旅、思いで思い出し           何も知らずに旅にでた!

昔ズート昔、旅をした。何も知らない私が、若かった,若いだけだった!
半世紀前の事....

335 日本語 

2013-10-26 06:50:50 | 思い出日記
 戦後に生まれの私ですから思うのですが、戦争中、敵性用語を使っては駄目だと馬鹿な考えを現実化したものと思います。当時は外来語がまだ現在より段違いに少なかったから可能になったのと思うのです。そんな精神論で戦争に勝てると思ったのでしょう。

 敵性用語として、清水義範さんが本の中で、キャバクラ(水商売)、ディスコ(舞踏場)、セクシーなスーツは(性的な上下揃い服)、ボディコンは(肉体挑発服)、トレンディ(当世風)テレビ(電映機)ビデオ(録映機)レーザーディスク(光針式映盤)パンク(破裂風)ファッション(時装)デザイナー(創装家)コーヒー(黒茶)等、色々言ってます。もう既に古くなっている言葉もありますが、中国語も書いていますが、必然的に日本人同士の会話は難くなって来ます。

 カタカナそしてひらがな等が無い中国は、それを多分、反面、実践しているのは凄いと思います。日本人は戦後直ぐに、英語を日本語に取り入れた事といい、戦争をした相手と言う事を忘れ去りました。これは明治維新前と同じ事で、古い話としてしまうのも民族性なのでしょう。

 話がそれました(何の話か忘れました)が、その昔、英国で英語を習っている時に、英語が一番語彙が豊富であると先生が強調して言いました。その言葉は7つの海にまたがり、世界中から色んなものを吸収したと言うのでした。英語が語彙の多さは、世界で一番だと言い切っていました。そんなはずが無いのにと聞いていました。英国に誇れるものは、当時は言葉だけだったのかも知れません。
 英国病と言われる時、ある英国の大臣は、輸出するものは英語だと言っていたのも理解できます。現在の日本はもっと自信を持って言葉を誇りを持って言語を輸出するべきだと感じます。
 
 日本語には大文字が無い、代わりに漢字があり、音訓と1つの語から幾つも発音と言葉ができます。英語はそのローマ字の数が少なく、限度があると思われます。反面、益々ついて行けなくなるほど日本語の語彙が増えていますが、外国はどうなっているのでしょう。

 実際、江戸時代までは、日本語も限られた世界で話されていたのですから、日常語しか使わなかったでしょう。今の私状態、歩いていける所だけ、会う人々、生活範囲が、ほぼ人生総てであったと想像できます。我々の先祖は、この状態で、新しい事とかも無かったはずですから、語彙も限られていた事と思います。

 それが、今や簡単に日帰りで大阪から東京に行けるのが当然のようになって、海外も近くなりました。そしてテレビ、ネットで何でも手に入る様になり、限り無く広い世界におかれて、新しい言葉が増えました。

 フツーニヤバイ(=‘おせいじ抜きで凄い’)とばかり言ってられないほど、我々年代の人間、ついて行くのが恐ろしい程です。言葉が増えると言う事はボケの対策として良いと思うのは私だけでしょうか?
 今ある言葉で大丈夫と無視しているかも知れないです。私もそうならない様に気をつけます。
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334 便利を使いきれない... 

2013-10-19 07:00:00 | 思い出日記
 10年20年前は、ついこの前となって来ました。反対に、数年前まで成田空港に勤務していたのはズート以前の事と思う様になって、年を取るとはこういう事かと不思議です。成田勤務をしていなければ、あれだけ多く若い人に接する事も無かったと思います。私も若いつもりで、働いていましたが...

