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ニュースサイト 宮崎信行の国会傍聴記

元日本経済新聞記者の政治ジャーナリスト宮崎信行が3党協議を現地で取材したり国会中継を見たりして雑報を書いています。

岡田克也、「ISILはイスラム教とは全く関係のない宗教の名を借りたテロリストだ」と断言

2015年02月02日 23時27分34秒 | 岡田克也、旅の途中

 「本当に表現のしようがないというか、怒りのやり場がないというか、本当に残念だし、強い怒りを覚えました」

 岡田克也さんが激怒しました。

 岡田克也さんは、平成27年2015年2月2日(月)夜、かつやNEWSなどメッセージを発信し、前日朝(日本時間)のいわゆるイスラム国、ISILによる後藤健二さん殺害事件について、語りました。

 岡田さんは、「志のある有為な人材を失った悲しみ」と「日本人2人を人質にとって、卑劣なやり方で様々な要求をして、最終的には殺してしまったISILに対する怒り」の2つの感情があるとしました。

 そのうえで、「今回のこの事件を教訓として、我々はいろいろなことを学ばなければならないと思います」とし、「海外にいる日本人の安全について、もちろん個人が気を付けることは大前提ですが、政府、外務省もしっかりとやるべきことをやってもらいたい」と述べ、古巣である政府、外務省に意識向上を呼びかけました。

 国内のテロの危険についても、「1つステージが上がった」と語りました。私は岡田さんがそう言うので、私も気を付けることにしました。

 「今回の事件でもアラブの国々の協力をいただいたのですが、そのことに感謝しながら、例えばこの事件がイスラム教やイスラム教徒の皆さんに対する偏見につながっては決してならない」

 としました。

 岡田さんは元資源エネルギー庁石油部職員ですが、岡田さんの国会事務所長は湾岸戦争前のクウェートに留学歴があるアラビア語学科卒業生だし、元私設秘書も、今まさに中東で働いていて先週現地の新聞に載りました。

 そのうえで、岡田さんは、

 「いわゆる「イスラム国」(ISIL)は、イスラム教とは全く関係のない、宗教の名を借りたテロリストである

 と述べ、ISILは、イスラム教徒はまったく関係の無い、その名を借りた偽物だとの認識を示しました。

 岡田さんの激怒にはじめて触れた人は驚くでしょうが、3年に1度くらい、ここぞとばかりに怒ります。

 マックス・ヴェーバーの「職業としての政治」は、すべての人は「武装」する必要があるとしています。それは「どんな挫折にもめげない固い意思」による「武装」だとしています。そして、そのなかで、「現実の世の中がどんなに愚かであり卑俗で」「どんな事態に直面しても、それにもかからず!と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治が天職だ」としいてます。

 その、「言い切る自信」こそが、きょうの岡田さんの「ISILは、イスラム教とは全く関係のない、宗教の名を借りたテロリストである」との言い切る自信、断言なのです。

[ブログ版、岡田かつやTalk-Aboutから全文引用はじめ] 

○日本人人質事件―痛切な悲しみと強い怒り、教訓から学び、検証を

後藤健二さんが過激派テロ組織、いわゆる「イスラム国」(ISIL)によっ
て殺害されたことが、ほぼ確実になりました。この話は、日曜日の早朝に
電話連絡を受けたのですが、本当に表現のしようがないというか、怒りの
やり場がないというか、本当に残念だし、強い怒りを覚えました。

この件について、いろいろなことが言えると思います。まず、後藤さんと
いう非常に立派なジャーナリスト、子どもたちを通じてアラブの国々を世
界中に紹介してくれた有為な人材、志のある人材を失うことになった悲し
み。そして日本人2人を人質にとって、卑劣なやり方で様々な要求をして、
最終的には殺してしまったISILに対する怒り。

今回のこの事件を教訓として、我々はいろいろなことを学ばなければなら
ないと思います。まずISILが言っている我が国、日本人に対する脅し、こ
れを真に受ける必要はありませんが、しかし今回のこの事件を1つの教訓
として、同じことが繰り返されないために、海外にいる日本人の安全につ
いて、もちろん個人が気を付けることは大前提ですが、政府、外務省もし
っかりとやるべきことをやってもらいたいと思います。

国内のテロ発生の危険も、私は今回の事件の結果として、決して今までと
状況は同じではない、1つステージが上がったと思っています。そのため
にも政府に万全を期してもらいたいと思います。

二度とこういった事件が繰り返されないための検証作業も重要です。今ま
で我々民主党は、日本の中でワンボイス、1つの声でISIL側と対応しなけ
ればならないということで、いろいろなことを言わずに、政府の後押しを
してきました。ただ、やはり検証は重要で、これから国会の場などを通じ
て、我々も検証作業をしていきたいと思います。

政府にはいろいろな情報をなるべく公開してもらい、その上で、同じこと
の繰り返しがなされないような、そういった知恵を出していかなければな
らないと思います。

もう1つ懸念していることは、今回の事件でもアラブの国々の協力をいた
だいたのですが、そのことに感謝しながら、例えばこの事件がイスラム教
やイスラム教徒の皆さんに対する偏見につながっては決してならないと思
います。日本にもたくさんのイスラム教の皆さんがおられます。観光客も
来られます。

このいわゆる「イスラム国」(ISIL)は、イスラム教とは全く関係のない、
宗教の名を借りたテロリストであるということはしっかり認識して、対応
していかなければならないと、そのことをあえて申し上げておきたいと思
います。

[全文引用おわり] 

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◎民主党新代表の岡田克也さんは総理大臣になれ 江田五月選挙管理委員長名裁きで「雪辱」

2015年01月20日 15時16分39秒 | 岡田克也、旅の途中

[画像]総理大臣をめざす、岡田克也さん。ファイブ・ミニッツ・民主からスクリーンショット。

 民主党の江田五月中央代表選挙管理委員長は、平成27年2015年1月18日(日)、第18回民主党代表選をホテル・ニューオータニで行い、第11代民主党代表に岡田克也さん(61歳)が選ばれたことを宣言しました。

 岡田代表の任期は2017年9月30日(土)までですが、代表に満足せず、総理大臣をめざすことになります。

  なお、党大会では前代表、全候補が壇上で握手しました。岡田さんが前回立候補した第12回民主党代表選では、前代表で小沢一郎が会場にいるにもかかわらず登壇しないという天邪鬼をしました。



 次の文章をお読みください。

 「党首選びに思いきった新機軸を打ち出しました」

 「党首公開選挙で、あなたが選ぶ、明日の総理大臣!というわけです。」

 「全く新しいタイプの「国民参加型」の党をめざしています。特定の集団に牛耳られるようでは、新しく党を作った意味はありません。そこで、国民を党員と非党員に画然と分けるのでなく、富士山のように裾野が広く、誰にでも何かの形で党に関わっていただけるようにしようということ。私のめざした「市民政治」の具体化です」

 「政権を競う政党の党首が国民投票で選ばれれば、本番の総選挙もぐっと身近かでおもしろくなリます」

 「私はこの選挙の準備委員長、選挙管理委員長になりました」

 「さあ皆さん、さっそく投票を! どうぞよろしくお願いします」

 この文章は、江田五月新たな出発に収められている、1995年11月ごろに発行されたと思われる江田五月さんのニュースレターです。

 
[写真]第2回新進党党首選挙の選挙管理委員の左から、石破茂委員、青山丘委員、扇千景委員(のちに参議院議長)、江田五月委員長(同)、長谷川清委員(電力総連)、鮫島宗明委員。江田五月新たな出発から。

 1995年というと、1月に阪神・淡路大震災での村山自民党・さきがけ・社会党内閣の無策、3月のオウム真理教サリン事件があり、7月の参院選では、我々新進党は、比例第1党に躍進しました。海部俊樹党首の首相経験者としての安定感はありましたが、小沢一郎幹事長の無策もあり議席数では自民党に負けました。その後、12月に、「1000円払えば、党員でなくても投票できる」。ところが、摩訶不思議なことに、参院選比例第1党の海部党首が立候補を断念し、小沢一郎幹事長と羽田孜副党首の争いになりました。

 江田五月委員長のもと行われた第2回新進党党首選は、小沢候補16万票、羽田候補5万票という、我が目を疑う結果となり、小沢氏が政治キャリアで初めて党首になりました。私は悪魔の化身である小沢陣営の一員として、大量に不正票を集めるという過ちを犯しました。閻魔大王は私を地獄に落とすかもしれません。良心の呵責を感じながらも、テレビで見た主婦の方から電話があり、投票用紙1枚をお届けすると、「こんな私でも総理大臣を選べるんだ!」との喜び。これは不正ではなく、その時点で投函してもシメキリを過ぎていたのですが、それが言いだせず、黙っていた自分。小沢一郎によってすべてを台無しにされた、政権交代ある二大政党政治への道。小沢一郎は死をもって償うべきだ。

