その名も‘大阪あそ歩’1,000円に参加して散策してきました。緑橋と聞いた事も無い駅で集合、地図を見ると環状線の森ノ宮から地下鉄で1駅、もうちょっとで東大阪市でした。
森ノ宮から緑橋まで歩きましたが、途中に高層な公団住宅があり、平野川が流れる事無く汚く流れ、中央大通り上に阪神高速と、そして緑橋と言っても川も橋も無く、一駅がとても遠く感じました。
四ツ角に銀行、パチンコ屋、マンションそしてテークアウトのサンドウィチ屋さんと、お昼を食べる為に、四方を歩いて、兎に角安い390円のから揚げ定食がある‘よしまん’に入り、高級チキンカツ特製トマトソース490円を安く美味しく頂きました。安い!
昼食後、集合場所に行くと、既に10名程来て最終的に16人となり、いよいよ千間川(せんげんがわ)ノスタルジック散歩に出発です。ガイドはこの辺りに住んだ事のある人で、サブガイドが奥さんで、大阪らしくあめちゃんを2個配ってくれました。
駅を出て、にしん巻きで有名と言われている山本、ここから左に折れて、早速、‘燈(あかり)’2008年9月に町屋を再生した昭和の複合施設でした。オープン部分に駐車スペースもあって、右側に箕面の地ビールも出すカウンターバーがあって、左前に帽子専門店、週末には色々イベントがあるそうです。帽子専門店と言うだけあって、オリジナルなあつらえのも作ると言う事で、2階が 貸しスタジオになっていました。
緑橋のいわれをガイドさんに聞くと分らない、歩いている所が千間川の埋め立てた後、その埋め立て用の土はどこから持って来たのかと聞くと分らない、多分、地下鉄工事の土かも知れないと言ってました。道路の左右の家々が低いのは、今歩いている所が昔土手であったと言うのを聞いてなるほどと思いました。
白山神社は、この地域の氏神さんで、幹回り5mもある立派な のしを巻いたイチョウの木は大阪市内で一番と言う話でした。大阪冬の陣では本田忠朝が物見をしたと説明がありました。鳥居の柱の縦は石で、上の横の棒に紐が巻いてありましたが、何か謂われがあるのかなと思っていました。丁度神社の方が出て来たのでその謂れを聞くと、通常良くある、竹とかで作っていたとの話でしたが、私は初めて見たものでした。
その隣は正園寺で、この辺り一帯が明治18年の大洪水で もともと寺子屋であったのが消滅したそうです。京に向かう杉山街道を行くと、丸いモダンな建物が見えてきて、大阪市で3番目となる下水処理場だそうですが、下水からの水で鯉とかも住める様になって桜の名所の並木があり綺麗になってました。
この辺りは、下町で銭湯が多くありましたが、扶桑薬品の様に薬関係の会社も多いと言う事でした。細い道の奥に、ここだけ別格CarpeDiem(ラテン語で‘今を生きよ’)と言う300坪の庭園を持つゲストハウスがありました。主に外人が泊ると言う事ですが、第一日曜日にお茶の会を開催すると言う話を聞き、是非とも又来られればと思ったのでした。
こうやって見ると、自分自身では見つけられない事が発見できて参加して良かったと思います。
森ノ宮から緑橋まで歩きましたが、途中に高層な公団住宅があり、平野川が流れる事無く汚く流れ、中央大通り上に阪神高速と、そして緑橋と言っても川も橋も無く、一駅がとても遠く感じました。
四ツ角に銀行、パチンコ屋、マンションそしてテークアウトのサンドウィチ屋さんと、お昼を食べる為に、四方を歩いて、兎に角安い390円のから揚げ定食がある‘よしまん’に入り、高級チキンカツ特製トマトソース490円を安く美味しく頂きました。安い!
昼食後、集合場所に行くと、既に10名程来て最終的に16人となり、いよいよ千間川(せんげんがわ)ノスタルジック散歩に出発です。ガイドはこの辺りに住んだ事のある人で、サブガイドが奥さんで、大阪らしくあめちゃんを2個配ってくれました。
駅を出て、にしん巻きで有名と言われている山本、ここから左に折れて、早速、‘燈(あかり)’2008年9月に町屋を再生した昭和の複合施設でした。オープン部分に駐車スペースもあって、右側に箕面の地ビールも出すカウンターバーがあって、左前に帽子専門店、週末には色々イベントがあるそうです。帽子専門店と言うだけあって、オリジナルなあつらえのも作ると言う事で、2階が 貸しスタジオになっていました。
緑橋のいわれをガイドさんに聞くと分らない、歩いている所が千間川の埋め立てた後、その埋め立て用の土はどこから持って来たのかと聞くと分らない、多分、地下鉄工事の土かも知れないと言ってました。道路の左右の家々が低いのは、今歩いている所が昔土手であったと言うのを聞いてなるほどと思いました。
白山神社は、この地域の氏神さんで、幹回り5mもある立派な のしを巻いたイチョウの木は大阪市内で一番と言う話でした。大阪冬の陣では本田忠朝が物見をしたと説明がありました。鳥居の柱の縦は石で、上の横の棒に紐が巻いてありましたが、何か謂われがあるのかなと思っていました。丁度神社の方が出て来たのでその謂れを聞くと、通常良くある、竹とかで作っていたとの話でしたが、私は初めて見たものでした。
その隣は正園寺で、この辺り一帯が明治18年の大洪水で もともと寺子屋であったのが消滅したそうです。京に向かう杉山街道を行くと、丸いモダンな建物が見えてきて、大阪市で3番目となる下水処理場だそうですが、下水からの水で鯉とかも住める様になって桜の名所の並木があり綺麗になってました。
この辺りは、下町で銭湯が多くありましたが、扶桑薬品の様に薬関係の会社も多いと言う事でした。細い道の奥に、ここだけ別格CarpeDiem(ラテン語で‘今を生きよ’)と言う300坪の庭園を持つゲストハウスがありました。主に外人が泊ると言う事ですが、第一日曜日にお茶の会を開催すると言う話を聞き、是非とも又来られればと思ったのでした。
こうやって見ると、自分自身では見つけられない事が発見できて参加して良かったと思います。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます