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元祖・東京きっぷる堂 (gooブログ版)

あっしは、kippleってぇケチな野郎っす! 基本、自作小説と、Twitterまとめ投稿っす!

アストラル・ジョン・レノン

2021-06-03 07:44:00 | 夢洪水(散文・詩・等)


アストラル・ジョン・レノン
 


 ここはジュネーブにある国連の重度精神障害者施設。その一角に、真っ黒い円形ドームの隔離病棟がコの字型にズラリと並んでいた。世界中から最高危険レベルと診断された患者たちが集められ収容されていた。

 その青年、フランツ・ブラナーは第一等ドームの中で8年間もの間、外界とは全く接触をもたらされず、完全に隔離されていた。フランツは8年間、一人の人間とも会っていない。食事は天井から朝昼晩とチューブ・コンベアーがのびてきて排出されてくる。フランツは、それをR-18ポットに入れ、気に入った料理イメージを思い浮かべ、脳にたくさん埋め込まれた電極へ神経電流を送り、そのメニューをクリックし、テイスト・ボックスで加工し、今日はハンバーグ、今日はカレーライス、今日は松屋の牛丼、という具合に食事を選択するのだ。

  性欲処理の問題は、ある程度、ヴァーチャル体験で済ますことが出来た。触感のあるホログラム美女イメージへのフランツの反応に併せて電極が作動し、ペプチド・ホルモンを体内に大量流出させるのだ。

フランツはミディアム・ステーキのイメージで夕食を終えトライアングル・スポットから伸びている吸引チューブにペニスを入れて放尿した。

「おいフランツ!今日は何をして夜を過ごす?」

「うん、そうだな、フランツ。今夜は大昔の映画でも鑑賞しようじゃないか」

「フランツ!いいねぇ。もうVRもプレ・スポーツもオート・リーディングも、うんざりしてきたところだ」

「よし、じゃ何にしようかな?」

 フランツは、こうしていつも一人で会話している。彼は脳内イメージ・パネルからMOVIEをクリックし表示されたリストから百五十年程昔に制作された映画を選んだ。

「これが、いい。おい、やってくれ」

  ヴォイス・スキャナーがフランツの音声を命令と認識しキャッチし、ドームの天井が真っ白いスクリーンに変わった。

 その時、ドーム全体に低いボコーダ音声が響き渡った。

「ヤア、ゴキゲンハ、イカガカナ?サテ、コンヤハ、テイキケンシンノヒ。マサカ、ワスレテイタワケデハナイヨネ。フランツクン。サテ、ハジメヨウ。」

  床から流体金属のミミズ状の触手が何百本もフランツめがけてスルスルと伸びてた。

「あらあら、又、邪魔が入ったよ、フランツ」

「いったい奴らはフランツを、どうしようってんだろう」

「フランツよ、奴らは、お前を実験材料にしてるだけだぜ。奴らはみんなDEVO(退化人類研究団体過激派)から来てるってことだぜ」

「じゃあ、フランツは、どうしたらいいんだ?脱走か?」

「まてよ、フランツ。脱走して、又、人を殺す気か?大丈夫、次第に良くなるよ、何もかも。そして、晴れてフランツは自由の身だ」

  フランツは一人で、ぶつぶつ会話していた。触手はフランツの身体中を、くまなく覆い、尖端を肛門や口や耳の穴、あらゆる穴に侵入させてくる。フランツは、始めのうちは、いつも吐き気を催すが暫くするとトランス状態に入ってしまう。約30分間のトランス状態の彼はウルトラ・サイケな夢を見る。どぎつい原色の顔色をした人々がフランツを取り囲み、責め立てた。フランツは声も出せず、恐怖が押し寄せ心を震わせ縮こまる。

「何故、殺した、何故、殺した」

 人々は声を合わせてフランツを責め立てる。

 

*************************

 フランツの周りで人が死に始めたのは、彼が10歳になった時。まず母親が癌で死んだ。次に父親が発狂し死海に身を投げ自殺した。彼が成長してゆくに従って、彼の周りの死人は、どんどん増加していった。15歳になるまでに3親等内の血縁者は全滅し、彼のネット・スクールのアナログ・クラスの仲間たちも遠足行きのシャトルごと全員、墜落死してしまった。彼の身近にいる者、つまり彼と毎日顔を会わせたり、しゃべったりする者は次々に無惨な死を遂げていった。

 彼が17歳になった時、彼の住む街、ドレスデンは大火災に見舞われた。そして、フランツの知り合いは全員、その業火に焼かれ灰になった。生き残ったのは、もちろんフランツとフランツが、まったく知らない人たちだった。こうなると、もはや偶然による悪運のせいには、できなくなった。フランツは自主的に精神科に通院しはじめた。その間にも街で声をかけた人が直後に車にはねられ、買い物をしたドラッグ・ストアの店員は強盗に撃ち殺され、ついには精神科医と看護婦たちも全滅した。

 フランツは、恐ろしくて家から一歩も出なくなり、何度か、派手な自殺を試みた。手首を切ったり、ガス爆発を起こしたり、ついには身体中にダイナマイトを巻き付けて導火線に点火した。しかし、どれも失敗し、その度に又、死者を出した。手首を切ると、タイミングの悪い泥棒に見つかり、助けられてしまった。ガス爆発を起こすと家の外にはじき飛ばされ、傷一つ負わなかった。ダイナマイトの場合は近所の悪ガキたちが、割れた窓から放った尿水に導火線の火を消されてしまった。そして泥棒は逃げる途中に撃ち殺され、爆発の時やってきた救急班も他の場所で発生した火事で全員、殉職し、悪ガキどもは、破傷風にかかって死んでしまった。フランツは餓死する事を決意し、食事も飲み物も、いっさいとらなくなった。

 10日後、フランツの家の前にDEVOの黒塗りの装甲車が止まり、2体のアンドロイドがフランツの霞んだ視界の中でドアを壊して近付いてきた。そうして、彼は隔離され、それ以来、8年が経ち執拗に三日に一度の検診が続けられていた。もはやフランツには生きる意欲も死ぬ気力も無く、ただ喰って出して遊んで寝ている毎日が繰り返されているのだ。

 

*************************


 フランツはトランス状態から覚めた。見ると無数の触手たちが、しゅるしゅると床の小さな穴に吸い込まれるようにして、のたうち回りながら消えてゆくとこだった。

「国連さんだか、DEVOさんだか!ええ?どうなんだい、何かわかったのかい?」

フランツは無気力に、どうでもいいという感じで天井に向かって叫んだ。ボコーダー音声が紳士的に、それに答えた

「フランツクン。キミハ、アイカワラズ、ニクタイテキニハ、マッタクイジョウガ、ミトメラレナイ。キミノイシキモ、セイジョウニ、ハンノウスル。ノコサレタノハ、ムイシキダ。キミノムイシキノナカニハ、サツリクガンボウガ、アルトイウカテイニヨッテワレワレハ、ケンキュウヲ、ススメテイル。ジュウヨウナコトダガ、キミノ、センゾニ、アドルフ・ヒトラートイウオトコガ、イル。シッテイルネ、カレハ……」

「もういいよ、うんざりだ。結局、わからないんだろう。いいからさっきの映画を始めてくれよ。」

 フランツは、ふてくされて床の上に大の字に寝そべった。音声は消え、スクリーンがドーム一杯に広がり映像があらわれた。

「さてフランツ、やっと映画が見れるよ。うるさいニョロニョロも引っ込んだし」

「うん、フランツ、たのしみだ。昔の地球の物語を見るのは気持ちがいいからね」

「そうだね、ホロ・ムーヴィーには物語に現実味が無いからね」

「これは見たことあったっけ?フランツ」

「無いよ、初めてだ。でも、俳優は知っているよフランツ」

「うん、知ってる。ヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブルだ」

  天井のスクリーンいっぱいにGONE WITH THE WINDとタイトルがゆっくりと動いていった。

 フランツは目にいっぱい涙を浮かべて見ていた。

「フランツよ、いいなぁ、昔はこんな広い大地があったんだ。見渡す限りメカノイド・タワーのひとつも立っていない。それに、こんなに、いっぱいの人の中にいて大丈夫なんて…」


  フランツが映画を見ている頃に、そのドームの上空を数十機の黒い戦闘ホバー・カーが旋回していた。その中の大型機の後方扉が、ゆっくりと開き、数体の戦闘用アンドロイドが次々に下降していた。アンディたちは黒塗りのボディにサイッキック・ブラスターを装着しソケットから出る蒸気の噴出を弱めながらフランツのいるドームの上に降り立った。彼らは一様に黄色いセラッミック樹脂の目を光らせ、ドームの外郭を滑り降りた。


 映画の中では南北戦争が勃発し、スカーレット・オハラがアトランタからタラへ、レッド・バトラーの馬車で焼け落ちる家々の間を駆け抜けていくところだった。

「フランツよ、僕は恋がしたい。あんなふうに命をかけて愛する人を守りたいよ」

「そうだね、フランツ。僕がいなくたって、あんなに人々はバカバカしく死んでいくんだから」

「フランツ!冒険をしたいよ」

「フランツ、やめとけよ。どうにもなりゃしないさ」

「フランツ、そうだね。生も死も無いよね。ヴィヴィアン・リーもオリビア・デ・ハビランドも、みんなもういないよね。いったい彼女たちが本当にいたって誰がわかる?何にもないよね」

