~シイ~ 二〇一五年三月 過去の母からのメッセージ
炬燵の上にノートパソコンが一台開きっぱなしのままになってる。
妹、炬燵に潜りこむようにして眠っている。
そこへ、姉の声が聞こえる。
姉 居る?
妹 ……。
姉 居るよね。雑誌買ってきたよ。…あいたっ。
ずぼっという、変にこもった音が聞こえる。
炬燵の中の妹が、むっくりと体を起こし、台所の方に向かって話す。
妹 どうしたの。
姉、台所の方から声をかける。
姉 とうとうやってしまいました。腐った床板を踏み抜いてしまいました。
はははは。
妹 姉ちゃん。良いの壊したのに…。
姉 良いの、良いの。壊そうと思って壊したんじゃないから。
姉、コンビニの袋と小さなかばんと重そうな大きなバックを抱えて現れる。
姉、コンビニの袋から雑誌を取り出す。
姉 そりゃぁ、二年のつもりで建てている仮設に、四年も住んでれば、床も腐
るわ。住民生活課に言って、直してもらうよ。でも、良いのこれくらい。
あれれっ。血が出てるわ。でも、まっ、良いか。はははは。
妹 テンション高いよ。
姉 いいの。これでテンションあげないで、いつテンションあげろって言うの。
妹 大丈夫?
姉 これで、掲載五本目だよ。作家先生、凄いよ。よくやった。よしよし。
姉、妹の頭をぐしゃぐしゃにして撫でる。
妹 凄くないよ。
姉 凄いよ。全国紙だよ。それも賞金は今までの最高!
妹 五万でしょう。
姉 五万だよ!
妹 今までのところ、二千円、五千円、五千円、一万円。
姉 そして、今回遂に五万円!やったじゃない。もう、作家じゃない!
妹 年収七万二千円。これで作家なんて恥ずかしくて言えないでしょう。
姉 でも、被災地の誇りよ。何もない町で全国誌に掲載される作家がいるなん
て。
妹 でも佳作だし。
姉 着々と印税生活が近づいているねぇ。
妹 姉ちゃんは前向きだねぇ。
姉 ゼロじゃないんだから。自信もってよ!
妹 姉ちゃんが一番うれしそう。
姉 そりゃぁそうよ。あなたの才能を見出したプロデューサーは私なんだから。
姉、ふと気がついて、持ってきたバックを開く。
姉 それから…ちょっと待ってて。良いものが届いたんだよ。次回作のネタに
なりそうだから…。
姉、得意気な笑顔で、ブリキの缶を取り出す。
姉 じゃぁぁぁん。
妹 何それ。
姉 タイムカプセル。家が有った場所から掘り出された。
妹 タイムカプセル?
姉 父さんが、洋海が生まれたのを記念して庭に埋めたもの。かさ上げ工事を
するときに、出てきたんだって。文化財室に届いたし、名前も書いてあっ
たから、もらって来た。
妹 本当に家のなの。
姉 間違いないよ。名前も書いてるし、ほら。
姉、缶の表を見せる。
妹 本当だ。名前も書いてるし、姉ちゃんの好きだったセーラームーンのシー
ルが貼ってある。それも、マーキュリー!
姉、缶を開ける。
姉 この缶ね、ビニルでしっかり包まれていたから、中にも水が入らなかった
らしいよ。
姉、パカッと缶のふたを開ける。
姉、缶の中を覗き込み、一つ頷く。
姉 やっぱりね。
妹 何が入ってるの。
姉 ビデオテープだよ。
妹 ビデオテープ?