 第2回新進党党首選選挙管理委員長から、第18回民主党代表選選挙管理委員長へ。江田五月さんが雪辱を果たしました。党員・サポーター票は、総数の1位者と、ポイント数の1位者が違っていますが、これも公正なルールにもとづくものです。


[画像]公正な代表選を実現した、第18回民主党代表選の江田五月中央選挙管理委員長、ファイブ・ミニッツ・民主からスクリーンショット。

 岡田克也さんは、「自分の考え方は宏池会に近い」「日本政治はど真ん中が空いている」と発言しました。

 これは、(1)日米安全保障条約にもとづく在日米軍(2)平和憲法(3)日本自衛隊の軽武装(4)経済第一主義ーーの吉田ドクトリンは、第2次吉田内閣の解散総選挙によって確立しました。このときに初当選した吉田学校(吉田チルドレン)のうち、池田勇人さんがつくったのが宏池会、佐藤栄作さんがつくった派閥と田中角栄さんがつくった派閥が合流したのが経世会(平成研究会)です。つまり、宏池会の思想とは、吉田ドクトリンの4つということになります。これは要するに、戦後日本、そして現在の日本そのものです。それでいて、日本政治のど真ん中は空いている。つまり、岡田さんが言っているのは、民主党が日本政治であり、日本政治は民主党だと言っているのです。傍流だった清和会安倍自民党は「戦後レジームからの脱却」として、右傾化している。そのど真ん中を民主党がもらう。岡田さんは少しも堅物でも真面目でも融通が利かなくもなく、きわめて、マキャベリストだと言えるでしょう。ただし、きわめて大局観があるということです。

 江田五月管理委員長の報告によると、民主党員・サポータは22・6万人。

 一方、総務省試算によると、平成6年政党助成法(細川・羽田法)にもとづく、平成27年の民主党への政党交付金は78億円。党員・サポーター1人当たりの政党交付金は年3451円となります。

  英国労働党との違いは、(1)推薦人の数が国会議員団(衆議院議員団)の8分の1以上で上限無し、(2)党首代行をつとめる副党首はあらかじめ議員による互選(3)ネクスト・キャビネットを構成する国会議員の顔ぶれは、国会議員団の互選ーーの3点でしょう。

 もちろん、改革創生会議報告書に(1)任期途中での代表選での党員・サポーター投票に加えて(2)47都道府県連それぞれでの予備投票ーーという、摩訶不思議で奇妙奇天烈な(2)について、「腑分けして実現する」とした海江田万里前代表の「時間差攻撃」も、私はたいへん評価しています。いつか機会があれば、その功績も書き記しましょう。

 私は40歳ですが、我が人生は岡田克也であり、岡田克也は我が人生です。

  代表なんかどうでもよくて、総理大臣にしたいと考えています。

 第98代首相、第99代首相、第100代首相。

 ちなみに、「100代」は、「百代」で、松尾芭蕉の「おくのほそ道」で「百代」は「はくたい」と読み、永遠ということです。「イオン」は永遠という意味です。

 岡田克也が永遠ではなく、私も永遠ではなく、そう遠くない将来死にます。岡田さんも1993年に一緒に離党しながら政治生命を絶たれた仲間の存在に言及しました。例えば、金子徳之助さんなどが念頭にあったでしょう。政権交代ある二大政党政治を日本にシステムとして根付かせる。私も死んでも死にきれない。吉田茂は「3000年、いや4000年生きたい。しかし、人はいつか死ぬ。しかし、国は生き続ける」と語りました。政権交代ある二大政党政治を、3000年、いや4000年先の日本国民にしっかりと受け継いでいきましょう。

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総理大臣をめざす岡田克也さん、驚異的な目の回復力で飛行機で移動が可能に 風に立つライオンになれ!

2015年01月14日 09時22分39秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]外相としてタンザニアを訪れた岡田克也さん、2010年5月。

 総理大臣をめざす、岡田克也さんは、平成27年2015年1月13日(火)、飛行機を使って、羽田―福岡間を往復しました。

 岡田さんは昨年の仕事納め、12月26日(金)の左目の網膜剥離手術のさい、ガスの注入を受けており、退院時にガスの2割が目に残っていたことから、飛行機に乗ることについてドクターストップを受けていました。

 しかし、驚異的なスピードで回復し、18日目のきのう、羽田―福岡間を飛行機で往復しました。きょうも羽田―札幌間を飛行機で往復する予定。

 岡田克也さんは民主党幹事長として、憲政史上最多の308議席(追加公認と、横路孝弘さんをあわせると312議席)を得ることになる第45回衆院選を迎えることになる、解散翌々日の2009年7月23日(木)、奥さんが大ファンだということで、さだまさしのコンサートを訪れています。岡田さんは「さだまさしさんの歌は、私も比較的好きなほうですが」「彼が歌った「風に立つライオン」、これはケニアに赴いた医者の心境を歌ったものなんですが、そのさだまさしさんの歌を聞きながら、私もケニアに行ったときのことを思い出していました」 と語っています(2009年7月24日付「岡田かつやTalk-About」)。

 それから10か月後、2010年5月、外相として訪れたタンザニアで、日本人がつくった田んぼを眺めるのが、上の写真です。

 さだまさしさんの「風に立つライオン」の歌詞は、

 「三年の間あちらこちらを廻り  その感動を君と分けたいと思ったことが沢山ありました

 岡田外相は、0泊3日でドイツに行ったし、かつての栄華から政治の失敗で没落し300年の貧困の暗黒にあえぐハイチも訪れました。

 飛行機で訪れた福岡では、「地球温暖化防止のために自動販売機を撤去すべきではないか」との政策提案に対して、「私の地元の富士電機で自動販売機をつくっているので私はこの分野に詳しいんですが、夜は節電にするなどの技術革新をしている。例えば、コカ・コーラ社なんかはそういう機種を積極的に導入しているので、一概に否定すべきではないのではないか」と語りました。富士電機は、2009年初当選組で、ひっしに党内秩序維持に汗をかいた「いちもく会」会長の金森正・元衆議院議員(77歳)の出身母体です。

 目が良くなったということで、あちらこちらをまわり、その目で見た、その感動を支持者と分かち合ってほしいものです。 

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岡田克也「会社の長時間拘束を止めるべき」知らぬ間に日本最大の産別の最大の単組は「イオン」運命の人

2015年01月13日 12時31分48秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]ぶら下がりインタビューの場所が「ここは岡田卓也記念アトリウムだ」と筆者(手前カメラ)から指摘されて、思わず笑みを押し殺そうとする、岡田克也副総理(当時)、2012年11月、東京・早稲田大学商学部、筆者(宮崎信行)撮影。

 岡田克也さんは平成27年2015年1月13日(火)朝、民主党本部で、大学生と懇談しました。

 この中で、「日本の会社の働き方を変えないとダメです。こんなに長時間拘束して、ホントウに生産性が高いかどうか疑問なんですが、今の働き方と子ども子育てを両立することは無理なんですね。仕事は仕事として、そしてそれ以外のことは分けて、自分の生活がなければならない。そのために制度を変えないといけないし、意識を変えないといけない。子ども子育てのために会社を辞めたり、そもそも結婚しないという意識を変えないといけない」と語りました。

 岡田さんはこれに先立ち、自身の子の1人が、メーカーで飲み会に行った後に職場に戻って翌日の資料をそろえて、午後10時、11時に帰宅していると明かしました。

 今から、80年前の職業女性の働き方もそれと似ていたようです。当時の主要産業は製糸業で、多くの女工が手厚い福利厚生のもと、若い年齢から働いていました。ただ、結婚すると少し違ったようです。

 細井和喜蔵著「女工哀史」1925年大正14年の一節。

 「10時間以上も働いて一人前にあまる仕事をしてきた妻に向かい、夫はくわえたばこで用を言いつける。三度三度据え膳に向かって洗い物一つする必要のなかった寄宿舎生活に比べて、あまりに家庭の仕事は多きに過ぎる」「そうしてその結果が離婚するのではなくてして当分のうち互いに別れ別れをなって働くという口実のもとに寄宿へ立ち返る」「かくしていったんつくったところの家庭を、日ならずして破壊してしまうのだ」「この家庭破壊はたいてい子なき前(第1子の誕生前)に行われる」。