「フランツ、人生は一幕のRPGさ」

「フランツ、もともと、そこには何も無いのさ」

「でもフランツ、何で僕は、僕は、こんなに涙を流してるんだろう。何故、こんなに胸が震えるんだろう。なんで、こんなに悲しいんだぁ?」

フランツの顔は、ぐしょぐしょだった。そしてスカーレット・オハラは夕陽に輝くタラの大地でダイコンを喰らい神に向かって生き抜く事を誓っていた。

 フランツは声を上げて泣き始めた。するとオレンジ色に輝くタラの大地からスカーレット・オハラが寝そべっているフランツに向かって降りてきた。フランツは瞬きを繰り返した。

「フランツ?何だって?ほらスカーレットがやってきたぞ」

「フランツ!まさか、でも、ほらもう手も届く」

 フランツは身震いして起き上がった。そしてスカーレットと向かい合って立った。フランツがスカーレットの顔に手を触れようとすると、ヴィヴィアン・リーは、どろどろと溶けはじめ、次第に姿を変えていった。フランツは怖かった。やっとのことで声を絞りだした。

「まさか、、まさか、、あんたは…あんたは、」

 ヴィヴィアン・リーはジョン・レノンに変わっていた。

「あなたはアストラル・ジョン・レノンだ!」

 アストラル・ジョン・レノンはニッコリと笑った。水色の丸メガネが光った。そしてフランツの手をとって言った。

「フランツ、ここから出るんだ。ここにいたら地球救済センターのアンドロイドたちに誘拐されてしまうよ」

「だめだよジョン!僕が出たら人が死ぬんだ!」

 フランツは震え声で言った。今まで、まさか本当にアストラル・ジョン・レノンがいるなんて信じていなかったのだ。ジョンは、優しく言った。

「大丈夫。フランツ。僕が助ける。君は他の仲間と共に火星付近のコロニーに行くのだ」

  いきなり、ドームの上方に6つの穴が開いた。穴の向こうにはサイキック・ブラスターをかまえたアンドロイドたちが冷たく笑っていた。

「奴らは地球救済と称して全人類を抹消するつもりだ。それがネットの化け物、ビル・プログラムの出した結論なのだ。地球を救うには人類を抹殺せよと。君は最終兵器として使用される。アンディたちは私が片づけるから見ていなさい」

 “アストラル・ジョン・レノン”がアンドロイドたちをと一瞬にして、彼らは灰になってサラサラと床に落ちた。

「彼らの時間を少し、いじった訳だ」

  非常ベルの音が6つの穴からガンガン聞こえてきた。“アストラル・ジョン・レノン”はフランツの手を握った。

「さあ、次は私と君の空間を少しいじるよ」

  二人はブチッと風船が破裂したように消え、穴だらけになったスクリーンではスカーレットが牢屋に入ったバトラーに借金を申し込みに来ていた。

 フランツは、遍在者“アストラル・ジョン・レノン”によって、解き放たれた。



(「イミディア」第四章:フランツ編にて)




kipple

アンケート調査員出血ブルース 9

2021-06-02 07:10:31 | 夢洪水(散文・詩・等)

アンケート調査員出血ブルース

 三鷹市の大学病院でヤフーは信じがたい光景の一部始終を見続けている。

 ゆうに2キロメートルを超す巨大な怪物。

 晴天の下で行われる残虐非道な光景。

 破壊し尽くされる街。

 肉団子にされて喰われていく人々。

 あまりにも整然と、あたかもマニュアル通りに行われるその光景にヤフーは感動を覚えている。

 また、背筋を性的な興奮が走り抜ける。

 ヤフーは次第に何となく納得してくる。

 あれは怪物ではない。

 あれは守護神のような存在なんだ。

 あれが縮み始めている。

 人間の奢りの残滓をむさぼり喰って縮んでいく。

 奢った人間を喰うと膨張してゆくんだ。

 そうなんだ、あの黒服の男が定期的に誰かを捕まえては人肉嗜好者たちに喰わせていたのは、あれの怒りを静めるためだったんだ。

 ヤフーは「僕」が次第に小さく小さくなってゆくのを見ているうちに、何だか暖かい奇妙な気持ちに包まれてゆく。

 ヤフーは、この不思議な世界構築の秘密の一つに触れたような気分で「僕」がクレーター内の人工加工物をすべて、一片の欠片も残さずに喰い尽くし、アスファルトなんかで覆われていた地面を完全に土に返し、元伊勢丹裏の(そう、あの地下空洞にあった淵のぬるぬるした気持ちの悪い)穴の中へ、すっかり縮んでしまった身体で戻ってゆくのを静かな微笑みを浮かべて見ている。



**********************************

 この東京都下にある小都市、吉祥寺は約4時間にして完全に崩壊した。

 この不可解な虐殺事件は、その後執拗に調査が繰り返されたが怪物の姿がビデオテープに残されただけで、何も解明できずに終わった。

 陥没した一帯はすぐに埋め立てられ何事も無かったように都市再建が始まった。

**********************************




5年後。


 吉祥寺は、完全に再生され以前以上の都市機能を取り戻している。

 穴のあった場所には今、首から下が蛇になった女性の石像が祀られ、神社が建てられている。

 そして再び何の変哲も無いような日々が繰り返され5年前と比べれば格段に進歩したテクノロジーの波を受け、無機的なハイテク・ビルディングがぎっしりと建ち並び、人口密度も以前の約2倍である。

 消え去った十数万人の元住人のために市役所の近くの緑地帯に墓地公園が作られている。

 5年前の事件は怪奇現象として記録に残され人々の記憶の片隅に葬られていく。




 新生吉祥寺に陰鬱な暗雲が漂う、ある黄昏時、「あなた」は駅ビルから流れる雑踏の中でじっと待っている。

 若い男が近付いてくる。

 左手には液晶表示のボードを、右手にはライト・ペンを持っている。

 そして「あなた」に声をかけてくる。

「ちょっと、すみません。お時間は取らせませんから、簡単なアンケートに答えていただけませんか?」

 「あなた」は、その男と並行して歩きながら、

「いいですよ。どんなアンケートですか?」

 と静かに微笑みながら答える。

 そして、その笑顔には左耳が無い。

 アンケート調査員は、しゃべり続け、「あなた」は彼を「闇の店」に導こうとしている。





kipple

アンケート調査員出血ブルース 8

2021-06-01 07:36:20 | 夢洪水(散文・詩・等)

アンケート調査員出血ブルース

 吉祥寺の街が活気づいてきている。

 昨夜の暗雲は、拭いさられ、古い卵の黄身みたいに平べったい太陽が、どんよりと大気に光を浴びせている。

 人々が、あちこちから湧き出してくる。

 あっという間に行列歩行の、いつもの雑踏地帯と化す。

 子供、老人、会社員、パンクス、主婦、店員、警官、学生、ぷーたろう、勧誘員、ゴミ清掃員、クルマくるま車、バイク、自転車、アドバルーン、キップル、その他色々。

 皆、舗装された道路にへばりついている。

 蒸し暑い一日になりそうだ。

 群衆。

 一見、平穏そうな見慣れた光景だが、群衆は何かを感じている。

 淀んだ空気がキーンと張り詰めたり、うねうねと歪んだりしているのを感じている。

 誰もが徐々に大きくなっている地鳴りを感じている。

 群衆は、それを湿度の高い、この暑さのせいだと思っている。

 しかし、群衆は次第に、その地鳴りのような響きが、これから始まろうとする何かの前触れだと感じ始める。

 いよいよ群衆は、はっきりと大地の蠢動を感じ、同時に地下から響いてくる恐ろしい悲鳴のような唸りを聞く。

 群衆は、どよめく。

 地盤沈下か?地震か?

 確実に何かが、これから起ころうとしている。

 ぎゅうぎゅう詰めになった都市の真ん中で群衆は逃げ場を失って、立ち止まり、腰を落として、顔をしかめて待っている。

 震えている者もいる。

 口を開け、呆然としている者もいる。

 ビルから次々に蟻のように人々は外に出てくる。

 そして硬直状態になり、キョロキョロとまわりを見回す。

 すでに大地は大きく揺れ、群衆の足元からは耳を聾せんばかりの怒りに満ちた咆哮が聞こえてくる。

 群衆は、ちょこちょこと動きだすが結局、余りにも密集度が高く、静かに地面に身を伏せ始める。

 外れの方でいくつかパニックが起きている。

 停止した車の群れに身体を乗せてうつ伏せている者もいる。

 宅地地区の住民は、ほとんどが家の中に籠もって成り行きを静観している。

 唯一の抜け道である車道は歩道や私道まではみ出して渋滞し、あちこちで事故が起き始めている。

 小都市、吉祥寺は超渋滞した車両によって、完全に閉ざされてしまっている。

 伊勢丹の裏側に都市開発のために墓石だけ移設された場所がある。

 見捨てられた骨達は今や道路や商工会議所や店舗やデパートの下で静かに眠っている。

 咆哮は、そのあたりから聞こえている。

 咆哮は、まばゆい陽光に包まれた歪んだ大気をビリビリ震わせる。


 突如、伊勢丹裏の車道に身動きできなくなってセイウチのようにかたまっている車両どもと道路が、瘤のように盛り上がる。

 車はガラガラと歩道や店舗にずり落ちていき、そこにいる人々を押し潰す。

 道路は、ぐんぐん新山の隆起のように突き出してゆき、ちょうど頂点の対向車線から亀裂が入ってゆく。

 一瞬の静寂をおいて、爆発したようにアスファルトやらコンクリやら、瓦礫が飛び散り、山肌と化した道路が剥げ落ち、無数の触手が粘液を垂らして、うねうねと現れ、辺り一面を逃げ惑う人間達の頭上からふりかかってくる。