姉 たぶん、お母さんが映ってる。
妹 姉ちゃん知ってたの。
姉 埋めた後に、内緒だって言いながら父さんが何度も教えてくれたから。
ビデオテープ、それもVHSだと言うことまで見越して…。
姉、もうひとつの大きなバックから、ビデオデッキを取り出す。
妹 用意周到。
姉 任せて。
姉、コードでビデオデッキとテレビをつなぎながら話す。
妹 良く、ビデオデッキが有ったね。
姉 ふふぅん。
妹 ビデオデッキってもう既に骨董品なのに…。
姉 だからこそ、文化財室にあったって言うこと…。
妹 流石ね。
姉 つながった、かけるよ。
妹 うん。
姉、ビデオテープをデッキの中に入れると、デッキが動き始める。
テレビの映像が流れ始める。
テレビの中の映像には姉と同じ人部とが映し出されている。
妹 あっ。母さんだ。
姉 そうだね。
妹 姉ちゃんとそっくり。
姉 今の私と同じくらいの年だもん。
テレビの中の人物は、小さい子と一緒だ。テレビの中の人物のおなかは、こんもりと膨れている。
妹 あっ姉ちゃんだ。
姉 おなかには、あんたもいるね。
テレビの中の女性は、カメラに向かって話し始める。
女性 どうして、こんなことをするのよ。はずかしいわよ。…仕方ないわね。
咳払いをする。
女性 大きくなった、碧(ちゃん)それから、洋海(ひろみ)ちゃん。洋海く
んかもね。お父さんが、碧ちゃんがお嫁に行くときに披露宴で流すんだと
言って、このビデオを撮っています。
妹 男でもひろみだったんだ。
映像の女性は話し続ける。
女性 碧の結婚式の設定だったよね。とりあえずおめでとう。今日は私の思う
幸せの形について話をするね。結婚は、幸せの形の一つだけど、結婚が幸
せの全てでは無いと思うの。きちんと仕事を持って生活ができることも幸
せの一つの形、夢に向かって走り続けることも幸せの形の一つ。
でもね、一番大事なことは、自分の傍にいる人を全力で幸せにしてあげ
ようと毎日一生懸命に暮らせば、自然と自分も幸せになれるってこと。それこそが、ずっと幸せでいられる秘訣かな?
妹 お母さん、隣の部屋であたしたちのことを見てるんじゃない。
姉 このコメントを聞いてると、そう思えるよね。
女性 そして、今の幸せのために、過去を忘れることも大事なことかもしれな
い。隣にいる誰かのために、お母さんお父さんを忘れることも、次の幸せ
をつかむために大切なことかもしれない。あなたたちの幸せのためなら、
私たちは忘れられても構わない。今の幸せを大切にしてください。
…ちょっと、カッコつけすぎかな…。
テレビの画像が消える。
妹 お母さん、そんなこと言わないでよ。
姉 なんだか、未来が見えているような話しぶりだったね。
妹 あたしは、あたしは、母さんと父さんのこと、絶対忘れないよ。
姉 忘れるってすごく悲しいことだけど、忘れるから生きていけるっていうこ
ともあるんだね。お母さんのことば、心に刻もうね。
妹、泣きじゃくりながら、小さく一つ頷く。
姉は妹を抱きかかえるように、ゆっくりと立ち上がると、語りかけるように話し始める。
二人 私たちのこの生活は
二〇二〇年の東京オリンピックが来るまで
何ら変わりはありません。
いえ、東京オリンピックがあったとしても
何ら変わりません。
ただ、ずるずると
ずるずると
床板が腐り
自分が立っている場所が不安定になるのを受け入れて
だた、ずるずると
ずるずると
年月が過ぎ
私たちに残された未来の時間が
短くなって行くだけ
私たちがたどり着いた結末
生まれるということは、ここに生をうけただけのこと
生きるというころは、怠惰な二十四時間というロットの繰り返し
人が生まれ
人が生きるということには
何の理由も無いということ
その価値は…後からつけたされたもの
そのつけたされたものは
何かのつながりから
父さんから
母さんから
関わった多くの人たちと
つながってるということ
怠惰な毎日でも
つながりがあるからこそ
明日が見えてくる
そんな毎日でも
とりあえず
明日を信じてみよう
明日こそはという思いさえあれば
明日を生き抜くことができるから
そのために、忘れよう
忘れてはいけないこともあるけれど
自分たちが生きて行くために
大切なものを忘れよう
忘却は
繰り返す平行線の輪廻を断ち切って
前に進める新しい螺旋を
つくることになるから
二人の姉妹は笑顔で明日を見据える。
二人はシルエットで包まれた後、青い暗闇の中に溶けて行く。
終 幕
炬燵の上にノートパソコンが一台開きっぱなしのままになってる。
妹、炬燵に潜りこむようにして眠っている。
そこへ、姉の声が聞こえる。
姉 居る?
