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引越しいたします。

ベルリン映画祭 監督賞はグアンタナモへの道 The road to Guantanamo

2006-02-23 23:20:09 | ニュース

世界の「火種」に迫り注目・ベルリン映画祭
日本経済新聞2月18日
http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?i=2006021802222ea

 【ベルリン=菅野幹雄】開催中のベルリン国際映画祭で、米軍のテロ容疑者収容所やイランなど国際社会で関心の的となる場所を描く映画が注目を集めている。コンペティション部門の英国映画「グアンタナモへの道」はキューバの米軍基地にテロ容疑で拘束された若者の証言から過酷な拷問などを再現。人権軽視への批判が強い地元観客から盛大な喝采を浴びた。

結果は次のサイトのとおり。
http://movies.yahoo.co.jp/m2?ty=nd&id=20060220-00000007-flix-ent

グアンタナモ基地にはウイグル人もどさくさにまぎれて拘束されて送りつけられたようである。
関連エントリー
http://blog.goo.ne.jp/kokkok2014/d/20051224

http://blog.goo.ne.jp/kokkok2014/d/20051214

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バロチスタン、中国人技術者殺害事件とムシャラフパキスタン大統領の訪中

2006-02-20 22:25:08 | ニュース

中国人技術者ら4人パキスタンで殺害

日本経済新聞 2月16日
 【北京=桃井裕理】新華社によると、パキスタン南西部バルチスタン州で15日、セメント工場の中国人技師らが乗った車が反政府組織の銃撃を受け、中国人3人とパキスタン人運転手の計4人が死亡した。19日から予定されているパキスタンのムシャラフ大統領の訪中阻止を狙ったとの見方もあるが、大統領の訪中予定に変更は無いという。
 天然資源収入の地元還元を求めている反政府組織「バルチ解放軍」が同日、犯行声明を発表した。同組織は2004年5月にも中国人技術者3人を殺害している。中国の胡錦濤国家主席は15日夜、中国外務省に犯人の逮捕と在パキスタン中国人の安全確保をパキスタン政府に求めるよう指示を出した。
 ムシャラフ大統領は北京で胡国家主席らと会談する。会談では資源エネルギー分野や貿易面に加え、中国からパキスタンへの武器売却拡大を含む協力関係の強化について協議する見通し。

被害者の遺骸はウルムチ空港に無言の帰国
http://www.asahi.com/international/jinmin/TKY200602180247.html
この朝日の報道ではまったくわからないが、パキスタン空軍がわざわざ軍用機c-130を出して遺体を搬送。その責任者たる政府関係者とはなんとパキスタン内務大臣そしてその棺には中国国旗が、まるで軍人が「名誉の戦死」を遂げたような扱いである。
パキスタンの中国に対する気の使いようがわかる。

http://www.paktribune.com/news/index.php?id=134572

着々とすすむ東トルキスタン包囲網。

Pakistanmap バロチスタンという地域についてはぜんぜん知らなかった。聞けばあのグアダル港がバロチスタンに属するという。グアダル港とはアレキサンダーの時代にも記述が現れる古来よりの天然の良港であったが18世紀にオマーン領になり、その後オマーン、当時のパキスタンの宗主国だった英国の意向でパキスタン領に戻った。オマーン時代は自由港で栄えていたが、パキスタンに戻った時には単なる田舎の港になり寂れてしまった。そしていまその整備をパキスタンに援助しているのが中国である。
アラビア海に面するグワダル港と新疆ウイグル自治区が結ばれれば中国のインド洋えの外港が出現することになる。
前に悪口を何回か言った宮崎正弘先生の情報であるが、バロチスタンにはバロチスタン解放軍、バロチスタン解放前線、バロチスタン人民解放軍、の三つの組織があって以前にも中国人襲撃殺害事件を起こしているという。
そこで、バロチスタンのゲリラ勢力を支援しているのがイラン、インドとパキスタンは考えるがその中には……、まあ宮崎先生の言うことですから。
田中ウーさん
http://tanakanews.com/b0612uschina.htm
宮崎先生
http://www.melma.com/backnumber_45206_1459633/