 触手は通りにいた人間達を1人残らず捕まえると、高く、高く、空中に掲げる。

 地面の亀裂はどんどん広がってゆき、ビルが倒壊してゆく。

 亀裂から無数の触手が次々に現れ、街中にうねうねとのたうち広がり、人々を捕まえては高く掲げる。

 最初に亀裂の入った伊勢丹裏から触手に埋もれた無数の牙を生やした巨大な口と、無数の膜のかかった目が現れる頃には、すでに数万人の人間達が触手に捕獲され高く宙に掲げられている。

 亀裂はどんどん伸びて大きくなってゆく。

 東北に於いては月窓寺を越えサンロードを越え東急デパートを越え、五日一街道を越え住宅街に達し、南西に於いてはパルコを越え吉祥寺駅を越え、丸井を越え、井の頭公園の外れまで達している。

 もちろん触手も、そこまで達していて、そこにいる人間たち全てを捕獲し掲げている。

 伊勢丹裏を中心に次に亀裂の中からパンパンに膨れ上がった付着した無数の赤黒い腫瘍のような斑点を芋虫のように蠢かして、黄色い体液を流しながら臓物のような胴体が上昇してくる。

 パルコから五日市街道まで、直線距離にして約0.5キロメートルはある。

 胴体の登場により吉祥寺の繁華街は、ほぼ完全に崩壊していく。

 JRや井の頭線の高架線は、すでに電車もろとも崩れ落ち、2階建て以上のビルはほとんど倒壊し、細かいガラスの雨が降り注いでいる。

 亀裂から胴体が完全に抜け出してくると、今度はピンピンに勃起した巨大な7本のペニスが倒壊したビルや炎上する車の山やガラスの破片に埋もれた広場や駅ビルの中から突き出されてくる。

 空中に掲げられた人々は上空からそれらを見ている。

 狂って絶叫している者もいるが、だいたい皆、放心状態である。

 ペニスが7本、全て地上に出ると、「僕」は3本の足を亀裂から出してパルコと東急デパートと駅ビルに重心をかけて、思い切り力を入れて亀裂から身体全身を完全に地上に露出し、立ち上がる。

 これで上空の奴らは「僕」の全身像を拝めたわけだ。

 「僕」の姿をどう思うだろう。

 怪物。

 化け物。

 そんなところだろう。

 「僕」は上空に掲げた十数万人の人々を大きく揺すってやった。

 赤ん坊もいる。老人もいる。老人が喚いている。

「わしは知っているぞ。井の頭公園の端に蛇の胴体をした女の石像があるんじゃ。こいつは、それじゃい。地霊じゃ。あの蛇女は、ここらの地霊なんじゃ。これは地霊の怒りじゃ!奢った人間への怒りじゃ!」

 「僕」は感心している。

 あの石像は、「僕」に対する人身御供の象徴なんだ。

 「僕」が、そう思った瞬間、地面が核爆発のような音と煙を立てて陥没を始める。

 この繁華街一帯が、ずぼりと地下空洞に落ち込んだのだ。

 上から見ると綺麗な円形に陥没している。

 クレーターみたいだ。

 さて、「僕」は仕事をいそがなきゃ。

 都心の方からヘリコプターが近付いてきている。

 そのうち自衛隊もやってくるだろう。

 爆撃されたらたまらない。

 「僕」は口を出来るだけ大きく開けて、触手で空中に吊り下げていた十数万人の人々を口の真上に来るように集めて、心と力を込めて丸めて巨大な人肉の血塗れ団子を作り、一気に触手を引き抜く。

 血塗れ人肉団子は一瞬、空中で躊躇したように見えたが、すぐに「僕」の口の中央(剃刀みたいな牙が密集し延々と続く咽)に、すんなりと落ちる。

 十数万人の絶叫は、とても心地よく「僕」の咽を通り抜けてゆく。

 「僕」は体内での血飛沫と大量の絶命の余韻を楽しんでいたかったけど、そうもしてられない。

 「僕」の身体は再び膨張を始めている。

 放っておいたら関東一円を埋め尽くしてしまう。

 「僕」は思いっきり背伸びをして東京湾から、ぐるっと三浦半島を眺めながら3本の足をシュルシュルと胴体にしまい込んで、ひっくりかえり、7本の勃起したペニスで逆さになった身体を支えて再び口を大きく開ける。

 そして血で染まった無数の触手を使って人間どもの驕り高ぶった文明の瓦礫を掻き集めて、次々と口に放り込む。

 次第に「僕」の膨張は止まっていく。

 上空でヘリコプターが何機か集まってきて、とてもうるさい。

 下半身の触手を使って、それも捕獲して口の中に放り込む。

 今、世界中に、この事件を中継しているんだろう。

 早く、戻らねば。

 これは「僕」の、お前らへの警鐘なんだ。

 闇側に手を触れるな。

 どこの都市にも「僕」はいる。

 間違えちゃいけない。

 「僕」らは、お前らの守護者なんだ。

 フォーム・ホルダーなんだ。



 触手は、あらゆる人工加工物を手早く完璧に集めて「僕」の口に放り込んでいる。

 「僕」は、どんどん収縮してゆく。



9へ続く・・・


kipple

アンケート調査員出血ブルース 7

2021-05-31 07:19:25 | 夢洪水(散文・詩・等)

アンケート調査員出血ブルース

 地上の世界の住人が「僕」を攻撃してる。

 爆発物を誰かが投げ込んだ。

 身体がチクチクする。

 こんな侮辱は長い間受けたことが無い。

 「僕」は、もう我慢が出来ない。

 かなり強い怒りを感じる。

 「僕」が過去何千年もの間、保ってきた秩序が、その守られてきた地上の馬鹿者どもによって乱されている。

 明世界と闇世界をつなぐ犠牲の儀式が破られつつあるんだ。

 「僕」は、やらなくちゃならない。

 破壊と再生の活動を始めなければならない。

 破壊は「僕」、再生は地上の者たちだ。

 「僕」は、穴から出るんだ。

 「僕」は久しぶりに人工物じゃなくて、人間を喰わなければならない。

 加工された無機質は「僕」を沈静化させるけど、人肉は「僕」を興奮させ膨張させる。

 「僕」は幾万もの根のように張り巡らせた触手を地層の中から引き抜いて、巨大な口を開け、口の回りの数百の目玉をかっと見開き、穴の底から、ずるずると金色の体液を滴らせながら上ってゆく。

 重い。

 身体が、とても重い。

 「僕」は何度も咆哮を上げて外気に身をさらす苦痛を軽減しようとする。

 「僕」のたくさんの目が粘液を垂れ流し、光を浴びて身体の奥に縮こまる。

 眩しい。

 「僕」のたくさんの目に保護膜がおりる。

 「僕」はいろんな色の無数の触手を穴の淵に、にゅるにゅると、たらたらと引っかけて、重い身体を、徐々に引き上げて行く。

 巨大な心臓そのもののようにドクドクと波打つ「僕」の斑点だらけの赤い胴体が、穴の幅につっかえながらも上がって行く。

 胴体の下についてる巨大な薄緑と濃い青と金色の斑点に覆い尽くされた7本のペニスが、どろりと黒いタールの様な分泌液を垂れ流しながら穴の底を離れる。

 7本のペニスの間から、かまきり虫のような3本の足が奇形の胎児が引き出されるような感じで不器用に突き出され、穴の底を踏み、全身を支える。

 「僕」は思い切り大きな咆哮を上げる。

 そして、3本の足を穴の両サイドにうまく引っ掻け、触手と連動して急ピッチで穴を抜け出して行く。

 無数の触手が穴から這い出てきて、まず、「あなた」を襲う。

 「あなた」は震えながら身動きひとつせずに触手に絡まれて行く。

 触手は「あなた」の衣服を剥ぎ、素っ裸にし、毛という毛を全て引き抜き、「あなた」の身体中の穴という穴から内臓に侵入して行く。

 目玉も潰され、触手が入り込む。

 毛穴からも肛門からもペニスからも大小の無数の触手が「あなた」を浸食し包み込む。

 背後に近付いているヤクザ軍団にも触手は伸びて行く。

 ヤクザ軍団は津波のように襲い来る触手に向けて必死の形相で機銃掃射を続け、手榴弾を投げ続ける。

 しかし、触手は微動だにもせずに、まずは安井から、次々とヤクザ軍団に絡みついて行く。

 「僕」は「あなた」の脳内全体に触手を浸透させ、「あなた」の脳に声をかける。

「長い間ご苦労だった。君の役目は終わったよ。交替の時がきた。君は触手から僕のエキスを吸って何百年も生きてきた。これで、ようやく、死ねるよ。最初に君を喰う」

 「あなた」の脳はジンと痺れる。

 「あなた」は安堵を覚え、「僕」の触手によってもたらされる、この気違いじみた苦痛の中で、生から解放される喜びまで感じている。

 「僕」の触手は一気に「あなた」の体液を吸い尽くす。

 「あなた」はくしゃくしゃの紙のようになって息絶える。

 穴一面に汚染された海のさざ波のように蠢く触手の中から「僕」の巨大な口が現われる。

 穴の中にもう一つの穴が咲き開いた感じだ。

 その巨大な口の奥に向かって無数の肉切り包丁のような牙が延々と内側に少しそりかえって不規則に並んでいる。

 牙と牙の間からも気味の悪い触手がぬるぬるとはみ出して宙をはねている。

 「あなた」は触手に丸められて「僕」の口の中に放り込まれる。

 「あなた」は触手に引っ張られながら、無数の大小の牙の並ぶ「僕」の咽を通って静かに咀嚼されながら溶解液を浴びてゆき、この世界から完全に消滅する。



 「僕」は次に安井を触手で高く持ち上げて両手両足をもぎとり、快い絶叫を聞きながら口に放り込みザックリと咬んだ。

 牙が血に染まってくる。

 「僕」はヤクザ軍団を触手で全員、捕獲しておく。

 そして、力を振り絞って穴から、胴体、次に7本の蠢くペニスを出し、最後に3本の足を穴の淵に引っかけて、完全に外へ這い上がる。

 「僕」は再び、全人類八つ裂きのような咆哮を発する。

 「僕」は保護膜をかけた目で照明で照らされた地下空洞を見渡す。

 ここまで出てきたのは何百年振りだろう?