 このころの貴族院議員の「多額納税議員」はほとんどが製糸業者の社長だったのですが、やはり羽振りがよく、給料が良い女工が、自分より収入が少ない夫が家事を分担しないため、離婚することが多かったようです。この給料で人を判断するのは、江戸時代の士族の石高の影響もあるようでしょう。また、細井は、会社に対しては従順なのに、離婚はすぐ判断するということを指摘しています。

 細井がこう記した、2年後、昭和2年8月27日朝、大事件が起きます。以下は、山本茂美著「ああ野麦峠」から。

 全国9工場、女工数千人をかかえる大企業、「山一林(やまいちばやし)組」の本社社長室に、山岡主任が呼び出され、林社長から「労働組合を脱退するか、切腹しろ」と迫られます。山岡主任は「私はこの会社に17年も真面目に働いてきて、何も悪いことをした覚えはありません」と答えました。林社長はおどしたつもりだったのですが、翌朝、5人の男性社員が女工による嘆願書を社長室にもってきます。その内容は次のようなものでした。

抜粋引用です。

 「ことし3月、わが岡谷に日本労働総同盟全日本製糸労働組合が生まれたことはすでにご承知のことと存じます。

 一、労働組合の加入の自由を認めてください。

 三、組合員なるがゆえをもって絶対解雇せざるよう願います。

 五、食料および衛生上に対しまして改善を願います。

 七、従来の賃金が一般工場より非常に低廉なるがゆえに私どもの生活は実に困難であります、可憐な私どものために左に記した賃金を与えてくださるよう願います」

 こういった女工たちの嘆願書について、林社長は「職工は入社前に、ここに十分話し合って契約してある。横合いから出た人間に干渉される必要はない」と突っぱねます。

 これを受けて、組合は同日正午を期して、「同志のために」と題したビラを自動車で地域社会に配布し、争議団本部の看板を掲げました。同日午後7時から、女工千数百名(他工場からの応援含む)が集まり、「私たちは身売りした奴隷ではない!」「私たちは日本産業を担う誇り高き労働者である」「募集時の契約通りの賃金を払ってください」「私たちは豚ではない。人間の食べ物を与えてください」と口々に訴えました。

 会社側は9月7日、「8月31日までに就業しなかった男女工諸君へのお知らせ」という書面とともに、全員に解雇を通知しました。この背景には、生糸相場がわずか1年で2010円から1200円と8割暴落しており、その直後の、昭和金融恐慌、世界恐慌を先取りしていたこともあり、ロックアウトしたまま、山一林組は廃業しました。社員をつぶし、会社もつぶしました。

 解雇通知を受け取った争議団代表が8日、会社側代表に面会を求めたところ、岡谷警察署長が出てきて、「重役はどうしても合わぬというから帰りたまえ、もしそこを去らなければ、面会強要罪で逮捕する」と訳の分からないことを発言しました。

 これを受けて、朝日新聞は社説で、「山一林組の社長が地元選出の小川平吉鉄道大臣の選挙参謀だから警察取り締まりの手に影響しているという風説のごときは、選挙を控えた政友会のためにも有利ではあるまい」という表現で、小川平吉代議士が干渉している可能性に言及し、牽制しています。

 さて、岡田さんが運命の人だと思うのは、言うまでもなく、労働運動発祥以来、現在にいたるまで、「総同盟日本製糸労働組合」は日本最大の構成員をかかえる産業別労働組合です。現在の名前はUAゼンセン(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)です。そして、数年前から私気づいていましたが、昨年末確認を取ったところ、UAゼンセンの最大の構成単位労働組合は、イオングループ労連であり、イオン労働組合です。

 イオンの創業者は、岡田克也さんの実父である岡田卓也さんである、イオンの代表取締役CEOは、岡田克也さんの実兄である岡田元也さんです。だから春闘の相手側は、岡田さんのお兄さんが議長を務める取締役会メンバーとなるわけです。

 民主党結党時には、勝木健司・参議院議員がダイエーユニオンから出ていましたが、イオングループ労連からは参議院議員が出たことはありません。UAゼンセンは全国に組合員がいます。「食品スーパーあるところに組合員あり」ですが、一定の地域に集中しておらず、今の選挙制度では議席が勝ち取りにくい傾向があります。おととしの参院選でも現職が落選してしまいました。参議院全国比例は柳澤光美さん一人ということになっています。その柳澤さんは、UAゼンセンの組合員に対して、「岡田克也さんが首相に最適だ」と連絡してくださっている、と報じられています。

 偶然にも、政府が弾圧したという噂が朝日新聞にも載った、小川平吉鉄道大臣の実孫(娘の息子)は、第78代宮澤喜一首相です。ちなみに、山一林組争議には、東京から、後の第46代首相片山哲も応援んに来ましたが、7日にロックアウトされているのに、15日に来たというのですから相変わらず社会党は遅いですね。この片山内閣を連立与党の副総理として支えた西尾末広さんや、第39代衆議院議長が松岡駒吉さんらは山一林組争議にかけつけています。この西尾さん、松岡さんは、友愛の精神で、現在の第66代衆議院副議長の川端達夫さんの先輩になります。

 2010年の労働党党首選挙でもイギリス最大の産別「Unite the Union」は、当初2番手だったEd Milliband候補に対して、当初1番手だったDavid Milliband候補の2倍以上の支持を、初回投票からしており、その5カ月後の決選投票での逆転でEd候補が当選する遠因になっていたいようです。最大の産別の支持を得ることが、当選につながるのは当たり前のことでしょう。

 そして、「職場から始めよう運動」で、正社員が同じ職場の非正規雇用の労働者の働き方をチェックするシステムを持つ、UAゼンセンのしくみをつかって、職場の声を吸い上げることができるでしょう。

 労働と生活が両立する日本社会の実現のために、職場から始めようではありませんか。その大きな力は、私たちの声を反映できる人物を内閣総理大臣にすることが最も手っ取り早いことなのです。

 まあ、UAゼンセンの組合員で、民主党員・サポーターになっている方がどのくらいいるか分かりませんが、ともにたたかいましょう。岡田克也首相のもと、1人1人の職場から、1つ1つの家庭から、始めようではありませんか。

tag (宮崎信行)

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岡田克也さん、2015年の仕事始めで、奥さんの内助の功を認める

2015年01月06日 05時23分01秒 | 岡田克也、旅の途中

 岡田克也さんは、仕事始めの、平成27年2015年1月5日(月)、国会内で元気な姿を見せました。

 岡田さんは、仕事納めの、第188特別国会閉会日の2014年12月26日(金)、前日頃から感じていた左目の違和感の検査のための訪れた東京都内の病院で、「網膜剥離だ」と診断され、速やかに手術を受けていました。

 岡田さんは「目の中にガスを入れて手術をしたのですが、その2割ぐらいが残っています」と国会内で記者団に語り、 当面、気圧が変化する飛行機に乗らないよう医師から言われていることを披露。「いずれ、ガスは全部抜ける」と明かしました。

 「どうしても仕事で無理をしてしまう」と語りながらも、入院後「最初の3日間は下を向いて寝ていないといけないので大変だった」と語りました。

 「その後、許可が出たので、一日一回だけ病院の中を歩くことができた」と述べました。

 このときには、奥さんで多津子夫人について、「家内は付き添ってくれた」と語り、「アドバイスもしてくれた」と語りました。 

 多津子さんは神経内科医。調べてみたら、神経内科というのはどういう科というと、例えば、頭痛、視力障害、手足の感覚の異常を感じた患者さんが行くと、お医者さんが、視診、聴診、打診、触診のほか、運動感覚の検査、平衡機能の検査、視覚機能の検査などをして、その結果で、総合的に、他の科も含めて適切な診察方法をつくる科で、どの科に行けば分からない人の総合窓口のようです。

 岡田克也さんは2010年9月に総理・代表に、外相から党幹事長に異動させられた「これも天命なのかな」事件では、そのちょうど1年前に逆に、党幹事長から外相になったときの経緯を踏まえて、多津子夫人から「あなた、ずいぶん憤慨していたじゃない」と言われたそうで、「そういうこともあったかな」と述べています。外相から党幹事長への返り咲きの決断は、自らのものだとしながらも、このときも「私は仕事をやると全力でやりますので、いったん始めると次に入るというのは抵抗があります」 と語りました。(岡田克也さん、幹事長就任会見で“内助の功”を認める)。 

 
[写真]岡田克也さん、左は2014年12月25日(木)、右は2015年1月5日(木)、左は民主党本部、右は国会内、ともに筆者(宮崎信行)撮影。 

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2015年、平成27年明けましておめでとうございます。 岡田克也さんが「新年の決意」を発表