パキスタンと新疆国境では昨年9月にウイグル難民が虐殺されたという報告が押田さんのブログなどでレポートされていたが報道としてはまったく伝わらなかった。

中パ首脳会談では経済協力、パキスタンのSCO加盟の促進とうが議題に上がって終始成功にいたったようだ。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060220AT2M2001320022006.html
また、気になる情報も
パキスタン軍が6個旅団でバロチスタン解放軍と交戦中という情報がワシントンポストに載った。
http://www.dailytimes.com.pk/default.asp?page=2006%5C02%5C17%5Cstory_17-2-2006_pg7_50

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ムハンマド風刺画と中国のイスラム教徒 NYTの取材

2006-02-19 21:53:52 | ニュース

http://www.nytimes.com/2006/02/19/weekinreview/19yardley.html?_r=1&oref=slogin
中国のイスラム教徒の見物人としての役割
2月19日ジム・ヤードリー記者 ザ・ニューヨークタイムス(登録必要)
中国甘粛省臨夏回族自治州 臨夏

Linxiast 宗教は往々にして中国では隠蔽されている、ゆえにリトルメッカとして知られるこの都市でイスラムの公然と目につくことは特に印象的である。男性は白い帽子をかぶり口ひげを生やす。女性たちはヘッドスカーフを着る。ミナレットが大きなモスクからそそり立つ。本屋ではアラビア語のコーランと宗教研究ガイドが売られる。

2100万人のイスラム信奉者がいることが思いだされる、中国にはヨーロッパやはたまたイラクと大体同じ数のムスリムがいる。しかし古代シルクロードに沿っているこの孤立した地域の開放度は中国のムスリムが大イスラム世界を騒然とさせているあの抵抗運動と影響の大きい論争の説教的参加者であることを意味しない。この地域においてそれは不可視である。

預言者ムハンマドを描いたデンマークの風刺画に対しての怒りと暴力が先週からイスラム諸国を引き裂いている問題のことである。ここ臨夏には80以上のモスクがある、風刺画についてのニュースはあっという間に伝わった。地域の宗教局もまたすばやく動いた。地域のムスリムは官員がイマームを訪れ、信奉者を扇動することのないよう警告した。

同じことが2003年、2,3の抵抗運動がアメリカのイラク侵略に向かっておこった。イスラムを統制する準行政機関の中国イスラム協会は、すばやく介入し抵抗運動を止めさせた。

多くの中国ムスリムには警告はまったくいらない。1300万人いても中国は巨大でありムスリムが構成するのは小さな少数派であって、多くのムスリムは直感的に静かにしていることを学んでいる。

「私たちは内輪だけでそのことについて話すことができる。」ムスリムの書店で一人の店主は言った。「しかし中国には法がある。私たちはそれらのムスリム世界を狼狽させる話を声高に話すことは許されてはいない。」

自由な言論への制限と同様に、政府の宗教に対する厳しい規定は中国本土のムスリムを香港在住の彼らの仲間をも切り離す、より大きな市民の自由を謳歌する香港では金曜日(17日)にあの風刺画に対する抵抗運動が行なわれた。

人権団体は中国においての宗教的自由の欠如を長い間批判してきた、そして地下カトリックやチベット仏教徒やウイグル人に対する厳しい扱いを強調してきた。しかし(ウイグル人以外の)もう一つの中国ムスリムグループはウイグル人を援助することを期待されてきたが、ほとんどそうはしてこなかった。

中国ムスリムのトップ研究者である、ドルゥー・C・グラドニーは中国の10のムスリム国民は、彼らがイスラムが侮辱される問題だと感じたときだけに共通の大義を見いだす、と言った。ときおり違った派閥内の議論は暴力で終わる。グラドニー氏は最大の集団、回族はあるウイグル人は他の中国ムスリムに悪名を与える非愛国的分離主義者であるとみなしている、と言った。彼は言う、回族は宗教的熱狂の上に現実主義を置き、社会にうまく溶け込んでいき、彼らが中国に1300年前から存在しているのにもかかわらず、外国にいる移住者グループとしての低い地位を採用しているのだと。
「彼ら回族は国際的なイスラムの摩擦に過度にかかわろうとしない傾向をもっている。」ハワイ大学のアジア研究の教授であるグラドニー氏は言った。
「彼らは過激派ムスリムであるとの烙印を押されたくないのである。」
しかし中国ムスリムは完全に全体主義支配に飼いならされているとは考えられるべきではない。17世紀からイスラム教徒は貿易ルートに沿って中国に到来してきており、周期的にムスリム反乱を起こした。中国共産党の下、多くは国際問題からは封じ込められたものの、ムスリムの怒りは地域限定的な侮蔑に対して勃発した。