 「僕」は上を見る。

 この天井を突き抜ければ地上の奴らが築きあげた脆い文明の建造物が建ち並んでいる事だろう。

 おそらく、空に向かって高く築いた高慢な意識の産物が建ち並んでいる事だろう。

 「僕」の身体は膨張を始めている。

 人肉を喰ったからだ。

 胴体やペニスがぶくぶくと血膿を垂れ流しながら皮膚の下を芋虫が這いずり回るように動き、膨らんでいく。

 「僕」は触手で捕まえてあるヤクザ軍団数10人を裸に剥き「あなた」にしたように体液を吸い尽くす事はせずに、「僕」の口の真上に高く掲げて彼らの悲鳴に聞き入る。

 心地よい静かな音楽のように聞こえる。

 「僕」はブリキをハンマーでたたくような声で「ボッボッボッッ」と笑い、1人、また1人と口の中に落とす。

 血がシャワーのように噴き出し、無数の牙が赤く染まってゆく。

 彼らは牙に触れるだけでザックリと切り裂かれてゆく。

 「僕」が、わざわざ口を動かして牙で彼らを咬む必要などない。

 最後の1人までゆっくりと切り裂き、溶解を楽しむと、もうすっかり目の保護膜までが血で染まっている。

 その頃になると、もう「僕」の身体は天井に目や口が触れそうなくらいまで、ぶくぶくと膨張してしまっている。

 膨張は、止まらない。

 思い上がった文明の構築物を喰わない限り「僕」は無限に膨張してしまう。

 「僕」は膨らんでゆく。

 天井に口がつかえてしまう。

 パンパンに膨らんでいく。

 横にも膨らみ続ける。

 地下空洞を埋め尽くしそうに、ぶくぶくと膨らみ続ける。

 ついに「僕」の身体は地下空洞いっぱいになる。

 地層がギシギシ、音をたてはじめる。





 片耳になったヤフーは大学病院の病室の窓から夜明けの平穏そうな吉祥寺のビル街を見渡している。

 昨夜からの大地の振動はまだ続いている。

 それも次第に大きくなってきている。

 隣のベッドに安井に脳天を割られた小島が、身体をひくひくと痙攣させながら寝ている。

 ヤフーは、すでに感づいている。

 仲間は全滅しただろう。

 触れてはいけないものに触れてしまったんだ。

 小島は、もう駄目だろう。

 ヤフーだけが残る。

 どうして俺だけが残ったのだろうと考えながら、ヤフーは何か得体の知れない義務感を感じ始めている。

「俺は何かの役目を果たすために、残ったんだ」

 ヤフーは、見渡しているラッシュ時刻の迫ったビル街全体が、何かグゥンと不定形に大きく歪んだように思う。

 最後に何かが起ころうとしているんだ、明暗世界の基盤を壊した俺達のせいで人間の営利世界の解体が始まるんだ、とヤフーは思う。

 そして性的な興奮が背筋を走るのを感じる。

 また、吉祥寺の街が、大気が、底の方から大きくうねったみたいだ。

 ヤフーは裂かれた腹の縫合痕にそっと手を触れる。



8へ続く・・・


kipple

アンケート調査員出血ブルース 6

2021-05-30 07:38:02 | 夢洪水(散文・詩・等)

アンケート調査員出血ブルース

 安井を先頭にヤクザ軍団38名はM16自動小銃を片手に一致団結した足どりで人肉嗜好者たちに向かって行く。

 ぬるぬるした地面に、ずぶっずぶっと足を差し込みながら。

 人肉嗜好殺戮集団も無表情に淡々とアンケート調査員たちの死肉から離れて、向かってくるヤクザ軍団の方へゆっくりと歩き始める。



 「あなた」は煌々とライトに照らし出された禁断の地下空間を見てポカンと口を開き、尻餅をついてしまう。

 「あなた」は自分の役目はもう終わったのだと薄々気付き始める。

 もう、駄目だろう。

 穴の中の者の怒りを食い止める事は、もう出来ない。

 「あなた」は遠くで人肉徒食軍団と黒服ヤクザ軍団が対峙しているのを、ほぼ絶望的に見つめながら呆然と座り込んでいる。

 一縷の望みは、お前らが勝つことだ。

 勝ってくれ。侵入者を皆殺しにしろ。

 「あなた」は、そうつぶやき、願い続け、彼らの戦闘を見守っている。



 安井とヤクザ軍団は、無表情に淡々と近付いてくる人肉嗜好徒食軍団との距離をはかっている。

 虚ろな目をして人肉嗜好者たちは、迫ってくる。

 殺して、喰う。それだけの本能に従って。

 距離が15メートル位に縮まったとき、安井は発砲の号令を発する。

「掃射しろ!人間の形を留めるな!ばらばらにしちまえ!」

 38人のM16が一斉に火を吹く。

 巨大な空洞に轟音が響き渡る。

 凄まじい反響音で天井の腐った臓物がバラバラと落ちてくる。

 細かい内臓や土が落ちてくる中、人肉嗜好者たちは爆発したように、次々と銃弾に砕け散っていく。

 線香花火のように赤い血がパッと咲き、肉片が飛び散る。

 おぅぅぅぅうううう、と細かい断末魔の声があちこちであがる。

 弾丸を補充しつつヤクザ軍団は延々と標的を撃ち続ける。

 手榴弾が数10発飛ぶ。

 10数分間、銃撃と爆撃が続く。

上下左右。

いたれりつくせり。

ここぞとばかり。

やたらめったら。

             


 そして、もうもうたる硝煙と血の臭いを残して銃撃は終わる。

 空洞内は、やたらと静まりかえる。

 ただ、穴の中の者のうめき声だけがオルガンの低音部のように響いている。

 硝煙が薄れてくると、ぴゅっぴゅと鉄砲魚が吐き出すように地面のあちこちから血が吹き上がっているのが見える。

 安井たちは、はあはあと息をして、結果を凝視している。

 立っている者も座っている者もいない。

 前面には血だらけの臓物と皮膚の断片が転がって、ひくひく動いているだけだ。

 やった。

 安井は吐き気をこらえながらニンマリとし、ゆっくりと見回して人肉嗜好者たちの全滅を確認する。

 そこに、あるのは断片のみだ。

 彼らは完全に消滅している。

 あとは真ん中にいる、あいつだ。

 穴の近くにいるあいつを消せば全ては終わる。

 安井は深呼吸をし、

「完璧だ。こいつらは、もう原型を留めていない。よくやった。後は、あの穴の淵で座り込んでいる惨めな野郎、あいつ1人だけだ。行くぞ!」

 と、号令をかける。

 そして安井たち黒服ヤクザ軍団は中央の穴の淵でしゃがみ込んでいる「あなた」に向かって行進していく。

 人肉嗜好者達の肉片を踏み潰しながら。

 ごく、整然と、優雅に。殺戮の快感に全員、血と心を躍らせながら。



 「あなた」は人肉嗜好者たちが全滅したのを見届けると激しい絶望感の為、意識を失いそうになっている。

 ぼんやりした視界の中を、ゆっくりとヤクザ軍団が、こちらに向かってくる。

 「あなた」は何とか気を取り直そうとヤクザ軍団に意識を集中しようとしている。

 穴は、ごぉうん、ごぉうんと生暖かい風のような唸り声をたてている。

 「あなた」はヤクザ軍団の行進に目を据えているが、意識の底辺を何かがつつくのを感じる。

 「あなた」は片腕で自分の頭を叩き、その何かを感じ取ろうとする。

 そして穴を振り返ると、得体の知れない蠢きが穴の淵の近くで小さな声を発しているのを見付ける。

 血まみれの、必死の形相が「あなた」に向かって口を大きく開きながら、そこにいる。

 ついに来島は、到達したのだ。

 「あなた」は、跳ね上がる。

 そして、来島に飛び付こうとするが、もう遅い。

 来島は「あなた」が全身全力で彼にぶつかろうとする直前に

「ここが、この地下世界の核だろ!死ね!」

 と叫んで、起爆装置を取り付けたプラスティック爆弾を穴に落とす。

 「あなた」は来島に覆い被さり、残りの目を指で潰し、カミソリで腹を裂きながら

「何をした?何を投げ込んだ?」

 と質問する。

 その瞬間に穴の奥でチカリと閃光が走り、爆音があがる。

 「あなた」は来島を裂きながら顔を上げて穴を覗き込む。

 「あなた」は全身を震わせながら静かに目を閉じ、来島の咽を深々と裂き、絶命させ、つぶやく。

「やりやがった。馬鹿め、もう止まらない」

 「あなた」の背後から黒服ヤクザ軍団が近付いてくる。

 「あなた」は穴の淵にしゃがみ込んだまま、もう、振り向きもせず、じっと息をこらしている。

 穴からは、突然、大咆哮があがる。

 1億人の断末魔を思わせるような咆哮だ。

 咆哮はライトで照らし出された暗黒空洞全体を、ぶるぶると震わせる。

 


