月の海

月から地球を見て
      真相にせまる

イン・ザ・ファインダー 32

2020年05月21日 21時36分37秒 | Nouvelle vague Tokio
  十二月

 師走になったけど私は相変わらず本屋さんでアルバイトをしていた。
そんな時おじさんが言った。
 「今月は写真コンテストの結果発表があるな。」
 「えぇ。」
 私が小さな声で言うと。
 「今月半ばには受賞者に通知が来るんでしょう。」
 そう由紀ちゃんが言うとおじさんが言った。
 「楽しみだな。」
 だけど私は言った。
 「あまり興味ない。」
 「そんなこと言わないで明日香さんだったらきっと入賞するわよ。」
 由紀ちゃんがそう言うとおじさんも。
 「プロだった今日香ちゃんみたいにいい腕してるからな。」
 「明日香さんの腕ならプロのカメラマンになれるわ。」
 「私はプロにもアマチュアにもなりたくない。」
 私はそう言ったけどおじさんは。
 「まぁ本人の気持ちでコンテストの結果が変わる訳じゃない。」
 すると由紀ちゃんが。
 「私、明日香さんの授賞式に行くからね。」
 「やめてよ。」

 その日も本屋さんのアルバイトが終わり家に帰ると居間のテーブルの上に
私宛の一通の手紙が載っていた。私に手紙が来るなんて久しぶりの事だった。
私はその手紙を手に持って自分の部屋に行った。
 部屋に戻って着替えをしてから手紙の差出人を見ると有明新聞社だった。
封筒を開け中の手紙を見ると写真コンテストに応募した私の写真が
一席になったと書いてあった。そして授賞式の日時が書いてあった。
一席って何だろう。
部屋から出て居間に降りて台所で夕食の支度をしている母に私は聞いた。
 「ねぇ一席って何。」
 すると母が料理を作りながら答えた。
 「一席って、一席設けるから来て下さいってよく言うけど。」
 「あぁそうか。」
 私も写真コンテストに参加した一人として授賞式に呼ばれているんだ。
参加賞みたいなものね。
授賞式を見てもしょうがないけど参加費用とか書いてなかったから、
ただで飲み食いできるのかも知れない。それなら行ってみるかな。
 翌日、本屋さんで由紀ちゃんに手紙を見せて言った。
 「写真コンテストの結果は一席だって。」
 「えぇっ。」
 由紀ちゃんは凄く驚いた顔をして手で口を押さえて下を向いてしまった。
そして、そのままの状態で一言だけ言った。
 「やったわね。」
 そこへおじさんが来たので私は言った。
 「写真コンテストは一席だったよ。」
 おじさんは目を押さえて。
 「そうか。」
 そう言っておじさんは向こうを向いてしまった。
 「良くやったな。」
 しばらくしておじさんは向こうを向いたままそう言った。
私は二人の行動が理解できなかったので聞いてみた。
 「一席って何。」
 すると由紀ちゃんは手で口を押さえたまま、ふっと笑った。
おじさんは私の方を見ないで向こうへ歩きながら言った。
 「今日はお祝いだな。」