大規模な抵抗運動が1989年に起こった。ムスリムはミナレットを陰茎の象徴に見たて、メッカへの巡礼を乱交パーティにたとえた本を非難しながら街に繰り出した。政府官員は抵抗運動を許し、即座にその本を発禁にして焼却処分にさえした。
http://blog.goo.ne.jp/kokkok2014/d/20060205参照

2,3年前何千人のムスリムが河南省であるモスクのドアに豚の頭が釘付けられたあとに多くの都市で抗議をした。そして昨年、全中国中部から回族が交通の争いにかかわった一人のムスリムの助けに突入した後に暴動が勃発した。

臨夏のmayanzhangイスラム学校学習監督のMa Huiyun40歳はあの風刺画は彼や他の、地域のムスリムを激昂させた、と言った。「しかし私たちは政府と協力しなければならない。」「政府は平穏にするように要請した。彼らは政府が我々の代わりに我々の不幸を表明すると言った。」

Ma氏は中国のムスリムは中東のイスラムの中心地とより深い絆を望んでいる。彼の学校はいま2台のコンピュータを中東やイラク戦争のニュースを得るために持っている。今年、Ma氏はメッカに初めての巡礼に訪れた、そのハッジジ(巡礼)は10000人ほどの中国ムスリムが参加したと見積もられた。政府は中国人ムスリムを中東の大使館と国営企業で現地で仕事をするために雇い始めた。

しかし、多くのこの地域のムスリムは他国のムスリムとの関係を発展させることに障害があることを言及する、その結果としてムスリム中国人は孤立しているという。「外部の世界で私たちについてよく理解がされているとはいえない。」Ma氏は言った。

臨夏はかつて河州として知られていたが、何世紀もイスラムの中心として存在し、宗教的寛容の風土がある。しかしムスリムは中国のどこでも制限に直面している。新疆では、例をあげればムスリムの学校は厳しく監視され限られた数の学生しか許されていない。

多くの同じような社会問題がヨーロッパのイスラム移民の抵抗運動に油を注いでいる。差別、低い教育レベル、高い失業、多数派からの文化的差別、それらが中国でも見られるのである。中国のムスリム人口は安定している、しかし流動する中国人の間ではイスラムは仏教やキリスト教のように人気はない。同化の圧力もまたイスラムを多くの地域で薄めている、自身を豚肉を食べることは慎むが、まれにしかモスクに行かないムスリムだ、という人たちもいる。

臨夏ではそうではない。この街のムスリム学校ではほとんどの学生がいつかはイマームになろうと思う多くの貧しい家庭の出身である。中国でムスリムであるという細心の注意を必要とする課題を水先案内するのは彼らの仕事となるであろう。

「あきらかに、私たちは他の世界のムスリムとは異質である。」この街で一番古いNanguanモスクで教師をするMa Ruxiongは言った。「私たちは街に出て抵抗運動をすることは出来ない。政府からの許可が要る。しかし私たちのできることがある。私たちは世界の全てのムスリムを守ってほしいとアッラーに祈るのである。」

天晴れな奴、NYT。このブログが不思議に思っていたことをしっかり取材してくれているではないか。この17日に香港ではけっこう大きなデモが行なわれたみたいであるがその報道は中国の内地ではまったくされていないのであろう。しかし回族の人々の内なる怒りが伝わってきそうである。1989年の「性風俗」事件初めて実相を知ったがそりゃあないだろう中国人。当時にはインターネットや携帯電話がなくて中国は本当に幸運である。

