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引越しいたします。

ニューヨークタイムス ハワード・フレンチのコルラレポート。中国、ウイグル自治区

2005-12-22 22:09:37 | ニュース
梶ピエール先生から情報をいただきました。

インターナショナルヘラルドトリビューン 12月20日 
http://www.iht.com/articles/2005/12/20/news/china.php
NYT
http://www.nytimes.com/2005/12/20/international/asia/20oasis.html
フレンチ記者のブログ
http://www.howardwfrench.com/archives/2005/12/20/korla_journal_a_remote_boomtown_where_mainly_newcomers_benefit/
25年前のNHKシルクロードでは南疆鉄道の終点であった町、コルラをNYT上海支局長ハワード・フレンチが訪れ、記事を書いている。

コルラのナイトクラブですって
korla_nc_nyt051220

いまだ、外で待たなければならないコルラの空港で変化の到来は「ペトロリアム(石油)ホテル」と書いた大きな看板でわかる。
タクラマカン砂漠の端の町は石油ブームで湧いている。夜には砂漠をに走る道で油田の炎が地平線上の四方八方で輝く。日中は中国沿岸部の投資家所有の農場で綿花や果物を積む何千もの日雇いの漢族労働者が列車を降りてくる。
中国は石油とガス資源に底知れぬ渇望を持つ、今日の新疆はそれらを生み出すだけでなく、カザフスタンからのエネルギー輸入のパイプラインの最も好まれるルートとなっている。
新疆は中国最大の州であり、最も多い少数民族ムスリム人口の本拠地であるがゆえにそこでおこることは中国の将来の安定を決定づける。チベットと共に中国に併合されたのは近い過去であるのでウイグル人とカザフ人は独立を切望してまた散発的にテロにかかわった。
北京政府は分離主義者に厳しく取りしまり、宗教学校禁止。しかし今は経済成長がそのコントロールを堅固なものにする一番良い方法だと賭けているように見える。
天然ガスはこの5年で産出が2倍、石油生産も増えている。ほとんどが中国東部出身の政府のリーダーと実業家たちは自治区内の新石油資源の発見に継ぐ発見で確信している。高圧バルブと油田設備を中国の会社に売るルイジアナ出身のセールスマンは熱狂している。海外からのオイルマン以上に石油産業の成長は上海や温州から来た実業家をひきつける。すでに富裕になっているものもいるし、15年かかって富裕になった人もいる。石油産業の発展でコルラの繁華街は小さなデパートやショッピングモールから日没後ネオンを浴びるナイトクラブの地区までに影響を与えている。
地区共産党幹部が言うには1990年代には遅れた10万の人口の都市だったが、今では42万人に膨れ上がり一年に2万人づつ人口が増えている。
しかしコルラの問題は少数民族が脇に追いやられていることだ。繁華街にはウイグル人の店はほとんどなく、ウイグル人は川向こうの旧市街にいる。ウイグル人はウイグル人同士で商売をし、タリム盆地の石油企業にはほとんどいない。
ある繁華街から川向こうの寒い野外マーケットの理髪店で、3人のウイグル人が石炭ストーブのそばに座っていた。
「私はウルムチの大学で学んだ。」「3年間機械工学を専攻した。」とウイグル人の理髪師が言った「しかし石油産業で職が見つからない。技能があるのに職がない。」

感想。
突っ込みが甘い、何か中途半端な印象をこの記事からは受ける。ウイグル人がなぜ石油企業の恩恵を受けられないのか?短い記事であるにしろ調べた感じがない。最後はウイグル人の言葉を入れているものの尻切れトンボに終わっていると思う。
民考漢教育を受け、中国語を習得しているウイグル人も多いのになぜ、ウイグル人の私営企業や個体戸が存在しえないのか、フレンチ記者は調査する必要があるだろう。
また、コルラといえば先日ウイグル人副市長の自殺?という事件があったばかりだ。なぜその事件に触れないのであろうか?アメリカ人を取材したりナイトクラブでロシアのお姉ちゃんを撮影するひまがあったら共産党幹部に事件について直撃すればよいのに。
上海では、中国の教科書に批判的な記事を書いたフレンチ記者だったが新疆での取材はここまでが限界なのだろうか?



