元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

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「雨にうたれて・・・」:kipple

2006-08-06 08:15:17 | kipple小説


     「雨にうたれて・・・」


 窓ガラスにぶち当たった雨は幾何学的な模様を描いて数学嫌いの俺をイライラさせた。はらいせに俺の目前に屹然とそびえているハゲ頭をピシャリと叩いてやった。隣の女子大生風なあばた娘が目を大きく開けて自分の常識の範疇にない俺の行為に説明を求めていた。ハゲ頭は熟睡している様で訳の分からぬうめき声を出してすぐに静かになった。
 バスは夜の高速道路を徐々に激しさを増す大粒の雨に小さな不安を抱きながら進んでいた。

 雨は、長く降り続いていた。俺はシートをリクライニングさせて目を閉じた。

 ハゲ頭がずるずるむけて中から醜悪で攻撃的なザクロが俺を見てニタッと薄笑いを浮かべ泡を吹いていた。予感が脳を刺激すると同時にザクロが俺を襲って来た。

 ハッと目を覚ますと夜が痴呆的に薄れていた。雨は、もう滝状に降っていた。溺れかけた水夫が念願の水死を遂げる間際に仰ぎ見るゆらゆらと揺れる幾万もの太陽の細かい光、波によって拡散された彼の幸福(偽善だ!アホゥめ!)、それに似ていた。海水を通した天使の光は彼をきっと満足させる事だろう。無知とは恐ろしく幸福で不幸な化け物だ。滝状の雨の向こうに、敗北者の惨めな最後のあがきに似た太陽の輝きを水夫を天に導く欺瞞に満ちた光とオーバーラップさせているうちに夢の愚昧で不愉快な残滓が俺の意識の底にボトボトとなだれ込んできた。

 とたんに意識がかすれ、思考力は一つに統一された。(それは不快感をいかにして解消するかという事)俺はその対照物を捜した。白い、いくらか毛深いが格好の良い足が俺の目の下にあった。俺は憶えてるぞ。この足の持ち主(昨夜のあばた娘だ)の俺に対する絶望的な目!けっ、それにしても愚鈍で高慢ちきな娘だ。自分のアバタづらを忘れたか!鋭敏な理解者に認められた全ての行為は全的に正当化されるのだ。昨夜の俺の行為は少なくとも外見的には高貴で美しい印象を彼らに与えるはずだった。外見的というのは彼らに与える精神上の外見も考慮に加えねばならない。

 何故?それは俺が彼らを精神上においても充分に秀でているからである。精密に計算し尽くされて初めて行う偽善だからだ。容易に昨夜俺が演じた情景を、そっくりそのまま一寸も狂わずに俺は脳の中心のスクリーンに写し出す事が出来る。

 俺は窓ガラスから目をそらし世にも美しい表情で醜い無意味なハゲ頭を見た。理解者は、この場面で胸を鳴らし、頬を紅潮させごくごく自然に自然に無上の感慨を次の場面への期待と確信へ転化させ空前絶後の美の迫り来る緊迫感に失禁をも恐れぬのだ。

 残念な事に、理解者はいなかった。自分の薄汚く腐れきった内面のアバタにさえ気が付かぬ無知娘が俺の芸術を鑑賞していただけだったのだ。俺は、その娘のために失禁の美を演じてやったのだ。いや娘は鑑賞なんてしゃれた事はできやしない。彼女は唯、目を媒介に色付きの原子のかたまりを、腐った脳味噌に映していただけなのだ。

 俺は強烈な怒りを憶えた。へたをすると厭世に身体中を侵略されて死の美学を演じてしまいそうだ。まさか?この娘、俺の俗悪な人間的感情の底意を見抜いていたのでは?美で飾った、芸術の裏にある俗物さしか彼女には見えなかったのでは?悪寒が走った。

 背中が波打ち、頭が淀んだ。そんな事はない、断じてあってはいけない、もし、そうであれば俺は、・・・俺は・・俗物をも隠せぬ存在理由のない凡庸な人間じゃありませんかぁ・・・・・・・★

 それから俺は、そのあまりにも恐ろしい想念を打ち消すために、満身の力で娘の白い足を握った。娘は一瞬ギクリとした様だったが黙って目を閉じていた。唇が微かに震えていた。予感めいた刺激が娘の唇から俺の唇へ電気の様に走った。