2015年01月01日 11時10分36秒 | 岡田克也、旅の途中

 2015年、平成27年、明けましておめでとうございます。

 一年の計は元旦にあり。

 岡田克也さんは、2015年平成27年1月1日、ブログやメールマガジンなどで「新年の決意」を発信しました。

 岡田さんは「暮れの安倍政権の税制改正や経済対策の話を聞いていても、やはりこれは民主党がしっかりしなくてはいけない」として、与党平成27年度税制改正大綱での自民党支持業界への政策減税(租税特別措置)の乱造と、第1次補正予算の前提になる経済対策での自治体交付金などバラマキを念頭に、批判しました。

 そのうえで、2015年1月7日(水)告示、18日(日)開票の第18回民主党代表選について、「1月7日から民主党代表選挙が始まります。顔ぶれもほぼ固まり、三者でしっかりとした、いい代表選挙をやりたい」と語り、報道の通り、岡田克也さん、細野豪志さん、長妻昭さんの3人が立候補することで構図が固まったとの認識を示しました。

 そして「次の代表は2年8カ月の任期があります。その間に、統一地方選挙、参議院選挙、場合によっては、衆議院選挙も含めて戦い抜いて、自民党に対してもう1つの軸を立てて、政権を競い合っていく。そして、私の20年来の主張である「政権交代ある政治」を必ず実現する──。そういう思いで、この代表選挙に挑みたい」と一年の計を述べました。

[岡田克也さんのメールマガジンから全文引用はじめ]

新年の決意─代表選を精一杯戦い、政権交代ある政治を必ず実現する
皆さん、明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になり、大変ありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。

とりわけ、昨年12月の総選挙は、私も精一杯戦いましたが、民主党全体としては厳しい結果になりました。特に900万票台という比例票が、総選挙で2回続いたのは大変残念なことで、早急にこの党をしっかり立て直していかなければなりません。

暮れの安倍政権の税制改正や経済対策の話を聞いていても、やはりこれは民主党がしっかりしなくてはいけないということを改めて感じています。

そういう中で、1月7日から民主党代表選挙が始まります。顔ぶれもほぼ固まり、三者でしっかりとした、いい代表選挙をやりたいと思います。

国民の皆さんから見て、民主党が信頼できる、これから頼りにできる、そう思っていただけるだけの中身のある、いい代表選挙をやっていかなければいけないと改めて感じています。

次の代表は2年8カ月の任期があります。その間に、統一地方選挙、参議院選挙、場合によっては、衆議院選挙も含めて戦い抜いて、自民党に対してもう1つの軸を立てて、政権を競い合っていく。そして、私の20年来の主張である「政権交代ある政治」を必ず実現する──。そういう思いで、この代表選挙に挑みたいと考えています。

最後に、私の眼の網膜剥離では、いろいろとご心配をおかけしました。お陰様で手術は成功して、現在はまだ病院にいますが、正月明けには退院できる予定です。身体に十分気を付けながら、代表選挙を精一杯戦っていきたいと思います。

今年も大変お世話になります。よろしくお願いいたします。

[全文引用終わり]

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岡田克也さんが「網膜剥離」で入院し、手術、1週間以上安静 「命に別状まったくない」と岡田筋

2014年12月26日 19時13分12秒 | 岡田克也、旅の途中

 岡田克也さんは平成26年2014年12月26日(金)の衆議院本会議が終わり、第188回特別国会が閉会した後に、東京都内の病院に向かい、医師から「網膜剥離だ」と診断されました。速やかに手術を受けたうえで、「1週間以上安静」として、入院することになりました。

 岡田筋が明らかにしました。

 岡田筋によると、「命の別状はまったくない」「インターネットで網膜剥離を調べてもらえばわかると思うが、心配はまったくない」と語りました。それ以外の「静養」といった理由はないと述べました。

 病院での年越しになります。

 参天製薬のウェブサイトによると、「網膜剥離とは、眼球の内側にある網膜という膜が剥がれて、視力が低下する病気です。
網膜とは、目の中に入ってきた光を刺激として受け取り、脳への視神経に伝達する組織で、カメラでいうとフィルムのはたらきをしています。
網膜の剥がれは痛みを伴わないため気付きにくいのですが、前兆として飛蚊症があらわれることがあります。また、網膜の中心部である黄斑部分まで剥がれた場合、急激に視力が低下し、失明に至る恐れもあります。」 

 とあります。 

 復帰については、「手術後に目を動かしても、手術の結果に大きな影響はありませんが、眼内の状態が落ちつくまでに1~3カ月必要です。少なくとも術後1カ月間は、疲れない程度に目を使用して下さい。事務や管理職の方は、手術後1カ月目から、運転手や重労働の方は2カ月頃から仕事に復帰できます。日常生活でも、術後1カ月間は重いものを持ったり、走ったり、車の運転をすることなどは避けて下さい。」 

 とあります。

 なお筆者はことし、網膜裂孔の手術を受けていますが、目にレーザーが入ってくることには、恐怖心を感じました。家族のサポートが大事だと感じます。

 このため、2015年1月7日告示、18日開票の第18回民主党代表選については、「疲れない程度に目を使用する」 ことが大事になりそうです。

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◎岡田克也さんが民主党代表選立候補を表明「政権交代可能なシステムが必要である」

2014年12月25日 18時55分11秒 | 岡田克也、旅の途中

 民主党衆議院議員(三重2区、9期)の岡田克也さん(61歳)は、2014年(平成26年)12月25日(木)、民主党ホールを借りて記者会見し、第18回民主党代表選(2015年1月7日(水)告示、18日(日)開票)に立候補すると表明しました。

 これに先立ち、細野豪志さん(静岡5区)も立候補を表明しています。

 特別国会があすまでで、党の仕事納めにもなります。野党なので税制改正大綱(30日)は関係ないので、大半の議員が年明け7日までに上京しないと思われることから、きょう午後のタイミングを選んだと考えられます。仮に当選すれば任期は2017(平成29年)年9月末日まで。この間に第18回統一地方選と第24回参院選が必ずあることになります。



 岡田さんは大要、次のように述べました。

 「平成2年(1990年)の初当選以来、政治改革を訴え、今考えるとやり過ぎたかもしれませんが、自民党を飛び出しました。その後、いちいち政党名は申し上げませんが、新進党とかもありましたが、自民党以外のかたまりをつくる。日本に政権交代可能なシステムが必要である」と筋を通してきたとして、政権交代の3年3か月を振り返りながらも、「もう一度新しいシステムをつくってチャレンジしようとして、民主党を抜本的に立て直すためにこのたびの代表選に立候補することにしました」と、だいたい話しました。

 岡田さんらが、公の場で「新進党」に言及するのはまれ。

 質問に答え、「今回の代表選の争点が、野党再編か、自主再建かといわれているが、維新の党との関係が争点になるのは間違いないが、私は否定的ではない。国会での協力や、(衆院小選挙区の)候補者調整ということはやっていく」としました。他の質問で、「維新の党は、民主党の一部と一緒になると言っているだけで、民主党と一緒になるとは言っていない」として、民主党と他党との合併には否定的な考えを明示しました。

 少し意外だったのが、連合と民主党の関係についての質問。岡田さんは「民主党は生活者の党、消費者の党ということを言っているので、連合にとどまらず幅広く、連携していきたい」と語り、連合以外の消費者団体や、あるいは組織化されていない庶民も念頭においた姿勢を示したうえで、「連合が大事な存在であることはまちがいない」と話しました。私の知る限り、岡田さんは自民党出身者では、選挙区でも、党幹部としても、連合との関係が太いイメージがあったので、少し意外な気がしました。

 10年前(2004年4月~2005年9月)に代表をやったときと何か変わったのか?と問われ、「人間そう簡単に変われるものではない」としました。

 私が、2017年9月までの任期の中、「統一地方選でしっかりと組織をまとめられる代表」「参院選で顔になる代表」を求める声があるなかで、(2018年12月までにある衆院選に勝利することで、「総理大臣になるのか」と尋ねたところ、「2年8か月あるうちに、解散があるかどうかは安倍総理がお決めになること。民主党にとってはラストチャンスになるかもしれない」としたうえで、「チャンスがあれば、総理大臣をやるという覚悟がなければ立候補を決断していない」と語りました。できれば、バシッと言ってほしかったのですが、岡田さんはのんびりした方だし、長期的に物を見る。そして、やはり今回は待望論が強いです。

