らびおがゆく Vol.3

山形県を中心とした演奏活動等

シュロス弦楽四重奏団

2008年08月18日 01時09分28秒 | クァルテット
シュロス弦楽四重奏団?東北地方ではほとんどその名前を聞いた事がある人はいないでしょう。それもそのはずです。この団体は名古屋の近辺で活動している2001年に出来た若いクァルテットだからです。実は私も聴いた事はありません。汗。

 では、なぜ私がその存在を知るのか?

 実は山形Qの創立メンバー鬼塚博道君がヴァイオリンのメンバーとして参加しているからです。鬼塚君は山形大学に在籍していた時に山形Qの創立に参加したのです。2000年10月の結成から第3回定期演奏会(2001年12月27日)に参加して、2002年の3月に山形大学卒業までメンバーでした(現在は、鬼塚君の先輩のだちゅ嬢にメンバーチェンジ)。彼は山形Qの定期演奏会ではおなじみのクラリネット奏者郷津隆幸さん(山形響の重鎮ですね?笑)に「山大に面白い奴がいるから面倒見てあげてよ」と言われたのがきっかけで、彼が大学3年生の時に初めて会いました。その時は、家に来てモーツァルトの協奏曲を弾いてたのを聴きました。当時の彼の人柄どおり真面目なモーツァルトで、何かはじけない自由度がない演奏でした。「僕は演奏家になりたいのです」という生真面目な言葉だけが私の脳裏にこびりついていました。と言われても私の権限で山形響に入団させる事は出来ないし、私はヴィオラ奏者ですから。

 ただ鬼塚君は立正大学という普通大学を経て、山形大学に入学して来ているので私の経歴とも似ている気がしていたので、何とか力になれる事があればという気持ちはありました。

 山形響に入団する以前からクァルテット活動を継続してやりたかった私は「男だけのクァルテット」をやりたかったので、同僚の中爺君を引っ張り込むのに成功して、もう一人男のヴァイオリニスト~~!と探していた時に「鬼塚君がいた!!」と思い出し、彼を誘ったのでした。

 学生だった彼にとってプロである私達と一緒に演奏をするという事は、すごく勇気のいる事だし~実際彼は誘ったときの第一声は「僕で良いんですかぁ~~??????」でした。

 もの凄く緊張をする人で、本番前は心臓が口から飛び出してしまうんじゃないかと毎回演奏会を行うたびに思っていました。毎回真っ赤な顔で「僕、緊張してま~す」と言って、みんなの笑いを誘ってました。

 結成当初の山形Qは、毎回の定期演奏会に15~20回くらい練習してました。ああでない!こうでない!のアホみたいな練習が鬼塚君の自信にも繋がったのかもしれません。

 その後の鬼塚君は、皆の勧めもあって卒業時にタイミング良くあったセントラル愛知交響楽団のヴァイオリンオーディションに合格したのでした。メンバー一同離れる寂しさと良くやったという祝福の気持ちがありました。

 そんな彼がまた名古屋でクァルテット活動しているわけですから、本当に嬉しさいっぱいです。

 それにしても学生時代かわいかった鬼っち(彼のあだ名です)がずいぶんと貫禄がついたなぁ~笑。

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 もうひとり私と関係が深い人間がこのクァルテットには所属しています。

 ヴィオラ奏者の近藤健司君です。彼は武蔵野音楽大学時代に同級生だった友人です。4年間同じ釜の飯を食ったというか、お互い切磋琢磨して、当時は「プロの演奏家になれたら良いなぁ~」なんて夢を語り合う中でした。その彼が(地元は名古屋です)演奏家として活躍している事は嬉しい事です。

 弦楽四重奏団の活動を維持して行く事は大変な事ですが、是非とも継続して頑張って欲しいものです。お互いにね。
ちゃんとした後援会もあるし、凄いですねこの弦楽四重奏団!
 
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 現メンバーのだちゅ嬢は鬼っちのすぐ上の先輩です。メンバーが替わった頃に比べると、山形Qサウンドにはかかせない不動のメンバーになっています。最近は1stVnより2ndVnを弾く事が多いです。2ndVnはVaの上司的存在なので、最近は随分仲良くなりました。笑。
コメント
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