7へ続く・・・

 


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アンケート調査員出血ブルース 5

2021-05-29 07:01:10 | 夢洪水(散文・詩・等)

アンケート調査員出血ブルース

 その頃、まだ5人、アンケート調査員が人肉嗜好者たちと血みどろバトルを繰り広げている。

 宮島と内山が人肉嗜好者たちに六角レンチで頭蓋を粉々にされ、奪われた自分たちのサバイバル・ナイフで身体中を切り裂かれて喰われている。

 腸が、するすると人肉嗜好者たちの口の中に吸い込まれてゆき、2人とも絶命前の最後の震えを僅かに残された肉片や皮膚に走らせている。

 執拗に純粋に実に機械的に殺戮と人肉徒食を続ける人肉嗜好者たちのターゲットは、あと3人を残すのみとなっている。

 小泉と長谷川とポケットにプラスティック爆弾を隠し持っている来島だ。

 ヤフーは、すでに皆を見捨てて暗黒空洞と唯一地上を繋ぐ細い隧道を、血が執拗に吹き出し続ける耳と腹を押さえて、必死に這い昇っている際中だ。

 人肉嗜好者たちは、ほぼ全員、サバイバル・ナイフで血まみれの防戦を背中合わせになって続けている小泉と長谷川に向かって行く。

 人肉嗜好者たちは、タフだ。

 顔面を刺し抜かれても咽を切り裂かれても内臓をはみ出させても無表情のままジワジワジワジワと攻撃を繰り返す。

 ひとりもアンケート調査員ごときに殺されてしまう者はいない。

 小泉と長谷川は、ゾロゾロと迫り来る醜い殺戮者たちの群れに向かって無我夢中でサバイバル・ナイフを振り回す。

 2人とも指を数本と片目を失っている。

 背中と腹にもザックリと亀裂を走らせ、ちゅるちゅるとストローで噴くように血を流している。

 人肉愛好殺戮集団は輪になって2人を取り囲み、じりじりと様々な工具を手に近付いてゆく。

 集団は一瞬、わっと覆い被さるように諸手を挙げて、2人の姿を飲み込んでゆく。

 闇に血花が舞う。



 遠くで響く絶叫を耳に、片足を切断され右耳をカミソリで切り取られた来島は、そろそろと薄明かりの近くに開いた地獄の口の様な穴に向かって這い進んでいる。ほとんど全身を泥濘質の地面に潜り込ませてミミズのように、穴に何やら話し掛けている「あなた」に近付いてゆく。

 来島は今の絶叫で仲間のアンケート調査員たちの全滅を感じとっている。

 彼は出血により薄れていく意識の中で、歯を喰い縛り、震える指先に渾身の力を注いで覚悟を決める。



 ヤフーは細い暗黒世界への分娩道をついに脱出し、体内から血をぴゅるぴゅると噴き出しながらも、顔に安堵の表情を浮かべ店の床を這い進み、例の破壊したシャッターのところに辿り着く。

 そこでヤフーを待っていたのは黒服の暴力団員たちだ。

 先頭に立っている地区リーダーの安井がヤフーを助け起こし膝で抱え、優しくヤフーの唇を舐める。

 安井とヤフーは半年前から恋人同士になっている。

「ヤフー、よく帰ってきた。後は俺たちに任せろ。

 どうだ、仲間は全滅か?

 小島の野郎は卑怯にも1人でさっさと逃げてきやがったよ。

 奴の頭はオレがカチ割ってやったよ。

 事情は小島から聞いたよ。

 地下に恐ろしげな大空洞があって、そこに仲間が連れ込まれて殺されてたんだな。

 さあ、そこには何がいたんだ? 」

 と優しく安井はヤフーに質問をする。

「さ・殺人狂の集団だよ。殺して、そんで皆を喰っちまった。ゲロの出そうな醜い奴らだよ。ボスだ。ボスがいるんだ。俺はね、そいつに散弾を撃ち込んでやったけど、耳を削がれ、腹を裂かれちまった」

 と弱々しく細い声でヤフーは安井に答える。再び安井は質問する。

「戦争の用意はしてきたよ。ヤフー、相手の人数はどの位なんだ?武器は何だ?」

 ヤフーは安井の胸に顔を埋め、耳から流す血で安井のズボンを赤く染めながら、口から血を噴き噴き、何とか質問に答える。

「30人以上はいるよ。ぶ・武器はね、ラジオペンチとかハンマーとかの工具だよ。安井さん、お願いだ。あいつら普通じゃねえ。気をつけてくれ。そして2度と地上に出てこれないように皆殺しにしてくれ」

 安井は頷くと優しくヤフーの顔を撫ぜ、即刻病院に連れてゆくように黒服の1人に命令し、内ポケットからコカインを取り出して一気に吸い込む。

「戦争だ。市長は押さえてある。警察にも手は出せない。M16自動小銃を全員に用意しろ」
 と叫ぶ。

 黒服の何人かが階段を上って深夜の吉祥寺の地上に飛び出していく。

 安井はアンケート調査員の地区リーダーを肩書きにしているが、実は武蔵野市の最も実力を持った暴力団ネットワークの幹部の1人である。

 実質的には最高位のブレイン的存在、組の脳の部分と言ってもいい。

 10分とたたない内に黒服ヤクザ軍団は全員完全に武装を終え、安井を先頭に次々と破壊された闇の店の内部に入り込んでいく。

 巨大なライトを照らし、テーブルや椅子がゴタゴタに砕け散って散らばった店内を、ずんずん進む。

 ホログラム装置の残骸を踏み付けて、壁に開いた叫びを上げる口のような穴から身を低くしてライトのバッテリーを引きずりながら黒服ヤクザ軍団は闇の世界へ通じる分娩道を、そろそろと降りてゆく。



 「あなた」はビデオ・モニターの操作回線を、シャッターの爆破からたった1つ逃れた店内のカメラに、コンソールを操作して何とか繋いだ。

 「あなた」はカメラを動かし、店内を隈無くモニターの画面に映しだしている。

 モニターには武器を携えた黒服の男たちが次々と映し出されている。彼らは穴から、今、こちらへ向かっているのだ。

 「あなた」の薄笑いは、すっかり消え失せコンソールを操作する片腕はブルブルと震えている。

 「あなた」は、よろめきながら穴に向かって歩いていき、膝をついて祈る。  均衡が、壊れつつあるのだ。

 光と闇のバランスが崩れ始めている。

 「あなた」は穴の中の者だけは出現させないでくれと何度も何度も片腕をついて祈り続けている。

 「あなた」の血が、殺戮されたアンケート調査員たちの血が、ぬるぬるとした河となって穴の中に落ちてゆく。

 穴は、重く暗く唸っている。



 来島は血の河に身を沈めて静かに静かに息を殺して近付いている。片目に、ぼんやりと「あなた」が穴に向かって祈っている姿が映る。

 来島は、呆然とした意識の中で後ろポケットのプラスティック爆弾の存在を確認する。

 ある。ちゃんと、ある。

 起爆装置も濡れないように、きちんとケースにしまってある。

 来島は安心し、再び自らもドクンドクンと出血しながら血の河に潜って泥の中を穴に向かって進み始める。



 闇の店から暗黒空洞へ続く分娩道から、まず安井が抜け、続いて黒服ヤクザ軍団も次々と姿を現す。

 そして巨大なライトをぬめぬめした地面に据えてバッテリーと接続する。

 分厚い闇が照明によって切り裂かれ砕かれコナゴナにされ巨大な空洞が、はっきりと照らされ、そのおぞましい空間全体を明らかにしてゆく。

 遙か彼方まで広がる縦に圧縮された円形空間。

 濡れた地面に蠢く気味の悪い大小の虫たち。

 のしかかるような低い天井から垂れ下がる臓物群。

 地面から臭い立つゲロのような異臭。

 中央には巨大な肛門のような穴が見える。

 穴から響いてくる宇宙全体を呪うような呻き声。

 穴と安井たちの中間あたりにうろついている血だらけの人喰いたち。

 その下に散らばる色とりどりの肉片と内臓。

 まだ、貪り喰っている奴もいる。

 地面のあちこちに人骨らしきものが無数に転がっている。

 それは何百年もの殺戮の歴史を感じさせる。

 安井を始め何人かは、こみ上げてくる吐き気にむせかえる。

 そして凄まじい嫌悪と憎悪の念が彼らの無意識の中から吹き上げてくる。

 安井は穴の淵で跪いている「あなた」に目を据える。

 奴だ。奴がボスだろう。

 安井は落ち着いたドスのきいた声で後ろに従えるヤクザ軍団に言う。

 「皆殺しにしろ」



6へ続く・・・

 