 岡田さんは質問に答える中で、「否定されたというのは言い過ぎではないか。一生懸命やってくれた人や900万人の投票者に敬意と感謝を持たねばならない」と語り、細野さんが出馬会見で「民主党は完全に否定された」と述べたことを、名指しを避けながらも批判ししました。

 民主党代表選といえば、前は談論風発で、明るい印象でしたが、政権交代に前後して、すっかり重苦しい雰囲気になりました。岡田さんは派閥を持っていないので、「岡田さんが立候補してくれないと困る」「岡田さんが代表になってもらわないと困る」という人はいない、いるとしても、比例単独の数人だと思われます。

 私もあんまり敵は作りたくないので、第18回代表選に関する記事はほどほどにとどめておきたいと考えます。

 ちなみに、岡田さんは昨日代表代行としての記者会見をし、きょうは一議員として党から借りて記者会見をしました。





 上がきのうで、下がきょう。なんですが、見たところ同じに見えます。さすが、政治家。まさに動かざること山の如し、民主党の礎石、「安定の岡田」。

 上の記事中、カギカッコの部分は、あとで、動画をみたら、手直しするかもしれません。

  

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岡田克也さん、ラジオ局インタビューに「反省すべき点は多いが、民主党の責任は重くなった」第47回衆院選

2014年12月14日 23時12分17秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]ラジオ局(文化放送、MBSラジオ)のインタビューに答える、岡田克也さん、2014年12月14日(日)、民主党本部、筆者(宮崎信行)撮影。

 民主党代表代行の岡田克也さんは、2014年12月14日(日)、党本部内開票センターでインタビューに応じました。

 このもようは、東京のAMラジオ局「文化放送」で午後10時15分から放送されました。続いて、大阪のAMラジオ局「毎日放送MBSラジオ」で放送され、午後10時30分に終わりました。テレビ中継はありませんでした。

 文化放送のインタビューでは、みのもんたさんの質問に答え、

 みのさんが「もしもし、岡田さん、大変民主党にとっては厳しい数字となりましたね」と呼びかけると、

 岡田さんは「選挙戦序盤の厳しさからすると、持ち直したのではないかと思います。有権者のみなさんに、自民党に勝たせ過ぎてはいけないというバランス感覚が働いたのではないでしょうか」と答えました。具体的な議席についてはまだ開票途中だとしながらも、岡田さんは「比例はたしかによくないが、小選挙区はもう少し(今の報道よりも)頑張れると思います」としました。

 みのさんが「岡田さん、単刀直入に聞きますが、民主党はどこが悪いんですか?」との問いに、

 岡田さんは「我々は反省すべきことがいっぱいありますが、他の野党は、もっと厳しい数字になっています。我々の責任は大きくなる」として、野党内の第47期衆議院での民主党の存在感が高まるとの見通しを示したうえで、「政権時代に良かったことがうまく説明できていない。それはこの2年間の議席数が少なかったこともあるが」として、党の路線は守りながらも、発信力を高めていく考えを示しました。

 岡田さんは「巨大与党に対峙して、修正していくのは、野党第1党の役目だ」と強調しました。

 みのさんからの「この結果で、これから何が起こりますか?」との質問に、岡田さんは「分かりませんが、安倍総理の任期は2年、3年、4年ありますから、いろいろなことが起こり得ます。憲法改正もチャレンジしてくるかもしれない」としました。

この後、MBSラジオのインタビューに答えました。こちらは、問いかけは聞こえませんので分かりませんが、すべて、集団的自衛権と憲法に関する質問だったようです。

 岡田さんは次のように答えました。

 「ああこんばんは。まあ(集団的自衛権について民主党幹部は?)あまり語っていなかったかもしれませんが、マニフェストには書いてあります。安倍さんが2年、3年、続いていくとそういうことは十分にあります。安倍総理は総理になる前に、日本国憲法はGHQが短時間でつくった欠陥憲法だという憲法観の持ち主です。 海外での武力行使については、安倍さんはハッキリ言っていませんが、これは、具体的なところ(安全保障法制の再整備法案?)が出てこないとまだ分かりません。ただ、(7月1日の閣議決定のように)限定的なところから、集団的自衛権の行使をやろうとしていますが、私は(閣議決定ではなく)国会の問題だと思います。閣議決定で集団的自衛権ができるということになると、歯止めが利かなくなってしまいます」と語りました。

 なお、インタビューでは、民主党の体制に関する質問はいっさいなく、この直後に、海江田万里代表が続投を宣言しました。 

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岡田克也「外交をひらく」出版、政治家として核軍縮、外相時代の核密約 仏外相、中国外相との顛末も

2014年11月28日 12時50分47秒 | 岡田克也、旅の途中

(このエントリーの初投稿日時は2014年11月28日午後12時30分)

 岡田克也さんが3冊目の著書

 「外交をひらくーー核軍縮・密約問題の現場で」

 を出しました。

 2014年11月27日発行。 

 実質選挙戦となりましたが、もちろんもともとの予定で、外相時代(2009年9月~2010年9月)までの記者会見録を基にして、岡田さんが記憶も交えて書き綴ったものです。岩波書店、ハードカバー、およそ300ページ(年表含む)の、1900円+税というものです。

 実質選挙戦中の今としては、第2次内閣の安倍晋三首相の外交密約の取り扱いに対する姿勢への批判がありますが、領域(領海)警備法の話などはありません(尖閣諸島についての日中外交は岡田外相退任の直後)。それと記者会見のオープン姿勢。これ以外は、12月14日の投票日までの争点はないので、ぜひ、岡田ファンは、14日以降でも、図書館に行ったときに、どんどんリクエストを出すというのがいいかと思います。

 拾い読みしてみます。

 まず、「核軍縮・核不拡散の問題は、私の政治家としてのライフワークの一つだ。その原体験となっているのは、1991年9月、渡米した際の出来事だった」として、国務省で、「ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンに存在する核兵器の扱いをめぐって協議していた」と聞き、仮にソ連が崩壊すると、核保有国が5か国(当時)からさらに3か国増えることを知ったからだそうです。(3ページ、5ページ)。

 「こういう問題意識から、2000年4月に、民主党政調会長代理を務めていた私が中心となって文書にまとめたのが、民主党核政策だ」(8ページ)、「2008年8月に議連の成果として、長崎で北東アジア非核兵器地帯条約案を発表した」(10ページ)。

 日米同盟では、「日本の安全保障を確保するために、どうこれらの核兵器を位置付けるべきかなどといった議論すら、ほとんどなかったのではないか」(17ページ)。

 そして、やはり外務大臣としての密約調査です。

 「外務大臣就任は数日前に正式に内示されていたので、薮中次官には、事前に命令を行うことを通告してあった。わざわざ法律の根拠を示し、仰々しく文書により調査命令を行ったのには理由があった。密約問題には関係者が多く、有力政治家や外務省OBから外務省幹部に圧力がかかるのを防ぐためにも、明確な形で大臣命令を出したほうがいいと考えたためだ」(28ページ)

 このあとは、密約調査の経緯についても書かれているし、さらに「密約がなぜ結ばれ、隠されたのか」もかなり書いています。

 さて、岡田克也元外務大臣にも国家公務員法第100条の守秘義務が終生かかります。

  岡田さんは記者会見のオープン化についての、霞クラブ(外務省記者クラブで、全国紙、通信社、NHK、民放などが加盟)とのやりとりについても書いています。その後、「会見は基本的に時間制限なしで、通常1時間弱」(118ページ)、「このオープン化と時間制限なしの会見は、私にとっても様々な観点からの質問に答えることで、多様な見方を知るいい機会だった。まだ、この場で可能な限り丁寧に説明するよう心掛けてきたことが、情報開示につながった。今回この本の中で、私が大臣時代の守秘義務があるにもかかわらず率直に語ることができるのも、記者会見でかなりのやり取りがなされ、守秘すべきものが少なくなっていたことによるところが大きい」(119ページ)。つくづく、岡田というのは、頭が良いというよりも、むしろ、異次元の発想を持つ男だと驚嘆せざるを得ません。

 もう一つ、面白かったのは、各国外相とのやりとり。このうち、2010年3月31日のG8外相の軍縮不拡散会合で、岡田外相と、フランスのクシュネール外相が激論になったことは当時から報道されていました。これについて、「私は、G8は核を持つ米露英仏と核を持たない日加独伊とが参加しており、まさしく核の問題を議論するにふさわしいと指摘した。そのうえで、核兵器のない世界実現のためG8の強い決意を対外的に示すべきであり、また、核兵器の役割の低減をG8の大きな目標として掲げるべきだと主張した」「クシュネール外相はこれに強く反論した」(201ページ)。