新シルクロード 第5巻 千年の路地に詩が流れる ディレクター国分拓氏

2005-12-18 23:07:03 | テレビ番組

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先週日曜日、鳴り物入りで始まったNHKスペシャル新シルクロードは最終回の西安「千年の都」で放送終了した。

このシリーズ、特に当ブログにも関連しているウイグル族の今を主題とした、先月放送の第9集 「カシュガル、千年の路地に詩が流れる。」が話題を呼んだ。その取材記を記録したシリーズ第5巻が発売された。カシュガル取材記の執筆担当はNHKディレクター 国分 拓 氏である。いとこ(というか彼から見れば大叔父に当たるんじゃ?)の人のブログによれば仙台一高から早稲田を出てNHK。40台には見えないそうである。

当初の「英雄たちのグレートゲーム」の企画がなぜ変更されたのかは定かではなかった。取材記は北京からカシュガルに向かう飛行機の情景ではじまる。
飛行機内はほとんどが漢人、わずかに途中からウイグル人のビジネスマンがのってくる。そしてカシュガルにつけばスローガンの氾濫、「新疆は中国一」といった官製の歌がバザールまでにあふれる。
バザールにいる少年たち(ウイグル族)にあこがれの人物を聞くとNBAバスケット選手姚明とか宇宙飛行士の名前を挙げるという。ウイグル族ではと尋ねると、町のおじさんの名前があげられる。
「西部大開発」が現地の人々に恩恵をもたらさないであろうということは、中国の知識人には「常識」なのだそうだ、NHKにしてはかなり大胆な言い方だ。ちょっと驚き。
ディレクターは今回のテーマをカシュガル観光でも政治でもなく、単に今のカシュガルとウイグル族を見つめようということになり、ウイグル人の居住区で観光地化されてしまっている、チャサー老城の取材となる。当局は取材規制はかなりきびしいがどういうわけか、スムーズに通ったらしい。
老城でのパン職人の弟子の少年、パン売りの少年、そしていまは尊敬の称であるアクサカルと呼ばれるようになっている駄菓子売りの老人。
その内容は放映のとおり。
後日談として、アクサカルの老人は街の人から「漢人と仲良くするな」と言われ、2度目の取材は不可能となった。また、当局は職人見習や、パン売りの少年たちは「就学していない」ということであれ以上の深い取材は出来なかったらしい。

ウイグル人の歴史も多く取り上げられていた。もちろん古代遊牧帝国ウイグルの成立からその西遷、そして現在のウイグル族が彼ら自身の手による建国と信じるカラハン朝の記述もある。そのカラハン朝が西遼の支配下とされてからは「ウイグル族」は現在までに「大きな勢力のもとにずっと従ってきた。」という解釈であった。
残念ながら、その独自の高度な言語、精神文化(トルコ語集成や福楽智恵)については言及されなかった。
「東トルキスタン共和国」の成立もわずかではあるが言及されている。驚いたことにETICのホームページを写した写真もあった。urlこそ記載されてはいなかったが。
また、自治区成立のモニュメントの写真もある。

国分氏が取材対象にしようとしていた一つにテレビ工場がある。それはうちでも以前取り上げたのだが、従業員の30%がウイグル族ということで中国にとっても,
よい宣伝材料であると思われた。ところが直前になってカメラ取材を拒否されたということである。その理由は不明だったが、噂によるとその工場は受注生産制を取っているのだが、実際は工場の注文が少なくカメラを入れるとそれが暴露されてしまうと言う理由ではないかということであった。

ほとんど期待されていなかった、ウイグル人一般の実態を映し出しただけでもNHK国分ディレクターはよい仕事をしたといえるのではないか。彼が先輩の秦正純ディレクター、あるいは安出光伸氏(まだNHKにいるのか?)を意識しているのかはわからない。ぜひ先輩たちの新疆でのよい仕事を受け継いでほしいものである。しかしまた現地のウイグル族が虐げられ、抑圧されている「だけ」だ。というのもある意味うがちすぎている見方かも知れない。最近のエコノミストの記事を見てもそう思える。状況はかなり複雑である、中国のやり方というのが巧妙すぎるからなのか。ウイグル族はじめ各民族の精神、文化を尊重すること。それはウイグル族がムスリムであるがために政治と結びつき限界が現れてくる、その反動としての「厳打」弾圧、そして経済発展にウイグル族ムスリムを参加させる為の費考通の「中華民族」の創造、それは成功しつつあるのか?
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ウルムチ公安(307分室か?)レビヤ・カディールの経営企業の従業員を解放。

2005-12-17 23:57:18 | ニュース
12月16日 ラジオフリーアジア
中国当局はウイグル人反体制運動家レビヤ・カディールさん経営の企業で働いていたの二人の職員を告訴無しの7ヶ月の拘束から解放した。
会社の秘書、ラウジ・ママトとカディールの前のアシスタント、アイシャム・ケリムは12月14日に解放され、帰宅を許された。カディールさんはRFAのウイグル語サービスに述べた。
2人は5月11日に逮捕され、「両人ともやせて骨と皮です。」自身監獄で5年半を過し、この3月にアメリカに亡命したカディールさんはインタビューで述べた目撃者の話によるとアイシャム・ケリムは7歳の幼児の母であり官憲に髪をつかまれ、警察の車に押し込められていった。
特にアイシャム・ケリムです。彼女は足まで髪を伸ばしていたのに、今彼女は毛を刈り取られた羊のようです。」
新疆イグル自治区ウルムチの中国警察当局は何の説明もなしに彼らを解放した。
3月11日中国当局はカディールさんの会社事務所に急襲捜索をかけ、2人を逮捕した。
その二日後3月13日に100人以上の捜査員が会社を急襲し、15袋一杯の書類を押収していったと、目撃者の話としてヒューマンライツウォッチが伝えた。
他の筋によると警察は会社の金庫から35000元の現金を、税金詐欺の疑いと言いながら押収した。
5月にはカディールさんの夫、ヴァージニア在住のサディク・ハジ・ラウジ氏は「二人は政治に興味を持っていない。」と説明した。

