ビーグルのパピーは山が好きだった。訓練は夕方と休みの日によく出掛けた。
今日も近くの山に行こう!団地の中を横切り公民館からすぐの山に入れる。兎は
夜行性で昼間は低木や草むらに寝屋を作り、そこで寝ている。この時間はもう兎
も起きている時間で。もし動き回っていたら臭いは強いから犬は直ぐに臭いを取
ることができる。陽は落ちてから一時間は経っている、サーチライトを頼りにいつも
のコースとするか。
我先に行くパピーを呼び戻し、行き先を指示する。心得たものでそこから笹の中
へガサガサと入って行く。50メーターも行かない内に『キャウーン』と変な声がした。
おかしいな、普段聞きなれないし兎に会った声でもない『パピー』と呼ぶが返事は
ないし降りてもこない。気になり上がつてみると片足を上げ、頻りにそこを舐めてい
る。電池を照らしてみた。よく見ないと判らないが2ヶ所から薄らと血が出ている。傷
は見えないが、この様子からするとマムシに噛まれたのだ。辺りを探したがマムシ
の姿はなかった。
あまり動こうともしないし、自力で歩こうともしないから抱きかかえて山を降りる。普段
でも温かい身体が心なしか余計に温かく感じる。
家に着く頃は僅かな時間しか経っていないのに毒が回り元気なく苦痛に耐えてい
る様子が伺えた。我が家の玄関は犬にとっては高級ホテルか床の間に値する。
そこに寝かせてやったが、ただただジッとしているだけだ。
人の出入りが気になるのか落ち着いた様子ではなく、激痛を堪えるには静かな所が
よさそうなので小屋に移してやる。足は見る々間に腫れ上がり見るも無残な姿
続けて『連れて来ても、抗生物質を打つだけで大した効果はない。医者が喜ぶだけ
だ』と商売気のないつれない返事。
それもそのはず、この獣医さんとはツーカーの中で、杯を交わす仲だ。ある時は、一
緒に酒を呑んでいたら交通事故に遭った犬が急患として連れて来られた。
『丁度いい、手伝え』とばかりにいきなり助手に任命された。
足の骨折、患部の毛を剃り切開、折れた骨どうしに針金のような金属を入れて
縫い合わせる。雑な治療だがこれで十分だという。酔っ払いの先生に酔っ払いの素
人助手による手術は、救急治療を成功させたのである。
2~3日経つと喉のところに大きなコブのようなものができている。まるで瘤取り爺さん
のような大きなこぶで触ると中に水が入っているようにタポンタポンしている。毒素が何
かに換えられたのか毒素を取るための免疫剤でもできているのか。あれほど食べ物に
貪欲なパピーも暫くは食事に見向きもしなかったが、徐々に食べるようになり、4~5日
で元気を取り戻した。
皮が伸びきるほど腫れていたこぶは無くなり、傷口は2本の牙で噛まれた跡が小さく見
えた。傷が完治し何年経っても、噛まれた場所に毛が生えることはなかった。
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