“行き詰まった。夜だ。もう夜だ。” 遠山清治は中央線に揺られながら窓外の濡れた様な青闇を見つめていた。四谷の手前で時計盤が7:00を指していた。 遠山はサラリーマンであった。いくつか会社を変えたが、同じ様な仕事を同じ様な場所で同じ様な時間で、これというミスも無く長い間こなしていた。行き詰まった。 彼は、窓ガラスに映る車内の人々を一人一人 「こいつは利口そうだ、死ね!次、何だこのガキは、何もわかりゃしねぇのに、したり顔して自分に陶酔してやがる。死ね!お前は・・・」 と彼の死刑宣告は続いていた。 “確かに俺は行き詰まった。”彼は何度もつぶやいた。 これといって起伏のない彼の日常は突然、この帰宅途中の中央線の中で一つの破局を迎えた。 電車は新宿駅のホームに滑り込んで行った。彼のアパートは中野で、同じ年の妻と5才の男の子が彼の帰宅を待っているのだ。 彼は新宿駅に降りた。彼は、そのまま人ごみに混じって東口へ抜けた。
しかし彼の意識の奥から落伍願望が、ぐんぐん沸き上がって来た。 「皆、死刑だ。しかし俺こそ死刑だ。自分に宣告する。お前は死刑だ!」 彼は夜の新宿繁華街に白い息を、吐きながら自分のぼんやりした罪の意識に苦しんだ。 「なんてことだ。俺こそ俗物だ。罪人だ。薄汚いブタ野郎だ。へらへら薄ら笑いを浮かべて、嘘で固めて、傷つけるのを楽しんで、自分を精一杯可愛がって・・・ああ、このままでは破滅する。この社会は根底が腐りきっていやがる。崩壊だ!ガラガラと崩れ落ちてコッパミジンに消しとんじまう!」 派手な服装をし、人を見下しきった目をした若者が3人彼の行く手をさえぎった。 「ねぇ、おじさん、寄って行ってよ、3千円でいいからねぇ。可愛い娘が気持ちよぉ~く抜いてくれるよ~、3千円だけで、後は女の子と合意の上で何しようと自由だからさぁ~ねぇ」 キャバクラか何かの呼び込みだった。遠山はその目つきを不快に思って無視して近くの喫茶店に入った。TVゲームの激しい音が彼の神経をいらだたせた。 「ああ、水戸黄門になりたい。・・・いやいや権力とは罪悪だ。暴力だ。ああ、じゃあ仮面ライダーで我慢するか・・・」 「いや、一文字隼人より、不動明の方、すなわちデビルマンの方が、ずっと良いかも知れない。俺には、そっちの方がふさわしい。」 コーヒーを注文して彼はゲーム機の投入口に100円硬貨を入れた。まだ、こんな懐かしいゲーム機が、あったんだ。忘れていた・・・スペースインベーダー・・・ 何やら数十匹の怪物が、たった一つの砲台に向かって爆弾を投下してきた。彼は、すべての怪物たちのするがままに、させた。コントローラを放してボゥっと見つめていた。 瞬く間に、彼の砲台は全滅してゲームは終わってしまった。砲台残数ゼロ。彼は心の中の細い竹の棒がポキンと折れたようで、泣きださんばかりであった。 「ああ、必死の攻撃を続けなければ、いつまでも続けねば。なんだ!なんだ!この砲台は俺自身じゃねぇか!もう抵抗はやめだ!俺は死ぬぞ!この砲台たちみたいに、一気にパッと消えちまうんだ。」 コーヒーが来た。一滴も飲まず、彼は店を出た。酔いどれが通りにあふれていた。 様々な音楽や声が混じり合って、そこは街にいるというより、新宿という巨大な店(ダンスホール)の中でバカ踊りしているようだった。 彼は夜空を見上げた。星など一つも見えなかった。 |