 で、このやりとりですが、岡田外相は合計8回発言し、クシュネール外相は合計5回発言したそうです。岡田さんは「他の外相に強い印象を与えたのではないかと思っている。それがよかったかどうかについては様々な意見があるとしても、である。」(202ページ)と書いています。

 それと2010年5月15日に韓国で開かれた、日中2国間の外相会談で、岡田外相は、中国の「楊外相に対して核保有国5か国の中で、中国のみが核兵器を増加させていると指摘」したところ、楊外相は「淡々とした冷静な、しかし私の指摘にはまったく応えることのない対応だった」(207ページ)としています。ところが、会場を移動し、日中韓3か国外相会議となったら、「突然、楊外相が顔色を変えて立ち上がり、激しく発言を始めた」(208ページ)という、顛末は、これは、政党、政治家を超えて、日本の外交当局者すべてが共有すべき貴重な体験談と言えそうです。

 岡田克也さんは、野党時代の2008年6月18日発行で、宮澤うそつき解散15周年の当日に、

 「政権交代 この国を変える」
 
 、政権交代ある政治への思い、政治改革の思い出、生い立ち、政治家を志したきっかけ、民主党改革などについて、書いています。講談社。1429円(税別)。

 与党になった直後の2010年6月23日発行で、

 「岡田語り。」

 を出しています。本人のブログを選り抜き再編集しており、一部語りおろしもあります。武田ランダムハウスジャパン、1429円(税別)。

 そして、2014年11月27日発行で、

 「外交をひらく 核軍縮・密約問題の現場で」

 。これが、ISBNコードは、
 978-4-00-061004-9
 になります。岩波書店、1900円(税別)。

  

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岡田克也と小野塚勝俊が演説会「あの暑い夏」から3回連続比較写真で見る・・「解散後公示前の所沢駅西口」

2014年11月26日 20時01分51秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]「もっとやれよ」--埼玉8区の民主党公認候補(予定)者の小野塚勝俊さんが、応援にかけつけた岡田克也前副総理にマイクを渡そうとして、「もっとやれよ」と言われて喜ぶ和気藹々とした演説会、西武鉄道・所沢駅西口、埼玉県所沢市、2014年11月26日午後12時過ぎ、筆者(宮崎信行)写す。

 けっこうたたかえそうかな。

 解散後、初めて街頭演説を聞きに行きました。

 私としては主に生育した家が近い順ということで、

 埼玉県第8選挙区の小野塚勝俊(おのづか・まさとし)候補予定者(12月2日の公示以降は候補者)のところに行ってみました。

 2014年11月26日(水)午後12時の西武鉄道・所沢駅西口。岡田克也前副総理を招いての演説会には、冷たい雨の中でしたが、当ブログ調べで、100人~200人~500人(乗降客含む)が参加しました。東口に上場企業の本社があるので、晴れた日ならばもっと往来があったでしょう。

 「解散後、公示前」の日程では、なんと、3回連続(第45回衆院選、第46回衆院選、第47回衆院選)で所沢駅西口の演説会を見ました。

 写真で比較しますか。

 2009年7月23日、あの暑い夏の総選挙、鳩山由紀夫代表(のちに総理)の解散後第1声。



 もみくちゃです。ただ、私はこのとき、こう書きました

[当ブログ内エントリ
ふしぎな選挙戦の本質見たりから部分引用はじめ]

 この写真、ヒジョーに奇妙だと思いませんか。鳩山由紀夫代表(左端)と握手しようとする聴衆が20人以上写っていますが、カメラ付きケータイ(写メール)をかまえている人が1人しかいないんです。今は2009年、おそらくほとんどの人が写メを持っているでしょうが、有名人を見に来たという感覚がほとんどない。この演説会はあたかも“次の首相・鳩山”の演説の内容を“確かめてやろう”という雰囲気で、その後、鳩山さんが近くにやってきたので、“握手もして確かめよう”という雰囲気に思えたのです。

[部分引用おわり]

 民主党政権時代の所信表明・施政方針演説にある、「あの暑い夏の総選挙」「無血の平成維新」ではなく、麻生首相(自民党総裁)の解散先送りにより政権交代は既成事実になりつつあり、むしろ品定めされていたのが第45回総選挙だ、というのが私の論。

 前回総選挙、大惨敗。岡田克也現職副総理が小野塚さんを応援した2012年11月23日。

 副総理がいるということで、写メールする有権者さんと、警護官(SP). 


 そして、ぶら下がり取材で取り囲むテレビカメラとマイク。

で、その時のエントリーから抜粋引用はじめ。

[当ブログ内2012年11月23日付エントリーから抜粋引用はじめ]

今回は弁士の到着前から「民主党が地上から無くなりますように」とのプラカードが出ていました。ところが、近くに行ったら、この活動の参加者は男性1人だけのようでした。

 

演説前、ということもあり、写メールにVサイン。

 

所沢駅西口は、2階コンコースや乗降客が多いので、数え方はさまざまですが、400~1000人でしょうか。鳩山演説に比べると、3分の2ぐらいでしょう。が、小雨模様だし、そのわりには、2階コンコースで聞いている人は前回よりも真剣に聞いている人が多い傾向がみられたように、私には見えました。

 

 山根さんに続き、本人(小野塚さん)が演説。この後、岡田副総理登場にあわせて「政権担当能力無し!」との野太い男性の声が上がりました。ネガティブなヤジはこれが初めて。これに反応したのかどうか、岡田さんは「まずおわびしなければならない」と語りました。

 

この後、岡田さんは、テレビカメラに向かって「ここでやろうか」と囲み取材(ぶら下がりインタビュー)が始まりました。

 

 というわけで、岡田さんをテレビカメラが囲み、二重、三重と人々が囲んだ所沢駅西口ということで、その風景にケータイ、スマホ、デジカメが岡田さんを写すという光景に。

 

 まあ、できすぎたようなオチになりましたが、私自身改めて、野党ではない、与党としての選挙だということは感じました。

 

 けっきょく、前回よりも聴衆はやや減りましたが、SP(県警含む)とテレビカメラは増えた。つまり、野党だったのが、与党になったということ。だから、おわびもしなければならない。

[抜粋引用おわり]

 まあ、過去のことはこのぐらいにしましょう。

●時は、きょう、2014年11月26日(水)、来週火曜日には、さあいよいよ第47回衆院選の幕開けです。

 小野塚さんはもう、「本人タスキ」なしに所沢駅西口に。日本銀行出身の小野塚さんがアベノミクスを徹底批判。その間に、岡田克也さんが駅から登場。駅から演説スポットまで走ること(岡ダッシュ)は見せませんでしたが、いつも通り、傘をささずに濡れながら登場する原理主義は健在でした。

 小野塚さんの演説です。

 「私たち、民主党政権は、経済を悪くしたとお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、データでお示ししますと、GDPは5%成長しているんです」

 「みなさん、岡田克也前副総理がこの場所にお見えになりましたので、私のマイクはこれで終わらせていただきまして、(岡田さん「もっとやっていいよ」)、え?もっとやれ?もっとやれということなんで、もう少し私がしゃべらせていただきます。今のアベノミクスのようにお金をジャブジャブ降らせばいいという政策では、けっきょく実質賃金は減り続けていきます。大企業のボーナスは増えているようですが、それはそれで素晴らしい。しかし、ここにおられるみなさん、物価が上がっていると感じませんか。海外から買っているものがあれだけ、円安になっていれば、それは高くなりますよ。それっだけお金の価値が下がっている。お金の量を2倍にするというアベノミクスという政策によるものなんです」

 岡田さんがマイクを持ちました。

 「みなさん、こんにちは、岡田克也です!」と話した途端に、女性の「すごーい!」という野次。本物ですよ~~(笑)

 以下、岡田さんの演説。

 「私も前衆議院議員です。衆議院はもう解散になって我々ももう衆議院の身分を失いました。

 みんな一斉になって、小野塚さんも私も次の総選挙をめざしてしっかりたたかっていきたいと思います。さて、今回の選挙は、安倍さんはアベノミクスが争点だとおっしゃる。私は実はそう思わないんですが、しかし、アベノミクスについて、一言、二言申し上げたいと思います。

 小野塚さんが今言われた話に尽きていると思いますが、みなさん実感ありますか? アベノミクス、いろいろ騒いでいるけれども、生活が良くなった、給料が増えた、そう思っている方は、私は少数派だと思います。多くのみなさんにとっては、むしろ大変だ、物価が上がっているのではないかというのが実感です。統計でも、実質賃金は減り続けています。