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アンケート調査員出血ブルース 4

2021-05-28 06:50:12 | 夢洪水(散文・詩・等)

アンケート調査員出血ブルース

 「あなた」は人肉嗜好者たちを散開させて穴の淵に立って耳を澄ませている。穴はまだ静まり返っている。

 「あなた」は地底に深く潜む者の安静を確認してから、ポケットからコカインを出して一気に吸い込む。そして深呼吸をすると、遠くの方でアンバランスな列隊を組みながらこちらに近付いてくるアンケート調査員集団に向かって歩き出す。


 用心深く前方のあちこちを照らしていたヤフーの懐中電灯が、青白い光を背後に近付いてくる黒服の背の高い男を捕らえる。ヤフーから緊張感が、さっとアンケート調査員全員に駆け抜ける。

 「あなた」は耳まで裂けた笑みを絶やさずに、粛然と11本の交錯する光の中を進んで行き、硬直した表情で身構えているヤフーたちから5メートル程の距離を置いて立ち止まる。

 「あなた」は最初にヤフーに注目する。それから、ゆっくりと視線をスライドさせ全員を隈無く見渡し、落ち着いたトーンで誰にともなく話し掛ける。

「ここには君たちは来てはいけなかったんだよ。馬鹿な奴らだ。君たちは自分が何をしているのか分かっていない。ここは世界の影なんだよ。必要不可欠な闇部なんだ。世界は2層構造になっていて、お互いが浸食し始めると保たれていた均衡が崩れ、取り返しのつかない事になるんだ。世界の平和のためだ。君達は、ここで皆殺しにされる」

 ヤフーたちは全員サバイバル・ナイフで身構えている。彼らの視線は「あなた」に集中している。

 「あなた」はヤフーたちを透かして背後からじわじわと近付いてくる人肉嗜好者たちを確認し、内ポケットから外海の黒ずんだ心臓を取り出す。ぬめぬめした甘い匂いのするタールのような血が滴り落ちる。

 「あなた」は、それを左手で高く掲げると、

「これは君達の仲間の最後の肉片だ」

 と言い、真っすぐに振り落とし、地面にめりこませ、踏みつけ、再び拾いアンダー・スローで投げ付ける。

 心臓はグチョリと音をたててヤフーの顔面に付着する。

 ヤフーは懐中電灯を落とし、ゆっくりと自分の顔からずるずると外海の心臓をひきはがし、胃からこみ上げてくるものを吐く。

 吐き気はとめどなくやってくる。他の仲間達も何人かが嘔吐している。

 心臓投げを合図に人肉嗜好者たちは後方から彼らを襲い始める。

 最後尾にいた小林という大柄な男が、まずハンマーの一撃で頭蓋を割られ、ぶるぶる震えながら、へたりこみホウズキを噛む様な声を発して泥濘に沈む。

 倒れた小林を人肉嗜好者たちは執拗にハンマーで殴り続ける。

 ペンチで耳と鼻と唇をひきちぎる。

 シャベルで内臓をほじくり出す。

 京子が鋭い悲鳴をあげ、小林の肉片に群がる者の一人に飛びかかる。振り向いた者の肝斑だらけの顔にサバイバル・ナイフを突き刺す。

 ナイフは斜めに右頬から耳の後ろに突き抜けるが相手は平然とした顔のまま大型ホチキスで京子の唇をパチンと封じる。

 京子は大きく目を見開き膝をつき、両手で口を覆う。

 相手はすばやく自分の顔からサバイバル・ナイフを引き抜き京子の鳩尾に突き刺す。

 身体を曲げた京子の背後から大型ハンマーが振り下ろされ、背骨が鈍い音をたてて砕かれる。

 アンケート調査員たちは、予想していながらも、始まってしまうと、あまりにも常軌を逸した残忍な攻撃に完全にたじろいでいる。

 ナイフを持つ手に力が入らず、震えて落としてしまう者もいる。

 人肉嗜好者たちは容赦なく襲ってくる。

 京子の次に背の高い石井が顔面にハンマーを食らい、濡れた地面に叩きつけられる。

 しゃがみ込んで吐いている村田に脳天と左右の脇腹、3方向からハンマーが叩きつけられ血飛沫の花が咲く。

 冷静に反撃に移れる者は一人もいない。

 ヤフーたちの統制は完全に崩れている。それぞれ、ちりじりばらばらになって引き腰で応戦している。殆どの者が思考パニックに陥っている。

 ヤフーは反吐を吐きながらバイオリン・ケースを開けて散弾銃を取り出す。そして大きな呼吸を繰り返しながら、ゆらゆら揺れる銃口を「あなた」に向ける。

 「あなた」は10メートル程離れた場所でカッターナイフで几帳面に、細い糸の様に手のひらにコカインを並べて一筋づつ吸い込みながら、殺戮と人肉喰いをニヤニヤと見物している。

 コカインを鼻で一気に吸い込み、ハイな恍惚感に酔っていると、目の前にヤフーがいるのに気付く。おまけに「あなた」に向けて散弾銃を構えている。

 「あなた」が隙をみせてしまった自分を恥じた瞬間だ、ヤフーの散弾銃がを噴いた。

 散弾は「あなた」の右腕を粉々にする。アッという間だ。

 「あなた」はすぐに状況判断し、腹這いになり、ごろごろと湿った土の上を転がり2発目の攻撃から避難しジグザグにほふく前進し、ヤフーに近付いていく。

 ヤフーは、すでに相当正気を失っているので誰もいない暗闇に2発目をぶちこんだ。

 弾はそれで終わりだ。しかしヤフーは呆然と次の弾丸を詰め込む事をせずに突っ立っている。

 「あなた」は銃を構えたまま元「あなた」のいた位置に目を凝らして立ち尽くしているヤフーの足をすくいとる。

 あっけなく倒れたヤフーの左耳を、すかさず「あなた」はカミソリで切り落とす。

 ヤフーは嬌声を上げ、無くなった耳を押さえながら、取り押さえている「あなた」から渾身の力で身を離そうともがく。

 その時、遠くのあの穴から唸り声が響く。

 「あなた」は足でヤフーを締め付けて動きを封じ、片腕で持ったカミソリで今度はヤフーの下腹を裂く。下腹と耳を押さえて悶えるヤフーを「あなた」は離して立ち上がる。

 そして血みどろになった耳と下腹を重点的に鋭く蹴る。蹴り続ける。

 「あなた」の興奮が一段落した頃には、ヤフーはじめじめとした土に身を埋めて「ぐぶぐぶ」と唸りながら震え、もがいている。

 「あなた」はVTRテープの逆回転のように冷静になっていく。

 そしてヤフーの藻掻き苦しむ様を薄ら笑いで見つめながら散弾銃を拾い上げ、唸り声を上げ続けている穴に向かって背筋をしゃんと伸ばし、失った右腕の付け根を押さえながら大股で走ってゆく。

 ヤフーは「あなた」が去っていったのをじっと待ってから、ずるずると気持ちの悪い地面を後退してゆく。”逃げるんだ、逃げるんだ”と、そればかりヤフーは繰り返し自分に言い聞かせている。

 ずるずると寝そべったまま後退してゆくヤフーの見たものは仲間達の末期の姿だ。

 京子、裕美、小林、石井、村田はすでに原型を留めていない。

 骨を残して、殆ど、その肉体は鬼畜の群れに貪り尽くされ、べとべとした血ばかりが絵具をぶちまけたように広がり地面に染み込んでゆく。

 ヤフーは、まだ血みどろの祝宴を繰り広げている仲間達を横目で見ながら必死に出口に通じる隧道に向かって這い進んでゆく。

 「あなた」は、唸り続ける巨大な暗黒の穴に辿り着き、穴の奥へ奥へと、話し掛けている。右の肩がずきずきと数億の針で突かれているように痛んでいる。

「まさか、こんな事態に陥るとは思いませんでした。敵のリーダーに隙を突かれてしまいました。」

「しかし、侵入してきた奴らは骨だけを残して皆殺しにされるでしょう。私は重傷を負いました。でも見捨てないでください。後、10分位で、すべて片が付くと思います」

「怒りを静めて下さい。12人分の血が、あなたの穴に吸い込まれてゆきます」

「それで我慢して下さい。あなたを襲撃するなんて事は、わたしが許しません」

「どうか地に平和を。平穏な人間たちに警告を与えるような事は避けて下さい」

「もう殺戮ゲームは終わりますから、どうぞ唸らずに闇の世界と表の世界のバランスを保って下さい」

 「あなた」は涙を流している。怒りと、自分の失態による処罰に対する涙だ。

 そして「あなた」は、その咆哮を止めようとしない穴に空の散弾銃を投げ込む。

 穴は一瞬、静まったようだが、再び暗い巨大な地下の空洞の中に一千万人ジェノサイドのような呻きを響き渡らせる。


5へ続く・・・
 


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アンケート調査員出血ブルース 3

2021-05-27 06:47:00 | 夢洪水(散文・詩・等)

