月の海

月から地球を見て
      真相にせまる

イン・ザ・ファインダー 26

2020年05月14日 03時39分02秒 | イン・ザ・ファインダー
 数日後、本屋さんのアルバイトが終わってから、おじさんと由紀ちゃんと三人で以前、
大翔と行った居酒屋さんに行った。
ドアを開けておじさんと由紀ちゃんに続いて私が入るとマスターがカウンターにいて。
 「よお明日香ちゃん。」
 と言った。私を覚えていたみたい。というか今日香とそっくりなんだから忘れる事はない。
今日は他にお客さんもいなかったのでテーブル席に座った。
直ぐにマスターが来て注文を聞いたのでおじさんが言った。
 「取り敢えずビールでいいな。」
 と私と由紀ちゃんに確認をとるように言った。
 「後は今日のお勧めがあったら持ってきてくれ。」
 おじさんはそう言った。私はよく知らなかったけど、
おじさんはこの店に良く来ているらしい。
由紀ちゃんも時々来るらしい。そして今日香も来ていたという。
お客さんがいないせいかビールは直ぐに来た。
一緒にマスターが今日のお勧めという魚の煮物を持ってきた。
 「乾杯。」
 そう言って最初に三人で乾杯した。
 「この魚、美味しい。」
 由紀ちゃんが言った。私も食べたけど本当に美味しかったので
カウンターにいたマスターに私は聞いた。
 「この魚なんて言う魚。」
 「ムツ、ムツの煮つけ。」
 マスターはカウンターから一言、言った。
 「ムツ。ふぅん。」
 あまり料理をしない私にはどういう魚か思い浮かばなかったけど
知ってるふりをして食べていた。

 今日は三人でお台場で撮った写真をそれぞれ持ち寄っていた。
お互いの写真を見て感想を言うのだという。
未だに写真にはあまり興味のない私にはどうでもいい事だった。
私は私の撮った写真を由紀ちゃんに渡した。
私はおじさんの写真を見たけど砂浜にいたミニスカートや
ショートパンツの女性が多かった。このエロじじい。
由紀ちゃんは私の撮った写真を見て。
 「まぁ、綺麗。」
 と言っていた。次に私はおじさんの撮った写真を由紀ちゃんに渡した。
由紀ちゃんはそれを見て言った。
 「まぁ、綺麗。」
 と同じ感想だった。次におじさんから由紀ちゃんの写真が回ってきた。
それを見た私は写真の事は良く分からないけど綺麗な写真が多かったので。
 「まぁ、綺麗。」
 と由紀ちゃんの真似をして言った。すると由紀ちゃんは私を見てにらんでいた。
おじさんはどの写真を見ても黙っていて表情一つ変えなかった。
そこへマスターが別の料理を持ってやってきた。
料理をテーブルの上に置きながらおじさんが見ていた私の写真を覗き込んで言った。
 「何なんだ、この写真は。」
 おじさんはそれを聞いても黙って表情を変えなかったけど私は言った。
 「それは私が撮った写真よ。まだ写真を始めたばかりなんだから、
しょうがないでしょう。」
 私が怒った様に言うとマスターは落ち着いた口調で言った。
 「違うよ。この写真はとても素人が撮ったとは思えない写真だと言っているんだ。」
 「えっ。」
 「夕陽で赤くなったレインボーブリッジをバックにして
釣り人がシルエットで写っている。
これは意図的に露出補正をしてアンダーで撮っているからだ。
こういう写真を素人が撮る事はなかなかできないよ。」
 その写真は今日香の指示で撮った写真。
 「うそ。」
 私がそう声を漏らすと今まで黙っていたおじさんが喋り出した。
 「さすがに双子の姉妹だよ。明日香ちゃんには今日香ちゃんと
同じ血が流れているんだ。」
 おじさんがそう言うとマスターが。
 「そう言う事だな。」
 そう確信を込めた言い方をした。さらにおじさんは話を続けた。
 「明日香ちゃんが初めてうちの本屋にアルバイトに来た頃、
昼休みに何気なく撮った商店街の写真を見ておじさんは驚いたよ。
この子はただものじゃないと思った。おじさんは何年も写真を撮ってきたのに
明日香ちゃんが初めて撮った写真におじさんの写真はかなわなかったよ。」
 「えっ。」
 「それでおじさんは明日香ちゃんに、おじさんが昔、自費出版した
風景写真集を見せたんだ。おじさんの写真はあんなもんだよ。」
 私はまだ、おじさんが何を言っているのか分からなかった。
すると由紀ちゃんが。
 「私も最初に明日香さんが何気なく撮った写真を見て
日常をこんなにも素晴らしく撮る人がいるのだと思い
明日香さんの写真にすごく感動したの。
それで写真の事は何も知らない明日香さんの力になれたらと
写真の技術的な事を明日香さんに話したの。」
 「そんなぁ。」
 私は何も言えなかった。するとマスターが。
 「そうだ有明新聞社の写真コンテストに参加したらどうだ。」
 「そうね明日香さんならプロにも負けないわよ。」
 写真は今日香の指示で撮ったとは言えない。
なのに私の知らないところで話がどんどん進んでいる。
 「やめてよ。訳の分からないうちに話を進めるの。」
 私はそう言ったけど、おじさんが。
 「明日香ちゃん。やってみ。」
 やってみって、なによ、その簡単な言い方。
こちらは写真の写の字も分からないのに。
 「簡単に言わないでよ。」
 「写真を送るだけだから簡単よ。やってみたら。」
 由紀ちゃんが言うとマスターが。
 「俺、応募の資料取り寄せてやるよ。」
 三人は完全に私の気持ちを無視して写真コンテストの話を進めている。
 「私は写真にもコンテストにも興味はないの。」
 私がそう言うと、おじさんが。
 「明日香ちゃん大丈夫だよ。コンテストでは写真を評価するだけで
興味があるかどうかは審査しないから。」
 どうしてそうなるの話を変えなくては。
 「この魚美味しいわね。」
 私が言うとマスターが。
 「それはムツだ。締め切りは間近だから急がないとな。」
 どうやら私は無理矢理、写真コンテストに参加させられそうだ。
でも、何も反論できない。観念してこう言うしかなかった。
 「分かったわよ参加すればいいんでしょ。」
 そう言って私は大声を出して泣いた。すると三人が言った。
 「何泣いてんだ」
 「そんなに嬉しいのか。」
 「そんな訳ないでしょう。」
 「明日香ちゃんも女だ、女心と秋の空か男には分からんな。」
 そんな事になっても今日香の指示で撮ったとは言えなかった。
 私は翌日からコンテストに出品する写真を撮り始めた。
今日香も比較的、協力的で助かった。でも、これで良い訳ないと
思いながら今日香の指示で写真を撮っては、おじさんや由紀ちゃん
そしてマスターに写真を見てもらい最終的な一枚が決まった。
私は何でこんな事になってしまったのだろうと思いながら写真を
有明新聞社のコンテストに送った。