 1本目の矢(異次元の金融緩和)と2本目の矢(機動的な財政出動)、金融をジャブジャブにして、公共事業予算をどんどん増やす。民主党の時よりも3割も増やしているんですよ、公共事業予算は。全部、私たちの税金と借金です。それだけやってもその程度なんです。だから、期待外れなんですよ。うまく行っていないんですよ。それをこのまま続けてもだめなんですよ。軌道修正しなきゃダメだ、これは。(「そうだ」との合いの手が飛ぶ)。

 そしてアベノミクスでもっと深刻なことは、安倍さんの言われる3本目の矢なんです。2年前、安倍さんがどう言われたかみなさん覚えておられますか。1本目の矢の金融緩和と、2本目の矢の機動的な財政出動、kろえは時間稼ぎだと安倍さんは言われました。そして、機動的な財政出動をしている間に3本目の矢で成長戦略、規制改革、これをしっかりやって本来の意味での経済成長の軌道に乗せるんだというのが安倍さんの理論です。その理論は正しい理論です。じゃあ、2年間経って、3本目の矢は何かありますか、みなさん?(「ないぞ!」との合いの手が飛ぶ) 具体的なものがないじゃありませんか? これが自民党の限界なんです。いろいろな業界団体に応援してもらっているから、思い切った規制緩和なんてできなんだ! 昔の自民党に戻っているだけではありませんか。どうぞ、みなさんそういうアベノミクスの現実をしっかり見つめてほしいんです。これで本当に持続的な経済成長ができますか?私たちの生活はよくなりますか?」

 岡田さんの演説はまだ続きましたが、今回の、埼玉8区、小野塚勝俊候補予定者、所沢駅西口編ではここまで。

 ●で、きょうの岡田さんは・・・

 さて、私としては、3選挙連続の「解散後、公示前の所沢西口」

 きょうは・・・




 こんな感じでした。けっこう、岡田さんに話しかけて、意見を言っている人が多かったようです。

 ちょうど、きょう付けの埼玉新聞1面で、民主党埼玉県連代表(埼玉6区公認候補予定者)の大島敦さんのインタビューが載っていました。


私は埼玉新聞は大好きで、朝の宅配でとれるならとりたいぐらいですが、夕方の郵送になってしまうので、埼玉県内に来たときに求めるのですが、大島さんは「有権者が話を聞いてくれる素地はあると思う」と強調しています。

 つまり、前回は話を聞いてくれなかったというわけです。
 
 まあ、過去のことだからいいでしょう。

 とにかく、民主党員や、小野塚サポーター、オピニオンリーダーがしっかり働きかけをしていきましょう。

 12月2日の公示後、12月15日の投票前日まで、

  FB(フェイスブック)のメッセージ
 Twitter(ツイッター)のDM(ダイレクトメール)
 LINE(ライン)
 ケータイのショートメール(SMS)

 を使って、「小野塚さんの投票してください」「2枚目の比例代表を民主党と書いてね」「期日前投票に行って、小野塚さんと書いてください」とお願いすることができます。

 ただし、パソコンの電子メールで、有権者から有権者に対して「投票してください」とは書けません。ここが最大の注意点です。繰り返しますが、パソコンの電子メールで有権者が有権者に投票依頼はできません。

 ビラやマニフェストをダウンロードしてもまったく問題ありませんし、すべきです。でも、プリントアウトしたマニフェストをご近所に配ってはいけません。

 公選ハガキ、電話がけは今まで通り。

 まあ。何となるんじゃないですかね(笑)とも思いますが・・・油断大敵です!

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岡田克也さん「民由合併は手痛い失敗」と語る

2014年10月30日 17時29分14秒 | 岡田克也、旅の途中

 岡田克也さんは2014年10月3日に発売された雑誌「リベラルタイム2014年11月号」で、

 「我々は過去に民由合併という手痛い失敗をしている

 と語り、小沢一郎代表率いる自由党との合併を「失敗」と語りました。

 岡田さんは7月に、「民由合併という苦い水も飲んでいる」とテレビ番組で語りましたが、いわゆる小沢信者の反発も少なかったため、さらに踏み込んで発言したとみられます。

 候補者調整をめぐって、維新の党、みんなの党の警戒感を解くねらいもありそうです。 

 過ちをはばかるにためらうことなかれ、と論語学而第一の8にあります。あるいは、論語の衛霊公第15の30では、過ちを改めざる、これを過ちという、とあります。

 羽田孜首相は平成6年1994年6月30日(木)の記者会見で「国会議員の少なくとも半分が羽田孜ぐらい虚心(坦懐)になれば、政治は良くなる」「もう政局はやめにしよう」と語りました。

 羽田さんの志を世襲する岡田さんが虚心坦懐になのは当然のことです。

 論語にはさらに、子張第19の8には、子夏の言葉として、小人が過つと、きっとつくり飾る。

 例えば、何かの過ちをして、とりつくろうように人はいないでしょうか。与党だけに限りません。

tag (宮崎信行)

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岡田克也・古賀伸明コンビ「野党統一候補の連合応援は候補者次第」で一致、育休明けフジ秋元優里アナと再会

2014年10月06日 22時13分06秒 | 岡田克也、旅の途中

[写真]岡田克也・民主党代表代行と古賀伸明・連合会長、BSフジ「プライムニュース」、2014年10月6日(月)、テレビ画面から筆者(宮崎信行)撮影。

 岡田克也・民主党代表代行と古賀伸明・連合会長は2014年10月6日(月)のBSフジ「プライムニュース」に出演し、岡田さんが第47回衆院選の小選挙区の野党統一候補の調整をするものの、連合による選挙応援は、古賀会長ら連合幹部が候補者ごとに選んで行うことなどで一致した見解を示しました。

 古賀さんは、海江田新執行部について「人事の評価は私はしない。ただ、国民の信頼を取り戻すために党が一丸になってほしい」と語りました。

 岡田さんは、「先日の海江田民主党代表と江田憲司維新の党共同代表らの党首会談では、選挙協力の話は出なかった」としたうえで、岡田さんが小選挙区ごとに、自民党以外の野党議員について「国会での共闘を積み重ねたうえで、自民党にかわる選択肢を1つの選挙区に1人ずつ擁立したい」とし、「軽々に言えませんが、民主党がまったく譲りませんとは言いません」として、公認内定時に条件が付いていることをあかし、地域での活動実績や、調査に基づき、他の野党の現職を野党統一候補にする調整をしていくことを明言しました。

 古賀さんは「民主党の候補者であったとしても当然にして連合から応援してもらえるものではない」として、民主党にかかわらず、野党統一候補の連合応援は、「これまでもそうだが、候補者ごとに面接して、考えがあう人を連合が応援する」としました。2009年の総選挙では、「今だから言うが、民主党が政権交代するならば応援しようという考えで、候補者によっては考え方がちょっとどうかなという人も応援することに決めていた」とあかし、今後は、地域ごとにていねいに選ぶ考えをしめました。

 古賀さんは、連合傘下自治労と対立関係にある、大阪の維新については、「大阪は、今の状況なら応援できません」と断言しました。これに先立ち、岡田さんは「維新の党の内部(の現職国会議員)にも、民主党(の現職や公認内定者)と選挙区がバッティングしていたら残れない人はいっぱいいるから、維新の中でも考えを調整していってほしいと思います。他党のことだから、これ以上言いませんが」と述べました。

 岡田さんは最後に、パネルに「日本再生」と書きました。

 岡田さんは「民主党再生ではなく、日本再生のために民主党が再生することが大事だ。選択肢の無い政治はダメだ」とぶれない信念を貫きました。

 
[写真]フジテレビジョンの秋元優里岡田克也・民主党代表代行と古賀伸明・連合会長、BSフジ「プライムニュース」、2014年10月6日(月)、テレビ画面から筆者(宮崎信行)撮影。 

 プライムニュースは、担当が少し変わったようで、新しく秋元優里アナウンサーが、反町理・政治部編集委員(兼解説委員)とともに番組を進行。

 秋元アナウンサーは番組公式ウェブサイトで、抱負を次のように語っています。
 「産休、育休でおよそ一年、子育て中心の毎日を過ごしながら”保活”、”待機児童”、”職場復帰”など、身近な問題として考えさせられました。母になった今、再び『BSフジLIVE プライムニュース』を担当することとなり、とても楽しみです。私たち、そして子どもたちが暮らしやすい未来の“日本の形”について様々な角度からじっくり、皆様と考えていきたいと思います」

 秋元優里アナウンサーは2010年12月20日(月)に民主党ホールで開かれた与党・民主党の岡田克也幹事長の定例記者会見(司会=糸川正晃副幹事長)で、2回質疑しています。 