 本当に時の過ぎるのが早いです。改めて振り返ると、成田でお客の前を先導して乗り換え便迄間に合う様に走ったり、荷物引き取り所でお客にどなられもしました。沢山の外タレにもあった自分が空港勤務等が出来た事が幻のようです。いつでも行けた海外旅行も遠くなり、そして特に行きたいとは思わなくなりました。新しい発見、出会い、付き合いが少なくなってせいかも知れないですが、一日が嘘の様に早く過ぎます。

 今こそ、かきくけこ、そうです、か感謝、き希望、くくよくよしない、け健康、こ行動を起こさなければいけないと思いました。まだ、失うものがあるのか、この状況を怖ろしく思いますが、この行動が鈍くなっています。

 10年前には思いもしなかった、ネットで職探し、仕事を探そうとインターネットで社員募集を見ていて介護タクシーの乗務員大募集、もう直ぐお客になるかも知れないと寒くなりました。

 体力とやる気はまだまだあるのに、何も年で制限を設ける事ないと思います。これも若い人に仕事が無いせいかも知れないです。気をつけなくてはいけないですが、すでに古い人間になってしまって、スマートフォンを必要としない。ましてlineが良く分らない、興味と必要を感じない。そして、殆ど掛かって来ない携帯、今あるもので充分と思う様になりました。

 先日、驚いたのがマンションの住人ですが、高齢者で身体がご不自由にも関わらずパソコンをされている事でした。私の年代が仕事でPCを使う最高年齢になっていると思っていたのですが、便利になりました。

 スマホ自体必要と思えなく無くなってきたのは、付き合う人が限られて、時代について行けなくなったのを実感します。中高年限定の職探しサイトも自分で創ればいいのですが、もうその気力がありません。

 そして、ある日突然、映画館で切符を自動販売機で買う様になりました。今年初めてそれを見た時には、今まで沢山の切符売り場の受付に人がいたのに、そこには機械だけあると異質な感じがしました。今までの働いていた若い人は何処かへ行きました。

 駅、映画館と自動のものがどんどん増えてきていますが、対応できない人は増えています。便利になった分、今まで、インフォメーション等、受付で聞いていたものが聞けなくなりました。エレベータガールはもう直ぐに死語になります。人減らしの影響が、町に年寄りや知恵遅れの方達は、益々一人で出ずらくなって行くようになりました。それこそ、なんとかしなくてはなりません。
 
 
  
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333 祭の季節 ‘よ~いあさ~ !’

2013-10-12 07:00:00 | 思い出日記
 祭りの季節です、京都は春の葵祭りの始まり、優雅なものが殆どです。提灯を家の軒先に、巻き寿司、鯖寿司を出されたのを思い出しました。サバは嫌いでした、今なら何でも食べるのに惜しい事をしました。時代祭りは、ピィヨロホットイテと幼稚園の頃に騒いでいました。祇園祭りは勇壮な?コンコンチキチンで、やっぱり京のお祭りはゆったりしています。
 
 灘のけんか祭は、初めて見た時は本当に驚きました。開催日が、今日から15日と3連休と重なったので例年以上凄い人になると思われます。日本人がこんなにたくましかったかと思える程体格が良い人達が、まわしを締めて神輿を押して(昔はかついでいたそうです)家々の前を歩いて行きます。親戚の家が近くにあるので、段々畑の棚田が桟敷席になっていて座って下の方に見た祭りは人が一杯で、丁度ローマのコロシアムにいるように感じたのでした。 各町内色分けしたカラーで‘よ~いあさ~’の掛け声と共に、棚田の底で神輿をぶつけ合う姿が繰り広げられる姿は見る価値十分です。

 そこへスイス人の友人を連れて行った事があります。日本に来る約束から既に30年以上経っていましたが、彼氏と2人でやって来ました。休みを2週間程取って、案内役に徹して毎日200キロ以上走行して、葺き屋根で有名な京の美山町、奈良、勿論京都等を色々案内しました。

 丁度そのスイス人を連れて行った時、神社での予行と言う形になるのか神輿合わせを見ました。残念ながら棚田迄行けなかったのです。雨の中でしたが、見るのに熱心になって姫路城に行くのに時間が無くなった位でした。この地域では、学校も休みになり、一年で一番盛り上がると聞きました。

 思い出すのが、確か半世紀以上前に映画『世界残酷物語』で取り上げられた、パンプロナの牛追い祭りに行ったことです。そのスイス人も友人のバスク人、名がロケにそのお祭りを見せてもらった時も、丁度こんなだったと思います。牛追い(本当は牛追われ)の前に、朝早くから赤のバンダナを首に巻き、白い服でまとまった小人数の鼓笛隊が、幾つも町中練り歩いている姿がとても印象的でした。こんなのをテレビでモット映せば良いのに残念です。

