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・いざなぎ流の御幣。100種以上の御幣がある。
だが、始まった神楽を見ると、御神屋の飾り付けや演目、所作、、採り物、衣装など、九州・宮崎の神楽と共通項の多いものだったので、私は大層安心した。つまり、「いざなぎ流」とは、「神楽」だったのだ。そのことは、各種資料にも書かれているし、「土佐の神楽」として国指定重要無形民俗文化財にもなっているので、現地の人は誰も神楽以外のものとは言っていない。にもかかわらず、いざなぎ流の周りに不思議で妖しい雰囲気が漂うのは、その名称と、家祈祷、病人祈祷、鎮魂などの種々の儀礼や仮面を用いての「家」に伝わる祭祀などが圧倒的に残されているからだろう。それらの儀礼を個別に扱わず、一括して「神楽」とみれば、かつて日本列島全域で行なわれていた「祭祀としての神楽」が、ここ物部川流域に奇跡的に残ったものだと把握することができる。このことが実感でき、確認できたことが、今回の旅の最大の収穫であった。現地を踏むということ、旅に出ることの価値をあらためて認識したひとときであった。
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・天蓋。いざなぎ流では「ばっかい」と呼ばれ、各地の神楽との共通項とともに仏法との習合、修験の行法との混交などもみられる。いずれも御神屋の中心に吊り下げられる。九州の神では「雲」「白蓋」「天蓋」と呼ばれて、宇宙・星宿を表す。
さて、またまた前置きが長くなったが、以上のことを念頭に置き、「いざなぎ流の神楽」を実見しよう。
当日公開されたのは、まず「オンザキ様の神楽」と「荒神鎮め」の二曲である。
ほら。
オンザキ様の神楽・・・・・
荒神鎮め・・・・・
やっぱり、その儀礼名(演目名)を聞いただけで、ちょっと怖い、面妖な雰囲気が漂ってくるではないか。
何なのだ、それは・・・・・?
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神楽が始まった。
まず6人の太夫が入場し、御神屋の中心を囲んで座る。そして、種々の御幣を用い、祭文を唱えながら「すその取り分け」と呼ばれる祭儀を行なう。
「オンザキ様」とは「御先(ミサキ)・賽の神・障碍神」などと同義で山と里の境、海と陸の境、天界と地上世界の境などに座す、強い霊力を持つ土地の精霊神のごとき神様だろう。「すそ」とは「呪詛」であり「たたり神」の霊力である。すなわちオンザキ様の神楽とは、神楽=祭儀の開始にあたり、土地神の霊を鎮め、場を清め、神々の降臨を願う儀礼であることがわかる。このような神楽開始の儀礼は、高千穂神楽の「御神屋誉め」、諸塚神楽の「拝み」、椎葉神楽序盤の一連の演目などと共通項を持つ。祭文・唱教などに共通の詞章があることから、それがわかる。祭文・唱教は、平安時代の神楽歌にも記録される古い文言である。
中心に座す太夫は、長い祭文を唱え続ける。周りの太夫たちは、静かにそれに和し、手に捧げ持った御幣を左右にゆらゆらと揺すりながら、身体もまた左右にゆるやかに揺すり続ける。太夫の動きとともに、そこにたゆたう「空気」や「時間」が、あわあわと揺曳する。
これが一時間近く続くので、見ているものは次第に眠くなったり、意識が朦朧としてきたりして、呪的空間に引きこまれてゆく。そこはまさに神と人とが交信する空間であり、これこそが「神楽」の本義である。いざなぎ流や宮崎の山地神楽には、この神楽の最も根本的な儀礼が省略されずに残っているのである。これは現代の奇跡の一つといえる。
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この長い長い祭文が終わると、太夫たちが立ち上がり、御幣を振りながら御神屋を舞い巡る。これもまた静かでゆるやかな舞い振りである。神々は神楽の場に降臨し、「舞神楽」へと続いてゆく。
*続きは次回。
*私の今回の連載は、現地に立って感受したこと、考えたことなどにもとづいて記述しています。「いざなぎ流」の儀礼や祭文の文言等については、当日配布された資料の他、先述した「いざなぎ流の宇宙」等の書籍類に詳しく記録されています。関係者の方々の40年にわたるすぐれた取り組みであり、資料の数々です。いざなぎ流のことをより深く知りたい方はそちらを参照して下さい。私の解釈の誤りや〝ズレ〟などにお気づきの方は遠慮なくご指摘下さい。すぐに検討・訂正します。