元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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音楽室5号 第6章

2021-06-23 06:51:21 | 音楽室5号

 


第6章
(弦の切れる音が、心の中で響く時。それは、人の子供の終わりです)


 暗く油の臭いの染み込んだ洞窟のような黒いバス。

キーホーは、最後部の長椅子のド真ん中に座って“しん”とした車内を見回しました。

乗客は、どうやらキーホーと、燃えつきたトーテムポォルみたいに突っ立って吊り輪にしがみつている嵩張った黒服の女だけのようでした。


 紫色の月光が、あちらの窓から、あっちらの窓へと、猛スピードで、するすると突き抜けていきました。

「あっ。」 思い出しました。

「夜子。」 キーホーは叫びました。

 

yoruko

 

 黒服の女が、ぐるりと首を反転させて振り向きました。

そして、その冷たく、鋭角的(シャープ)な眼差しに照射されますと、キーホーは遠い昔、黄色い空間(イエローゾーン)の教室で彼女に、ちっちゃな赤鉛筆を借りたいといふ水色のゼリーのよふな記憶が突然、海馬の内側の中心点からドライアイスの、ひんやりした煙みたいに、ふんわかと、プカプカと、やって来るのを感じてしまいました。


 もうキーホーは振るえちゃっていましたね。


 なんだか、すぐにキーホーは、他人と関係を保つことが、おっくうになるのです。

ですから、その記憶がキーホーの懐古趣味(ノスラルジアァ)を刺激しても、すぐに彼女を撃ち殺してやりたいという欲求が、爪先から途方もない勢いで回転しながら漸増的に脹れあがり、ついには頭の天辺に達して、ドッカァァーンです。

恒星の破裂の様に巨大な光粒子がキーホーの内宇宙に拡散し、すぐさま収縮し始めます。

精神の中核にポッカリと黒い吸入孔(ブラックホール)が開き、秩序の保たれていた意識が吸い込まれてしまうのです。


 つまり、恐怖と空漠が同居した奇妙な季節の静かな欠落のようなものです。


 特に何か、ありますか?


  「別に。」


 とにかくキーホーの内面では、その様な恐ろしい(※)が渦巻いていたのですが、外見の方は、もう落ち着いたものでして・・・・・・

十何年振りかの邂逅に感動し、瞳は輝くは、良心的な体つきに善人そうな唇の曲げ具合、と来ました。

その熱心な偽感情表示は、果たして何をもたらすのでしょうか?

キーホーは、密かに期待していたのです。

〇夜子

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼女は完全にキーホーを無視しました。

(夜子は、

       完全に

            僕を無視した。

                     完全に。

 なんて僕は、僕と世界の関わりは、空しいのだろう。

 なんて寂しいんだろう。チョッ。         )

(表情を1Å(いちおんぐ)だって変えやしない。

 果たして生きているのだろうか?       )


 しかし、次にキーホーのセロトニン神経細胞の中に湧いてきましたのは

     “おだやかな波のような平和”

 なのでした。



※注

 ヘラクレイトスは、火は全ての源であり全ては、やがて火に戻るという。
 彼の言う火は全てであり全ては永久ループを行う火の輪の中に存在しているという。
 ヘラクレイトスは、やはりアコネ語を母体とするイオニア語の文章を記した。
 イオニア語には、アルファケンタウリのノイズ言語の影響も色濃く、地球人的思考タンク、意味論ストックでは、全容を理解する事は不可能である。

信じたまえ。半分はデタラメだ。


 



KIPPLE



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