回族、以前には東干(ドゥンガン)と呼ばれ、甘粛省では多くの軍閥を生み有名なところではBig Horseの異名をとった馬仲英を輩出した。「中国の各地を差別されながら流れていった強い民族」小説の中で作家の胡桃沢耕史氏はそんなようなことを述べていた。かなりの戦闘力を持っていた人たちが今は静かになったようである。

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中国のネット検閲 アメリカ議会公聴会でのトム・ラントス議員の厳しい非難

2006-02-18 22:58:42 | デジタル・インターネット

正義と信念の人 トム・ラントス下院議員「よくもあなたたちは枕を高くして眠れるものだ。」「恥を知れ」"I do not understand how your corporate leadership sleeps at night,"
Tlantos
米国会公聴会でIT各社が窮地に
クリスチャントゥデイ 2月18日(全文引用)

【ワシントンD.C.】中国政府の情報規制政策に加担したとして批判の最中にあるグーグル、ヤフー、マイクロソフト、シスコシステムズ各社は米国会公聴会で、ビジネスと人権についての厳しい質問を浴びせられた。米アジア太平洋国際アムネスティ理事長のT.クマール氏は公聴会で、これら各社の代表らに対し、「実に貧しい人たちだ。彼らは実に苦境に立たされている」と遺憾の意を表した。
 これらIT企業各社は米国会アフリカ、国際人権および国際経営に関する小委員会、アジア太平洋諸問題検討小委員会における公聴会に召集され、そこには公聴席が満席になるほどの人が集まった。およそ7時間に亘るセッションで、IT各社は中国政府の要求に追従していることに対し厳しく追及された。
 カリフォルニア州民主党議員のトム・ラントス氏は、「あなた方の会社によるこの忌まわしい中国政府との共謀活動は不名誉に値することです。私は本当にどうしてあなた方企業トップがこの問題について眠ったままでいられるのか理解ができません」と述べた。
 人権に関する配慮をよそに、これら4社の執行役員は各社の行った活動を擁護し、4社全てが「私たちは地元の法律を遵守しなければならない状況にあり、中国において当社の存在は大きな貢献をもたらしています」と述べた。このような議論がおよそ4時間ほど続いたという。

 この議論からラントス議員はこれら4社の執行役員について、「彼らはこの公聴会で何をしたらよいのかわかっていませんでした」と述べた。

 この公聴会で最も議論が熱くなったのはラントス議員がこれらの会社に対し、「あなた方が中国において行った情報規制政策加担に対して、あなた方の会社はこれを誇りに思っていますか、それとも恥だと思いますか」と質問したときであった。この問いに対する返答は曖昧で、小委員会委員の多くは4社代表らによる返答に納得がいかなかったという。

 国際人権小委員会議長でこの小委員会を招集したクリストファーH.スミス氏は16日、国際オンライン自由法案の導入を検討した。クマール氏によると、この法案はIT会社が政治宗教的意図に基づいた検閲政策に加担するのを規制するのが目的であるという。

 中国政府のメディアに関する情報規制に対して人権団体、宗教解放団体は、表現の自由および少数派宗教信者に対する負の影響を招くとして強い懸念を示している。先月グーグル社による最新の検閲機能つき検索エンジンが立ち上げられたことから、これらIT企業の倫理性について米国中で大きな論議となった。

トム・ラントス氏は1928年2月1日ハンガリー、ブタペスト生まれ。ナチスドイツがハンガリーを占領したときには16歳であった。10代反ナチ地下組織のメンバーとなりその後反共産主義主義学生運動にたつ。
彼はアメリカ議会で史上ただ1人のホロコーストの生き残りである。
アメリカでの奨学金を賞与され、1947年に来米した。シアトルのワシントン大学で経済学の学士および修士号を取りカリフォルニア大学バークレー校で経済学博士号を取得した。

民主党議員カリフォルニア12区選出として議会に入る以前の30年でラントス氏は経済学の教授、公共テレビ放送での国際問題アナリスト、多くの事業のコンサルタントをつとめ、アメリカ上院議員の上級の助言者として勤めた。