「こいつ喜んでいやがる。こいつめ、もっと触ってほしいんだろう。」

 娘は両足をすり合わせて俺を招いていた。残酷な考えが頭を走り抜けた。こいつの無知で淫乱な腐れた感性を少しでも思い知らせてやるためには「何もしない事」が一番良いのだ。俺は一度欲情に火をつけられて放り出されたこの娘の心の煩悶を思って満足していた。


 雨を通って弱々しい光が車内に射し込んでいた。乗客はいつの間にか俺とその娘の他に2人と減っており、例のハゲ頭はいなかった。又、悪夢の不快感が頭をもたげそうになったので窓外の溶けたような風景に目を向けた。  雨には様々な思い出があった。雨の作り出す光と影の世界。いかなる極彩色も白黒の画面に変えてしまう雨の破壊的効力。そういえば俺は雨の思い出しか持っていない。もしかしたらこの雨は俺が生まれて以来、ずっと降り続けているのでは。恐ろしい考えに行き当った。俺は懸命に晴れわたった光の世界を思い浮かべた。しかし、そんな光景は俺の頭の上映館には、みじんも映しだされなかった。俺は目を見開き死の予感を知った。

 ・・バスが緩やかに飛沫を上げて止まった。俺は晴れわたった空が自分の観念による産物であるという事を初めて知った。そうだ、俺は雨男なのだ。自覚が芽生えると同時に独創的なあまりに独創的な誇りが俺を満たした。やはり俺は美を創出する選ばれた人間だったのだ。

 娘に対する憤怒が、どろりと血管に流れ込んできた。さっきの不安が、かっ消えた。俺は、やはり美を創り出すために全ての偽理解者のためにあらゆる行為を演じて貢献してきたのだ。これこそ無償の奉仕。至上の美だ。これで俺は確信を持って無知な人間を蔑む事ができる。特殊な宿命を背負った、存在しているだけで高貴で美しい、雨を背負った英雄なのだ。

 俺が消える事によって雨を伴う全ての美は瓦解してしまう、そういう認識に立った、はかない者の持つ蝋燭の炎の様な滅びゆく瞬間に最高に燃え上がる死を前提にした美しさなのだ。ひひ。

 ・・ふと気が付くとバスはまだ止まっていた。蛍光灯が薄暗くしている車内は重苦しい静けさが満ちていた。前部の乗降口が開いていて、寒気が雨を供なって車内に流れ込んでいた。運転手は、ぐしょ濡れになっていた。乗客の何人かは黒い傘をさして文庫本に読みふけっていた。隣の娘は心が抜けたようにポカンと口を大きく開けて雨水を飲んでいた。いつの間にか俺もかなり濡れていた。俺は死を予感していたので狼狽える事はなかったが、迫り来る終焉の美への興奮で落ち着かなかった。雨と、この俺が最後に創り出す至上の芸術。その時は刻一刻と近づいているのだ。

                   * *

 ・・・ゆっくりと・ゆっくりと運転手が立ち上がってこちらを向いた。ハゲ頭だった。彼は、なめるように乗客の顔を見回し、まるで我々の生死を握ったかのように残忍な笑い顔を作った。風雨がドアから彼の横顔に襲いかかっていた。雨音は、あまりにも激しすぎ、かえって冷たい静寂感が漂っていた。彼の声が雨音の底から異様に響いた。
「皆さん。実を言うと、雨は本日正午でちょうど100年間降り続けた事になります。」

 ハゲ頭の凄絶な復讐だった。俺の信念は完璧に破壊され俺の存在は否定されてしまったのだ。雨は彼等の上にも、ずうっと降り続いていたのだ。俺の目は、激しく雨が吹き込んでくるドアをジッと見つめていた。

「さて。皆さんは自分だけが雨男だという間違った想念をお持ちになっていたはずです。
 でも絶望する事はありません。これから皆さんには特権が与えられるのです。
 花を想えば花男。光を想えば光男。何を想おうと皆様の御自由です。
 さあ!勇気を出して外に出てみましょう!」

