元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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「昔見た午後の神様」:kipple

2005-08-18 00:26:00 | kipple小説


     「昔見た午後の神様」


 一匹のハエが白い地面に足を捕らわれた。

 ハエは空中に飛び出そう、出そうと細い足で、地面に結び付けられた小さな黒い肉体を振り回した。

 地面は強力な粘着力で、決して足を離してくれなかった。

 黒い点が原子の回転に似た動作を迫る死に向かって続けているのを知っているものは誰もいない。

 ハエは狂ったようにもがき、絶叫した。

 塗りたての横断歩道のペンキの上で、しばらくして小さな倒壊音が起きた。

 ハエの身体はペンキに埋もれ、静かに、しかし、凄まじい抵抗の末に、そのペンキの中へ落ちて行ったのだ。

 静かな時が、死骸の上を過ぎてゆき、次第に乾いて固まるペンキの中でハエは乾燥していった。

 幾日かが経ち、その上を踏みつけた少女がいた。

 少女は不思議な感覚に、ほんの一瞬おそわれたが、それが何だか少女に分かるはずも無いし、気の狂いそうに短い時間の中で少女は今の感覚を忘れてしまった。

 空は限りなく広がっていた。

 少女は、その広がりを、目を通して頭の中で、より広げる事ができた。

 少女の内部は、今まさに、無限の虚空なのであった。

 そこには雲も風も太陽も無く、果てしない空だけの世界であった。

 少女は白痴だった。

 しかし少女は自分だけの、まぎれもなく純粋な世界を完璧に作る事ができたのだ。

 少女は、いつも黒い服を着ている神様という男と、小さなアパートで暮らしていた。

 少女は神様を、とても愛していた。

 神様は放浪癖があり、時には2~3ヶ月程帰らぬ時があった。

 今も少女がアパートのドアを開けると、さびしい、さびしい、誰もいない夕暮れの部屋がポッカリと口を開けて彼女を待っていた。

 少女は畳の上に寝転んで、窓の外の赤いせんこう花火のような太陽を見続けた。

 隣りの部屋の女子大生が食事を運んできてくれるまで。


                    


 醜い岩が幾千も、つらなる海岸で、神様は少女が見ている夕陽を、やはり見続けていた。

 神様は膝の上の携帯演算機の鍵盤上で目にも止まらぬ速さで両手の指を動かしていた。

 目で少女が今見ている夕陽を見つづけながら、神様は激しく鍵盤を叩いてセルを集めていた。

 未だかつて存在した全てのセル、存在しなかった全てのセル、存在するはずのない全てのセル、空想された全てのセル、存在してはいけない全てのセル、これから在り得る全てのセル、これから在りえない全てのセル、無限のセルを集め、解析し起動させ融合させ続けていた。

 神様は、夜が静かに訪れるまで、セルを集め続けていた。

 ホテルに戻って、神様は、ロビーで夕刊を取り上げ、ソファーで読むと、ギョッと目を剥き、独白を始めた。


 三島由紀夫と吉田松陰は似ている!

 世界は終わりかけている!

 今、私の目の前で!

 ゆっくりとフェードアウトしてゆく!

 人々は、パタパタと通りを歩き!

 鳥は音をたてずに空に満ちている!

 空から100000000000000本が1本に見える、おばけ煙突を!
     真っ暗くなる前に見たい!

 昔、夢の中で聞いた鐘の音が、今、よみがえる!


 目の前には、ぎっしりと活字が並んでいる!

 視界は、どんどんズームアップされ!

 スポットライトを浴びて、1つの文字が拡大されて迫ってくる!

 死という文字だ!

 死は、どんどん大きくなる!

    

       

           

               

 そして、黒いインクの タ の部分に迫り!

            

               

                  

                     

 最後には、真っ黒で、何も分からないほど、拡大され!

 そして 死 が、はじまる。




                   


This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)



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