1981年に下院議員になって環境保護、エネルギー政策、教育問題に活躍し、1983年にCECC、アメリカ議会人権コーカスをたちあげてその共同議長をずっと務めている。
ラントス議員公式サイトによる。

なぜ、ラントス氏を取り上げたかというとウイグル人人権活動家ラビヤ・カーディルさんの解放に努力しその後も、ずっと相談相手をつとめているからである。(シュピーゲルで紹介された。)ナチホロコーストの生き残りということでラビヤさんには大いに助けになったであろう。もう1人、クマール氏もラビヤさんをよく知る人である。

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さらなるウイグル族への出生抑制策、強制堕胎、不妊手術に発展の可能性も。

2006-02-17 22:29:20 | ニュース

西部のムスリムへのさらなる出生抑制策は人権活動家の悲痛な叫びを起こさせる。

クリストファー ボディーン記者
AP 上海発 韓国Ohmynews
中国の西部ムスリムでのより強い出生率抑制の要求はそのような方法はその地域の先住のウイグル民族により大きな人権の侵害を導くであろうと言う、活動家の抵抗を引き起こしている。

Nb 新疆地区の共産党委員会副書記のNur Bakri(怒爾・白克力)はこの週はじめのスピーチでこの先5年にわたり人口抑制政策が2倍に強化されるであろうと述べた。これらの政策はウイグル人が多数派をしめる傾向にある農業および遊牧地帯に焦点を絞られる、と彼は述べた。
「もし人口規模が抑制されることが可能でなければ、経済発展の結果は人口増加によって相殺されてしまうであろう。」Bakriは人口計画についての月曜日の会議でこう引用した。
1988年よりウイグル人はほとんどの中国の家族に一人の子供しか許さない、厳しい政策の例外として2人から3人の子供を持つことを限定されていた。人権団体はこのような政策は強圧的な人口抑制と往々にして貧困な医療条件のもとでの強制堕胎および不妊を導いたと言ってきた。
新疆の全人口は政府目標に留まってきたがその(人口)増加率は全国で最大であった、とBakriは述べた。その演説の報告を金曜日に公的ウエブサイトのな天山網はつたえた。
「人口の増大はバランスが取れていない。人口増加率は不安定である。」と彼は言う。貧しい農村地域を特に懸念として抽出した。
「私たちはこの地域で政府の努力を強めねばならない。」と彼は言った。

Rebiya_0512dw 亡命したウイグル人活動家ラビヤ・カーディル(レビヤ・カディールRebiya Kadeer)さんは人口抑制政策はすでに新疆において強化され、農村部の女性が特別な注意のために目をつけられるのか、疑問を呈した。
ウイグル人はすでに多数派たる漢族中国人の新疆ウイグル自治区への大規模移住政策および苛酷な政治的、文化的政策によって疎外されつづけてきた、と彼女は述べた。
「これはウイグル人にとって極端に悪い知らせです。とくにウイグルの女性にとって。」カーディルさんはそう文書で言明した。
800万人の人口を持ち、ウイグル人は新疆で最大の民族集団を構成している、しかし彼らはもはや完全な多数派ではない。最近のこの地域での資源およびインフラの発展は更なる漢族中国人の流入を招いてきた、首都ウルムチの増大する人口400万人の多くは漢族である。

ウイグル自治区での生育計画についての東トルキスタン情報センターの主張
http://www.uygur.org//japan/et/2004/0308.htm

人口抑制策を二倍にするとはどういう意味なのであろう?
それにしても先の双語政策でも出てきた、ヌリ・バイケル(?)自治区共産党委員会副書記、経歴によれば共産党中央党校の研究生出身で、めきめき頭角をあらわしたといえるのか、ウルムチ市長などを歴任して2003年に自治区共産党副書記に。まるでゴルゴ13に出てきたアッシジのモデルのようである。(んなことあるわけないか)しかし、ウイグル人出生抑圧政策の実行をウイグル族エリートに語らせるとは、さすが中国「維を以って維を制す」の真骨頂であろう。
このような報道が上海発でなされるなんてAPはすごい。朝日の塚本DVD和人などは氷点編集長か誰かのインタビューをとって悦に入っているのかもしれないが。

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