「はじめに」から抜粋。
本書は、学校ではたらく「先生」以外のひとたちのインタヴュー・ルポである。(中略)しかし、取材が進むにつれ、この方々は、「先生」にはない視点を持っていることにわたしは気づいていく。その視点は、生徒を評価しないということに根ざしており、言い換えれば、生徒と利害関係にないことに担保されていた。「学校の先生には視えないこと」を、わたしはこの方々によって教えていただいた。
「おわりに」から抜粋。
高い学歴を得てきた、学校のなかで「良き子ども」であったはずの人間が必ずしも「良き大人」にはならず、逆に自らが身を置く機構のなかで疑問を感じることができないで、公共のために生きるという理想から果てしなく離れた地平で堕落していったことか。学校的勝者は必ずしも「良き人間にならず、良き社会もつくらない」といったことが証明された、とわたしは考えている。本書に登場していただいた方々のメッセージを「視えない」「視ようとしない」学校の「先生」たちは、破綻した教育システムの補完者になるだけである。
本書は、学校ではたらく「先生」以外のひとたちのインタヴュー・ルポである。(中略)しかし、取材が進むにつれ、この方々は、「先生」にはない視点を持っていることにわたしは気づいていく。その視点は、生徒を評価しないということに根ざしており、言い換えれば、生徒と利害関係にないことに担保されていた。「学校の先生には視えないこと」を、わたしはこの方々によって教えていただいた。
「おわりに」から抜粋。
高い学歴を得てきた、学校のなかで「良き子ども」であったはずの人間が必ずしも「良き大人」にはならず、逆に自らが身を置く機構のなかで疑問を感じることができないで、公共のために生きるという理想から果てしなく離れた地平で堕落していったことか。学校的勝者は必ずしも「良き人間にならず、良き社会もつくらない」といったことが証明された、とわたしは考えている。本書に登場していただいた方々のメッセージを「視えない」「視ようとしない」学校の「先生」たちは、破綻した教育システムの補完者になるだけである。
>>本書に登場していただいた方々のメッセージを
>>「視えない」「視ようとしない」学校の「先
>>生」たち
この「メッセージ」というのがどんなものなのか、本書を読んでいないオイラがとやかく言うのも何なんですが、むしろ、「受け止めてうまく処理する力もないくせに『メッセージ』に耳を傾けすぎたからこそ、この30年ほどの間に『教育システム』が『破綻』してきたんじゃあなかろうか?」というのが、引用文を読んだオイラの感想です。