 闘牛場には牛の前を走ったら、そのまま中へ入って無料で楽しめました(私は有料で正面入り口から入りました)。全然残酷ではなくて、獰猛な若い牛には、角にカバーをし、乳牛も出て無料の人でいっぱいの闘牛場に放して、面白かったでした。(その後、マドリッドで見た闘牛は残酷でした。)

 朝早くサンセバスチャンからパンプロナ迄行ったはずなのに、祭の印象が強烈だったのか道中はマルキリ忘れてしまいました。唯一車を友人が運転したのを思い出します。外国のお祭りを見たのは後にも先にもこの一回切だったと思います。今思い出しましたが、社会人になってから、京の祭の様なパレードだったと思いますが、アムステルダムでも見ています。

 これ以外にも見ているかも知れないですが、印象が強いので紹介しました。世界のお祭りは何故か共通するものがあるのですね。


 
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332 ハロウィインがもう直ぐ

2013-10-05 06:54:12 | 思い出日記
 ネットを見ていると画面に占いが出ていて、別に占いというものを信じた訳ではありませんが、無神論者(なんでも宗教受付ですら無神論者では無いかも?)としてもちょっと気になるモノです。
 
 名前が登録済みのサイトを何とは無く見ていると、占い師"花涼さん"と言う方が 『私の「姓」からは、とても身軽なオーラが感じられます。楽しそうな会話を敏感にキャッチする能力があり、「楽しそう」と思ったらすぐ行動に移したくなってしまう。小さなことは気にしないので、周囲から「やめておいたほうがいい」と言われたって、さほど気にせず前進していくのでしょうね。たとえ失敗しても、空回りしてしまっても、時間が経つとすべてが笑い話になってしまうのかもしれませんね。何があっても前向きでいられる、そんな明るさに救われている人って、意外に多いと思うんです。』と書いてありました。

 当たっているかどうかは皆さんの判断に任しますが、宝くじより多少当たっているかも知れないです。自分に照らし合わせて見ると、例えば「周囲から、やめておいたほうがいい」と言う事ですが、そう言われた事も忘れています。多分気にせずに進んでいた思います。今振り返れば、それで失敗が多かったのかも知れないです。と言う訳で、笑い話にならないです。

 同じ姓の家族みんな、こんな調子だったのかと考えさせられます。占いと言うものが半信半疑であるのも、姓だけで、1族みんなこんなことは無いと思うのです?
 でも、占いと言うのは確率で沢山の人が、その確率を良い意味でも悪い意味でも、信じたくて見ていると思うのです。その占い種類がありますが、当たるも八卦、当たらぬも八卦、よくまあこんな事、本当の事を良く言い当ててます。

 まだ飾りつけが早いと言われたハロウィン、もう直ぐ、早いものです。我が家の飾りつけで忙しかったです。最近は大阪南のアメリカ村でハロウィンの夜に盛り上がって、少し以前と様子が違うようです。テレビで見るのですが、明るくやるのは良い事と思います。しかし、その流れについていけないです。謂れを知らなくても、日本人は楽しい事であれば、それに乗っかって行くと思います。

 これも狭い日本で、プロパガンダ宣伝効果抜群で画一化される日本、流行りについて行くと思います。又、テレビが大きく影響していると思います。そう言う訳で、我が家、と言っても私だけですが、ここ数年クリスマスイルミネションが続いてあるのでハロウィンもそれなりに力をいれています。

 近所に若いご夫婦が多く子供も多いのに、ハロウィン飾りつけしているのは我が家だけです。娘もいなくなって、でもTVを見て、全く盛り上がっていないかと言うと、そうではない事が分ったのでした。近所の子供達にクリスマスイルミネーションを早く点けて下さいと子供達に言われたので今年も頑張ります。
 
 でも、この辺りで、今の所、ハロウィンの飾りつけているのは我が家だけです。
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