内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

ルソーにおける「透明な母性愛」への渇仰

2023-06-08 16:55:18 | 読游摘録

 時間的順序は逆になってしまったが、ルソーに「マルゼルブへの四通の手紙」を書かせる直接のきっかけとなったマルゼルブの一七六一年一二月二五日付の手紙の一部を木崎喜代治著『マルゼルブ フランス一八世紀の一貴族の肖像』から若干改変して引用する。

貴殿の生の不幸をなしているこの暗いメランコリーは、病気と孤独によって大きく増幅されていますが、わたしは、それが貴殿にとって自然なものであり、その原因は身体的なものであると考えます。また、他人がそれを知ったからといってご立腹になるべきではないとさえ思います。貴殿の生活方法はあまりにも特異で、しかも、貴殿は、公衆がそれにかかわらずにはいられないほど有名なのです。

Cette mélancolie sombre qui fait le malheur de votre vie, est prodigieusement augmentée par la maladie et la solitude mais je crois qu’elle vous est naturelle et que la cause en est physique ; je crois même que vous ne devez pas être fâché qu’on le sache. Le genre de vie que vous avez embrassé est trop singulier et vous êtes trop célèbre pour que le public ne s’en occupe pas.

 マルゼルブの手紙を引用した後、木崎氏は次のような説明を加えている。

マルゼルブからの手紙を受けとったルソーは、おそらく、マルゼルブの好意に感謝しつつも、自分がかれによってさえ理解されていない、と感じたにちがいない。というのも、マルゼルブはルソーの精神の危機の原因を孤独と病気という物理的なものに帰しているからである。ここで、またしても、透明な母性愛とでも称されるべきものを求めるルソーの渇望がマルゼルブにさし向けられる。つまり、一月四日から二八日にかけて、あの有名な、長文の「マルゼルブへの四通の手紙」が書かれる。ルソーは、この自分の生涯を回顧することを通して、自分の真実を、自分の生き方の真実を示そうとする。そして、この四通の手紙を核として、ルソーさいごの大作『告白』が綴られていく。(121頁)

 そして、四通の手紙は、未完に終わったルソー最後の著作『孤独な散歩者の夢想』の種子でもあったろう。それはさておき、この引用のなかにある「透明な母性愛」という表現はどういう意味で使われているのだろうか。
 ルソーの母親はルソーを産んで九日後に産褥熱で亡くなっているから、ルソーは母性愛を知らない。この欠落がルソーのなかに母性愛への渇仰を産み、その渇仰のなかで母性愛がいわば母なき母性愛として純化された状態を指して「透明な」と形容したのであろうか。