アンケート調査員出血ブルース

 ヤフーたちはシャッターを壊しにかかっている。サバイバル・ナイフの柄で執拗に叩き続けている。

 しかし、シャッターは1ミリも削れやしない。そのうち、12人は途方に暮れ始める。

 ヤフーは言う。

「この中に外海が隔離されているのは間違いない。是が非でも外海を救出しなければ我々も面目がたたない。異存は、あるか?」

 誰も答えない。皆、ただ、目をぎらつかせている。

 彼らの意志は、もう決まっている。血を流したい。それだけだ。おっとりとしたアンケート勧誘に皆、いらだっている。

「じゃ、異存はないな。よし。じゃ、来島、お前、安井さんの所に行ってプラスティック爆弾を貰ってこい。あの人はサバイバル・ゲームが趣味なんだ。たいていのモノは持っている」


 来島は駆けていく。吉祥寺の夜をセンターに向かって。駅前を過ぎ、映画館ビルを過ぎ、水道道路に出た頃、地面に微妙な揺れを感じる。

 何かが起こっていると一瞬思う。しかし、そのままセンターに着く。

 歓談ホールは、いつもの和やかなムードに包まれている。アンケート調査にひっかかった人々が暖かく迎えられている。実に平和だ。来島は、そう思い歪んだ笑い顔を作る。

 笑い声に包まれた歓談ホールを抜け、3階まで一気に駆け昇り、能力開発室に入ると安井さんがいる。安井さんはパソコンに向かって何かを入力している。今日の斡旋料の分配だ。

 安井は来島の汗だくの顔を見て、感づく。

「突き止めたな」と。

 そして、来島の要求するプラスティック爆弾を書棚の裏のラックから取り出して渡す。来島は突風の如く去っていく。

 安井は来島に聞いた場所に吉祥寺中の暴力団に連絡を取り、地味な服装のまま駆けつけるよう手配する。市長にも一報を入れ、警察を遠ざける様に言う。


 来島は走って墓石ビルの地下に戻る。汗が滝の様に流れている。そして、ヤフーにプラスティック爆弾を手渡す。

 全員が見守る中でヤフーはシャッターにプラスティック爆弾を仕掛ける。タイマーをセットする。5分後に仕掛け、彼らはビルの外に退避する。



 外海の身体は排出されない血液でゴミ袋のように膨れ上がっている。口から引き伸ばされた呼吸用のチューブから、激しく血が吹き出し始めている。

 「あなた」は最後の(ひきはがし)を楽しみにしている。外の連中は、それからだ。

 「あなた」は服を汚さないように傘を開いて手前に翳す。闇に心を売った人々が殴るのを止め、一瞬深い静寂が漂う。

 一拍を置いて彼らは(ひきはがし)に取り掛かる。

 彼らは穴の端に外海を運んでいき、いっせいに身体中の穴に貼られた粘着テープを引き剥がす。

 次の瞬間、口、耳、目、鼻、肛門、尿道から鮮やかな血液が凄まじい勢いで噴き出す。

 あたり一面にロケット花火のように血が飛び散る。

 人肉愛好家たちは細かい血飛沫を身体中に浴びて、諸手を上げ、ニコニコと笑っている。

 彼らは、血の勢いをなくし、しぼみ、ふにゃふにゃして雑巾のようになった外海の身体に群がり、引きちぎり、がつがつと貪り始める。


 「あなた」は、傘を閉じ、彼らが外海を喰い漁っているのを尻目に、穴の中の何者かの反応に耳を澄ます。すっかり静まっている。あたりは、くちゃくちゃ言う咀嚼音だけが雨音のように響いている。

 この程度で穴の中の者は満足してくれたのだろうか。「あなた」は、いつもの疑問を再び感じている。これで、この呪われた街の安息が保たれるなら安いものだ。

 どこの都市でもそうだ。血がバランスを保つ。しかし、いつかは最後の時がくる、と思う。崩壊の日が。穴の中の者の怒れる日が。

 「あなた」は外海の肉体が自ら掴みだした心臓を除いて、完全に、一片の残りも無く、彼らの腹の中に消え失せるのを見届けてから、その心臓を内ポケットにしまいこんで、ビデオ・モニターの方に引き返していく。

 「あなた」がモニターを見ようとした瞬間、遠くで爆音が響き地面を揺らす。モニターは一瞬、閃光をキャッチしたかと思うとプツリと、その機能を停止し、白いノイジーな映像に変わる。「あなた」はアンケート調査員たちが、シャッターを、何らかの方法で突破した事を確信する。



 爆発が終わって、きっかり3分待ってからヤフーは調査員全員を従えて墓石ビルの地下に降りていく。煙が、もうもうと立ち込める中、ヤフーはシャッターが完全に、その役割を放棄しているのを確かめる。

 煙が静かに薄れていくと、まず、ヤフーから内側に引き裂かれているシャッターの穴に入っていく。その後から来島を含めた全員がついていく。

 彼らは煙の中から次第に姿を現すシンプルでファッショナブルな喫茶店の残骸を横目に、奥へ奥へと歩いていく。誰も口をきかない。12本の懐中電灯が闇の奥、煙の向こうを照らす。

 壁があるはずの所に巨大な醜い地下道への入り口が開いているのを、まずヤフーが発見する。全員、立ち止まり、しげしげと、ゆるやかに下降している黒い邪悪な臭気を発する隧道を見つめている。

 地の底へ続く坑道。全員の皮膚が得体の知れぬ恐怖に震える。

 ヤフーは意を決して懐中電灯を刀のように突き出して隧道に入っていく。その間、誰も口を聞かない。誰しもが、ひょっとしたら触れてはいけない世界の闇部に迫りつつあると直感している。彼らにも、誰にも太刀打ちできない恒久のダークサイドに。

 しかし彼らは、外海を見捨てる事はできても、むずむずと沸き起こる好奇心には勝てない。吉祥寺の地下深く続く、何気ない喫茶店の奥に開いた闇への隧道。そして、そこに定期的に引き込まれ姿を消してゆくアンケート調査員。

 おそらく何百年も前から続いている人間狩り。彼らは穴のあちこちを懐中電灯で照らしながら黙々と進んでいく。

 誰もが重く絶望的な気分に襲われ、闇の密閉感と、おぞましい臭気に吐き気をもよおし始める頃、延々と続くように思われた隧道が突然、巨大な黒い空間に抜ける。

 生暖かい淀んだ空気が異臭を漂わせている。彼らは一同、呆然としてたちすくむ。誰も何も言わない。

 平穏な小都市の地下に広がる不気味な闇の領域。恒久の彼方から遺伝子によって引き継がれてきた茫漠とした邪悪な意識の蠢動を感じる。誰しもの意識の深層に眠り続ける本能を呼び覚ます。彼らは現実認識の許容範囲を遥かに越えた不可触の魔界に、奇妙な馴染み深ささえ感じ始めている。何万年も前から、人類の裏層意識に眠り続けていたものだ。

 彼らは躊躇し、微かに震えている。身体の中の何かが、これ以上踏み込むのを拒んでいる。皆、のしかかる暗黒の気味の悪さに、ただただ脳神経を震わせている。

 引き返すべきだと誰もが感じているが動けない。サバイバル・ナイフを握る手に汗がしたたる。

 誰かが何かを決めなければならない。何かをしなければならない。

 耐えられなくなった小柄な京子が先頭のヤフーの前に出てナイフを遙か前方に、ぼんやりと青白く光っている何かに向かって突き出し、叫ぶ。

「あそこよ!よく見て!」

 ヤフーは涎をたらし、ひたすら顔のにきびを潰している自分に気付き、京子の指し示す方向を見る。

 遠くで何かが薄く光っている。

 女の叫び声は表層意識に訴え、状況を反転させる力がある。ヤフーはにきび潰しを中断して2・3回頭を振り、言う。

「よし、行くぞ!」

 ヤフーの号令をきっかけに彼らは、その光を目指して動き始める。しかし、あまりにも非現実的な状況に本能が動作を規制している。平行棒の上を歩くように彼らは巨大な闇の核に向かって進んで行く。

 来島はジーンズの後ろポケットに、もう一つプラスティック爆弾を持っている。それを確かめて気を奮い起こす。

 最後尾にいる最年少の小島が小さな声で前を歩いている痘痕顔の背の低い裕美の手を握り、囁く。小島と裕美は2ヶ月前から肉体関係を持っている。

「引き返そう。分からないか?ここは僕らの行ってはいけない、知ってはいけない領域なんだ」

「おじけづいたの?裏切り者。勝手にすればいいわ」

 小島は軽いショックを受ける。裏切り者?もう、そんな事を言ってる場合じゃない。

 彼は立ち止まり、裕美が無視して、そろそろと仲間達とぬめぬめした赤土を進んで行くのを暫く見守ってから、一人で細い隧道を引き返す。自分に、これでいいんだ、これでいいんだと言い聞かせながら、早足で長い暗い通路を抜け、破壊された喫茶店から墓石ビルを脱出し、夜の地上の吉祥寺に出る。


 必死の形相をした小島を待ち受けていたのは黒服の男たちだ。彼らは大勢で墓石ビルの回りで凄味をきかせている。

 小島は彼らに乱暴に取り押さえられ、背後で腕を組んで電信柱にもたれている安井の所に連れていかれる。

 安井は歪んだ斜め笑いをして、おびえる小島を抱擁する。背中を叩き、{安心しろ、もう大丈夫だ}と言ってからサバイバルナイフを取り上げ、柄で脳天を殴る。地面にへたり込んだ小島に言う。