(後略)

中国公安のやり口はやはり嫌がらせ以外の何者でもなかったようである。
こんな逮捕理由をうそぶいていたが、



レビヤ・カディール 米議員を前に証言

2005-12-15 23:40:00 | ニュース
イスラムオンライン カタール 12月15日

ウイグル系アメリカ人協会の告知にもあったように、アメリカ合衆国議員が参加しての議会人権コーカスが行われた。

参加者はレビヤ・カディールさん

アメリカ民主主義基金(NED)代表、アムネスティインターナショナルのT.Kumar氏、ヒューマンライツウォッチ代表、トム・ラントス議員、フランク・ウルフ議員など。

「真実は中国政府は対テロ戦争をウイグル人迫害の正当化に使うだろうと言う事である。」

「今日、さらには私たちの文化、歴史、言語、固有で独自の人民としての生き残りは北京政府の容赦のない政策のもとで直接的な危機に瀕している.」

レビヤさんは人々に訴えかけた。

T.Kumar氏はブッシュ大統領に2008年オリンピックを決められた期限として中国政府にウイグル人政治犯の処刑をやめさせるように訴えかけ、レビヤさんを来年早くの胡錦涛のワシントン訪問前にホワイトハウスに招待するべきだと主張した。

中国外交部報道官秦剛が脊髄反射的に抗議してきた。なぜか北朝鮮が報道(笑い)
http://story.northkoreatimes.com/p.x/ct/9/cid/4a8b544d0e80ba53/id/e3e281140d35c820/


グアンタナモ基地のウイグル人収容者の2人が解放か?

2005-12-14 23:40:02 | ニュース
フォーブス AP 12月13日
ボストン・グローブ 12月13日
ワシントンポスト 12月12日

アメリカ、ワシントンDC裁判所のJ・Robertson判事は2人のグアンタナモ基地に収容されているウイグル人の解放を考慮し始めたようである。2週間以内に決定をおこなうという。
以前のエントリーでグアンタナモ基地に約20人のウイグル人収容者がいることを述べた、その内2人が基地内でも、より自由なキャンプイグアナに移送されている。その二人の話である。
ブッシュ政権は2人の受け入れ先の外国を探している
Abu Bakker Qassim と A'Del Abdu al-Hakim の弁護士は彼らの4年間の拘束に異議申し立てをしている。
弁護士のSusan Baker Manningはアメリカブッシュ政権は2人のウイグル人の難民受け入れを対中関係をはばかって拒否しているのではないかと推測する。
政府の弁護士は2人のウイグル人がアメリカ本土の土を踏んだときに難民申請をすることを心配しているが、ウイグル人のもう1人の弁護士Sabin Willettによれば、すでに2人のウイグル人はワシントン地域の小さなウイグル人社会に仮「保釈」することをを申請しているのだという。
政府がなかなか彼らに対する方針を決定しないことに不満なRobertson裁判官は3つの選択肢を提示。2人のウイグル人の要求を拒否して上級審へいかせる、即時釈放の為のヒアリングに出頭することを命令する、政府に即時釈放を命じ「何が起こって政府がどう反応するのかを見る。」
ブッシュ政権は他の国への移送の第一歩としての、国連人権委員会の調査官と2人の面会を「法的根拠がない。」と拒否
彼ら2人は2001年にパキスタン、トラボラ地区の軍事訓練施設に逃げているところを拘束された。アメリカへの悪意を否定している。
Hakimは中国が彼らをグアンタナモで尋問しようとしたといった、パキスタンは彼らを中国でなく、アメリカに引き渡してラッキーだった、と言う。
ワシントンに本拠を置く国際ウイグル人権民主基金(いつ設立されたんだろ!)会長のレビヤ・カディールさんは11日のこの問題の聴聞会で2人に職と住居を懇願したという。
3つの新聞の報道を見ると裁判官は「釈放」に向かっていると言えそうだ。
しかし、状況はまだ予断を許さない。解放が認められた場合、これがはじめてのグアンタナモ基地からのアフガン戦争の収容者の解放となる。500人の収容者のうち150の訴訟が起こされているという。また、2人以外のウイグル人については何の報道もない。