妹 ……。
姉 居るよね。雑誌買ってきたよ。…あいたっ。
ずぼっという、変にこもった音が聞こえる。
炬燵の中の妹が、むっくりと体を起こし、台所の方に向かって話す。
妹 どうしたの。
姉、台所の方から声をかける。
姉 とうとうやってしまいました。腐った床板を踏み抜いてしまいました。
はははは。
妹 姉ちゃん。良いの壊したのに…。
姉 良いの、良いの。壊そうと思って壊したんじゃないから。
姉、コンビニの袋と小さなかばんと重そうな大きなバックを抱えて現れる。
姉、コンビニの袋から雑誌を取り出す。
姉 そりゃぁ、二年のつもりで建てている仮設に、四年も住んでれば、床も腐
るわ。住民生活課に言って、直してもらうよ。でも、良いのこれくらい。
あれれっ。血が出てるわ。でも、まっ、良いか。はははは。
妹 テンション高いよ。
姉 いいの。これでテンションあげないで、いつテンションあげろって言うの。
妹 大丈夫?
姉 これで、掲載五本目だよ。作家先生、凄いよ。よくやった。よしよし。
姉、妹の頭をぐしゃぐしゃにして撫でる。
妹 凄くないよ。
姉 凄いよ。全国紙だよ。それも賞金は今までの最高!
妹 五万でしょう。
姉 五万だよ!
妹 今までのところ、二千円、五千円、五千円、一万円。
姉 そして、今回遂に五万円!やったじゃない。もう、作家じゃない!
妹 年収七万二千円。これで作家なんて恥ずかしくて言えないでしょう。
姉 でも、被災地の誇りよ。何もない町で全国誌に掲載される作家がいるなん
て。
妹 でも佳作だし。
姉 着々と印税生活が近づいているねぇ。
妹 姉ちゃんは前向きだねぇ。
姉 ゼロじゃないんだから。自信もってよ!
妹 姉ちゃんが一番うれしそう。
姉 そりゃぁそうよ。あなたの才能を見出したプロデューサーは私なんだから。
姉、ふと気がついて、持ってきたバックを開く。
姉 それから…ちょっと待ってて。良いものが届いたんだよ。次回作のネタに
なりそうだから…。
姉、得意気な笑顔で、ブリキの缶を取り出す。
姉 じゃぁぁぁん。
妹 何それ。
姉 タイムカプセル。家が有った場所から掘り出された。
妹 タイムカプセル?
姉 父さんが、洋海が生まれたのを記念して庭に埋めたもの。かさ上げ工事を
するときに、出てきたんだって。文化財室に届いたし、名前も書いてあっ
たから、もらって来た。
妹 本当に家のなの。
姉 間違いないよ。名前も書いてるし、ほら。
姉、缶の表を見せる。
妹 本当だ。名前も書いてるし、姉ちゃんの好きだったセーラームーンのシー
ルが貼ってある。それも、マーキュリー!
姉、缶を開ける。
姉 この缶ね、ビニルでしっかり包まれていたから、中にも水が入らなかった
らしいよ。
姉、パカッと缶のふたを開ける。
姉、缶の中を覗き込み、一つ頷く。
姉 やっぱりね。
妹 何が入ってるの。
姉 ビデオテープだよ。
妹 ビデオテープ?