「一人で逃げてきたな。何があったのか説明しろ」


4へ続く・・・


kipple

アンケート調査員出血ブルース 2

2021-05-26 07:21:50 | 夢洪水(散文・詩・等)

アンケート調査員出血ブルース

 墓石ビルの外では、淀んだ生暖かい風が吹き荒れている。夜が始まり、黒い油のような雲が手が届きそうなくらい低くたちこめている。

 ヤフーはレシーヴァーに耳をあてて待機している。外海があの背の高い黒服の男と一緒に目の前の陰鬱なビルの地下に降りていってから、10分程過ぎている。ヤフーは確信している。あの男に間違いないと。しかし、レシーヴァーは、まだ何の音も吐き出さない。出力レヴェルは最大にしてある。

 ヤフーはアンケート調査員と称したビデオ・モニター勧誘員をもう5年間やっている。もっとも2年前からは町に出てランダムに勧誘することはやめ、若い勧誘員の拾ってきた客を、もっぱらセンター内で相手にしている。昇格したのだ。

 ヤフーは今、北地区の11人の外勤のアンケート調査員のリーダーとしてネズミ算式ピラミッドの下辺を取り仕切っている。しかし、まだまだ上は限りない。頂点に政治家と教祖を置いた多層化ピラミッドの、末端レヴェルのリーダーである。
 ヤフーは、そのうち顔を広め実績をあげていけば上層にくいこめると思っている。この部下の蒸発事件の解決も、その布石の一つだと考えている。

 外海が墓石ビルの地下に消えてから20分程過ぎている。ヤフーはレシーヴァーが余りにも無音である事が気に掛かってくる。

 ノイズが無いのだ。外海が地下に消えてからしばらくしてノイズが巨大な刃物で切断されたように消えてしまっている。他の調査員のチャンネルを切り替えるとちゃんと、つながるので故障ではない。

 ヤフーはビルの地下に何かがあるせいに違いないと思う。ヤフーはいらいらして、にきびを潰し続けていく。血が細かく頬と首筋を斑に染めている。彼は、その血を舐めながら北地区に散っているアンケート調査員全員に召集を呼びかける。


 10分程して、ヤフーのもとに全員11人が集まってくる。
 その頃には辺りの灯りは街灯とネオンだけになっている。空は沼の底のような漆黒の暗天と化す。彼らのまわりには気持ちの悪い粘膜質の黒い風が渦巻いている。ヤフーは、ぼそぼそとアンケート調査員たちに敵が外海を目の前のビルに連れ込み、レシーヴァーの音が断ち消えた経緯を説明し、彼らのレシーヴァーを試させる。
 誰のレシーヴァーも外海のチャンネルは無音だ。無音はそれだけで彼らを説得する。仲間が今、危険な状態にあるのは間違いない。彼らは決意を固めていく。

 警察に頼っても彼ら下っ端キャッチセールスにいい顔をしないし、これは彼らへの挑戦なのだから彼らで解決せねばならない。もう、これ以上なめられたらたまらない。


 アンケート調査員たちは武器の調達に充分手間をかけて、再び集まり、墓石ビルの地下へゾロゾロと乗り込んでいく。全員、大型のサバイバル・ナイフと懐中電灯を持っている。ヤフーだけは他に弾丸に鉛を塗り付け、先端を切った散弾銃をバイオリンケースに入れて持ってきている。ヤフーは銃刀所持の許可証を持っている。それにヤフーは常々、人間を襲ってみたいと思っている。
 後始末の事は考えてある。地区リーダーの安井さんが地元の暴力団の幹部にコネを持っている。その暴力団の幹部は武蔵野市の市長をおえている。コールガールの斡旋をしている。市長や市の有力者は、ほとんどその常連客だ。警察もヤフーたち下っ端の連中には市民への対面上、厳しくする事もあるが、上からの、お達しには法も正義も無い。おとなしく口をつぐむ。そうでない奴は静かに葬られる。


 「あなた」は外海の体に完全な血止めが施されるのをじっと見ている。体中の穴という穴に強力なセルロイド製の粘着テープが貼られていく。右側の鼻孔だけにチューブを差し込まれ、僅かな呼吸を許されている。目、耳、口、肛門、尿道は粒子一つの漏れも無いくらい密閉され、テーブルごと赤い仮面のウエイトレスや客たちが、ぐったりして時折、ひくひく動く外海を奥へ奥へと運んでいく。

 「あなた」は静かに微笑みを浮かべながら、その後を追う。店の奥の黒ずんだ壁に向かって突き進んでいく。

 壁は疑似ホログラムで、ウエイトレスと客たちは素通りし、さらに奥へ向かう。細く暗い穴を下降していくと、どす黒い赤土に覆われた巨大な暗黒空間が現れる。遙か向こうにぼんやりとした灯りがある。
 じめじめした土の上を、テーブルを担いで行進していくウエイトレスと客たちの回りに、細い川が幾つも流れていて、進むにつれて流れの先の方から恐ろしい獣の唸り声のような音が聞こえてくる。
 ウエイトレスと客たちの仮面は塗られた塗料で赤く光り漆黒の闇におぼろげな灯りをともしている。

 「あなた」は彼女たちを追い抜き、暗闇の前方の唯一の光源に近付いていく。近付くにつれ、唸り声は大きくなり次第に、その正体をあらわす。

 巨大な黒い穴。数百の細い川が、その穴に吸い込まれるように落ちていく。

 ゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウゴウ、落ちている。

 穴は、とてつもなく黒く深く、グロテスクな形状をしている。究極的な悲鳴をあげている人間の口のようだ。穴の淵は川の水によって、ヌメヌメ、ヌメヌメし、ぶよぶよと動いているように見える。実際、たくさんの闇を好む、おぞましい虫たちが蠢いている。

 「あなた」は穴の近くの唯一の光源であるビデオ・モニターに近付いていく。店のシャッターの上に設置したカメラが何者かをとらえたらしい。モニター上部のセンサーライトが点滅している。

 「あなた」は地面から触手のように突き出した電気ケーブルを跨いで、痙攣的に光を送ってくるモニター画面にへばりつく。その間にウエイトレスと客たちは穴の近くに外海とテーブルを降ろし、がしゃがしゃと衣装の中に隠し持っていた、たくさんの機材を取り出す。ハンマー、ペンチ、ホチキス、ナイフ・・・。
 彼らは、それぞれの機材を手にして突っ立ったまま「あなた」の合図を待っている。

 すっぱだかにされて、全身の体毛を剃り取られ、両手を釘ざしにされ、粘着テープで蝉の抜け殻の様にテーブルに括り付けられている外海は、もはや何も考えてはいない。心の中で、「お母さん、お母さん」と繰り返している。恐怖で脳神経が麻痺してしまい指先ひとつでも動かす事ができない。

 「あなた」はビデオ・モニターがシャッターの前にたむろしているアンケート調査員の集団を映しだしているのを見て、さっき感じた気になる事を思い出している。外海が逃げ出そうとした瞬間の行為だ。

 「あなた」は、のたうつケーブルを乗り越えて穴の近くへ走って行き、外海付きのテーブルの裏を調べてみる。やはり、ある。

 「あなた」は送信機を引き剥がし、穴に放り込む。穴から咆哮があがる。それは地面を細かく震わせる。穴の中の何かが送信機を喰っている。「あなた」は微笑みながら怒りに震えている。

 

「皆殺しに、してやる」

 と、つぶやき、外海処刑の合図をする。右手を高く挙げて強く握り爪を突き立て血を流す。

 ウエイトレスと客たちは、静かに、その赤い仮面を取っていく。

 端正な平凡な顔が現れる。顔、顔、しかし、どの顔にも、全く、生気が無い。皆、老人の表情をしている。肝斑に顔中がおおわれている。彼らは、どこからともなく集まってくる。特殊だが、結構平凡な人間たちだ。どこにでもいるし、誰でも、こうなり得る。

 闇に、異界に血に心を奪われた人間のなれの果てだ。彼らは端正で美しい。

 俗念から完全に解き放たれているからだ。殺人と人肉徒食にしか関心がない。その為なら何もかも捨てる。

 彼らは、それぞれの機材を手に外海に近付き、殴り始める。外海の肉体はハンマーやペンチで執拗に殴り続けられていく。

 「あなた」は心地よく笑みを浮かべて、外海の肉体が内部損壊されていくのを静観している。彼らは、なるべく外傷を負わせないように丁寧に、慎重に外海を殴り、痛めつける。
 外海の人格は完全に崩壊している。痛みに対して反射的に声にならない悲鳴を上げ、身体をよじる。思考は無い。

 「あなた」は舌で唇をなめまわしながら、クスクスと笑い、ビデオ・モニターのところへ再び戻って行く。外海の最後は、ちゃんと後で見届けるつもりだ。「あなた」はモニターを見つめ、その後の進行状況を調べる。

 まだ、やつらは手をこまねいている。迷っている。確信がないのだ。しかし大型のナイフがちらつく。という事は、彼らは、それなりに決意を固めているのだ。

 12人。

 「あなた」は、舌なめずりをし、やつらも馬鹿にならない、“これは戦争になる”、と小さくつぶやく。

 そして外海の処刑見物に戻っていく。「あなた」はアンケート調査員たちが、もう一歩踏み込むのを待つつもりだ。



3へ続く・・・


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