内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「自由の自は「みずから」であって「おのずから」ではない」― 九鬼周造「人生観」より

2022-05-18 04:20:59 | 読游摘録

自由の自は「みずから」であって「おのずから」ではない。性格からおのずから流れ出る行為は既に自由の領域を脱して法則の必然性の領域へ移ってしまっているとも云える。もっとも、個々の自由な行為が集積して習慣によって法則化したと考えればそれでもいい。だが一方に性格そのものの起始を歴史的社会的所与と見做し、他方に性格から自然に出る行為という意味以外に自由を認めないならば、それは歴史的決定論へ帰ってしまう。真の自由は個々の行為の選択そのものに存しなくてはならない。自由なる行為は性格を造ると共に毀ち得るものでなければならない。自由は瞬間瞬間に行為を無から創造するのでなければ本当の自由ではない。従って自己とは実体のような単なる連続ではなくて、非連続の連続という構造を有ったものである。

九鬼周造「人生観」、『人間と実存』(昭和十四年)所収。初出『理想』昭和九年十月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