 と言うなりハゲ頭は車から飛び降りた。彼は暫くの間、雨の中でじっと目を閉じていた。ふいに空模様が変わってきた。空は一面薄いピンク色に染まり、太陽はひらひらと桜の花びらを落とした。ハゲ頭は、もろ手を上げて花びらのシャワーを浴びていた。

「皆さん。見なさい。奇跡は与えられました。
 私は、ここに至上の美を造形致しました。私は花びら桜男です。
 全宇宙に唯一人の存在です。稀少こそ美の原点です。はかなさこそ美学です!滅びゆくものこそ美・そのものであります。
 私は年老いて死ぬ運命です。だから私自身が一つの美なのです!・・・」


 俺は絶望の暗い淵から顔を上げて偉大なる奇跡を目撃した。俺の進むべき道はやはりこれしかなかった。

 “美しい・・・・”

 俺は地平線の向こうにピンク色の縦長の空間を背負って小さくなって行くハゲ頭を見つめていた。彼の去ったあとにはピンク色の細い道ができた。しかし、彼は重大な事に気づいていなかった。俺は向上心が強いたちなので、さらに美を極めるため、“より早く滅びる事”の重要性を見逃す訳には、いかなかった。


 再び雨が地面を叩き始めた。俺は意を決して立ち上がった。見ると、もう乗客たちは出口に列を作っていた。俺は車内を見回し、最後尾である事に気づいた。いつの間にか、アバタ娘も列の中央に混じって雨水を浴びていた。白髪混じりの五十男が勢いよくステップから飛び降りた。しばらく重苦しい沈黙があって、次第に空の色が変わり始めた。ハンカチーフにインキを落としたような妙にイライラさせる紺だ!しばらくして雨の色も変わり始めた。そう、インクが空から降ってきたのだ。インクは白髪を染め、皮膚も染め、彼を紺男にしてしまった。

 男はインクの雨の中を踊りながら小さくなっていった。インクの雨は青い道を作った。俺は気に喰わなかった。彼はあきらかに白髪を染める為にインクを浴びたのだ。白髪は老化の予兆だ。彼は逃れる事の出来ない老化をごまかそうとしたのだ。老化は当然、死の予兆だ。

 彼は、死にたくないのだ。

 死をごまかそうとして何が美になろうか!眠りに落ちる前の少しの空想時間が絶大な幸福感をかもし出す様に、死の前の、ほんのちょっとのきらめきが絶大な美をかもし出すのだ。インクで煌めいても、まだなお生に執着するとは!時間を長く生きるにつれてお前はどんどん美を浪費する事になるのだぞ!それがわからんとはバカ者め!

 いつの間にか次の男が降りていた。彼は、鳥の羽根を降らせた。羽根はフワフワと彼の身体をおおった。羽毛のやわらかな雨に包まれて、突如、彼はもがき始めた。羽毛は彼の鼻孔と口に次々と張り付いた。彼はガリガリと喉を掻きむしり白目を剥き出した。全身がエビぞりに硬直したと思うと羽毛の中に倒れ込み、幾万もの羽毛が埃のように舞い上がり、彼の姿は、その中に消えて行った。・・・静寂

 再び雨が降り始めた。羽毛は雨に流され死体は泥に埋もれた。残った俺とアバタ娘は、今の凄絶な死に様に圧倒されて唯、口をポカンと開いて雨によってぼやけた地平線を眺めていた。

 どうやら娘は理解者になったらしい。彼女はふわりと地面に降り立つと、そのままゴロリと寝転がった。彼女の目は雨の中でゆっくりと閉ざされた。空全体が薄いむらさき色に変化し始めると、俺は自分の順番が永久にやって来ない事を知った。彼女と俺は、その瞬間、至上の美となって、この地上から完全に消え失せるのだ。

 やがて太陽は、その分身をパラパラと落として来た。その鉛色の物体は滑るように娘の腹に突き刺さっていった。閃光が走った。

 美への限りない追求こそ破壊への限りない追求であろう。荒野はいくつものキノコ雲に包まれてまだまだ不満そうに身をくねらせた。 



             ああ、原爆娘kippleよ・・・

           
           (1945-08-06 08:15:17)


This novel was written by kipple
(これは小説なり。フィクションなり。妄想なり。)



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