出してしまって。
だからヘリの墜落事故のことも必死になって調べたんだ。
そうして今日香が生き返る訳ではないけど何かをしていれば
今日香のことを思い出さなくてすむから。」
 「私は今日香と双子の姉妹なのに今日香の事は何も知らなかった。
今日香が亡くなってから、おじさんや写真の事、居酒屋のマスター、
そして編集部の人や須藤さん。今日香と接していた多くの人と会う事ができた。」
 「今日香が生きていたら君とも会う事はなかった。会う必要もなかった。」
 「そうね。それであなたは義理の兄になっていた。」
 「君は妹になっていた。」
 「今日香が亡くなって私は会社を辞めた。その事で自分の人生が大きく変わった。
それまでの明日香の人生から今日香の人生に足を踏み入れてしまったような気がする。」
 すると須藤は私の方を見て言った。
 「もっと踏み入れたら。」
 私は須藤の目を見詰め返して言った。
 「もう少し考えさせて。」
 「ヘリの事故の前に今日香からはそう言ったきりで二度と返事をもらえなかった。」
 「ごめんなさい。」
 断ると決めていた私は迷い始めていた。
まんまと沢田さんの泣き落としにはまってしまった様な感じがする。

 「寒くなってきたな何か食べよう。」
 私達は日比谷公園の近くのインド料理の店に入った。
 「昔、今日香と仕事の後で良くここに来たんだ。」
 「そぅ。」
 店員が来たので須藤が言った。
 「タンドリーセット二つとビール二つ。」
 しばらくするとビールが先に来た。
 「おめでとう。」
 須藤が言った。
 「ありがとう。」
 私が言った。
 「乾杯。」
 二人で言ってビールを飲んだ。
 「今日香が亡くなってからここにはずっと来ていなかった。」
 「今日、来たのは今日香と来て以来ってこと。」
 「あぁ。」
 「今でも今日香のことが忘れられないの。」
 「最初に君に会った頃もその後もずっと今日香のことは頭から離れなかった。
でも今日香の亡くなった墜落事故が解決した事で、
今日香のことを忘れるきっかけができた様な気がする。」
 「そぅ。」
 「君のおかげだよ。」
 そう言っているうちに料理が来た。私達は黙って食べ始めた。
ナンを手でちぎってカレーソースを付けて食べた。
 「このナン香りが独特で美味しい。」
 私がそう言うと須藤は笑顔になっていった。
 「やっぱり姉妹だな。」
 「えっ。」
 「昔、今日香も同じことを言ったよ。」
 「そう。以前もそう言われた事があった。」
 「えっ。」
 「私と今日香は全然違う人生を歩んだのに、やはり似ているのね。」
 「もちろんだよ。」
 「でも私に今日香の代わりは無理。」
 「そんな事ないよ。」
 食事も終わりレストランを出ると須藤とは駅で別れた。
須藤は取材した情報をまとめるために一度、会社に戻るという。
私はトロフィーや賞状の入った紙袋を持って家に戻った。


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