市立武道館と山田城址説明板。
所在地:草津市南山田町 マップ:http://yahoo.jp/hLxLK1
現 状:草津市立武道館
区 分:平城
遺 構:堀痕(用水路)、説明板
築城期:鎌倉期
築城者:山田氏
城 主:山田左衛門尉秀資
訪城日:2013.12.5
お城の概要
今は草津市武道館が建っているところが城跡です。
武道館建設前に発掘調査が行われ、二重の堀が検出され、城は円形をしていたようです。今は武道館前に説明板があるのみです。
発掘時:http://www.oumi-castle.net/second_page/yamada/yamada.html
歴 史
鎌倉期から室町期まで山田郷を領した山田氏の居城とされます
「江州南北諸士帳」に、南北山田 住 山田幸之進の名が見える。
山田城は、矢橋・志那と並ぶ琵琶湖の湖港山田港を支配した山田氏の城である。築城は13世紀ごろに遡るとされる。
永禄十一年(1568)、織田信長が上洛の軍を興して近江に進軍すると、城主山田左衛門尉秀資は信長に抵抗し、滅ぼされた。その後の山田城主については不明だが、元亀二年(1571)の比叡山焼き討ちに際して、信長が一時山田城に入城した。廃城時期については不明である。
山田城は、琵琶湖の旧湖岸沿いに走る浜街道に面して築かれています。現在、城跡には市立武道館が建設され、遺構は残っていません。建設に先立ち、平成十二年(2000)に発掘調査が行われました。その結果、山田城は2条の円形の堀に囲まれた、単郭の城であったと推測されています。このうち1条目の堀のすぐ外側を同じように囲む2条目の堀は、戦国期に増設されたものであると考えられています。
円形の縄張り、山田城が13世紀の築城当初から円形であったとすると、非常に貴重な城跡である。
参考資料:滋賀県中世城郭分布調査、淡海の城、近江の城郭
本日も訪問、ありがとうございました!!!感謝!!