姉 たぶん、お母さんが映ってる。
妹 姉ちゃん知ってたの。
姉 埋めた後に、内緒だって言いながら父さんが何度も教えてくれたから。
ビデオテープ、それもVHSだと言うことまで見越して…。
姉、もうひとつの大きなバックから、ビデオデッキを取り出す。
妹 用意周到。
姉 任せて。
姉、コードでビデオデッキとテレビをつなぎながら話す。
妹 良く、ビデオデッキが有ったね。
姉 ふふぅん。
妹 ビデオデッキってもう既に骨董品なのに…。
姉 だからこそ、文化財室にあったって言うこと…。
妹 流石ね。
姉 つながった、かけるよ。
妹 うん。
姉、ビデオテープをデッキの中に入れると、デッキが動き始める。
テレビの映像が流れ始める。
テレビの中の映像には姉と同じ人部とが映し出されている。
妹 あっ。母さんだ。
姉 そうだね。
妹 姉ちゃんとそっくり。
姉 今の私と同じくらいの年だもん。
テレビの中の人物は、小さい子と一緒だ。テレビの中の人物のおなかは、こんもりと膨れている。
妹 あっ姉ちゃんだ。
姉 おなかには、あんたもいるね。
テレビの中の女性は、カメラに向かって話し始める。
女性 どうして、こんなことをするのよ。はずかしいわよ。…仕方ないわね。
咳払いをする。
女性 大きくなった、碧(ちゃん)それから、洋海(ひろみ)ちゃん。洋海く
んかもね。お父さんが、碧ちゃんがお嫁に行くときに披露宴で流すんだと
言って、このビデオを撮っています。
妹 男でもひろみだったんだ。
映像の女性は話し続ける。
女性 碧の結婚式の設定だったよね。とりあえずおめでとう。今日は私の思う
幸せの形について話をするね。結婚は、幸せの形の一つだけど、結婚が幸
せの全てでは無いと思うの。きちんと仕事を持って生活ができることも幸
せの一つの形、夢に向かって走り続けることも幸せの形の一つ。
でもね、一番大事なことは、自分の傍にいる人を全力で幸せにしてあげ
ようと毎日一生懸命に暮らせば、自然と自分も幸せになれるってこと。それこそが、ずっと幸せでいられる秘訣かな?
妹 お母さん、隣の部屋であたしたちのことを見てるんじゃない。
姉 このコメントを聞いてると、そう思えるよね。
女性 そして、今の幸せのために、過去を忘れることも大事なことかもしれな
い。隣にいる誰かのために、お母さんお父さんを忘れることも、次の幸せ
をつかむために大切なことかもしれない。あなたたちの幸せのためなら、
私たちは忘れられても構わない。今の幸せを大切にしてください。
…ちょっと、カッコつけすぎかな…。
テレビの画像が消える。
妹 お母さん、そんなこと言わないでよ。
姉 なんだか、未来が見えているような話しぶりだったね。
妹 あたしは、あたしは、母さんと父さんのこと、絶対忘れないよ。
姉 忘れるってすごく悲しいことだけど、忘れるから生きていけるっていうこ
ともあるんだね。お母さんのことば、心に刻もうね。
妹、泣きじゃくりながら、小さく一つ頷く。
姉は妹を抱きかかえるように、ゆっくりと立ち上がると、語りかけるように話し始める。
二人 私たちのこの生活は
二〇二〇年の東京オリンピックが来るまで
何ら変わりはありません。
いえ、東京オリンピックがあったとしても
何ら変わりません。
ただ、ずるずると
ずるずると
床板が腐り
自分が立っている場所が不安定になるのを受け入れて
だた、ずるずると
ずるずると
年月が過ぎ
私たちに残された未来の時間が
短くなって行くだけ
私たちがたどり着いた結末
生まれるということは、ここに生をうけただけのこと
生きるというころは、怠惰な二十四時間というロットの繰り返し
人が生まれ
人が生きるということには
何の理由も無いということ
その価値は…後からつけたされたもの
そのつけたされたものは
何かのつながりから
父さんから
母さんから
関わった多くの人たちと
つながってるということ
怠惰な毎日でも
つながりがあるからこそ
明日が見えてくる
そんな毎日でも
とりあえず
明日を信じてみよう
明日こそはという思いさえあれば
明日を生き抜くことができるから
そのために、忘れよう
忘れてはいけないこともあるけれど
自分たちが生きて行くために
大切なものを忘れよう
忘却は
繰り返す平行線の輪廻を断ち切って
前に進める新しい螺旋を
つくることになるから
二人の姉妹は笑顔で明日を見据える。
二人はシルエットで包まれた後、青い暗闇の中に溶けて行く。
終 幕