イン・ザ・ファインダー 31

2020年05月21日 00時15分23秒 | イン・ザ・ファインダー
 「ヘリは前日の点検から取材当日の朝まで格納庫に入っていたのですが
夜間に誰かが出入りしているのです。」
 「どうして人が入ったって分かったのですか。」
 「格納庫にはIDカードがないと入れないのですが誰かが
IDカードを使用して入っています。」
 「誰のIDカードか判らないのですか。」
 「判っています。比較的簡単に社内の端末から情報にアクセスできます。」
 須藤はそう言って別の資料を私に渡した。
そこにはヘリコプターを所有している有明新聞社の整備士の名前と
経歴とか顔写真が載っていた。
 「この人が格納庫に入った人ですか。」
 「いえ格納庫に入るために使用されたIDカードの持ち主です。
他人がそのカードを使用して入った事も考えられます。
また考えにくいのですが偽造された可能性もあります。
格納庫に入れるのは誰のIDカードでも入れるわけではないので
操縦士とか整備士とかのIDカードでないと入れないのです。」
 「でも整備士なら用事があって入ったとか。」
 「ただ格納庫に入った時間が夜の零時過ぎで勤務時間以外です。」
 「そう言う事ですか。でも誰かが格納庫に入ってヘリに細工をしたとしても
何故そんな事をしなくてはならないのですか。」
 「そうなんです。目的が分からないのです。IDカードなどを考えると
そんな事を知っているのは新聞社の関係者や操縦士、整備士など内部の人間です。
それにヘリは保険に入っていましたが墜落した事による損失や保証は
新聞社にとっても膨大な額です。内部の者がそれを分かってて、
それでもヘリを墜落させた。そんな理由が思い当たらないのです。」
 そう言えばうちも多額の見舞金を貰っているのは事実だし。
 「今日香が誰かから恨まれていたとか。」
 「今日香さんは社内では仕事もできるし人気もありました。
僕の知る限りではそういう事はありません。」
 「須藤さんも乗っていたかも知れないんでしょう。
須藤さんには心当たりはないのですか。」
 「僕を恨んでいる人間は多くいるかも知れないけど、
僕を殺したいと思っている奴はいないと思います。
だいたい僕や今日香さんを殺しても利益を得る人間は誰もいないと思います。」
 「という事はやはり事故だったのでは。」
 「そう考えるのが自然かも知れませんが不自然な点も多すぎる。
どう見ても結論ありきの調査に思えるんです。」
 「どういうことですか。」
 「実は事故調査委員の名簿を見ると中に私が知っていた新聞社の息のかかった
人間が入っているのです。」
 「えっ。」
 「もしかしたら、その人間が事故の調査結果を誘導した事も考えられます。
そして、そういう人間を忍び込ませる事ができるのは新聞社の中でも上層部の
人間しかいません。」
 「まさか。」
 「まだ、はっきりした事は何も分かりません、全て僕の想像です。
もう少し調べてみます。」
 そう言われたが私にも何が何だか解らなかった。
それとは別に私には気になっていた事があったので聞いてみた。
「あのう。ちょっと気になっていた事があって。」
 私は夏にお台場の売店の人から受け取ったキーホルダーの付いた
鍵を取り出して須藤に見せた。
 「これは今日香が持っていた鍵なんですけど。何の鍵か分からないんです。
会社でこの様な鍵を使うところは無いでしょうか。」
 須藤は私からその鍵を受け取ると直ぐに言った。
 「うちの会社では部屋の出入りや共通のロッカーなどは全て
IDカードで開けます。個人のロッカーや机は事務用の鍵で
この様な装飾のある鍵ではありません。」
 そう言って私に鍵を返した。
 「そうですか。」
 いったいこの鍵はどこの鍵なんだろう。すると今度は須藤が別の事を言い始めた。
 「ところで明日香さんは有明新聞社の写真コンテストに応募していませんか。」
 「えっ、ええそうですけど。どうしてそんな事を知っているのですか。」
 「うちの編集長がコンテストの審査員の一人なんです。それで明日香さんの
写真を見て、さすが今日香ちゃんの妹だって感心していました。」
 「うそ。」
 「うちのカメラマンとして来てもらってはどうだって言ってまして。」
 どうしてそう言う話になっちゃうのよ。
 「いえ私は今日香とは違いカメラマンには向いていません。」
 あの写真は今日香がファインダーの中にいたから撮れたので
私自身が写真を撮る職業に就くことは有り得ない。
 「残念だなぁ。」
 それで須藤はあきらめたように思えた。この日の話はこれで終わった。
私達はファミリーレストランを出ると須藤はくれぐれも
この話は人にはしないでくれと言って帰った。
私も誰かに話したいとは思わなかった。