[民主党記者会見録から引用はじめ]

(前略)
【記者】先日、菅総理が「発信力」という言葉を口にされているが、今回の小沢さんの招致問題では小沢さんが政倫審出席拒否ということで手詰まり感があるが、今、国民に伝えたい、発信したいメッセージは何か。

【幹事長】この問題は、要するに疑惑を持たれた政治家が国会において説明をすべきであるという、非常に単純なことなんですね。よくメディアの皆さんは「権力闘争である」とか「ゴタゴタしている」と言われますが、われわれはそういうことを考えているわけではもちろんありません。とにかく、きちっと説明する、そのことを何とか実現したい、そう思って取り組んでいるところです。

(中略)

【記者】小沢元代表は政倫審の議決があっても出席しないと。つまり国会の方針に従わないとしている議員がいる民主党のガバナンスはどうなっているのか。

【幹事長】政倫審でお話をするということは、これはかなりのことですから、いろいろな議論はあり得るのだと思います。ただ、大変残念なことであると思います。これは代表も「ぜひ出てください」と言われたわけで、それを拒否されたことは非常に残念なことです。しかし、それが最終的なものなのかどうかということについて、私はまだ諦めてはおりません。

(後略)

[終わり]

 この2つの質疑は秋元アナウンサーが岡田さんにバシッとし聞いた質問。とくに政治という曖昧なルールの権力闘争になれきった私には、秋元アナウンサーが政党というものに対して「ガバナンス」という言葉を使ったことに大変新鮮に感じました。

 そして、このやりとりは、秋元アナウンサーの声も含めて、当夜2010年12月20日(月)のNHKニュース7で放送されました。記者会見内の情報はすべて共有しますから当然こととはいえ、フジテレビの看板アナウンサーの声がNHKニュースで流れたのは異例ではないでしょうか。

 ちなみに、この1週後の岡田さんの記者会見に出席した、日経CNBCの看板キャスターの原田恵理子フリーアナウンサーは、「3・11」の相場混乱も冷静に報じた後、フランス留学中に、フランス人男性の伴侶を得て、結婚し、出産されており、岡田記者会見は、働く母の味方という感じがします。

 ただ、上に引用したBSフジのウェブサイトで、秋元アナウンサーは「産休、育休1年」と書いてますが、2年というわけにはなんでいかなかったのかな・・・これからも、びしっと言ってほしいですね、びしっと。たぶん、漱石の「三四郎」に出てくる里見美禰子って秋元優里さん似だったんじゃないかな。
tag (宮崎信行)

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岡田克也さん「1つの選挙区は1人にしぼる消極的候補者調整をやる」国政選挙担当代表代行、テレ東番組出演

2014年10月04日 16時15分49秒 | 岡田克也、旅の途中

 岡田克也さんは2014年10月4日(土)放送のテレビ東京「田康弘の週刊ニュース新書」に出演しました。

 岡田さんはさる9月16日から、3年間つとめた「民主党最高顧問」を降りて、海江田万里代表の求めに応じて、民主党代表代行(国政選挙担当)になっています。3年ぶりに民主党役員会メンバーに復帰しました。

 田勢さんは国会第1週を振り返り、「与党が強いだけでは面白くない。野党も頑張ってもらわないといけない」と語りました。

 岡田さんは「アベノミクスも一時の熱狂から冷めている。(総理は)安倍さんではない、という選択肢を用意していく」としました。

 民主党随一の経済通である岡田さんは「地方はガソリン価格が上がったのが大きい。コメの(買い取り)価格が下がったので、消費に慎重になっている」と語り、ガソリンと米買取の価格上昇が消費マインドを押し下げていると分析。アベノミクスについては、「2本目の矢は即効性があったがもう使えない。1本目の矢は為替を見ても限界だ。3本目の矢しかない」と(政府側からすれば)厳しい見立てを示しました。

 第47回衆院選では、「候補者調整という形で、1つの選挙区で野党は1人としぼる、消極的な候補者調整をしていく」とし、橋下徹・維新の党共同代表のワーディング「選挙協力」は使わないとしました。野党各党の政策面では「選挙のときはすべて一致している必要はない。政権をとったときに、これはこれでやります、という部分だけは一致していれば良い」と語りました。

 民主党の現状について、番組のアンケートで印象が「変わらない62、上がった0、やや上がった0、やや下がった23、下がった15」という街頭アンケートを見た後で、田勢さんは「次の選挙で出る人が街頭演説しているの見たり、地域で活動しているのを聞いたりしない」と問うと、岡田さんは「我々現職と落選している人では状況が違う。(政治活動の環境面だけでなく)情報量も違うし。街を歩けば怒られる人もいる。私もだいぶ怒られたが、それで怯んでいるのではないか」と分析しました。

 田勢さんから次の選挙での獲得議席予想を問われると、岡田さんは答えず、「それよりも、衆議院の獲得議席のブレが大きすぎるのは問題がある。政治はギャンブルではないので、有権者はよく考えてほしい」と語りました。

 まとめとして、「日本のために民主党はどうするのか」との題で、パネルを書きました。

 「(1)人こそすべて(2)未来への責任(3)多様な価値観」

 としました。チルドレン・ファースト、財政健全化・社会保障の安定、民主党の立党の精神やヘイトスピーチ問題を念頭に入れているようです。

 

 

  

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民主党海江田万里代表、岡田克也さんを代表代行に 澄んだ心で

2014年09月15日 23時59分59秒 | 岡田克也、旅の途中

 民主党(DPJ)の海江田万里代表(衆議院当選6回、65歳)は、代表代行に岡田克也・最高顧問(衆議院当選8回、61歳)を充てることを決断しました。

岡田克也さんの代表代行就任は初めて。

 最高顧問から代表代行になるので、降格人事ともいえそうです。

 第46期衆議院の海江田体制では、代表代行は、大畠章宏さん、高木義明さんと、岡田克也さんら「1990年初当選連続8回当選4人組」がひきつづきつとめ続けることになります。(他に赤松広隆・衆議院副議長)。「4人組」の先輩は、11期の横路孝弘さん、菅直人さんの「三権の長経験者」しかおらず、ベテランが海江田代表を支え続ける構図が続きます。蛇足ですが、自民党では3日、山口俊一さんが国務大臣になりましたので、1990年衆議院初当選の連続8回当選者合計13名(自民党9名、民主党4名)は全員が閣僚経験者となりました。


 あす、2014年(平成26年)9月16日(火)午後1時から岩手県で開く両院議員総会で、まず副代表として提案し、満場一致で承認。その後、海江田代表が、岡田副代表と高木副代表に対して、代表代行に就任するよう要請。岡田副代表と高木副代表がその要請を仮に受けいれれば、代表代行として、代表の職務を代行し、補佐します(民主党規約第12条)。

もともと、民主党は3党が統一した政党なので、3党首(菅直人さん、羽田孜さん、中野寛成さん)を「代表、幹事長、代表代行」として処遇するため、副代表のなかから、代表の独断で代表代行を指名する党規約が1998年にでき、現在まで引き継がれています。

 第47回衆院選での政権交代をめざすほか、第24回参院選(2016年7月11日か)の候補者の公認調整でも、海江田代表を補佐することになりそうです。

岡田さんは2011年8月に菅直人さんの代表・総理辞任とともに幹事長を辞め、役員会メンバーから外れていましたが、3年1か月ぶりに役員会メンバーに復帰します。最高顧問として出席していた常任幹事会には、引き続き代表代行として出席することになります。

 海江田代表の任期は2015年9月末までで、岡田さんは、第18回統一地方選(2015年4月12日、26日)のほか、2015年4月26日に、トリッキーな選挙区で、衆議院統一補欠選挙がある可能性があす以降浮上する見通しで、全国民主党の底上げを徹底し、政権再交代を澄んだ心で目指すことになります。

民主政調会長に福山氏、国対委員長に川端氏を内定(朝日新聞) - goo ニュース   


 民主党の海江田万里代表は15日夜、党本部で新しい党役員人事を発表した。幹事長に枝野幸男元官房長官を起用するほか、政調会長に福山哲郎元外務副大臣、国会対策委員長は川端達夫元総務相をあてる。代表代行を2人置き、岡田克也元副総理が国政選挙を担当し、高木義明元文部科学相は留任する。16日午後に岩手県で開く両院議員総会で正式決定する。

 海江田氏は「もう一度原点に戻って民主党の考え方を正面からぶつけ、自民党の政権に対峙(たいじ)していきたい。そういう布陣になっている」と強調した。

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